身体を、ナカから、引き裂かれるかと思った。
「あ……、ァ……、ア……ッ!」
「……正気で」
「い、って……、ザン、ヤメ……。いて、ぇよ……、ぉ……、ぁ、あ、ぁ」
「言ってンのか、テメェ」
男がかすれた声で尋ねる。オンナは返事をするどころではない。
答える前に問いかけも理解していないかもしれない。カラダの奥に容赦なく与えられる律動にのたうち、強制される性感に蕊を膨らませて苦しむ。
「う、ぁ、あ、あ……、ぁ」
悲鳴が濁ってきたのに気づいた男が、腕をオンナの腰に廻して動く角度を巧妙に変えた。
「……、ァ……」
とチンにオンナの声が変貌する。湿りを帯びて甘ったるくなる。こんなに男の思い通りになるカラダは何処にもない。
「ジジィの姪はキリストを産むぞ」
自分の妻とは、男は言わなかった。
「処女懐胎だ」
それは、つまり。
「役立たずだったからな」
告白とともに男が熱を放つ。ナカを灼かれてオンナが透明な悲鳴を上げる。鳴き声のヨサに男は目を細める。ぎゅ、っと改めて抱きしめる。愛しい。
余韻に震えるオンナを暫く撫でてやった後で、男は起き上がりもう一度、水を取ってきてやる。差し出される瓶にオンナは貪りつく。ごく、ごく、真っ白な喉が上下するのを、男は目を伏せ、熱心に眺め下ろす。食欲を感じながら。
「……」
誘われるまま飲み終えた喉に唇を押し付けた。皮膚の下で頚動脈が脈打つ。食いちぎって暖かな血を貪ってしまいたい、と、ほんの少しだけ思った。少しだけだが真剣に。そうすればこの飢えは治まるのかもしれない、と。
「なぁ……」
オンナは嫌がらない。急所を男の好きにさせながら男の後ろ髪を撫でつつ穏やかな声を出す。
「……なんだ」
「それって、マジかぁ?」
「なにが」
「オマエの女房。処女懐胎、ってよぉ」
「マジだ」
結婚式からは一年近くが経過しているけれど、男は彼女に手をつけていなかった。
「……」
てめぇのことだけが恋しくて、と、男にとっては覚悟を決めた、告白だったけれど。
「そりゃあ、なぁ、無理もねぇんじゃ、ねぇかぁ?」
銀色のオンナにとっては違った。
「なにが」
「女房が、浮気、しても、そりゃしょーがねぇよ。お前も悪ぃぜ、ンなかわいそーなことしてたんじゃ裏切られても」
仕方ないぜと男に告げる優しいオンナは、男の残酷さを細い声で咎める。
「赦して、これから、可愛がってやれよ」
「……」
正気で言っているのかと男は尋ねなかった。生真面目な表情は心からのもので、嫌味も皮肉も沈んでいそうにない。昔からそうだ。この銀色はいつも純に、男のことを、心から想っている。
「てめぇは……」
一年前もそうだった。この銀色は、結婚するなと、一度も言わなかった。むしろ男の婚姻を喜んだ。普通高校(リチェオ)を卒業したばかりの十八歳の花嫁が男に与えられることに浮かれ、新婚旅行の段取りや新居のことを熱心に話しかけた。
「あの女をお気に入りだな」
「オレじゃねぇよ。すげぇオマエの、為になる女じゃねぇか」
「話をしたこともないくせに」
「なぁ、アレがオマエに嫁ぐって決まった時はよぉ、すげぇ嬉しかったぜ。ボンゴレ最後の生娘だ。てっきり沢田綱吉の花嫁になると思ってたからよぉ」
「血筋のこと言ってンなら今更、意味がねぇことだぞ」
日本人の血が殆ど、一世の血脈をかすかに引いているだけの沢田綱吉が十代目に選出された今となっては、もう。
「ジジイがオマエのこと見捨ててない証拠だろ」
「あんな年寄りはこっちから願い下げだ」
「ってオマエ、言うけどよぉ。やっぱし、あのジジイが一番、オマエんこと大事に思ってんだぜぇ」
「知ったことじゃねぇ」
「なぁ、せっかく性質の悪ぃ情婦片付けて、若い花嫁と結婚したんだからよぉ」
「てめぇソレ、皮肉で言ってンなら許してやるが」
「皮肉じゃねぇよ。悪かったって、マジに思ってるぜぇ。オレぉずーっとオマエのこと好きで役に立ちたかったンだけどよぉ、結局、邪魔にしかならなかったなぁ」
「マジなら勘違いだ」
「許してやって、忘れて仲良くしろよ。なぁ?」
「……無茶言うな……」
そんなことは出来ない。最初から自分には無理だと分かっていた。最初から、したくはなかったのだ。
「イマサラ言ってもしょーがねぇだろう。しちまったんだからよぉ。なぁ可愛がってやれって。な?」
「オレに纏わりつかれんのがウザくてそう言ってんのか?」
「そうじゃ、ねぇよ。カラダ気に入ってくれてンのは今でも嬉しいぜぇ」
「案外と」
「けどもう、全部、イマサラなんだろぉがぁ。忘れちまえぇ」
「カラダだけでも、なかった」
気に入っていたのは、と、男は腕の中に抱いたオンナに告白する。オマエ自身を愛していたと告げられても、オンナはそれを喜ばない。困り果てた様子で男のことを眺める。
「迷惑か?」
「……逃げ込むなよ」
「ぶん殴ったのはイラついてたからだ」
「あー、うん。そりゃあ、よく分かってるぜぇ」
運命の、あの日。
「イラついてたのは邪魔になったからじゃねぇ。あん時に自分がなに話してたか、てめぇ覚えてるか」
