欲望・7
新年を迎えたばかりの部屋。部屋が暑いほど暖かいから、冷たいアイスが喉に沁みる。
「はい、あーん」
宦官に持ってこさせたそれを、新王はシーツの上に力なく伏せたオンナの口元に運ぶ。体に毛布を巻きつけて横たわる女が反射的に口を開く。と、すぐにスプーンからこぼれるほど掬ったバニラアイスが滑り込んでくる。
甘い。
「君も食べる?」
夜着を羽織ってベッドかに腰掛けた新王は気軽区立ち上がり、取っ手つきの器に盛ったアイスを、今度は繋がれた眼鏡の宰相に差し出す。宰相は、こちらも、素直に口を開いて好意を受けた。
「できればここで、彼女を君に抱かせて」
「陛下、腕が実は、かなり限界でして」
手錠をかけられ、それごと寝台の天蓋に鎖でくくりつけられた両腕の、指先が白い。
「外していただけますと、とても嬉しいのですが」
「同盟成立にしたかったんだけど、世の中うまくいかないね」
言いながら新王は柱に結び付けられていた鎖を緩める。じゃら、っという金属音とともに、高く上げられていた宰相の腕が膝近くへ落ちた。
ふぅ、と、宰相が息を吐く。本当に辛かったらしい。
「ねぇさん、マッサージしてあげれば?」
バラニラアイスをまた一口、食べさせてやりながら若い王様はからかうように笑う。
「……イヤだよ」
「冷たいね。好きな男には優しくしなきゃ」
「どうして自分の家臣の、機嫌をとらなきゃならないの」
「優秀な男だから。これだけのタマは滅多に居ないから。君主に最も必要な資質は臣下に奉仕される能力だから。あなたがそれを知らないとも思えないけど」
アイスをまた、王妃の口元に差し出す。
「なめられてるんじゃないの、きみ」
新王は美味しそうに食べる女の、紅く充血した唇を銀のスプーンで撫でて、また宰相へ近づく。
「なめられていますとも」
「密通の濡れ衣を着せられるくらい?」
「そうです」
「……濡れ衣じゃない、本当のこと」
「あれ、罪状認否で、否認が入ったよ」
「お前酔ってて、覚えていないだけだ」
「そんなに酔ってて役に立つわけないだろ」
「セックス、したよ」
「信じられねぇな」
二人の会話を新王は興味津々に聞いていた。が、そこで途切れて、二人とも黙ってしまう。もう何度も繰り返されてきたらしい感情のなさで。
ぱくり、新王はアイスを自分でも一口食べた。
「親戚だけど家臣、ってさ、距離感が難しいよね」
宰相に近づき、手錠に絡めた鎖を外してやる。手錠は嵌めたまま。
「僕も王弟殿下やっていたから分かるよ。馴れ馴れしくしたら周囲の顰蹙と君主の不興を買う。けどその君主から親しみを持たれる特別の立場は保っておかなくちゃならない。特別って言うのはつまり、普通の家臣の倍も尽くして、感謝されるのは半分以下ってこと。よっぽど愛情がなけりゃやってられないよ」
「ご苦労されましたね」
「ううん。僕には山盛り溢れる愛情があったから、少しも苦労じゃなかった」
宰相にまた差し出される極上のバニラアイス。
「出来ればその、リキュールがかかっているところを」
「贅沢だなぁ。きみねぇさんの従兄弟だっけ。ちょっとやっぱり、似てるね。ふてぶてしくて自信満々なところ」
真っ白な一掬いを自分でぱくりと食べ、赤紫のカシスのリキュールがかかっている場所を掬ってやる。
「君の忠誠を買いたい」
兄より色の薄い金髪。そして透明度の高い水色の瞳。情事の余韻を漂わせた、男にしておくのが惜しいほど色っぽい流し目。
「服従を強いるのは今の僕には簡単なことだ。連れてこさせた妻子ごとまだ地下に放り込んで、飲まず食わずで三日も放置すれば泣きが入るだろう?」
「アルフォンス君、そいつも妻子も、わたしの家臣だ」
「でも僕が欲しいのは忠誠。つまり仲間になりたいんだ。だから、君が欲しいものをあげる」
「アル……、いや……ッ」
アイスの器を持っていない片手で毛布を剥がれそうになって、オ女は抵抗し、ぎゅっとその端を押さえた。
「いまさらカラダ隠してどうするの。全部見られたくせに」
「君に変なことされそうだからだよ……ッ」
「美人局は綺麗な女の使い方の基本でしょ」
「冗談じゃない、そんなの」
「あなたのカラダはもともと売り物だ。あなただけじゃないけど。王家に生まれればカラダも愛情も存在自体が国の財産でしょ」
「君もね」
「うん」
国家の要請に応じて兄嫁を娶る。