2005年3月29日(火)



本日は土佐町と大川村へ
さすがに、この年度末に
これほどあちこちいくと、机の上がまったくかたずかず
なんともならないが、95ハウスを4人体制で
全部きちんと検査するという方針なので
目指せノルマ達成なのだ。


土佐町では、はっちゃんちにおじゃました。

はっちゃんちは
わたしらが転勤してから息子さんも就農して
この標高の高いところに、新しくハウスも整備していて、
ここにおじゃまするのは初めてなのだが、
なんともなつかしい気がした。

花粉のでない杉の苗木だろうか??
黙々と作業をされていた。
向かいの山は、モモ園のある名高山で
これまたたいへんなつかしかった。

10年ぶりにはっちゃんのハウスは
全部花きになっていて
しかも


本山のフジワラさんちで当時
スカシユリの突然変異が出て、それを
フジワラさんがこつこつと固定増殖して登録した
ノーブルがたくさん収穫を待っていた。


それからこれまた当時みなで取り組んだ
土佐ヒメユリのスタービューテイーの
橙色と黄色がたくさん定植されていた。

当時なんとか産地化しようと
みなで取り組んだ花が、きちんと定着して
増えているのはとてもうれしい気がした。

去年の一連の台風の被災復旧での
ハウスなので、整備できてよかった!というのも
いいにくいところだが、あいかわらず頑張っているはっちゃんと
会えて話ができたのでよかった。



昼からは更に大川村まで行った。
ここも、知っている農家の方のハウスだったが
息子さんが大学を卒業してオランダに一年留学してから
就農して頑張っているようだった。

当時は家のところにハウスがあったのだが
さらにぐいぐい山の上に上がっていってなんと
標高が900mくらいのところに
ハウス団地が出来ていた。
サダアキさんは抜けてしまったが
嶺北の花き部会なので、はっちゃんやジュンちゃんやかずちゃんと
共にいろいろ情報交換していい花を作ってもらいたい。


大川の役場までの道が
未だに不通になっていて
迂回路なのでけっこう時間がかかって
帰りがギリギリになった。



それからいろいろ
年度末の用事をしてちょっと遅くなって疲れたが、
はっちゃんちでもらったヒメユリをすぐ生けていたら
帰るときには、もうすっかり水揚げして
つぼみが大きかった黄色い方は
きれいに開いていて、なかなかいい感じだった。













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