「さぁなぁ。結婚式の衣装の話でもしてたかぁ?」
「招待客の席次だ」
「あー。オマエがなかなか名簿よこさねぇから、ジジイが困ってたなぁー」
一年前のその日のことを、銀色のオンナはクスクス笑いながら話す。男が苦しそうな様子とは対照的だった。
「てめぇはオレに、口を開かせなかった」
「ンだぁ、口より手が早いのは昔っからじゃねーかぁー」
「オレはイヤだった。てめぇと逃げたかった」
「はは。……出来もしねぇのに……」
「だから言わせなかったのか?」
ボンゴレ九代目が、養父が推薦する花嫁との結婚を嫌だと。強いられるくらいなら逃げるぞと。一緒に来い、と。
「てめぇが気づいてなかった、筈がねぇ」
男は確信をもってそう言う。オンナは否定しなかった。自分の気持ちは分かっていた筈だと男に責められて、いなかったとは答えなかった。ウソはつかなかった。
「オレがイラついてんのを分かってて、テメェは」
「メシ食って来いよザンザス。腹減っただろぉ?」
「わざとオレの目の前に立ちやがった」
「ちゃんとイイコに待ってるからよぉ、な?」
「誤魔化すな」
「誤魔化させろよぉ。もぅいまさら、なに言ったって、もとにゃ戻らねぇんだぁ」
「言わせろ」
一年前に本当は言いたかった言葉を。
「逃げるぞ。ついて来い」
「……」
「イヤか?」
「出来ねぇよ。キモチだけでジューブン、オレぁ幸せだぜぇ」
「オレは不十分だ」
「幸せになってくれよ」
「殺すつもりで殴ったんじゃねぇ」
「……」
「信じられねぇか?」
「……チカラがよぉ、いつもと違ったぜ」
この男の暴力には慣れていた。殴る蹴るの暴行も日常茶飯事だった。けれどもその時の暴行は思いがけない結果を招いた。
頭部外傷による急性硬膜下血腫。出血が頭蓋骨のすぐ内側にある硬膜にゼリー状に溜まり、脳を圧迫して短時間で意識を失った。すぐにほんごれの系列病院に運び込まれて緊急手術を受けたが手遅れ。一度も意識は戻らないまま、ほんの二時間で銀色は息を引き取った。ひどくあっけなく。
「それを言うならテメェの手ごたえもだ」
すつもとは違った。いつもなら避ける筈の男の八つ当たりを、反応せずに真正面から受けて崩れ落ちた。
「んー……」
「誤魔化すな」
「誤魔化させろよぉ。イマサラ白黒つけたって、しょーがねぇじゃねぇか」
「うるせぇ」
頭のいい男はオンナの言い逃れを許さない。が。
「オマエと喋ってっと、最後ゼッタイ、オレが悪くなるなぁ」
理詰めで来られると負けてしまうと、抗弁を放棄したオンナが悲しそうに言うのを可哀想だとは思った。
「オマエの邪魔になってんなら消えてやってもいいと思ったぜ」
「そうじゃねぇ」
「ごめんな。結局なんか、オマエが悪いヤツみたいになっちまって。そうじゃねぇって、あちこちちゃんと言って廻ったら許してくれっかぁ?」
「バカか。逆効果だ」
男が謝罪を強いたのだと周囲には解釈されるだろう。
「テメェを責めてんじゃねぇ」
脱線しかけた話の筋を、男は戻そうとする。
「誰にどう思われようが興味はねぇ」
他人の思惑を気にかけたことなどかつて一度もない。
「戻って来い」
最終的に、言いたかったのはそのこと。
「無理……」
「ジジイの靴でも沢田綱吉の指でも舐めるぞ」
「バカ言うなぁ。させられっかよ、オマエにそんなことぉ」
「戻って来い」
「……ごめん」
「イヤか」
「ごめんなぁ」
「オレがもう、イヤか」
「こえぇ、かもなぁ、ちょっと」
「いまさら?」
「んー。今はほら、九代目の声がかりで十代目からの見舞いだからよぉ。ヘタなまねされねーだろーな、って、安心してっけど」
「ジジイもガキも関係ねぇ」
「相応しくねぇんだオレは。オマエが初めてじゃなかったし、オマエ以外のオトコも知ってるし」
何もかも捧げたつもりだったけれど、貞節は献じることができなかった。それは出会った最初に、既に手遅れだったから。
「……いまさらだ」
告げる男の口調は苦い。かつて散々、そのことを責めた記憶を消せはしない。失うことに比べればなんともない瑕疵だったけれど、手に入れていた間は致命的な欠陥だと思っていた。
「オマエは偉かったぜ、ザンザス。邪魔な情婦を結婚前に、ちゃんと始末した」
「てめぇそれイヤミだろうな?」
「マファイのオトコとしちゃ文句なしのやり方だぁ。せっかくだから最後までそうしろよ。女房大事にして、惚れられて幸せに暮らせぇ」
「イヤミ言ってんだな?まさかマジじゃねぇな?」
「ドマジだぜぇ」
「オレを地獄に落とすな」
「ははは……」
「笑い事じゃねぇ」
「悪ィクセだなぁ、ザンザス。他所のとか他人のとかだとミョーに欲しくなるンだろ」
「てめぇは、オレんだ」
「はは。……むかし言われたら、すげぇ嬉しかっただろーなぁ」
「嬉しくねぇのか今は」
「んー。ケッコー嬉しいけどなぁ……、イマサラ……」
言いながら銀色の息が長く伸びる。すーっとそのまま眠りについてしまう。疲れていたらしい。
「逃げンな、卑怯者が」
男はそれを咎める。けれど起こして、続きを話そうとはしなかった。