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石川啄木のふるさとを尋ねて
啄木を読めばこころの糸車からころころと回り始める なみゑ
40代半ばを過ぎてから、突然短歌をしたくなったわたし。短歌を始めると言った時、母が大叔父に当たる人が(釧路にいた祖父の弟)啄木の弟子のような事をしていたと言った。今まで聞いたことなかったので、びっくり。建具屋をしていた気の荒い祖父の家系だが、その中で珍しく、読書家でとてもやさしい人だったという。家の反対を押し切って啄木のところへ行き、結局肺病で死んだそうだ。その話しを聞いた時、自分の中にある短歌のルーツのようなものを感じながら、短歌はすてきなものなのだという事を証明したくなっていた。
2003年2月22日、やっと岩手県渋民村に行ける日が来た。偶然に啄木の誕生日は2月20日。今回の旅行で、啄木の出した小天地という雑誌の復刻版を手に入れた。そしてその雑誌に大叔父の名前を発見する。及川清。。文芸を志す途中で死んでしまったその人生の、生きた証を見つけたようで嬉しかった。
ささやかなこのぺーじを大叔父に捧げよう。
2月23日、雪のある朝9時に渋民駅に着く。盛岡は
そうでもなかったが、
渋民に近づくに連れ雪が深くなり不安になる。
しかし駅のあったかなストーブがその不安を溶かしてくれた。
駅からタクシーで啄木記念館へ行く。
啄木記念館、庭にはまだ雪がたくさんあった。
啄木の愛せし色はうすむらさき春の小径すみれの花か なみゑ
啄木の理想は、考えていたより決して暗いものではなかった、
彼は英語を教えていた、わたしも英語教室の仕事、とても共感する。
これからはこんな風に、子どもたちに思えるよう努力してみよう。
〈 啄木の言葉 〉
自分が教壇の人と成るのが単に読本や算術や体操を教へたいのではなくて、出来るだけ自分の心の呼吸を故山の子らの胸の奥に吹き込むためなのである。
例えてみれば、実際的な教育は直接に人の家に訪れて物を与えるようなもの。芸術は先ず自分の家に人を招いて饗応して帰るときにお土産を与えてやる様なもの。
詩人たる自分の学ぶべき大学が、塵の都のいかめしい大建築であるとは思へないー故郷は自然の大殿堂である。
教師をしていた学校と愛用していた机、オルガン
記念館のそばの信号を渡り、啄木の道の駅に行く。
この写真の道の駅の、おばあさんから聞いた話し。友人の金田一京介に、啄木は羽織袴などを借りたりした。京介の家族は、何でも借りても返さない彼のことを、心良く思わなかったが、京介自身はにこにこ貸してあげていたという。人から愛される人だったらしいとのこと。雪が深くて、ふつうの靴で来たわたしは裏の歌碑まで行けなかったが、このおばあさんは「一番最初の啄木の碑だから見た方がいい」と親切に長靴を貸して下さった。感謝!この歌碑と岩手山の景色は、よくパンフレットに載っているが絶景。
やはらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに (啄木歌碑)
そして何と、ここで小天地の復刻版を手に入れる。小天地は啄木が出した唯一の月刊誌であり、その一回だけで終わってしまった。小天地には与謝野鉄幹、金田一京介など著名人が執筆している。その中にひっそり、大叔父の名前の短歌が3首あった。寂しく一人で死んでいった人の、生きた足跡を見つけ、嬉しかった。
啄木のふるさとに来て涙せり貧しきことの嬉しさ哀し なみゑ
啄木はいつも家族との、人間的な幸せを望んでいた。記念館には、彼の理想の家が和紙の人形で再現されている。子供たちを教えながらの生活、ちょうど自宅に塾を付けたようなものですね。そんな家があったらいいな。
(記念館での写真は、撮影許可をいただいてます。)
渋民村は現在は玉山村となっている。全国で一番早く、教え子たちによって、建てられたという啄木の石碑をカメラに収め、歩いて駅まで帰ることにする。啄木の愛したふるさとを、特に岩手山を見たかったからだ。岩手山は、ちょっと前に火山地震活動が認められた山。火山の好きなわたしには興味ある山。しかし天気なのに山は姿を見せてくれなかった。途中、橋に来て、北上川の青さにも感動する。
啄木を映せし北の大川がいま我が身をば載せて流るる なみゑ
歩いて20分、渋民駅が見えて来た。とうとう岩手山は姿を見せてくれなかった。しかし電車に乗った時、突如雄大な姿を現してくれる。「またおいでよ」と言っているかのように。
ゆくりなく窓の向こうに岩手山動き始めし汽車を見つむる なみゑ
≪おまけ≫ 今回帰りは、岩手産の猫キキといっしょに帰ってまいりました。
今は愛らしいうちの家族となってます。
〈 石川啄木の短歌 〉
ふるさとの山に向ひて
言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな
潮かをる北の浜辺の
砂山のかの浜薔薇よ
今年も咲けるや
岩手山
秋はふもとの三方の
野に満つる虫を何と聴くらむ
不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸われし
十五の心
やはらかに柳あをめる
北上の岸辺目に見ゆ
泣けとごとくに
ふるさとの訛りなつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく
かにかくに渋民村は恋しかり
おもひでの山
おもひでの川
閑古鳥!
渋民村の山荘をめぐる林の
あかつきなつかし
ふるさとを出でて五年、
病をえて
かの閑古鳥を夢のきけるかな。
ふるさとの寺の畔の
ひばの木の
いただきに来て啼く閑古鳥
馬鈴薯のうす紫の花に降る
雨を思へり
都の雨に
みぞれ降る石狩の野に読みし
ツルゲエネフの物語りかな
百姓の多くは酒をやめしといふ
もつと困らば
何をやめるらむ
おれが若しこの新聞の主筆ならば
やらむーと思ひし
いろいろの事!
神様と議論して泣きしー
あの夢よ!
四日ばかりも前の朝なりし
やはらかに積れる雪に
熱てる頬を埋むるごとき
恋してみたし
しらしらと氷かがやき
千鳥なく
釧路の海の冬の月かな
こころよく
我にはたらく仕事あれ
それを仕遂げて死なむと思ふ
啄木の筆名4つ
○翠江(みどりの川) ○麦羊子
○白?(白い浮き草) ○啄木(きつつき)