ボンゴレで指折りの『重要人物』の。

「最初に、意図に、気がついたのはいつ?」

 逃亡は表沙汰にされなかった。新妻にもうすぐ子供の生まれるという状況で父親が姿を晦ますことは異常事態。世間というものはそうバカではない。何故と首を傾げた後で気づく。

消息不明はその『子供』が原因ではという疑いを抱かれることは必定。産まれてくる貴種を守るために、その男の失踪はなかったことにされた。

「オレが死ぬ前、アイツが結婚する前だぁ」

 最後まで一緒に居た銀色の鮫への尋問は九代目も同席した。十代目の幹部も揃った、その居間で。

「なんて言われたの?」

「そん時は何も言われなかった。ってーか、ナンか言われそーになるたびに逃げてた」

「どうして?一緒に行きたくなかったの?」

「ああ」

「どうして?あんなに凄く、仲が良かったのに」

 愛し合っていた、というには暴力的な関係だった。けれども絆の存在は眺めているだけでよく分かった。

八年の不在を待っていた銀色は確かに男を愛していた。銀色にだけ我儘な男も、その『特別扱い』は愛だと、いえないこともなかった。

「出来やしねぇからだ」

 沢田綱吉の問いかけに銀色の鮫は正直に答える。一緒に居たのに、一応は見張り役だったのに、逃亡されて責任を感じている。もっとも、本気でその気になったあの男を止めることは、この銀色には不可能だった。他の幹部の面々でさえ無理がある。出来るとしたら、沢田綱吉本人だけ。

「あなたとザンザスが一緒で、出来ないことなんかあるとは思えないけど」

 沢田綱吉が笑う。無邪気な子供はいちばん性質が悪い。

「次は?」

「この前。あいつの、見舞いに行ったとき」

「それから?」

「昼間、車ン中で」

「一緒に行こう、って?」

「おぅ」

「もしかしてザンザス、あなたにそう言う為にここに来たのかな。凄い純愛だね」

「……」

 まさか、と、銀色は思った。でも口にしなかった。ボスの意図を、ボスの居ない場所で勝手に語ることは部下には許されない。代弁の資格はない。それは妻の仕事。

「あなたはザンザスのお願いをきいてあげなかったんだね」

 あの、言葉が不自由で短気な男が何度も繰り返し、誘ってくれたのに銀色は言うことをきかなかった。

「断られて、彼は独りで行っちゃったのか。可哀想に」

 何処にも行かせないボンゴレから離れることは許さない、と、あんなに繰り返していたのに沢田綱吉は落ち着いている。

 ショックを受けている様子なのは沢田綱吉よりむしろ、高齢の九代目。どうして止めてくれなかったのかと若い十代目に抗議したいのをぐっと我慢している内心が、杖を握った指先の白さに透けて見える。

 それを、九代目が口にしないのは。

「動機は思い当たる?ザンザスはどうしてキミとボンゴレから出て行きたかったんだろうか?」

 しないのは。

「アイツがなに考えてるかなんざ分かんねぇよ」

 銀色の鮫がそう言うと、部屋の隅から失笑が漏れた。続いて、失礼、という風に咳払いを、したのは十代目の右腕にしておそば去らずの側近、獄寺隼人。

 白々しいぜ、と言いたそうな、邪気を含むが明るい、獄寺のハシバミ色の瞳を向けられた銀色が俯く。

違う、白ばっくれてんじゃねぇ、本当に分からないんだと、その横顔は告げていた。

「かれ、何か、言っていなかった?」

 優しく、けれど粘り強く、沢田綱吉は銀色を追及。

「文句はイロイロ、ありそーだったけどなぁ」

「たとえば?」

「呪いはもう、うんざりだ、とか」

「ふぅん。どういう意味だろう」

 この場で本当に白々しいのは銀色ではなく、物腰の柔らかな未来の十代目。

「もうすぐ子供も産まれるのに、何が呪いなんだろうね」

 唄うように沢田綱吉が言った。産まれる子供の真実を、知っているぞと告げている。十五年後には自分のライバルになるかもしれない胎児にも容赦ない、このボンゴレで一番怖いオトコ。

「まぁ、居なくなっちゃった人の理由を、本人が居ないのに忖度しても始まらないけどさ」

 沢田綱吉は本当に白々しい。アンタのせいだよと九代目に言っているのも同様なのに。

「で、かれが、残して言ったお金だけど、どうする?」

 顔に火傷の痕があるハンサムは姿を消した。逃亡に賛成しなかった銀色は連れて行かれなかった。意識のない身柄はヴァリアーの砦内、オトコの寝室で発見された。大きなベッドには札束で埋め尽くされんばかりだった。

