高知県安芸地区のナス・ピーマン類における
害虫総合管理の現状
(今月農業2002ー12月号用)





一.はじめに


 中学校の教科書に、高知県など西南暖地のハウス栽培において農薬の散布回数が多いことが指摘されているとゆう話を聞いたことがある。狭い限られた土地で農家の生活を支えてきたハウス栽培において、連作を続け、病害虫から作物を守り、消費者に好まれるピカピカの野菜を安定して作るための手段として化学農薬が果たしている役割はとても大きい。しかしながら、昨今マスコミ等でも騒がれている安全性の議論は別としても、生産現場では薬剤抵抗性やリサージェンスの問題、また散布回数が増すことよる生産者への労働負担や生産コストの増加が大きな問題となってきていることは事実である。
 そんな産地の中で、一部の生産者らと関係者でこつこつと続けられてきたハチや天敵の利用の取り組みが、ここ数年でとうとう本格化してきた。アザミウマ類の天敵であるククメリスカブリダニによって火がついた天敵利用が、タイリクヒメハナカメムシの販売開始と共に更に広がることとなった。オランダまで視察に行かなくても、高知県の安芸地区に来てもらえばあっちもにこっちにも天敵類が定着し、害虫とバランスを取ったハウスが当たり前にあるようになってきたのだ。かなりオーバーな話だが『ここまできたら、日本の教科書を書き換えるまで頑張りたい!』試行錯誤、失敗の連続からスタートした農家達との研究会では、そんな盛り上がりの声も聞こえてくるようになっている。もちろん新たな技術的な課題もまだまだ多い。また放飼したい時に天敵が売り切れてしまうといった大きな問題も出てきている。本報では、そんな刻々と進化している高知県安芸地区のナス・ピーマン類における害虫総合管理の現状等をお伝えしたい。


二.慣行の化学農薬依存防除


 今からわずか五年前までの安芸地区のナスの慣行の農薬散布回数を第一図に示した。
 ナス・ピーマン類共に作型はハウス促成栽培がほとんどであり、八〜九月に定植し、収穫期間は九〜十月に始まり厳寒期を越えて翌年の六月末まで約十ヶ月間続く。その間ヨトウ類、アザミウマ類、アブラムシ類など様々な害虫が問題となるが、最も被害が多く防除上問題となっている害虫はミナミキイロアザミウマである。
 天敵類が販売されるようになる数年前まで、産地の害虫防除体系は完全に化学農薬に依存した体系が中心で、IPMにつながるものは、台風などへのハウス補強とヨトウ類の飛び込み防止を兼ねた防風ネットの設置が行われていた程度であった。また日本の野菜市場ニーズは品質重視であるため、生産者にしろ営農指導員や普及員など関係者にしろ、害虫の多発による被害果の発生を極端に恐れ、ハウス内には害虫は一匹もいないことが良しとされる風潮があった。害虫防除のタイミングは、作物に被害が発生してからでは遅いとされ、害虫の発生密度にかかわらず七〜十日間隔でローテーション的に殺虫剤を散布して栽培することが当たり前のこととして受け入れられていた。


三.IPM技術普及の最大の課題

 次ぎに、現時点での安芸地区のナス農家で実現可能な化学農薬散布回数の目標を第二図を示した。
 正直なところ、栽培期間が半年程度の夏秋栽培ではなく、十ヶ月以上にわたるハウス栽培で、ここまで化学農薬が減らしていけるようになってくるとは予想がつかなかった。特に害虫管理でいえば、本誌第四十五巻第三号でお伝えしたククメリスカブリダニを中心とした、防虫ネット、黄色灯、そして選択性殺虫剤への転換等のそれぞれの取り組みが普及の土台を作り、その上で本格的にタイリクヒメハナカメムシ等の利用が成功し、実現できるようになってきたといえる。

 古い施設園芸産地で、子の代、孫の代へと受け継がれていく園芸農家の技術の中で、化学農薬への絶対的な信奉は何よりも強い。普及員などは、農薬の使い方に詳しいことが最も重宝されていた。新薬情報をいかに早く持ってくるか、圃場巡回の際は、とにかく早く病害虫の初発を発見し、次の薬剤散布を促すのが一つの重要な任務であった。そんな産地へ、いきなり天敵を導入しても定着はありえない。IPM技術を普及する上で最も重要かつ最も難しい課題が、産地全体の防除に対する意識を変えていくとゆうことである。多くの失敗事例が成功の元であり、その上で成功事例が何より産地の意識を変えていくこととなる。

