欲望・2

 

 

 小さな声で呟いた。聞かせないつもりで。けれど本当に聞えなくしたいなら口にしなければいいのに、声に出してしまったのは多分、聞いて欲しかったからだ。

「……、エドワード君のこと……?」

 全身に薄く汗を浮かべてまだ上気している女に。

「だけじゃないけどね」

 夜の寝室。当然女は裸で、しかも縛られている。現在の『王妃』は新国王にとって手放せない駒で、昼間も足に重い輪を嵌め走れなくしている。部屋には鍵をかけ、中庭にも自由には出さない。囚人というほどではないが軟禁状態。夜の寝間で手首をヘッドボード王妃を拘束するのは、ただの趣味だったが。

 『王妃』はそんな扱いに反発しなかった。前の王様には無言の不服従というしたたかな攻撃をしてみせたが、この相手にはヘタに逆らわない。知っているからだ怖さを。自分を殴ることで自分以上に痛んでいたマエノと違ってこの新王は自分を愛していなくて、だから傷つけることをなんとも思っていない、ということを。

 その聡明さが嫌味だと、新しい若い王様は思った。けれど賢い女を敬遠しつつ、時に縋りたくなるオスの性質が口を開かせた。

「あなたに酷いことするなするなって、みんなに言われるんだよ」

 兄の懇願、前妻のお願い、その祖母の忠告、重臣たちからの進言、王妃の出身国からの請願書。みながみな口を揃えて同じことを言う。

「これが酷い目にあってる女かどうか、見れば分かるだろうに」

言いながら傍らに手を伸ばす。夜着を纏っただけ、前もまだ留めずに自堕落に寝そべる寝台の上。薄いサーモンに染まったままなかなか血の色が引かない、皮膚の薄い女へ。

「……ッ」

 仰向けに両手を広げられた姿勢では何もかも拒めず、女は背中を仰け反らせ白い喉を晒す。本当に白いそこに気を誘われて、若い男は本格的に起き上がり、骨の形に浮き上がった膨らみを噛んだ。

「……、っあ……、」

 優しい顔たちと裏腹の固い掌は豪勢に膨らんで尖った女の胸を容赦なく揉み潰している。指の間からはみだす柔らかさに憎悪さえ感じながら。痛みに耐えているようだった女がやがて眉根を緩ませて背中を浮かせて、浅く喘ぎだすまで。

「……、め、て……、やめ……」

 震えながらの懇願を無視して片手を外し、あいたトップに唇を当てた。噛まれると思って、恐怖でか期待でか女がビクビク竦む動きを全身で堪能しながら、乾いた表面を押し付けるだけで焦らす。

「ん……ッ」

 外された固い男の指は女の肌を伝い、吸い付くきめを味わいつつ、下肢の狭間に滴る蜜を求めて進んでいく。

「……、ぃ、や……」

 翻弄される予感に女がとうとう泣き出した。兄よりも遼に女を嬲り慣れた弟が薄く笑う。

「僕が考える酷いこと、っていうのは、目もくれないで触らないことだけだよ。少なくとも、こーやって」

「ん、ん……、っ、あ」

「裸にしちゃったら、僕の負けだよね」

 それは詭弁だ。兄を不幸せにした女の、水気を毎晩、絞り尽くすまで抱いて泣かせて、疲れ果てるまで離さないのは十分、拷問と呼べるものだった。けれどほんの少しだけの真実もあって、それは。

「勃っちゃったら、オトコの負けだよね……」

 呟きは切ない。女の喘ぎに反応する自身の欲望に溜息をつくのは、演技ではなくて心からだった。こんな女がなんだ、という意思を身体は裏切り、食いつきたくって、涎をたらしている。

 くやしい、と。

 囁きながら赤い乳首を吸った。同時に狭間に指を沈めて天井を擦り上げる。悲鳴が上がる。甘く耳朶に響く。さして間をおかず、男は指の代わりに自身の楔で、女の洞を満たした。

「……、あ……、ぁ……」

 踏絵ながら女がかぶりを振る。こちらもまた、性感に炙られて薄い肌が血の色を増していく。ふっくらつるつる、あぶらの乗った女体が興奮に染まっていく様は男の欲望を、じんじんするほど刺激して猛らせる。

「いいキモチそーじゃない。口惜しい?」

 両手を広げて縛られた女は男を拒めない。女の上で傲慢に動きながら、苛める手つきで魅惑的に揺れる柔らかな果実を絞り上げる。さっきより充実を増したソレは男の指に今度は、生意気な弾力を伝えてきた。

「いゃ、い……、ぁ……、っ」

 舌打ちを一つ。それから男の指は無慈悲に、白い膨らみを押しつぶす。ひぃ、っと、悲鳴を上げて、女は身をくねらせた。

「口惜しがりながらイきなよ」

 悪魔か甘く、耳元で囁く。

「そもそもこんなカラダしといて性欲が薄いのがマチガイ。あなたみたいなオンナは、一日だって男なしには過ごせないくらい淫乱でちょうどいいんだ」

 オスの劣情を、こんなに煽る顔立ちと肢体。色事に関しては玄人裸足と言われる新王さえ、時々は本能に負けて本気になる。

「そう、なったら無視してあげる。指一本触らないで放置だ。閨寂しさに悶え苦しめばいい。今そうしたってあなた、一人でゆっくり眠れて快適なだけだから、ね」

 言いながら、この女を欲しがってのたうちまわった、あの兄の苦しそうな表情が意識に浮かんできて。

「っあ、ぁ、あ……ッ」

 女を御す、動きが乱暴になってしまう。

「ぃた……、イ……」

「あぁ……、ごめん。あんまりイイから」

 しらっと嘘をついて、また喉にくちづけ。

「はなびらあったまってきたね。吸いつく……」

 浮き上がった背中に腕をまわして、愛しているような仕草で抱き締めながら、ねぇ、と、熱い息を女の耳朶に注ぐ。

「はやく僕のこと好きになって。愛し合わなきゃ本当の傷はつけられない。あなたに本当に、酷い事は、できはない」

 言葉の恐ろしさとは裏腹に真摯に。

「僕に抱かれなきゃ眠れないように、なって」

 願う男の声を聞きながら、熟れた女は喉を反らして、唇を開いた。