「かれちょっと、可哀想でしたからね」
最後のとどめを、さして尋問は終わった。
沢田綱吉のとどめは銀色ではなく、九代目に向けられたものだつたが。
「ダイジョーブ?」
銀色にも相当の痛さだったらしい。
「……おぅ」
と、凛々しく返事はしたものの、顔色の青白さはもとに戻らない。尋問の行われたボンゴレ十代目の居間から山本武の部屋へ戻ってきても、尚。
「匣に、戻る?」
それが睡眠に近い休息であることを知っている山本が尋ねる。銀色の鮫はイヤだとかぶりを横に振った。
「そっか」
山本は素直に提案をひっこめる。代わりに銀色をソファに座らせ、自分は屈んで背後から、細い肩を、ぎゅっと抱きしめる。
「あんたは悪くねぇよ」
素直で正直、だが勘は恐ろしく鋭くて愛手間気持ちを察する能力も高い。
「ザンザスの為を思ってついてかなかったンだろ?結局ソレ当たりで、あんたが残ってっからツナもザンザスのこと許したんだから、アンタの考えはアタリだ。アンタは、ぜんぜん、ちっとも悪くねぇよ」
「……」
「ザンザスだって分かってると思うぜ?アンタが今も、ホントはザンザスのことだけ好きだ、ってさ」
背中を抱きながら山本武は優しいことを言う。そう、この若い男は優しい。固くて強い立派な牙も持っているけれど、指先も舌先もオンナの気持ちに逆らうことなく柔らかく撫でてやることが出来る。
「また会えるってゼッタイ。そんなに悲しむなよ」
悔恨に胸を噛まれているオンナをぎゅっと、山本は抱きしめる。自分以外の男を想っているのであっても悲しんでいると慰めたくなってしまう、雨の気性がオンナの中の潤いと共鳴する。
「……、れば、よか……、ッ」
そうして。
身内に甘いところのある銀色は、同じボンゴレの連中をなんとなく『仲間』と思っていて、警戒心は薄いところがある。
「一緒に、行けば、よか、った……ッ」
今がそうだった。頭を抱えて嘆く様子は正直な本心。
「三日でも、一日でも、一緒についてって、やりゃあ……」
よかったと心の底から嘆く。どうせ焔のチャージが切れれば匣に戻るのだから、それまでの時間をせめて、誘われるまま、行けば良かった、と。
「うん、まぁ、ついて来て欲しかったと思うけどさ」
あの強い男が何をどんな風に考えているのか、山本武には分からないこともある。そもそも恋人に手を上げるという行為自体が分からない。どうしてそんなことをするんだろうと、ずっと思っていた。
「そんな悲しむなよ。なぁ、じゃあこうしようぜ、スクアーロ。あいつが、ザンザスが本当にアンタを愛してるって、俺が思えたら、あんたを帰してやるよ」
後悔に嘆く銀色の髪を撫でながら。
「俺の母親、過労死なんだ」
いわでものことを、山本武は口にしてしまう。
「俺がまだガキで、オヤジが店もったばっかりの正月に死んだよ。年末からちょっとしんどそうだったのに我慢してて、元旦に倒れて、三日目に死んじまった」
ちゅ、っと、カタチのいい頭にくちづけをしながら。
「アンタが死んだとき、それ思い出してさ。アンタもお袋とおんなじ、ナンにも言わないで、すーって、息が伸びて止まった。すっげー悲しかった」
この銀色を『殺した』男を、深く恨んだけれど。
「でもさぁ、ナンか、見てるとやっぱ、事故だったのかな、ってさ」
思わないではないと、一途な憎悪を山本武は、やや軌道修正。
「お袋の葬式でお袋の親兄弟が、やっぱオヤジにアタリがキツくって。その後で、オヤジと母方の親戚はさ、殆ど行き来してないんだけど、俺にだけは時々会って小遣いくれたりして、そのたびに、イロイロ」
言われた。子の成長を祝う言葉はそのまま母親の早すぎる死を悔やむ恨になり、その立場では仕方ないとは思いつつ、父親をダイスキな息子は聞くのが辛かった。
