現の夢 side R
by あき
「どうしたんだ? ぼんやりして」
土曜日の昼。前日の走り込みに疲れて、昼近くまで寝ているのはいつものことだが、常にない様子を不思議に思った。
「……ん、ああ、おはよう、アニキ」
「啓介……、おまえそれ2回目だぞ」
「あ……?」
「さっき起きてきたときに、挨拶したろ、自分から」
「んー? そうだったっけ? よく覚えてねーや」
言いながら、おさまりの悪い髪を掻き回す。
「覚えてないって、おまえ」
「いーじゃん、そんなことより」
啓介の手が俺から新聞を取り上げる。
ソファに座っている俺のまえからかがみこんで、キス。
いつものようにそのままなだれこむのだとばかり思っていたら、
「アニキ、これも2回目?」
「いや、今日初めて」
「そっか。じゃあ、マジでいくか」
今度は最初から濃厚だった。最後には俺の体から力が抜けてしまったくらいに。
なのに、じっと俺を見つめるばかりで手をだしてこない。じれたのは俺のほうが先だった。
「……どうした?」
「…………なんか、さぁ、今日、変な夢みてさ」
「夢?」
啓介はいまだにその夢にとらわれているようで、俺のとなりに腰をおろす
と、両手をソファの背に投げ出して話しはじめた。
「俺さ、トルコ帝国の宗主――要は王様だわな――になってて、っていうか親父を殺して宗主になろうとするんだけど……。その理由、なんだと思う?」
「さぁ……」
「すげえぜ。親子でオンナを取りあうんだ。オレが親父のオンナが欲しくって反乱起こすんだわ」
「……」
「そのオンナ、誰だと思う?」
いたずらっぽいというには、邪気がありすぎる表情――。
「――アニキだよ」
啓介の骨太の手が俺の髪をなぶる。何度も何度も。
「アニキはさ、小さい時から親父のオンナにされてて、いちばんのお気に入りでさぁ、アニキとは異母兄弟なんだけど、愛しあってて、オレはアニキが欲しくって、欲しくって、とうとう反乱起こして手に入れたんだ。ほかの後宮の女どもなんかめじゃないくらいにきれーで、色が白くて……」
夢のなかでも、俺はオンナなんだな、啓介。
「見せつけるために親父の前であんた抱いて……もちろん、オレのいちばんのお気に入りもあんたで。親子二代で第一オダリスクだもんな、すげーよ」
「……そんなので、よく国が維持できたな」
「ん、なに?」
「おまえと俺は兄弟なんだろ?」
「そう」
「俺が枕席にはべることができるくらいの年ってことはおまえだってずいぶん若いはずだ。しかもおまえの目にはオンナのことしか写ってなかったんだろ? どうせ。そんな人間が国を支えていけるはずないじゃないか。すぐダメになった。そうだな、地方の反乱か、対外勢力の侵攻か、それとも部下に背かれたか――そんなとこだろ。違うか?」
「……違わない」
憮然とした表情の啓介。
「っていうより、それもあんたのせい。あんたがオレから逃げ出したりするから、オレやけになっちまって……」
肩をつかまれ、ぐいっと引き寄せられる。まるで今度は逃がしゃしないとでもいうかのように。
「で、最終的にどうなったんだ?」
「…………」
啓介にとって不本意な結末だったのは想像がついた。
「そうか、殺されたか」
「違う、殺されてなんかねーよ。オレ、カムバックしたし……」
「じゃあ、しばらく幽閉されただけですんだのか」
「そうさ。オレ、コンスタンチノープル陥落させたくらいだし、あとで」
夢の話なんだろ、啓介。なんで自慢げになるんだ? おまえ。
「ふうん、2度目は成功したんだ。…………で、俺は?」
「は?」
「おまえのいうトルコ帝国二代にわたる寵姫の俺はどうなったんだ?」
とたんに沈む表情。
「……当ててやろうか」
「えっ? アニキ……」
「おまえの邪魔にならないように、自害した――違うか?」
「ア、アニキ……」
啓介は驚きに目をみはる。
「わかるさ、それくらい。だってそれ、俺なんだろ?」
