2007年10月18日(木)



本日は、また朝5時起きで会の準備
だいたい方向は決めたが
気分もすっきりしないので
走りに行った。

キンモクセイがあちこちで香ってきて
いい感じだった。

国分川の関の上のカモは70羽を
越えるくらいに増えていた。


バイクで通勤
机の上は回覧書類でいっぱいになっていた。

ちょっとだけやっつけて
直販の安心係養成講座へ
行った。

さすがチサン
130人も参加者が集まっていた。
わたしの受け持ち分は午後の部で
どう締めるかお昼になっても決まらないまま
考えていたのだが
真剣に参加してくれている方も多く
話を始めたら
ちょっと長くなってしまったが
なんとか最後までいけてホッとした。

ワークショップも
時間が少なかったのだが、前向きに
積極的に手を上げて発表してくれる方も
多くなんとか締めまでいけてよかった。


会が終わって帰ったら
ヨサンでみな忙しそうだ

毎年思うが
もうちょっと根本的なところの
課を越えて、何に力を入れるのかとか
ホントに大事なところの議論が足っていない
気がする。

どっかでそういうのがやられているのかも
しれないが、仕事を実際にやっているのは
われわれなわけで、
われわれが納得してないのなら
それならそれでおかしい。

が、実際納得してないのはわたしだけ
かもしれないし、それもわからないというのも
なんともなさけない。

何も進まないまま、ギカイになったらわーわーバタバタして
禅問答の繰り返しみたいな
関係者だけでウオーサオーして、
実は世の中とはあんまり関係なかったりしている
というようなのがけっこうあったりしているような
気がず〜としていたりしていること自体が
すでにおかしいというような
気がず〜としているような気がしている・・・

というのはわたしだけじゃない気がするが
というのも、それも実際はさだかではない

長い物には巻かれろ
ということわざもあるので、
ま、じ〜としていても間違いではないし、

じい〜としていないといけない役割の人は
じ〜としていなければいけないが

長い物は切った方が、使いよかったり便利になったり
もする可能性もあるわけで、
そういうのを見つけていくのが
取り柄の人は、そういうことも考えないといけない


課題が今のやり方で
進んでいるのなら
そのままでいいが、
何年やっても、何年関わっても
かわる見込みがないような場合は

大事なものでも前向きにやめてしまう手もあるし、
それでもやっぱり大事で他にない!
というのなら切り口を抜本的に変える
必要がある。

そのために何にヨサンがいるのか!
というような議論を
もうちょっとしてから動きたいものだ。





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