ガラスってなんだ?――名古屋ボストン美術館の、作品の製作過程が分かるプログラム

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 11月7日、名古屋ボストン美術館が、開催中のベネツィア展関連で企画した、視覚障害者対象の「ガラスってなんだ?」のプログラムに参加しました。
 午後1時前にJR金山駅でアートナビのガイドの方と待ち合せ、美術館に向かいました。美術館3階の受付でチケットを買いましたが、同じ階にはベネツィアのカーニバルのいろいろな衣装が展示してあり、自由に触りまた実際に身に着けてよいものもありました(近くの専門学校の生徒さんが作ったものらしいです)。私も早速男性や女性の衣装を触ったり、仮面を着けたり羽飾りのある帽子を被ってみたり、さらにピッコロの衣装も着てみたりしました。ピッコロと言っても私はあまり具体的なイメージは持てていませんでしたが、蝶をはじめいろいろふわふわ・ひらひらしたような飾りやスパンコールやビーズで作った飾りなどが付いた衣装を着てみて、ちょっとピッコロになったような?気分になりました。リオのカーニバルとは違って、ベネツィアのカーニバルは、四旬節の前、2月ころのとても寒い時期に行われるので、人々は厚い暖かそうな衣装を着込んで、いろいろな種類の仮面や帽子を着けたりあるいは顔に直接彩色したりして仮装し、行進するそうです。これらの衣装を触ると、人々のきらびやかな仮装の列がちょっとは想像できそうです。
 
 私は、前回の「ダブル・インパクト 明治ニッポンの美」関連で行われた、視覚障害者対象の「七宝ってなんだ?」には参加できなかったので、事前にお願いして、1時半から、学芸員の方にその時に使用した七宝の製作過程を示す材料などを触らせてもらいながら解説してもらいました。七宝はこれまでにも何度も触ったことはあって、触り心地はきれいだし形や模様のようなのも少しは分かりますが、そんなにくっきりと触って分かるものではないので、どんな風になっているのかふしぎに思っていました。
 まず初めに触ったのは、1辺が6cmくらいの正方形の銅板(銅板は直接触ると錆びやすいというので、袋の中に入っていました)です。この銅板に下絵を線画のように描きます(触ってかすかに輪郭線が分かります)。そしてこの輪郭線の上に、薄い銀の紐のようなのを張り付けます(銀の薄い紐はとても柔軟で自由にくねくねと曲りました。幅は2〜3mmくらいの細いもので、これを輪郭線の上に立てて張ります)。
 銀の薄紐を張ったこの状態では、その部分が2mmくらいは高くなっているので、触ってはっきりと形が分かります。桜の幹や枝、そして花が5個くらい散らばっているような形です。この上に、銀の輪郭線の外側には透明なガラスの粉、銀の薄紐の内側にはそれぞれの区画の中にそれぞれ異なる金属の着色剤を混ぜたガラスの粉を入れて焼き付けます。一度焼き付けた状態のものを触りました。まだ銀の薄紐は少し飛び出していて、その外側はガラスの粉のざらざらした感じです(銀の薄紐の内側は狭く窪んでいるので触ってはよく分かりませんでした)。このガラスの粉を焼き付ける作業をもう2回くらい繰り返し、全体に銀の薄紐が隠れるくらいまで高くします。そして丁寧に磨いて仕上げます。仕上げたものを触ると、先ほどの桜の形がうっすらと浮かび上がっているような感じです(銀の薄紐の部分はちょっと窪んだ線のようになっています)。こうして、形の部分が少し盛り上がり、区画ごとに細かく色分けされた七宝の作られる過程を、よく理解することができました。
 