おまえのためなら、なんでもするし、してやる。それくらいの覚悟がなければおまえのオンナになんかなれなかったさ。
それは夢の中の『涼介』も同じだったろうぜ。
「きっと満足げな、幸せそうな死に顔だったのじゃないか」
「…………じゃあ、アニキも同じこと、するっていうのかよっ?」
むきなおるその目はあきらかに怒っていた。
「オレがあの後、どんな想いでコンスタンチノープルを陥落させたと思ってんだよ? どんな想いでハギア・ソフィアの鐘を聞いたかわかるっ? ――あんたがいなくなってから、どんなに悔やんだか、空しかったか、あんたに
わかるかよっ? もうオレのために二度とかすり傷ひとつつけたくなかったのに、なのに、オレの言葉があんたを殺させた。……残されたものの気持ちが、あんたに、……」
俺の胸倉をつかんでいいつのる必死の姿は、間違いなく夢の話にすぎないことを忘れているもので。
「啓介……」
「絶対、やめろよ。オレのために自殺なんかしたりするなよっ! 許さねーからな、んなコトしたらっ」
「……」
「約束しろよ、絶対そんなことしねーって」
痛いほどの視線は啓介の執着の表れ。
うずくような歓喜は俺の妄執の発露。
そして、ひきつれたような痛みは……嫉妬?
……誰に?
頭をよぎった考えをふりはらうように、目のまえの頬に手をのばす。
両の手で包み込む。
そっとふれるだけの羽のようなキス。
そうして啓介にだけ見せるとっておきの微笑。
「啓介」
「な、なに?」
「……愛してる」
啓介は不意打ちに目を白黒させた。
「啓介だけ……。啓介だけを、子供の頃から――」
その首に手をまわして、ここぞとばかりにたたみこむ。
俺を見て欲しくて。夢の中に迷い込んだ啓介を呼び戻したくて。
――ほら、啓介。俺はこんなにもおまえに囚われてる。おまえが俺をみていない。それだけで、こんな計算ずくの告白をするほど。
「啓介は、違う?」
「んなことあるわけねーだろ」
腕のなかに抱きとられる。
「俺はここにいるだろ? なあ、啓介が愛してるのはここにいる俺で、夢の中の『俺』じゃないだろう? 夢だよ、啓介。夢なんだ」
「アニキ……」
「もう夢のことなんか気にするな」
違う……、そうじゃない――夢の中の『涼介』のことなんか考えるな。
ただの独占欲を、啓介を気遣うふりでオブラートのように包んで。
「……」
「そんなことより、……して」
下から見上げるようにして、唇を薄くひらき、舌を覗かせる。キスを待つ仕草――。
「オレを好きか?」
尋ねられて、頷く。
「オレに会いたかった? オレを愛してる?」
もう一度頷く。会いたかった?――というのはおかしいと思いながらも。
だって、キスが欲しかったから。
指が頬を這い、待ち望んだキスがおりてくる。
*****
「…………っ、ん」
「だめだよ、アニキ。声、我慢しないで。オレ、ぜんぶ聞きたい」
咽喉もとに啓介の息づかいと唇を感じる。
「けい……す、け……」
「うん、なに?」
「ああっ……ん、……」
さっきのキスといい、今日は攻めどころをきめて集中攻撃をすると決めたらしく、左の胸ばかりいじめられた。最初は指で。ソファからラグに移動し
てからは、唇と歯と舌で。
左胸から全身へ熱がつたわる。
指先から足先までが熱くなる――。
そうして、今度はこの熱で全身が蕩けていく。
頭の芯まで熱くなり、どろどろになる快感を邪魔する、疼き。
さっきからほおっておかれてる右側のそこが疼く。
啓介の髪をひっぱり、手を添えて、右胸にも注意をむけさせる。
「啓……、っち、も……」
啓介の唇はさんざん寄り道をしてから、願いどおりにしてくれた。
右と左、同時に愛撫されて、もう、俺は体を捩るだけだ。
「あ……っ、ん……くっ…………」
「アニキ、すっごい、きれー」
「……っふ」
「……アニキってさ、どんどんキレイになるよね」
舐めながら話すから、音がはっきりしないのが卑猥に聞こえる。
