Win a prize

 

日本人ドライバーがF1史上初の優勝の栄冠を手にした夜。
といっても、既に夜明けが近い時刻。
 高橋啓介はマネージャーに支えられホテルの部屋へ戻った。脚はよろめき、呼吸は不規則だ。
「大丈夫ですか?」
 マネージャーの問いかけにも、あーとかうーとか不明瞭な返事を返すだけ。大柄な彼を中背のマネージャーは必死に支え、支えながら懐からカードキーを取り出そうとした、その時。
 高級ホテルのドアは音もなく内側から開いた。
 開いた隙間から姿を見せたのは。
「……ごくろうさま」
白皙の美貌が微笑む。夜明けの幻、でなければ夢のような姿。
「あ、いらっしゃったんですか。こんばんは」
 マネージャーは啓介を支えたまま首だけでヘコッと会釈した。美貌の彼はライバルチームのチームマネージャーだが、同時に啓介の兄弟でもある。弟の殊勲をねぎらいに着ていても不思議はない。
差し出される白い手に重く大きくて緩んだ物体を手渡す。日本人初のウィナーも酔って潰れてしまえばただの酔漢。
「おい……、しっかりしろ」
御役ゴメンとなりほっとするマネージャーの耳に、優しい美声がいつまでも残った。

しかし、その美しい指が声が。
夢は夢でも悪夢を司ることを、知る者は少ない。
ソファーにもたれて、ずりおちそうになりながら、服を脱がせてくれる相手が誰なのか認識していにい啓介が水、と呟く。リビングルームに引き返した涼介は戻ってきたとき、手には氷の浮いたグラスを持っていた。それを、思い切り、弟の顔面にぶち撒ける。
「ひぇ、冷てぇ、ナニ……」
 啓介がつむっていた目を開けるとそこには、静かに怒ってている兄。
「あ……」
 啓介の身体は完全にずり落ちた。
「目がさめたか?」
「あ、うん、あ、あのさ」
「だったら自分で着替えられるな。お休み」
 冷たく背中を向けられて、
「ちょっと、待てよ。待ってください兄上、うわ」
 寝室ではなく出入り口の扉へ向かった背中を捕らえ酔えと起き上がる。が、ふわふわの絨毯によろめく足を取られ、二三歩踏み出したむところで、転んだ。
「……ってぇ」
「啓介、お前は……」
 怒りに滲んだ兄の声。気がつけば、兄の身体を下敷きにしていた。転んだときにまきぞえにしたのだ。支えようと引き返してくれた彼を。
「……あ、どーりでキモチイイと思った」
 絨毯やソファーより遥かに。
「お前、いい加減にどけ」
「……どいたら逃げるから、ヤ」
「酔っ払いは重いんだよ」
「ひでぇよぉー。俺、アニキが待ってるからちょっとでも早く戻ろうと思って、お偉方、千切っては投げ千切っては投げしてたのに」
 ちなみに啓介の呟きを言葉として理解できたのは聞いていたのが涼介だったからだ。普通の人間には、ひふえお、おーい。あーがまっ、というような、意味不明の音声の羅列でしかない。
「投げても投げても減らないし、オーナーには後ろからボトルで殴られるし……。しょーがねーから、酔いつぶれたら帰れると思って……」
 自棄じみて飲みまくった結果がこれらしい。健気と同情する前に涼介は、
「馬鹿……」
 思わず、呟く。
「自分がどれだけ酒に強いか考えて飲めよ」
 結局は、夜明けに戻る羽目になった。
「ん。もうしねぇ」
 言いながら啓介は涼介の胸元に鼻面を押し付ける。
「大好き」
「の、わりには長々、放って置かれたが」
「だから一緒にパーティー出ようって言ったのに」
「他チームの俺がでかい顔してお前の隣には居れないさ」
「……ん。でも、来てくれてずっげぇ、嬉しかった」
「啓介。どいてくれ」
 静かに、でも、本気で涼介は頼んだ。
「腕が痛いんだ。……お前が夕方、ねじ上げた腕が」
「もう一回、されたい?」
 酔って優しくとろけていた啓介の声と表情が、ゆっくり締まっていく。
「逃がさねぇよ。絶対」
「逃げないから、どけ。……ベッドに」
「ダメ。あんた信じられない」
 ここでこのまま、と、啓介の手が涼介のシャツにかかる。正確に言えば涼介が着ている啓介のシャツに。涼介が着て来たものは既に夕方、裂かれて濡れて、着れたものではなかった。
「け、……」
 制止する声より先に生地の裂ける音。
「だから嫌いなんだよ酔っ払いッ」
 涼介の声にはかなり、本気が混じっていた。
「前にも一回、酔って痣つけまくっただろう」
 二人ともまだ学生だった頃。プロジェクトDさえはじまる前、妙義の中里に勝った祝いの夜。
「……あの頃、幸せだった」
「俺は不幸せだったよッ」
「あんたに好かれてるって、心から信じられた」
「俺はお前を信じられなかったけどな」
「……乗ってくれよ」
 ごろんと、啓介は自分から仰向けに転がる。涼介の腕は掴んだまま。
「力加減がきかないから、無茶されたくなかったら、乗って」
 涼介は起き上がる。拘束された腕を見下ろし、静かにその腕を持ち上げ、弟の指に、キス。兄の仕草を弟は、眩しそうに目を細め見守る。兄はそのまま、何も言わないまま、ゆっくり弟の身体に乗り上げた。体重をかけないよう四肢に力をこめ、最初はやはりどうしても、唇に、キス。
「……ん」
 舌が絡む。互いの呼吸が荒くなり混ざり合う。互いに身体を微妙に蠢かせ性感を刺激しあって、濡れたそれを離した時、互いの瞳は欲情に潤んでいた。
「酒臭い」
 こぼれる言葉が冷たい苦情でも、欲しがっている事を隠しようがないほど。
「愛してんぜ」
 ずっと触れたかった。あんたに焦がれていたと繰り返される告白を。
 閉じた目蓋の裏側で涼介は、うっとり聞いていた。