四.害虫管理の中心となる
     アザミウマ類の天敵利用
 

@ククメリスカブリダニの利用


 第三図に、平十一から平十四園芸年度(二〇〇二年二月末現在)までの安芸地区全体でのククメリスカブリダニの月別利用数の推移を示した。
 平十一園芸年度までは、試験的な利用が行われた。平十二園芸年度では、ピーマン類を中心に十二〜一月の低温期に利用が進み、春期はナス類での利用が増加した。定着率を向上させるためには、もっと定植初期からの放飼が望ましいとゆうことで、平十三園芸年度は、ナス類では定植後一月以降経過した一〇月を主体に、ピーマン類では十一月に計画的な放飼が進んだ。厳寒期の十二〜一月の放飼は減少し、ナス類では、二月末から三月にかけて再び計画的な放飼が進んだ。ところが、前年度と比較して、放飼直後の定着は良かったが、定植初期のダニ剤の散布が徹底できなかったためか、ナス、ピーマン共に多くの圃場でチャノホコリダニが多発して、放飼後のダニ剤の散布回数が増加した。ククメリスカブリダニに比較的影響が少ないとされるダニ剤を主体に防除を行ったが、散布回数を重ねると定着率が悪化して大きな課題となった。
 平十四園芸年度は、育苗期から定植初期のチャノホコリダニの予防対策と、早期発見による初期対策を徹底し、十月中旬から十一月主体に放飼する農家が増えた。放飼頭数は、一〇aあたり二〜四ボトルを圃場の状況に応じて一〜二回放飼している。春期は、昨年度同様二月末から三月の放飼が中心となる計画であったが、メーカーでの製造過程に置いてトラブルが続き二月中旬から販売が完全にストップしてしまい問題となった。今一五園芸年度において、新しく登録メーカーも増えて供給体制が整ったかに思われたが、主力メーカーにおいて再び放飼適期となった九月末から販売がストップしてしまい現在原因を究明中とのことである。



 ククメリスカブリダニは導入コストが比較的安いことから、天敵利用が初めての場合や、天敵中心ではなく化学農薬中心でのIPM防除体系の農家では使いやすい。現状では0.8mm目の防虫ネットを設置し、畝間に籾殻やソバ殻やフスマなどをまいた上で放飼をして、多くの土着のカブリダニとともに定着し効果を上げている圃場も多い。
 定着が容易なピーマン類でも、春以降のアザミウマ類の増殖に対してはタイリクヒメハナカメムシと比較すると効果はゆるやかであるが、積極的に併用することによりタイリクヒメハナカメムシが定着するまでの期間や、密度が低下した場合などを補完できる可能性もある。今後、化学農薬中心でのIPM防除体系から天敵類中心のIPM防除体系へと進み薬剤散布回数がさらに減っていけば、より定着率が向上し利用価値も高くなるの天敵の一つではないかと考えられる。


Aタイリクヒメハナカメムシの利用


 タイリクヒメハナカメムシは、もともと高知県のどこにでも在来している天敵の一つであり、アザミウマ類に対する捕食力の高さは定評がある。また、天敵類の中ではサイズも大きく誰でも容易に定着の確認が可能でありわかりやすい。定着密度が高い場合は、コナジラミ類、ハダニ類、アブラムシ類、ヨトウ類の若齢にいたるまで捕食するため、ハウス内の害虫と天敵のバランスが高く保つことができる。ナス、ピーマン類において天敵中心のIPM防除体系を組む場合、まさに柱となる天敵である。現状では、タイリクヒメハナカメムシ導入ハウスでは、土着の捕食性カメムシ類のオオメカメムシや数種のカスミカメムシ類が定着してくることが確認され、ナスではアリにそっくりのクロヒョウタンカスミカメムシ等も確認されているが、どの定着圃場でも、タイリクヒメハナカメムシが優占種となっている。
 安芸地区では、平十一園芸年度より試験的に導入を進めたが、実際には先にナスで登録となったククメリスカブリダニが先に普及し利用が進まなかった。タイリクヒメハナカメムシは定着すれば効果は高いが、ククメリスカブリダニと比較して導入コストが高いことと、利用できる選択性殺虫剤が更に限られることなどから、天敵利用に慣れていない一般の生産者が利用しにくい状況であった。第四図に平十一〜平十五園芸年度(二〇〇二年十月末現在)までの、安芸郡でのタイリクヒメハナカメムシの月別利用数の推移を示した。



平十二園芸年度にピーマン類、平十三年度園芸にはナスでも成功事例が増えた。特にアザミウマ類が爆発的に増える四月以降、ククメリスカブリダニはスピノエースなどの殺虫剤併用でないと防除しきれない場合があるのに対して、タイリクヒメハナカメムシは、天敵のみで栽培終了時まで防除可能であり効果が高いことから多くの生産者の関心が高まり、平十四園芸年度では三十ヘクタール程度で導入が進んだ。特にピーマン類はどの時期の放飼においても成功しており、ナスでも秋放飼での成功事例が多くできた。 今平十五園芸年度では、安芸地区ではピーマン類ではほぼ九〇%の農家で利用することとなり、県下の他地区の主要産地でも大きく広がってきている。ナス類でも定着率が向上してきており更に普及してきている。しかしながら、各産地での放飼時期が重なりメーカー二社でフル回転で製造しているが供給が追いつかず、利用したくても一ヶ月近く購入できない場合や予約注文した生産者であっても、追加放飼ができず苦慮している状態も発生している。また十月末以降、一部で製造トラブルがあり供給量が減ったとゆう報告もある。
 
