懺悔・7
久しぶりの、セックス。
なんて思うのは、夕べ仲良くしたリザに失礼だろうか。
でも実感だった。キモチが良くってイライラが消えていく、不思議な感覚。
セックスして気分が回復するなんて、昔の俺には信じられないことだったが、事実だ。歳をとったせいなのか、それとも。
「……、ん……」
侵略される満足に息を漏らすと、
「……」
無言のままで、ぐっと腰を入れてくる若い男が。
「ん、っあ……、ァ……」
馬鹿みたいに真剣で熱心だから、か。
「……、ッ……」
攻め込まれてくるのが苦しくて、目の前で揺れている肩にしがみつく。甘えるように顔をよせると、男はふるっと胴を震わせて、苦しそうに、それでも動きを、一旦、止めた。
身体の中で蛇が身震いしてる。苦しくて熱くて、でも、物凄く、キモチがいい、ことも確か。
……仕方ないじゃないか。
男にも抱かれる快感はある。俺はそれをかなり深くまで知ってる。脚を拡げて狭間を晒して、犯されるのが、気持ちいい。
歯噛みして、男は耐えている。俺は悠々と男の蛇を感じて喘ぐ。びくびくしてて……、イイ。
大人しさに乗じて俺は、暫くそのまま喘いでいた。男は何度か俺の腰を掴んで、また揺らそうとしていたが、そのたびに肩に縋る指に力を篭めると、大人しくなった。……、いい子だ……。
もうちょっとこのまま。キモチがいいんだ。とても。
男が苦しんでる。頭の横についた掌が握り締められる。体温が上がっていく。それに従って当然、蛇までさらに熱を帯びて、甘い刺激が、密度を増していく。
キモチが、いい。
笑ってそう言うと、男が拳を広げて手をついて、上体を起こした。肩に指を掛けたまま好きにさせた。距離が出来て、肩口に顔を埋めていたときには見えなかった表情が、見える。
見えた表情は、肌で感じてたときと少しも違わなかった。あんまり変わらなくて、その正直さに笑った。俺が笑うからどうしていいか分からずに、男は軽くくちづけてまた、倒れこんでくる。受け止める掌が滑った。随分汗をかいてる。
試す気持ちで目を閉じた。試されてることを分かっているかどうか、男はまだ、我慢するつもりらしい。息を吐いて頭を振って、俺をぎゅうっと、抱き締めて。
かわいい。
お前は、可愛い。
あんまり苛めるのが可哀想になって、それにもう、十分堪能したから、動いていいぞ、って合図に腰を揺らす。男の全身がぎくっと緊張して軋む。俺のほんの少しの気配でゆれる、お前は物凄く、可愛い。
「……?」
掠れた低い声の、問いかけに頷く。顎をかすかに引いた、まさにその瞬間。
「ヒ……ッ」
バネが弾けたようだった。
「ひ、ヒ……ッ、ひゅ……、ぅあ……、ッ、あ……ぅ」
腰を浮かす余裕もないくらい、いっそ男らしい直裁さで、俺の中を剛直が暴れる。イイ、場所はもう知られていて、そこを一途に刺激され続けると、もう。
「う……、ひゅ……ッ」
欲情しきって、こっちまで息が上がる。苦しい。でも……、キモチが……、ヨくて……ッ。
何も考えられなくなる。目の前に肩に縋ると、男は少しだけ律動を緩めた。攻め込まれるリズムのきつさに息もできなかったのが、少しだけ楽になる。くちづけが、降りて来た。笑って受け止めたが少し息が苦しい。でもなんだか……。
安心できる気がして体の力を抜く。男が俺の膝を担ぎ上げる。本当に情け容赦なく、侵略されていくのがいっそ、快感で。
我ながら、嬌声にしか聞こえない悲鳴をあげ続けた。
それから少し、意識がとんで。
気がつけば、男の腕の中。
身体は離れてるのに肌は離されないで、抱き締められてる感覚に違和感。……前の男はこうじゃなかったから。
未練があって俺を離したくない時は、離れないままで抱いてた。俺は、あいつが止めるなり続けるなり決めるまで、苦しいのを我慢して、じっとしてなきゃ、ならなかった。
……よくあんなことさせてたな……