 夕方、ここへ来たときも。
 表彰台で浴びたシャンペン・シャワーを洗い流す為に啓介は、本物のシャワーを浴びていたらしい。フロントからの連絡に迷惑そうな声で誰かと尋ねた。フロントマンにインターコムを譲ってもらい、
「俺だ」
日本語で言うとぼちゃんと水音。コムをバスに落としたなと、涼介は分かった。
「上がって、いいかな」
 否と言われない自信と共に尋ねる。もちろん、そうは言われなかった。フロントでカードキーを受け取り最上階へ。ドアにキーをさし込む間もなく内側から開いて、
「……ッ」
 何を言うまもなく抱きすくめられた。濡れた髪の感触、ソープのにおい立つ肌にぞくっと、した。三ヶ月以上、触れ合っていない互いの身体だった。そのままベッドに運ばれようとして、
「せめてシャワーくらい、使わせろ」
 上ずりそうな声をムリに押さえて告げる。チッという舌打ちと共に、抱き上げられて。
「ケイッ」
 驚いた。身長は殆ど変わらない。体重は、今では自分の方がだいぶ軽いだろう。プロドライバーとしての訓練を重ねている弟の身体にはしっかりとした筋肉がついている。それでも、抱き上げられたことは今までなかった。
「啓介、待てって」
 落とされる恐怖でろくに、暴れることも出来ない。無造作に運ばれたバスタブの中。さっきまで啓介が入っていたらしい適温の湯に服ごと浸けられる。苦情を言う間もなく、上から降り注ぐ熱めのシャワー。そして。
「ケイ……、スケッ」
 湯の中で乱暴に剥ぎ取られたシャツ。外されるベルト。下着もスラックスも、何の遠慮もなく剥がれた。膝の辺りでたくれたそれに構わず、背後から抱き締められて、膝の上に抱えられる形で。
「……ンッ」
 まともな愛撫もキスもないままの、性急な繋がり。みしりと身体が軋む音がした。灼熱の剛直が内部を裂いていく。それはもう、本当に硬かった。
「ヤ、こん……、な」
 蠢きは抵抗というほどでもなく、もしかしたら抱いている男を煽っただけかもしれない。男は腰骨を両手でしっかりと掴み、
「あん、あッ、ンァ……、ン」
 つきあげるリズムにあわせて揺らす。強引な交わりに、けれど、涼介の身体もほとびて目覚めていく。バスオイルを落とした湯の中で、痛みがないのが、決定的だった。
 溺れるように、涼介自身、動き出す。実際に彼は溺れてもいた。弟の欲情に、強引な仕草に。与えられる快楽に、欲しがられる満足に。そのまま一度、放たれて、
「ア……ッ」
 ひくひく、痙攣する耳元に、
「ラッキー、間に合った」
 情欲に濡れた弟の、ぞっとするほどセクシーな低音。
「あんたの声聞いてから、中坊みたいにビンビンでさ。上がってくる前にイッちまったらどーしよーかと思った」
「……ん」
 涼介はしかし、返事をするどころではない。彼のナカで雄がもう一度、硬く鋭く、力を取り戻してゆく。
「チェッカーフラッグ受けたときも、これであんたを抱けるって思ったらそのまんまイッちまいそーでさぁ。苦労したんだぜ?」
「あん、は……っ、ひぁっ」
「欲しかったんだよ……」
 裂かれた服の前から手か忍び込み、胸元がもまれる。弱い部位を攻められて、涼介はきゅっと、雄を含んだ場所をすぼめた。
「この世であんただけだぜ、ホント。想像だけでおれを勃たせんのも、声だけでイかしちまうのも」
「……け、スケ」
 撫でられつままれ苛められる胸元を、齧ってくれと哀願するために振り向こうとした、瞬間、
『ケースケ、何時までお風呂入ってるのッ』
 浴室のインターコムから響いた、天下無敵の、女性の怒鳴り声。
『早くしなさい。広間にもう、マスコミが揃ってるのよ』
 ます合同記者会見。それから日本の、各TV局ごとの生出演、それからと、彼女の声は今日一日の啓介の予定を告げていく。とても日付が今日のうちには終わりそうにない予定を。
「……チ」
 正直な舌打ちを、したのは弟。
「……」
 何もいえないくらいの絶望に、黙って目を閉じたのは、兄。
「くそっ、朝まで離したくねぇのに……ッ」
 つきあげられる。乱暴な仕草だった。それで良かった。もっと、とさえ思う。もっと乱暴に、もっと激しく……、して。必死で応えた。はじけた後も弟がそばに居てくれることを願って。外の世界に弟を、渡したくなかった。
「ん……ッ」
「ア、 アツッ」
 二人、同時に絶頂にのぼりつめる。後ろ髪に帰すしながら弟がずるり、離れていくのに涼介は、耐え切れずバスタブにもたれる。一緒に、ついていきたかった。
「パーティー、来ないか」
 問いかけにクビを横に振る。欲しいのは俺のものだけのお前。みんなと一緒に、お前を眺めたいわけじゃないから。
「つめてーよ、あんた……」
 不平そうに言いながらシャワーでざっと身体を流し、啓介はバスから出る。
「早めに帰って来るから、絶対、ここで待ってろよ。帰ったりしたら向こうのチームの監督の前で抱いてやるからな」
 捨て台詞を憎らしく聞いた。けれど返事は出来なかった。行かないでくれという言葉を必死で、それこそ命がけで、彼は押さえていたから。

