うさうさ物語41・うさうさ雪原山岳救助隊

 

 

 うぅ、ううううううう、うぅ、うー!!

 うえぇぇぇええぇーん!!

 お月しゃま、うさうさを今すぐ、うさぎじゃなくて狼にちてくだしゃい!

「藤原……、藤原拓海……ッ」

 にぃにぃがお声を張り上げまし。んでも、風しゃんにさらわれて、いつもはきれいに通るお声も、今は途切れ途切れ、でし。

 うさが、うさぎじゃなくて狼なら、遠吠えちて、藤原しゃんを捜せるのに……ッ!

 うさはえぐえぐ、泣きながら、ちっと吹雪いてきた雪原の夜を、一生懸命、見渡しましの。

 にぃにぃのお背中で、にぃにぃの反対側に向かって、一生懸命、探すけど、風と雪のしぇいであんまり見えないの。うぅ、うさうさは、オオカミしゃんに、なりたぁい!!

「うさぎ、泣いてるのか?」

 気配に気づいたにぃにぃがお声をかけてくりまちた。寒いのか苦しいのかっと聞かれて、うさうさは、フルフル。違うの。

 うさ、うさうさね、藤原しゃまが見つからなかったら、どーちよーかって、ネ。えぐえぐ。

 文太パパになんて言えばいいの?ナンていえばいいのぉー!

「泣くな。泣くと鼻がきかなくなるだろう。お前を頼りにしているぜ」

 は、はい。分かりまちた。うさはお鼻をかみましの。ズズズッ。

 ピピピ、って、にぃにぃの胸元で音がして、定時連絡、でし。二次遭難防止のために15分に一度、お城のハイネルしゃまから、連絡が入りまし。

「……、はい、涼介です。……えぇ……。そうですか。分かりました」

 ピ、って通信は切れまちた。無線で通信すると発信電波から現在地が把握できるんだって。にぃにぃは方位磁石を取り出して進行方向を確認。一緒に探してる三人と、重ならないように、渦を描きながら。

 うさとにぃにぃは、藤原しゃまを捜しまし。藤原しゃまー!!

 雪靴で雪原を漕いでいたにぃにぃが、ふっと立ち止まりまちた。暫くじっとして、呼吸を整えて、また歩き出しましの。にぃにぃも、お疲れでしぃ、のぉ……。

 しょうだ!

 うさうさは、ダウンジャケットに包まれてリュックサックの中に入って、にぃにぃの背中に居ましけど、ごそごそ。今日はふーみんのおパンツドレスじゃなくて、もらい物の、コムサの赤い、おスカートだったから、ポケットがあるの。

 うさ、そりにウィスキーボンボン、入れていまちたの。

 はい、にぃにぃ、二個あるから、一個あげましの。甘くてオサケも入ってるから、元気が出ましぃよ!

「いいものをもっていたな、うさぎ。食べておきなさい」

 にぃにぃは?

「俺はいい。藤原が見つかったら食べさせてやってくれ。……あいつ、食料は持っているのかな……」

 にぃにぃが、眉を顰めるのが、うさには見えないけど分かりマチタ。

「この程度の吹雪、風を避ければ一晩くらい、あいつの体力なら、なんとかならなくもない。問題は食べ物があるかどうかだ。人間、空腹だと気温が十度あっても凍死するからな」

 ……、凍死……ッ!

 うぅううぅぅぅー、うー、うううううううー!!

 藤原しゃま、ふじわらしゃま……!

 うえぇぇぇぇええぇぇー、う、う、ううん、泣いたらダメでし。捜さなきゃ。

 藤原しゃまー!ドコでしかぁー!

 うさは、チョコレイト・ボンボンを二個とも、おスカートの中に戻しまちた。うさうさはヨルゴハン、食べているから大丈夫でしの。ジャガイモとソーセージのチーズフォンデュ、ワインと一緒に、オナカイッパイ、食べまちた。

 ……食べたのに、もう、お腹ペコペコなのは、ナゼかちら……。

「寒いからだよ。体温の維持にカロリーを消費するんだ。北極圏では人間、7000から10000カロリー、とらないと命が危ないって」

 ふ……、藤原しゃま……!

 うぴ。うぴ……。藤原しゃまー!

 お腹すかせて、ましいのぉ……?うえぇぇぇーん!

 藤原しゃ……、ま……。

 ……ん?

「どうした、うさぎ?」

 いきなり静かに、動かなくなったうさうさに、にぃにぃがお尋ね。

 うさは、クンクン、お鼻をかかげて、風の匂いを嗅ぎましの。

 ……うさのポケットから、じゃないでし。

 お風の中に、甘い、いい匂い……。

「うさ?!」

 うさうさは、リュックの中から、ぽてん。

 ぽすっと、雪の上に降りまし。足の裏にさらさらのお雪の感触、うさは四本足だから、人間みたいに、新雪の中にずこっと沈みは、しましぇーん!

「うさぎ、どうしたッ!」

 こっち、こっちでし、にぃにぃ!

 うさの野生の嗅覚が、こちらと告げていまし!

「藤原が居たのか?」

 とにかく、こっちぃー!