五.天敵類中心の害虫総合管理の普及に向けて 


@技術的課題



 安芸市内で二〇〇二年九月〜十一月にタイリクヒメハナカメムシを放飼したナス類圃場での定着までの問題点を第五図に示した。定着までに問題となったり、定着をあきらめる原因としては、放飼時のアザミウマ類の密度の多少、併用可能の選択性殺虫剤のタイミングの早遅などにより天敵の定着に時間がかかりすぎて被害果が多く発生したり、こらえきれず天敵に影響のある殺虫剤を使用するなど天敵をあきらめる例が多かった。また、アザミウマ類以外で問題となった害虫では、アブラムシ類が最も多く、ついでハモグリバエ、ホコリダニ等であった。また、ピーマン類でもタイミングの問題は同様であり、その他の害虫ではアブラムシ類、ホコリダニ類、カイガラムシ類が問題となった。
 天敵の効率的な定着には、観察と放飼のタイミング、併用可能選択性殺虫剤のタイミングが大切である。現場でも試行錯誤ながら、観察するとゆうことが浸透してきた。また、多くの農家に普及していかないと見えてこない問題点も多い。県の試験場や防除所、国の試験場のそれぞれの分野の専門の方らの多くのアドバイスもいただきながら、一つずつ解決していく必要がある。一つの害虫に一つの天敵が成功失敗するとゆうことに加えて、その地域の環境条件と作物の栽培作型に、一つ一つの天敵なりIPM技術がコスト面も含めて、まさに総合的に防除体系として入り込めるかどうかが技術的な普及のポイントである。



A流通および指導体制の課題


 安芸地区では、化学農薬依存防除から害虫総合管理へ、さらに化学農薬が中心で天敵が補完的に使われた害虫総合管理から、天敵中心の総合管理へと産地がシフトしていく段階で、流通および指導体制面での課題も大きくなっている。
 メーカーから数百戸の農家が利用する天敵を安定して供給してもらうためには、放飼の一ヶ月前からの予約注文が必要となる。技術的にはタイミングを観察し適宜放飼したいが、現段階ではどうしても計画放飼にならざるを得ない。また、メーカーは通常は余裕を持って生産はしているが、今年のように予想以上に普及すると注文がパンクしてしまい、追加放飼もできず農家は我慢々となっている。いつでもどこでも注文できて即放飼できるようになればいいが、保存のできない天敵をメーカーも必要以上に作り続けることはできない。放飼の時期が重ならないように、品目、作型、定植日や生育ステージ、周辺環境等によって放飼のパターンをずらしていくような工夫も必要である。産地とメーカーとで、農家も利用しやすくメーカーも十分商売できる流通の条件作りを検討していく必要がある。
 また産地内でもJAの支所と農家研究会組織で天敵導入前の情報提供や予約注文体制から放飼後の指導体制までがしっかりしている地域は普及率も成功率も高いが、人手不足で天敵を資材のように売りっぱなしとなりがちの地域はどうしても普及率成功率共にあきらかに低い傾向がある。地域差を無くしていけるよう関係機関が協力していきたい。
 余談であるが宅急便のミスで安芸地区で注文した天敵が、広島県の安芸郡に3回も連続で送られた例もある。その都度、天敵は弱ってしまい、宅急便は生き物を保証するシステムにはなってないため農家も、メーカーも損をすることとなる。

六.消費者まで届けたい

 輸入野菜から頻繁に残留農薬が検出されたり、国内産地でも無登録農薬の使用が問題となり、農産物に対する消費者の信頼は揺らいでいる。農産物の見た目だけでなくて、中身が問題にされてきた。それを誰がどうやって作ったのか?本当に安全なのか?履歴書はあるのか?これからの産地はそれらに応えていけるしくみが必要である。減農薬と表示した農産物は市場にあふれているが、それぞれどうやって減農薬しているのかは消費者にはわからない。安芸地区ではIPMの普及に伴い、高知県の五割減農薬認証やISO一四〇〇一の取得、県園芸連のエコシステム栽培認証に取り組む生産者も徐々に増加し、全体の半数にまで広がってきた。もっともっとPRを行い、生産者だけでなく消費者にもIPMの応援団になってもらいたい。



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