「ときどき……ほんとに、兄弟なのかなぁ、なんて、思う……よ」
「……っ、ん、なに……バカなこ、と……ぁ、言ってんだ」
それより、どれだけ両乳首で遊べば気がすむんだ? ほんと、今日は別人みたいに執拗……だ、おまえ――。
それとも夢の中の『俺』はこんなのが好きだったのか。
――何をバカな。バカなこといってるのは俺の方か……。
「だってさ、きれーなんだもん。あの人は、母親に生き写しっていわれてたし……、オレとは母親が違ったけど」
そいつの話はやめろ、啓介。
「アニキとは、同じ両親のはず、なのに……どーして、こんなに違うんだろ」
「おまえ、だって……、ン、ッ……充分、整ってるだろ?」
「だって、オレは……きれーじゃねぇもん」
「……」
「綺麗すぎて不安になる……。あの人見ても、そう思ったけど」
「――っつ!」
噛みつかれた。
「肌だって、こんなに白くてすべすべで、……敏感で」
啓介の唇が滑りおりてゆく。
「ヒッ……」
反射的にもれた声を聞いて、啓介は笑った。
「ほら、な。――あの人も、そうだったけど」
そういって、また笑った。
もう聞きたくなかった。
「……け、い……、おねが、い、だから、もう……」
そいつの話は聞きたくない、と素直に続けるにはプライドが邪魔をした。
だから、ただ啓介を見つめた。
「……アニキ、――オレが欲しい?」
ああ。俺を抱いている時でさえおまえをはなさない『涼介』をぶち殺してやりたいくらいに。
答えのかわりに瞬きを1回。
でも、ちゃんといえと言われた。
頷いても、それじゃだめと返された。
「欲しいんだろ? いいよ、あげる。だけどちゃんと言ってくれなきゃ、このままだぜ」
「――啓、介」
「アニキ……、オレが欲しい?」
「…………欲しい……啓介が――」
言えない部分を省略して、最後だけ声にする。
ラグを握りしめていた両手をひろげ、
「きて……、早く」
「よくできました。……じゃあ、腰、浮かせて」
言われて、素直に協力する。
啓介の手がズボンを下着ごと剥がしてゆく。
「ねぇ、アニキ、今日はどうした? ずいぶん積極的じゃん」
「……なにいってんだ。さんざん……、焦らしたのは誰だよ?」
「そりゃ、オレだけどさ。だって今日のアニキ、色っペーんだもん」
ひっくりかえされて、うつ伏せになる。
腰だけ高く上げさせられて、ひろげられたそこを舐められる。
「……あ、んっぅ……、のは、誰だ、よ?」
「えっ?」
「けい、す、が……ふっ、んん」
「……」
「あん、な……はぁ、ン…………ひっ!」
指が侵入してくる。
俺の弱いところなんかすっかり把握されてる。微妙にタイミングを位置をずらして動く指に、俺はもうまともに考えることもできなくなる。
「……ッ、…………け、いす……」
「だめ、アニキ、早すぎ。もうちょっと……」
ぐっと握られて、熱の逃しようがない。
「…………じ、らす……なよ。はや、く……ひぁっ!」
「ふふふ。アニキって、ほんとイイ声で啼くよなぁ」
だからもっと啼いて、とか言われて、いいように弄られた。
前も後ろもべたべたになってから、やっと貫かれた。
愛しい男の楔――。離したくなくて、誰にもとられないようにとりこんでしまいたくて、締めあげる。
「……すごっ。イイ、……」
二人して荒い息づかい。
快感に支配されて、ただ喘ぐしかできない。
苦しい。でもうれしい。
このまま、時間がとまればいい。
そうすれば、啓介の心から俺の影が消えてしまう、その時を恐れなくてもすむ。
どんなに虚勢をはっても、俺はただのガキだ。
寂しくて、唯一の温もりに必死にしがみついているだけの。
ガキだから我慢ができない。
啓介が俺以外のものに、心をよせるなど。
それが、たかが夢でさえも。
「啓……け、いすけぇぇ」
俺は、一声叫んで、果てた――。
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