 うさうさは、匂いにつられて、びゅいいぃぃぃいいぃぃーん!!!!

 走るうちに、うさの目の前には暗闇の中でも分かる、威風堂々とちた石垣。昼間、遊びに来たお城の城壁でし。そりに添ってうさうさは走りまし!とててててて!

 匂いはどんどん強くなりましの。

 うさの、お腹がペッタンコになりしょーな、この空腹を刺激しゅる匂い、でし!

「うさ……ッ!」

 にぃにぃ、こっちぃー!

 城壁のくぼみ、通用口の為に、ちょうど影になった場所。

 潅木を寄せてある、しょの裏側に!

「うさぎッ」

 いま、ちたぁー!!!!!!!

 

 

 

 それから一時間後。

 発見された遭難者は、風呂上りのほこほこの身体を、暖炉の前に押し遣られた。

 温まったかと尋ねられ、さらに、

「指を動かしてみたまえ」

 館の主人に言われ、その目の前で左右の五指を動かす。十本とも動きに不自由がないのを確認してようやく、フランツ・ハイネルは納得し、手に持っていた蜂蜜入りのホットミルクを手渡す。藤原拓海には一抱えもある、お鉢のような大きなカップ、そしてその前で寛ぐうさぎには、エスプレッソ用のデミダスカップで。

「お手柄だね、うさぎ君」

 優しく毛並を撫でてやると、うさぎは嬉しそうに笑う。

やがて、一番風呂をうさぎと藤原拓海に譲って、後から入ってきた面々が広間の火の前に集まってくる。それぞれの部屋にはバスタブがあるが、気のきく主人はサウナつきの一階の浴室に、湯気をもうもうとたててみなの帰還を待っていたのだ。

「こんな吹雪なのに、よく見つかったね、うさぎ君」

 ハイネルに褒められて、うさぎは少し、恥かしそうにする。藤原拓海はアコガレのマシンデザイナーと至近距離で、緊張していて口数が少ない。代わりに微笑み、口を開いたのは高橋涼介。

「なんともいえない光景でしたよ」

 サウナで温まった指先でうさぎを撫でると、ミルクを飲み終えたうさぎはよじよじと、飼い主の膝によじ登った。

「城の中に、俺たちが居ると思ったみたいですね。でも門は開かないし呼び鈴は鳴らないし、仕方ないから石垣の窪みに風を避けて、動き回らずに避難していたのを見つけたんですが」

「いい判断だ。空腹でさえなければ、それで朝まで、なんとかなっただろう」

「腹が減ったから土産に買って来たケーキを食べようとした、ところをうちの、うさぎが見つけたんです。……藤原」

「は、はい」

「よかったな、デメールのチョコレートケーキに感謝しろよ。洋酒がたっぷりで香りが強かったから、お前、うさぎに見つけてもらえたんだぜ」

「はい。ありがとうございます」

 藤原拓海は、殆ど前髪が床につくほど、頭を下げる。

「本等に、なんともいえない光景でしたよ。こんなホールのケーキに齧りつくこいつと、反対側にかじりついて、ぶらーんとケーキにぶら下がったうさぎは」

 湯上りのせいでなく、藤原拓海の頬は紅潮した。ドイツで一番高価なケーキを売る店で、さらに一番高いものをと、言って買って来たケーキ。しっかりと歯ごたえのあるチョコレートケーキは直径80センチを越える大型で、持てばずしりと掌に重い。手土産のつもりで買って来たそれに、餓えに耐えかねて齧りついた瞬間、ずしりと反対側が重くなって、何事かと顔を上げたら、闇の中で白い美貌が目を見開いて、自分を見つめていた。

 そこへ、また広間の樫の扉が開いて、

「……おい」

 やって来たのは高橋啓介。その手にあるのは、日本の丼。差し出された藤原は、差し出されたものを暫く、見つめた。薄茶色の汁の中、白い麺が温かそうに美味しそうに沈んでいる。麺には、ところどころ、茹でられた豚肉が混ざっていた。

「さっさと受け取れ。熱いだろ」

 ぶっきらぼうに、そう告げる高橋啓介に、

「いただきます」

 ありがとうございますと、普段からは考えられないほど素直に、藤原拓海は手を伸ばす。添えられた割り箸をわって麺をすすりこむ。久しぶりの日本の味だった。それに暖かい。夢中で、藤原拓海は箸を動かす。暖かな食べ物を胃に入れると、一気に体力を、取り戻せるような気がした。

「あぁ、いいお風呂でした」

 いつもの中止でほよほよと、最後に史浩が広間にやって来て。

「なんだか腹が減ったなぁ。藤原、このケーキはいただいていいのかな?」

 台所に寄ってきたらしい。人数分の小皿とケーキナイフを手に尋ねる。フォークは持っていない。手で食べるつもりのようだ。

「あ、はい。……、食いかけですいません」

 丼を顔が埋まるほど持ち上げて、出汁をごくごく、呑んでいた藤原拓海はかぱっと、丼のお面を外して答える。

 うさぎがお茶を入れようと、暖炉の前のサモワールへ近づく。重いヤカンを、啓介が降ろしてやった。

 

 

 

 

ある深夜のうさ日記・とりあえずの、安心。