苦しくて痛くて辛い時間だった。拡げられっぱなしなのが辛くてじわっと、いつも涙が出た。情けなくても仕方ない。あれは、意思や意地でどうにかなる辛さじゃなかった。俺が泣き出すとあいつは満足して、抜くなり続けるなり、動いたものだった。
……なんで……。
あいつは俺にあんな真似をしたんだろう。俺が泣くのが楽しかったんだろうか。楽しかったんだろう、いつも、俺が耐え切れず泣き出すと、嬉しそうに笑ってたのを覚えてる。
……どうして。
何度考えても分からなかった。あれを愛情だと思えなくて、他にも色々、それであいつとは別れた。長い間、あいつの好きなようにさせてた体はあいつと手を切ったって、元に戻るわけじゃなかった。
「……か?」
俺を抱き締めたまま身動きしない男にそっと、尋ねてみた。
「俺の台詞ですよ、それ。大丈夫ですか?」
大丈夫だとも。男とのセックスは慣れてる。慣れてたことより、ずっと優しかった。
「何か欲しい?」
「……別に」
「じゃあ……、もー少し……」
こうやっていていいかと尋ねられ、曖昧に頷く。ぎゅっと、まるで閉じ込めるみたいに腕の力が増す。身体中が押し付けられて、あぁ、こんな風にされるとさすがに、俺にもよく分かる。
お前が俺の体を気に入ったんだ、って。
「……俺」
なんだ?
「なんでも言うこと、ききます、から……」
から、なんだろう。また抱きたいのか。正直すぎる男だ。まぁでもそっちの方がいい。愛の告白なんかされるより信じられる。
「……好きです」
心の中で、せっかく褒めたのに。
そう思って、苦笑して、正気に戻るとこんな年下の、部下の腕に女の子みたいに、恋人みたいに抱かれてることに我慢できない不自然さを感じて身じろぎした。
男がぎゅっともう一度、抱き締めてから腕を離す。ベッドから降りて俺は福を探す。終わったばかりなのに平気で歩けるのが違和感。手足と腰が少し軋んでるが痛いというほどじゃない。
……服は何処だ……。
男もベッドから降りて来る。自分は素っ裸のまんまで、俺に、床から拾った服を渡す。礼を言うのもおかしくてさっさと身につけた。そのまま部屋を出て行っても良かったが、少し。
さすがに少し、しゅんとした様子が憐れで。
「……何が欲しい?」
少しは優しい言葉もかけてやる。
「え?」
「気晴らしにつき合わせたからな。代わりにやろう。何が欲しい?」
金を渡せば売春になるが、品物なら好意の証で済む。
「……なんでもいいですか?」
「ある程度までなら」
「も一回、したいです」
「いつだ」
「いま」
腕を引かれる。間近で見詰められる。表情はあくまでも真面目で、瞳の底には欲情がもう芽生えてた。
「そういうことは……」
服を着る前に、言え。
着終わってから問い掛けた自分を棚に上げて目を閉じ、くちづけを受ける。男の掌が俺の胸に降りて、乱雑に嵌めたばかりのボタンを外していく。
「……外しやすいだろう?」
手つきがあんまりスムーズだったから、ちょっとからかってやりたくなって、言った。
「男のシャツの方が脱がせやすいんだ。ボタンが反対についてるのは、女性に脱がせてもらいやすいように、だから」
「分かりません」
答える口調は、ちょっと強くて。
「……初めてだから分かりません」
続く言葉は、それを反省したように柔らかい。
「大佐」
「……なんだ」
「はじめてです」
「そうか」
悪かった、と口の中で呟く。シャツやプラウスを脱がせることくらいで、からかわれて傷つく男とも思えなかったが、なんだか傷ついた様子だったから。
「色々、ホントに、あんたがはじめてです」
そうか。でも俺は初めてじゃないぞ?
嘘を、ついた。
こんなにかわいい相手は初めてだった。
「……分かってます」
正直に悲しそうな、なんて可愛らしい、奴。
ごめん。
俺はお前を愉しんでいるよ、少尉。