うさうさ物語・春
日本の大型連休に連動して、日本人スタッフの多いチームは公休日が五日間、続く。
チームの本拠地はマレーシアだがドイツの車メーカーと技術提携、そちらからの出稼ぎ技術者も多い。連休をみんな喜び、母国へ戻ったり呼び寄せた家族とホテルに泊まったり。おかげで人口密度が薄い。
「アーニキー」
サブチームの監督とチームドクターを兼ねた高橋涼介の元へ、メインチームのレーサーが遊びに来た。手には、日本人スタッフが家族に持って来てもらったお裾分けの、紫蘇昆布を持っている。
「……、あれ?」
ドアが開くなり、ふわっと、なんだか春の気配がして。
「いいところに来たな、啓介。買い物に行きたい、車を出せ」
「あぁ、うん」
兄を夕食に誘いに来た弟は、アシに使われること自体に不足はなかったが。
「どうした、きょろきょろして」
「今さ、ナンか、赤城の匂いがした」
「……?」
そこへトテトテ、駆けて来たのは小動物。今日もおかしな格好をしている。
「うさぎぃ、おかえりー」
今日はパパイアを、紐で背中にくくりつけている。
亜熱帯のこの国でしは、フルーツが安くて美味しい。チームの本拠地は郊外のレース場至近の高台にある。周辺はパーム椰子やココナツの畑が広がっている。敷地内にもバナナにマンゴー、パパイア、といった実の成る木が植えられていて、見事に色づいている。
うさぎは朝の散歩の時に一個、拾って一日中、大切そうにもっている。夕食の後で美味しそうに食べる。
「……、この匂い、お前かよ。どした?」
果物を置いたうさぎを抱き上げて、高橋啓介は柔らかな毛皮に顔を押し当てて呟いた。うさぎは鼻をスピスピ鳴らして、久しぶりに会った相手に甘えている。
「あぁ、サクラの匂いじゃないか?」
「こいつ京一と日本に帰ってたんだろ?」
「札幌はGWがサクラの季節だそうだ」
「あぁ……、そっか」
納得して、もう一度、深く息を吸い込む。
「お帰り、うさ。おまえ春の使者だな」
ちょっと食い意地が張っているけれど、カワイイ。