「どぅ、って……」

「あなたに任せるっていうことでしょ。お金をあげるだけなら送りつければいいのに、わざわざヴァリアーに戻って現金の中に埋めていったのは、そういうことになる、よね?」

 沢田綱吉が背後を振り向く。アッシュグレイの髪をした美形、マフィアの習慣に詳しい獄寺隼人の意見を聞こうとして。

「そういうことに、なると思います」

 小腰を屈めて恭しく、獄寺隼人ははっきりと頷く。

「わざわざヴァリアーの、ボスの部屋に寝かせて行ったのは、代行を任せるということになるでしょう」

「そうだよねー。わざわざヴァリアーの自分の部屋の、ベッドの中に、寝かせて行ったんだもんねー」

 それが愉快でならないらしい。沢田綱吉と獄寺隼人は同じフレーズを口にしてくすくす笑っている。

「それに、金を」

「うん」

「最後にやるのは、愛人に対するマフィアの別れ方です。けどこれは違うでしょう。こんなに公に、派手なやり方で、愛人に慰労金を渡すバカは居ない」

「じゃあどんなのになるの?」

「やっぱそっちも、始末を任せる、ってことじゃないですかね」

「やっぱそうだよね。後を任せる、ってことに決まってるよね」

 あはははは、と、またひとしきり笑った後で。

「あなたから見てどう?ザンザスは、ちゃんと生活費、持って行ったと思う?」

 テーブルの上に積み上げられた外貨の束を銀色はちらりと見た。

「アイツの個人財産を、全部知ってる、ワケじゃねぇけどよ」

「でも殆ど知っているでしょう?」

「ナンにもアイツ、持ってっないと思うぜぇ」

 全てを換金して置いて行った。宝石や証券で残さなかったのは、分配をしやすくする為だろう。ヴァリアーのザンザスは衝動派のように思われることもあるが行動はいつでも計画的。頭が良くて、準備万端、したたかな計算で勝機を逃さない。

「身一つで消えたのかぁ。かれらしいけど、困らないのかな?」

 沢田綱吉が心配のフリをして九代目を嬲る。

「でも、あれだね。後の始末をあなたに頼むなんて、まるであなたが、カレの奥さんだったみたいだね」

 何もかも承知のくせに、沢田綱吉は、本当に意地が悪い。

「お金は、どうする?」

 重ねて尋ねられて。

「ボンゴレ十代目のお車の弁償を」

 わざわざ銀色を運び込んでそうしたのは男の明確な意思表示。後のことは任せる好きにしろ、ということ。

 すらりと、銀色は判断を口にする。男の意図はともかく、任せるというのなら、どうするべきかは、ちゃんと分かっている。まずは燃やしてしまった沢田綱吉のセルシオの弁償。

「ああ、ありがとう」

「残りは奥方へ」

「あはははは」

 場にそぐわない明るい声で、沢田綱吉が笑った。

「凄いや。さすがだよ。いいなぁザンザス」

「?」

「オレの奥さんもあなたみたいに、オレの後始末をちゃんとしてくまれるといいな」

 何を言われているのか本当に分からない、という様子の銀色に沢田綱吉が近づく。生身の右手に指を伸ばし、恭しく持ち上げて指先にキス。

「……?」

 銀色の鮫は避けなかった。というよりも、何をされているのか分からない。

「さすが、ザンザスがスキになったヒトだね」

 そこまで言われてようやく理解した、銀色の頬が引きつる。オンナ扱いされることを嫌ってではなく、黙って聞いている九代目のことを慮って。

「こんな人をここに残して行かなきゃいけなかったザンザスは可哀想だ。一緒に行ってあげれば良かったのに。きっと今頃、寂しがってるよ」

「ん、なこたぁ、ねぇ」

「あるよ。あなたが居なかった間、ザンザスずーっと、寂しそうだったもん」

「……」

 銀色はキュっと口元を引き締める。ヴァリアーのサブの顔になって、ヘタなことを言わないよう言質をとられないよう警戒する表情。優しいところはあるけれど甘くはない、少年時代からのピカイチ優秀なマフィア。

「外国に滞在中、っていうことにしますか」

 沢田綱吉が九代目に提案する。

「表沙汰にしたらイロイロと困るでしょう」

 マフィアにとって足抜けは重罪。公表すれば追っ手をかけにければならないが、あの男を処刑したり連れ戻したり出来る人間はボンゴレ内部にも一人しか居ない。

「それでいいのかね、君は」

 気弱な声で九代目が若い後継者に尋ねる。イエスと沢田綱吉は答えた。

「オレとしては、まぁ、カレが命を置いていってくれたから、暫くは」

 見逃してあげてもいい、と。

「あなたのことですよ、スクアーロさん」

 それが誰だか百パーセント分かっていない銀色に告げたが、言葉にしても尚、銀色は実感できない様子だった。

「かれちょっと、可哀想でしたからね」

 最後のとどめを、さして尋問は終わった。

 

 

 

 

 九代目に腕を貸しながら沢田家光は正面玄関の車止めまで歩き、老人を見送った。お供をしてきた獄寺は相変わらず、煙草を吸いに、山本の部屋へ帰ってくる。

「乾杯しよーぜぇ、かんぱい。グラス出せよ」