 そして、夜明けの時刻。
 うっすら明けていく世界。色彩を取り戻していく空がかすかに、ベッドの上から見えた。リビングの床で一度、そしてベッドに移ってから二度。散々愛され、イかされている。胸も前も、背中から足の指まで舐められて、ベタベタにされて。
「ケイ、も、そこ、……やめてくれ」
「いい?」
「痛い、……、ヒッ」
 止めろとか痛いとか、そんなのが感じてる裏返しだと、この相手にはもう、とおの昔にバレている。でも痛いのは本当。痛みを感じるほどキツク、感じて。
「クン、ん……、クゥ、ン」
 のたうち、達していく彼を啓介は咽奥で受け止めた。綺麗に舐めて後始末までされる。そのたびに震える腰は、おさえられなかった。
「俺のも、やって」
「……どうせ、ムリだ。そんなに酔ってて」
「いいから」
 引き起こされて強制されて、逆らわず口をあける。いつもは息をかけただけ、舌先が触れただけでびくんと目覚める啓介のそれは、
「……」
涼介が唇に含んで、含みきれない根元に指を絡ませ先端の割れ目に舌を這わせても反応がない。飲みすぎれば役に立たなくなることは常識。なのに啓介はそれが口惜しいらしい。さっきから、無駄な奉仕を強要する。呼吸が苦しくなるまで舐めて、それでもぴくりとしないから。
「……ヤクタタズ」
 つい唇から、漏れた罵り文句。
「夕方は本番だけ、今は前戯だけなんて。人を半日待たせといて、ふざけ……」
 台詞が途中で切れたのは、乱暴に腕をつかまれたせい。そして。
 驚いて見上げた弟の表情が、あんまり残酷だったせい。
「啓介……」
 引き摺られるままに全裸でバスルームへ。抵抗はしなかった。恐かったから。ごめんと謝る隙も与えられずに、
「啓介、ナニ……」
 バスの床に押さえつけられたまま、シャワーを手にした弟の仕草に目を見張る。何をされるのか、しようとしてるのか分からない不安。そうして暗い情熱を篭めた弟の瞳に見据えられる恐怖と、背中あわせの奇妙な、陶酔。
 うつ伏せに押さえられ、腰だけ高く上げられる。そこに宛てられた感触にぞっとした。ヘッドを取り去ったシャワーホース。ゴムではなく金属の輪を重ねた蛇腹の形状の。
「いや、や、イヤだ、啓介、やめ」
「ぶち込まれたいんだろ?俺の、よかダイブ小せぇけど」
「や、イヤだって、ケイスケッ」
 ソープが塗られる。すべりのよくなったそれを力ずくで押し込まれ。
「う……、ン」
 受け入れる。そう、それほど大きくもない。夕方に弟に押し広げられたそこは、ソープを塗られてたともあって、拒む事が、出来ない。
「ヤ……、抜いて、け、すけ」
「なんで。そんな痛くはないだろう?」
耳元で囁かれる偽りの優しさに、
「……めたい、冷たい、から」
泣きながら縋る。返事はなくて、代わりに、
「イヤーッ」
更に奥へ、押された。
「イヤ、イ、ヤ……。ヤダ、こんな」
「……」
「も、ヤ……、啓介ぇ」
答えはない。優しく慰撫してくれる手さえ。それどころか。
「ヒ、ヒーッ」
水流が、流れ出す。そこから、ナカに満ちていく。
「いや、馬鹿、ナニ考えてッ」
