夜中の訪問はいつもベランダから。

「……、寝てるかぁ?」

 美貌の銀色の鮫に与えられた部屋はボスの部屋の真下。身軽で長身の彼が出窓の窓枠にたち手を伸ばせばちょうど届く位置に、張り出した上階のバルコニーの端から目立たない鎖を垂らしてある。ラプンツェルの髪のようだと言ったらサンザスが珍しく笑った。チシャと引き換えに娘を魔女に渡した親の童話に同調しているのか憎悪しているのか、いつもの嘲笑ではなく素直な笑い方だった。親というものに対するこの男のゆがみは、長い付き合いの美形にもよく分からない。

「おぉい、開けるぞぉ」

 天井までガラスのドアを引く。鍵はかかっていない。ボスの寝室に繋がるこのバルコニーに出入りするのは本人と銀色の鮫だけ。人と会いたくない時には鍵が掛けてあるから、引いて手前に中折れのガラス戸が曲がる時は入ってもいいことになっている。

「ザン……、寝てんのかぁ?」

 ジャポネの十代目からの案件を夕食後も、皆で少し話し合った。おかげで時刻は深夜に近い。食事が終わると私室に引き上げて本を読むか飲むか両方かの男が眠ってしまってもおかしくはない時刻。

「うおぉぉおぃ、起きろぉ。目覚めねぇとヤっちまうぞぉ」

「……」

 ベッドの中に着衣のまま倒れこんだ様子の男に右手を伸ばす。ベルトを外して靴を脱がせてやる。スラックスの前を外してシャツの裾を出す、手つきは情人を脱がせる愛人というより優しい姉か母親のようだ。邪気がなく手早い。

「キスしてやったら起きるかぁ、お姫さまぁ?」

 ふかふかのシーツに腕をついて、ふざけて唇を重ねようとした、報復は。

「ん……、ぐ……、ッ」

 男の腕が持ち上がったのには気づいた。逃げなかったのは捕らえられたかったから。男の大きな掌に頭を捕まえられるとゾクゾクする。『自分の』男に拘束されるといい気持ちになる。

 ただし。

「ん……、ん、ん、ぐぅ……、ッ」

 男に容赦なくされるといい気持ちどころではなくなる。唇を深くかみ合わせられ、覆いかぶさっていた身体を返され重みをかけられると圧迫であっという間に息が上がる。酸素を欲しがってかぶりを振ろうとしたが、愛しい力強い腕に頭を、望みどおりにキツク抱きこまれ、びくとも動けない。

「ん……、ッ」

 男の舌に口内を犯される。寝起きのせいか酔っているからか、熱い。

「ん、んーっ、ん、ヴ、ぅ」

 苦しさから逃れようとしてのたうつ動きは演技ではない。本当に苦しくて本当に逃げたい。けれども自分が逃れようとするたびにぎゅっと、素敵に力強く抱きしめてくれる男の腕に絡みつかれ絞り上げられる快楽の、深さが欲しくて、逆効果なのを承知で暴れるカラダは挑発、誘惑を仕掛けているの、かもしれ、ない。

「……、っ、ぜぇ、ぜ……」

 暴れる力が弱くなって胸で喘ぎだすとようやく、男が唇を離して空気を吸わせてくれる。恩寵のように荘厳な仕草で。飲み込みきれない唾液を唇の端から垂らした銀色の鮫はもう、陸揚げされ尾びれにロープをかけられて吊るされたようなものだった。瞳が潤んで意識は混濁しかけ、半分イかされたようなもの。

着ていた服の上も下も前を外され素肌を晒されてもろくな反応が出来ない。男の熱い指先が肌に触れるたびにビクビクと竦みあがり、そのたびに後ろ髪を顎先でごく適当に撫でるという、この男にしては優しいかもしれない仕草で簡単に宥められてしまう。

「ザン……、ザ、スぅ……」

ぐすぐすと銀色の鮫は泣きながら男に縋りつき、男のシャツを掴んだまま大人しく裸に剥かれていく。従順さの褒美か男の手が銀色の形のいい頭にもう一度かけられる。今度のキスは優しかった。自分から開いた銀色の鮫の唇の、隙間を舌で再び犯す前に上下をなぞってやる気配りを見せる。

「……、ふ、ぅ」

 そんな風にされると銀色の鮫は弱い。すましていると冷たく見えるほど整った顔をぐちゃぐちゃにしてむせび泣く。男の掌を望んで腰が蠢きだす。さして焦らさず男は芽吹きかけた狭間を大きな掌で包んでやった。

「ん、ッ……ッ」

 さっきまでとは違って喘ぎが甘ったるい。包み込まれて安心したように目を閉じ、大人しく与えられる愛撫を堪能する従順さに男は喉を鳴らしそうなほど満足した。頬を擦りつけながら蕊も擦り上げてやる。指先で先端の膨らみを弄ると透明な悲鳴を上げて腰を揺らす。目の前の男の首に腕を伸ばす。男は上体を反らせるようにして抱きしめられることを避けた。え、と、濡れた目を開き、傷ついた表情で自分を見る銀色の鮫の。

「……脱げ」

 シャツの襟に噛み付いて引っ張った。両手は腰を捕らえることとその蕊を嬲るのに忙しかったから。

「ん」

 要求されていることを理解して、身体を捩って銀色の鮫はシャツを脱ぐ。雫をたらたら垂らしそうに興奮していて指先があやしかったが、ボタンを男が外してくれていたおかげでちゃんと脱げた。

