料理を好きかと言うと実はそうでもない。
食べることの方が好きだ。けれど出来る。それもとびきり上手に。
和食の山本と洋食の獄寺はボンゴレ日本支部が誇る二大料理人だ。
「出来上がりました。十代目、どうぞ」
そうして、手作りのチョコというのは美味しい。カカオパウダーから作ったソレを一度食べたらもう忘れられない。拮抗できるのは辛うじてロイズの生チョコレート・山崎だが、それさえ目の前に二つ並べられ片方を選べといわれれば、手作りの方を食べる。
「わぁーい!」
何もかもがそうという訳ではなく、プロが作って店で売っているモノの方が美味い方が菓子に関しては多い。だから洋の東西を問わず甘味類は早くから商業素手製造販売をされてきた。スポンジにラム酒をたっぷりと染み込ませたババ、季節の果物のタルト、生クリームとカスタードクリームをたっぷりとまいたしっとり生地のロールケーキ。みな、プロの技術で作られたものの方がうまい。
が、世の中には、常に例外が存在する。
チョコとプリンは手作りと既製品で味が違う双璧。できたてのほかほかを食べてみれば分かる。多少スの入ったプリンでも形の歪なトリュッフチョコレートでも、出来立てつくりたての方が美味い。
「うわ、美味しい!」
「オレも、ツナ、俺にも!うおっ、マジうめぇ。すげぇぜ獄寺」
「ありがとう獄寺君!」
未来のボンゴレ十代目が獄寺隼人に深々と頭を下げる。いえいえ、と、獄寺は意外と似合うエプロンをはずしながら笑う。ボンゴレ十代目には恐ろしく美しくかつ怖い濃い恋人が居て、その恋人はバレンタインデーにチョコを貰いなれている。差し出したものを鼻の先で笑い飛ばされない為には鼻腔をくすぐるいい香りが必須で、そのためには手作りして新鮮なカカオパウダーをまぶすのが一番の上策。
というわけで、沢田家の台所ではトリュフ形の真ん丸いチョコボールが、台所でたいへんいい香りを放っている。
「こっちがアカダミア、これはくるみ、これはアーモンド。あいつ酒飲みですからラム・パウダーを効かせてます。お気をつけて」
と、あまり酒に強くない沢田綱吉を獄寺は気遣う。
「わかった、ありがとう!」
返事をして沢田綱吉は獄寺が作ってくれたチョコをキッチンペーパーを敷いたタッパーに詰める。それは持ち出される翌日まで冷蔵庫に保管された。翌朝には気がついた母親の手で可愛くラッピングされ、見た目も中身も完璧になっていた。
「逆チョコって今、流行ってるんですってね。いいわねぇ」
朝食を食べながらごにょごにょ、息子は母親のコメントにはっきり答えない。母親はそれを許した。息子には好きな女の子が居て、その相手に告白するために昨日、トモダチの獄寺君と山本君と三人で台所を使っていたのだと思っている。好きな女の子の事を母親にはっはり喋る高校生の息子は居ないだろう。自分にはごにょごにょでも、その相手に対して何らかのアクションを起こそうとしている息子の積極性を、母親は目を細め喜ばしく眺めている。
「行ってらっしゃい。頑張るのよー!」
明るい優しい声に送り出され、沢田綱吉は内心、罪悪感に胸を噛まれていた。
そして。
好物のラムとナッツがたっぷり、甘さ控えめのチョコを、ぺろりと食べつくした雲雀恭弥が翌日、とった行動は。
「……ッ!」
獄寺隼人を応接室に呼び出しソファに押し倒すことで。
「な、にしやがる、てめ……ッ!」
イタリア産のモテ男にしては純な獄寺は頬を真っ赤にして重ねられた唇を拭う。
「一ヶ月も先まで覚えていられないから」
切れ長でツリ目、東洋人らしいサラサラの黒髪を窓から入ってくる風に揺らしながら、雲雀恭弥ははきはきと喋る。キレイすぎ、かつ強すぎてとっつきにくいヤツだが質問されれば答えを誤魔化さない律儀なところがある。
「ンだぁ、わけわかんねーぞッ!」
「チョコ美味しかった。君が作ったって?」
形のいい細い顎を上げてヒバリは目を細める。上下の睫が重なった目尻の天然アイラインはアイラインペンシルで引かれた女のものと違って持ち主の表情に従って形を変える。時には凄みがあり、時には威嚇になる。そうして今はおそろしく艶。
「来年も欲しい」
意図をようやく獄寺は理解した。これはホワイトデーのお返しのつもりなのか。
「だからっていきなりキスするかぁフツー。オマエじゃなかったら犯罪だぜ……」
文句を言ってみたがフンと鼻先で笑い飛ばされてしまう。本気の抗議ではないから仕方がない。獄寺隼人に同性を抱くという嗜好はなかったがそれでも、これだけの美貌と気性の相手に本気のキスをされることは、愉快でないことはなかった。
「マシュマロは作るの?」
「……キャラメルナッツフレーバーとかどーだ?」
「今すぐ食べたいよ」
「十代目にも分けてやってくれ。一個だけでいーから」
ホワイトデーの『お返し』になるなら。
「君が百個つくって、ボクにお返しのキスをするというのなら」
「……頬でカンベンしてくれ」
負けておいてやろうと笑う、美貌には誰も勝てはしない。