会社員に嫁いでいれば若死にしなくてすんだのに、という言葉は真実かもしれない。だが母親が父親に嫁いでいなければ自分は居なかったのだ。
「オヤジは一言も反論なかったし、オレに言い訳もしたこない。けどさ、ナンか異常にヒトにモノやんのが好きになって。なんとなく、あれって供養なのかなって、思ったりしてさ」
愛する女を失って、欲しいものなど何一つなくなった男を身近に知っている。最近、ちょっと、別の男が父親の姿と重なって困っていた。
「オレもしかして、お袋の身内と同じことしてんのかなって、ちょっと思ってた、とこだし」
銀色は自分を『殺した』男のことを一度も悪く言わなかった。手元に戻ろうとこそしなかったが、本当に一度も。
「あんたがホントに困ったとき、アイツがあんたを助けに来たら、匣をあいつに、やる」
「……」
銀色が俯いていた顔を上げる。
「……出来もしねぇくせに」
雨の、とびきりの『匣生物』はボンゴレの科学力を結集して造られた貴重品。属性の都合上、山本武の所有になってはいるけれどボンゴレという組織に属するモノ。
「ホントにしようと思ったから、出来ないことなんか一つもないのなー」
若い男は、ガキの頃と同じ顔で笑う。
「アンタは今、オレんだよ。アンタも実はそう思ってるだろ?」
自信満々に若い男が言う。
「……」
銀色のオンナは否定しなかった。
「アイツもアンタを自分のと、今は思ってないから連れて行かなかったし、ナンにもしてないんだろ」
「……、うるせぇ……」
なにも、されていなかったことに。
内心でかなりキヅついていた銀色はかすれた声。
その正直さにくすくす、山本武は、そんな場合でもないのに笑ってしまう。
「スキだぜ、スクアーロ」
ひどく愛しく、カタチのいい小さな頭を抱いた。
九代目に腕を貸しながら沢田家光は正面玄関の車止めまで歩き、老人を見送った。お見送りのお供をしてきた獄寺は相変わらず、煙草を吸いに、山本の部屋へ帰ってくる。
「乾杯しよーぜぇ、かんぱい。グラス出せよ」
銀色と一緒に、先にその部屋に帰ってきた山本に向かってそう言った。疲れた様子の銀色をソファに座らせ、背後から抱きしめてオトコの逃亡を慰めていた山本は。
「何に乾杯するんだ?」
獄寺の言う意味が分からない。
「遊びに来てくれ、ってさ」
悲しそうな二人とは対照的に明るくさえある態度で、獄寺隼人は冷蔵庫の中から勝手に山本の、秘蔵の大吟醸を取り出す。
「九代目から、アンタに伝言だぜ」
獄寺隼人は上戸だが仕事優先。沢田綱吉が居る時は酒を飲もうとしない。その獄寺がこぽこぽと、茶碗くらいあるぐい飲みに日本酒を注ぐのは珍しい。
「車に乗り込む時によぉ、よばれてそばに行ったら、あんたな伝えてくれって」
「遊びに来てくれって?」
確認したのは、山本武。
「子供の名前を一緒に考えてくれってよ」
「……」
「……」
イタリアの習慣で名付け親というのは思い立場。生涯に渡ってその子供の相談に乗ってやり、実の親とともに成長を見守ることになる。
「九代目にもやっと分かったんじゃねぇか?あの二枚目はアンタのものだ、って」
とろり、とした酒の表面を舐めて獄寺が山本へ渡す。山本は受け取り、同じようにしてからソファに座る銀色の右手をとって、持たせた。
「……」
持たされて、銀色は乾杯という気分でもなさそうだったがグイッと飲み干す。口当たりはいいけれど案外と酒精の強い日本酒が喉を焼き腹の中に落ちていく。
「いまさら?」
非難がましい口調の山本とは対照的に。
「いまさらだって、勝ちには違いねぇだろ」
獄寺隼人はあくまで上機嫌。ちゅ、っと、山本武に抱きしめられた銀色の頬に顔をよせ、唇の端を舐める。