「……、」

 いい子だという風に男の雰囲気が和む。裸の腕を伸ばすと今度は避けられなかった。右手を下に左手はなるべく男に触れないように、気をつけながら鮫は男に縋りつく。両腕の内側の素肌に顔を挟まれて男は上機嫌。顔を横に向け左腕の内側に唇を押し当てて赤い痕を残してやる。オンナのように柔らかくはないが、張り詰めた弾力と吸い付く白い肌が素晴らしく気持ちがいい。

「あ……、ッ」

 腕の中で男が笑ったのが分かった。自分に満足して喜んでいるのが分かる。嬉しくて興奮する。しながら少し、鮫も笑った。

「ん……?」

 視覚ではなく肌を通して気づかれる。なんだ、という風に蕊を包み込んだ掌で尋ねられる。絞る仕草はまだ優しいが、気に入らなければ掴み潰すだろう。

「ちょろ……、いなぁ……。……オレが」

 自分に呆れて笑ったのだと、男に向かって答えた。オマエを笑ったワケじゃない、と。

「ダメなんだぁ、オマエに触ら、れるとぉ……」

 セックスを覚えたての小娘みたいになる。簡単に興奮させられて思い通りにされる。それが口惜しいというワケではないが、少し情けなくもある。

「ひとを揺すり起こしておいて」

「ごめ……、なぁ、ザンザ……」

「しらっとしてやがったらコロスぞ」

「ツヅキ……、っ、ヒん……ッ」

 抱かれて喘ぐ郡色の鮫の告白が男は気に入ったらしい。淡々とした口調の台詞と裏腹に狭間に触れる掌がいっそう熱を帯びる。あ、ぁ、と甘い声を漏らしながら悶える鮫の、腕の力が抜けたところで、するりと身体を、その輪から引き抜き。

「ヒ……、ッ」

 唇の中に。

「ザ、ンザ、あ、ぁ、ン、あ……ッ」

 包み込まれて銀色の鮫は思わず膝を立てる。しなやかに撓る筋肉がきれいにのった内腿で男の頭を挟む。舌を絡められて刺激に涙ぐむ。むせび泣きしゃくり上げる声はすぐに途絶え、途中からは声も上げられずにシーツを噛んで爪をたてる。

 白い背中をビクンビクン、痙攣させながら耐えているのは吐き出すと怒られるからだ。夜の最初だけは男にあわせないと後で容赦ない『お仕置き』を食う。いたぶられる情熱は悪くないときもあるが、男の失望、がっかりを感じたくなかったから懸命に我慢、した。

「て……、し、て……、ぁ……ッ」

 長くもちそうになかった。だから早くいたしてくれという懇願の答えは、蕊を包む役目を唇に譲った指先に、ジクンと疼きだした場所を弄られることで。

「う……、ぁ……」

 腰が浮く。カラダが捩れる。神経が指先で弄られる場所と咥えられた蕊に裂けてしまいそう。

「あ、ぁ、あ……」

 男がわざと唇から、唾液と体液の混じったモノを零す。それが指を伝って、冷える間もなく、奥へ塗りこめるようにされて。

「う、ぁう、……、う、ん……、ッ、も、だ……、めだ……ぁ」

 懇願の意味はヤメロというのではなく、とどめを。

「……」

 男が笑う、かすかな頬の動きさえ、全神経を支配された銀色の鮫には耐えかねる刺激、優しく、挨拶するように舌先で嬲りながら男は蕊を吐き出す。暖かな粘膜から冷たい空気に晒されて萎みかけるがすぐに掌で庇われて息を吐く。

「ん……」

 拭ってもいない唇を近づけると、自分からキスをしに来る銀色の鮫に男は目を細める。肩でのしかかる。極上のベッドは軋みもしないがふかふかのマットレスに、白い肩がいっそう深く沈んだ。

「ぅ、あ、ぁ」

 震える唇からこぼれる言葉は既に意味を成さない。そんな風だと、つい、意地悪に。

「どんな気分だ?」

 無理やりに言わせたくなる。

「ん……、んー、ッ」

 姿勢を既にセットされ、熱に灼かれる瞬間を今か今かと恐れつつ、待ち望んでいるのに。

「答えろ、カスザメ。今どんな気分だ」

 ぐちゃぐちゅと粘液の音をさせながらナカを馴らしていた男の指が曲がる。粘膜を無理な形に刺激されて肉付きの薄い形のいい唇から悲鳴が上がった。涙がとうとう雫になって流れる。すぐそばにある男の喉に一生懸命、額を擦り付けて寛恕を願う。でも許されない。

「クチをきけ、メスネコ」

 抱こうとしている男も欲情していて罵り文句も何処か語尾が甘い。ひく、っと、喉をひきつらせ、唇の周囲を自分の掌で囲って銀色の鮫は、気持ちとカラダを落ち着けようと努力。それも狭間に漂う掌で内腿を撫でられすぐに崩れた。

「……、で……」

「ん?」

「オマエがいま、触ってるソコが」

「ここか?」

 男が身体を起こし、内腿に唇を押し付けた。感触に目を細める。これが笑わずにいられるか。しっとりとしてすべすべで、乾いている時はシルクのようなのが今は薄く汗を滲ませて柔らかく吸い付く。腕の内側と同じくらい痕の残りやすい肌を丁寧に吸ってやった。キスマークは、上手に残せば十日ちかく消えない。

「チガ、う、ぅ……」

「こっちか?」

「……ッ、そ……、ッ」

「こっちがどうした?」

「お、マエ、が」

「オレがなんだ」

「……、コイし……、あ、ぁあぁああぁぁぁ、あ……ッ」

 高い声が天井の高い部屋に響いた。