暴れようとした肩を押さえられて。従順でない罰、という風に水流が強くなった。
「ア……ッ」
 それが、微妙に。
 弱い場所を、くすぐって。
 含みきれなくなった文が流れ出す。
 敏感な浅い場所で一度、渦巻いて。
「ヨクなってきた……?」
 首を左右に振ることさえ出来なかった。
 うめいて、泣いて、のたうって。
 悲鳴、哀願、愁訴を繰り返し。
 ようやくそれから開放されたとき、彼はもう、立ち上がるどころか指さえ、動かせないほどに消耗していた。それでも。
 抱き起こそうとする腕を避ける。乱暴に起され口づけ、されようとした瞬間。
 一瞬からんだ視線を逃さなかった。潤んだ瞳でじっと啓介を見つめる。暫くそうやって睨みあっていたが、結局。
 目を先に、反らせたのは啓介だった。乱暴に抱き上げ、裸の彼を運ぶ。ベッドの上に。
「……泣き止めよ」
 背中を向け続ける彼に我慢、できなくなったのも。
「だってあんたが酷いこと、先に言ったんだぜ。役に立たなくって悪いっても口惜しいっても、俺の方が無茶苦茶にそう思ってたのに。
「なぁ、まだ痛い?」
 ごめんと繰り返され、背中をそっと撫でられて。
「……、ツメタイ」
 ぽつり、涼介の唇から漏らされる、言葉。
乾いたシーツで啓介は彼を包む。そのまま体温を与えようと、腕をまわす。大人しく出来湿られ肩口に額を押し当てながら涼介は、違うともう一度、細い声で呟く。そっと背中にまわされた片手をとって、自分の、奥へ。
「冷たいんだ、ここ……」
「……」
 シーツを剥いで、仰向けに押し伏せ、脚を開かせる。逆らわず涼介は深みを晒した。濃い桜色に艶めいたそこは、確かに冷えていた。……なかが。
 顔を埋め舌で、指で、そこに熱を伝える。すりあげて、暖める。なかなか暖かくは、ならない。
「……寒い」
 芯を冷やされた彼の呟きは、今にも凍えそうで啓介の罪悪感と庇護欲を煽った。同時に腰の奥で、熱。それは。
 単に呼吸と時間の経過によって、体内のアルコール濃度が薄く、なっただけかもしれないけれど。
 唾液を塗りこめた場所に、埋める。今度はちゃんと、役に立った自身を。
「……ア」
「あったかい?」
「うん。……うんッ」
「アイだぜ、わかる?」
「う……、ン」
 喜んで絡みつく。ナカの粘膜も、外の彼のやさしい腕も。抱き合って繋がる。ようやく本当に抱き合って、溶け合えた。
「ヤッ、ダメ」
 突き上げるために引こうとした啓介の腰に、涼介のしなやかな脚が絡む。身体を重ねるようになって十年と少し。それでもそれは、初めての仕草。
「……さ、い、から」
「ナニ?聞こえねぇよ」
聞こえないように言ったのは、……わざと。
「ナンてったの。教えて」
自分にとって嬉しい言葉であることを察した弟は、もう一度言わせようと激しく彼をつきあげる。応じきれずに背中をシーツで擦り、がくがく揺らされながら、それでも淫靡に微笑んで、みせた。
「……たまんね、その顔」
抱き寄せられる。背中と腰を。応じて涼介も腕をまわし、肩と首とを抱き寄せる。愛しい弟の耳元に、唇を寄せて。

絶対、一生、離さない。

言葉の代わりに、熱い吐息を、吹き入れた。