悲しみに近いほど呆然とした、力の抜けた声で。

「オマエ、せめて、アッシュグレイに、しろぉ……」

 呟いた後はそのまま、ヘタッと椅子に座り込む。

「悪かった」

 ヴァリアーのボスが珍しく真っ直ぐに謝る。来客と自分が立っているのに座る無礼を咎めもせずに。

「あぁ……、あああああぁー……」

 頭を抱えて嘆く銀色の、うなり声が珍しく濁音でないことにその衝撃の深さを察して、仲間たちは同情を禁じえない。これは確かに酷いことだった。

「ごめんなさい」

 ボスが連れてきた美形もまた、自身を伴ったザンザスと同様に、率直に謝る。

「でも困ってるんだ。匿って」

 この大物にそう言われて、マフィアのファミリーが否と言える筈が、ない。

「まぁ、なぁ、センパイ、えーっと……。元気、出しなよ、な?」

 あまりの気の毒さに普段は憎まれ口ばかりの王子様が慰めを口にした。ほらほら、という風にがっくりうなだれた右の肩に手を当てる。

「そうよ、スクちゃん、元気出して。ボスがとんでもないのは今更でしょ。まぁ、アタシもさすがに、今回はびっくり……。気が遠くなりそうだけど……」

 オカマの格闘家も王子様に言葉を添えた。そうして左の肩を叩く。二人に支えられるように、よろり、銀色の鮫は立ち上がって。

「あー……」

 外から連れ立って帰ってきた二人に向き合う。下半身に節操のないボスのことは視界から抹殺して来客を眺めれば、悪びれもせずにっこり微笑まれて。

ぽり、っと、銀色は頭を掻く仕草。

「まぁ、なんだ……。オレのシツケが悪くってよぉ、毒牙にかかっちまって、気の毒したな……」

「ああ、そんな風に言わなきゃいけないんだね」

 マフィアの女主人として『夫』の浮気相手には、と、真顔で感心され銀色の鮫はもう一度、くらり、とした。気が遠くなる。意識が遠のく。これが貧血というものかもしれないと思いながら。

「センパイ、寝てもナンにも解決しないと思う」

「しっかりしてスクちゃん。あんたがなんとかしてくれなきゃ、どーしょーもないのよぉー」

「王子はヤだぜ。ボスの酔狂な下半身のせいでツナヨシに攻め込まれるのなんか」

「アタシだってそんなことでボンゴレ日本支部を敵に廻して、了平と引き裂かれるのはゼッタイに嫌よぉ」

「ボス、オレは何処までもお供します」

「あらあんた居たの、レヴィ」

「ワケ分かってねぇだろ、ムッツリ」

「わかる必要などない。ボスについていくだけだ」

「ばぁーか」

「ばかねぇー」

 この事態を受け入れるのも入れないのも、どんな対応をするのかも含めて、全権を持つのはボスであるザンザスではない。

「頑張れー、センパイー」

「しっかりー、スクちゃーん」

 幹部二人の二人の声援に。

「……がんばれ」

 男がぽつりと、そう言った、瞬間。

「うっせぇんだよッ、てめぇは黙ってろッ!」

 ヨロッと半死半生だった銀色の鮫は生き返った。怒りの余りでも元気が宿った事実に変わりはない。真っ赤な口を大きく開いて、真っ白な歯を見せて男を大声で怒鳴りつけ、その勢いのまま雲雀恭弥の前へ行き、バンバンと肩を叩く。

「ひでぇメにあったなぁオマエ。まぁでも、こーゆーのも若いうちの経験だぁ。すげぇタチ悪ぃ犬に噛まれたことは忘れろぉ」

「一応言っておくけど合意の上だ。レイプされたんじゃないよ」

「言うなぁ、ナンにも心配すんじゃねぇ。ツナヨシからは、匿ってやるからよぉ」

「うん、暫くの間、お願い」

 雲雀恭弥は独自の秩序で生きている。けれど奇妙に律儀で礼儀正しい。筋目正しいマフィアの世界に生きている銀色の鮫にとって、それは好ましい性質。

「沢田綱吉が土下座して探しに来るまで」

「……おー」

 いいぜ、と、銀色のオンナは答えた。けれどチラリと自身のボスに視線を送る。いいのかよという問いかけの、意味は迎えに来たら戻してやるのかという確認。

「ウチには雲が居ねぇ。ずっと居てくれてかまわねぇんだがな」

 本気とも冗談とも知れぬ口調が、その返事だった。