 午後2時前から、今回のプログラム「ガラスってなんだ?」が始まりました。参加者は私をふくめ3組で、ガラス作品の製作過程、立体コピー図の吉田博「ヴェニスの運河」、およびヴェロネーゼ「天使に支えられた死せるキリスト」を順に回りました。
 私は、ガラス作品の製作過程からでした。
 初めに、ガラスの主原料となる珪砂(SiO2。細かい砂が袋に入っていました)、それに加えるソーダ灰(Na2CO3。珪砂よりは少し粒が大きいと思われるさらさらした感じのもので、これも袋に入っていました)に触りました。ソーダ灰を入れることで融点が下がり溶けやすくなるようです。
 次に、完成品の大きなガラスのコップを触りました(底の直径が6cmくらい、高さが12〜13cmくらいだったと思います)。これは、鋳型に溶けたガラスを流し込んで作られる大量生産品ではなく、手作りだとのこと(底を触ってみると、手作りらしき痕跡がある)。このコップをどのようにして作ったかを、実物を触りながら解説してもらいました。まず触ったのが、直径6cmくらいのやや細長い丸い形のガラスの玉で、上に直径2cmくらいの穴が空いているものです。これは、溶解炉の中で溶けているガラス(1400度くらいでどろどろの液体になるそうです)の中に、直径3cmくらい、長さ2mもある金属製のパイプを入れて、パイプを回転させながら液体状のガラスを巻き取り、パイプから息を吹き込んで膨らませたものだそうです。次に触ったのが、大きさは初めに触ったガラスの塊とほぼ同じですが側面がだいぶ平らになったものと、ごわごわしたダンボールの塊のようなものです。このごわごわした塊は、新聞紙を水で濡らしたもので、この塊に最初の丸いガラス玉を押し当てながら回して側面を平らにするそうです。
 今はまだ息を吹き入れるパイプ(吹き竿)が付いたままの状態ですが、ガラスの塊の底に別のステンレス棒を付けてから吹き竿をたたいて口からはずし、ガラスの塊をステンレス棒のほうに移します。そして登場したのが、長さ30cm以上ある大きなピンセットないし火箸のようなもの。これで狭くなっている口の部分をはさんで、少しずつ広げて行き、また先ほどの水に濡らした新聞紙なども使って側面や底も平らにして行って、コップらしく形を整えて行きます。それ後、底に付けた棒もはずして研磨し、出来上がりです。なにしろ、千度前後の高温の中で、また下向きの重力が働くなかで行う作業ですから、けっこう微妙で難しい作業のように思われます。このような方法は、ふつう宙吹きと呼ばれているもののようです。
 次に、大きさは最初に触ったコップとほぼ同じですが、側面に少しいくつも縦のふくらみのあるコップを触りました。これをどのように作るかです。円筒形で、内側の面にいくつも縦の刻みがある型と、だいたい丸いガラスの玉ですが、上に小さな口があり外側に等分に12個の膨らみのあるきれいなガラスの塊を触りました。内側に12個の出っ張りのある型の中に、巻き取ったガラス玉を入れて息を吹き込んで膨らますと、このようなきれいな形になり、さらにそれを先ほどの大きなピンセットのようなものなどで広げたり形を整えて仕上げて行きます。これは、たぶん型吹きと呼ばれている方法です。
 最後に、直径15cm弱の浅い皿のような形で、外側に菱形の凸が多数きれいに並んだ器を触りました。多数の菱形の部分は藍色で、各菱形を区切っている斜めの窪んだ線の部分は白く光っているようです。これは、透明なガラスの上に色の付いたガラスを被せ、その色ガラスの部分を切り込んで下の透明なガラスの部分が見えるようにしたもので、切子と呼ばれているものです。切子は、触っても浮き出した形がはっきり分かりますし、見ても色のグラデーションやきらめきがきれいなようです。ガラスの着色のためには、いろいろな金属の酸化物などをガラスに混ぜますが、例えば2酸化マンガン(黒い粉で、理科の実験の時に使ったことを思い出します)は紫色、酸化コバルト(灰色の粉)は鮮やかな濃い青(瑠璃色?)、酸化銅(真っ黒の粉)は空色(還元的的環境では暗い赤)を出すなど、多様な色が出せるようです(ガラスの着色剤−酸化雰囲気− などに詳しく書いてあります)。
 私は若いころからガラス作品が好きで、いろいろな物に触ったり少しは買ったり、また2年ほど前には、東大阪市立埋蔵文化財センターで、ガラス棒をガスバーナーで溶かしてそれを鉄の棒に巻いて勾玉を作る体験をしたこともあります。今回のプログラムで、ガラス作品のいろいろな作り方についてかなり具体的に理解することができるようになりました。
 
 次は、ベネツィア展に展示されている絵の立体コピー図版の鑑賞です。
 まず、吉田博の「ヴェニスの運河」(1925年。多色刷りの木版画)。吉田博は、明治から昭和にかけて活躍した風景画家で、1900年ころから1906年までアメリカやヨーロッパ諸国を巡り、この絵をはじめ西洋の風景もかなり描いているようです。
 立体コピー図版はA3くらいの大きさで、縦長です。上3分の2くらいは大きな建物、下3分の1くらいは広い運河です。建物は4階建で、一番上の屋根はオレンジ色、その下の壁は白っぽいが、下のほうはよごれたような感じでかなり古びた建物のようです。屋根には煙突らしきもの、避雷針のような細く長い2本の棒などがあります。その下には、四角くく小さめの窓が並んでいます。その下の、1階から3階までの窓は縦長で上の部分はアーチ状になっています。1階部分の手前には道が横に走っていて、人々が描かれています。さらに道の手前には広い運河が描かれています。道に接して、船首を向こう側にして船が4隻描かれています。遠近法のためなのでしょう、船首は鋭く、船尾のほうは太くずんぐりした形で描かれています。さらにその手前には、船が4隻描かれています。一番手前の船は画面に向って右を向き、その他の3隻は左を向いています。4隻とも船首には旗のような飾りが付いています。一番向こうの船には屋根があります(中には貴婦人のような人が乗っているのでしょうか?)。椅子に座っている人たち、波が穏やかなのでしょう立っている人もいます。船尾に水夫が立ちオールを下に押しています。全体としては、当時のベネツィアの風景が浮かび上がってくるような印象をもちました。
 次に、ヴェロネーゼの「天使に支えられた死せるキリスト」(1580〜1588年ころ)。ヴェロネーゼ(Paolo Veronese: 1528-1588)は、ティツィアーノ、ティントレットとともに、ベネツィア派の三大巨匠と呼ばれる有名な画家だそうです。明るい色彩表現が特徴のようですが、この絵はかなり暗い感じがします(ヴェロネーゼの晩年の作品には、このような暗い感じの作品もあるとのことです)。
 立体コピー図版は、A3くらいの大きさで縦長です。画面の下4分の1くらいは棺で、そこに、ぐったりした感じの、裸に布をかけてもらったキリストが天使に支えられて腰掛けています。キリストは、顔は傾き目をつむり鼻から下はひげをはやしています。荊の冠を着け、そこからは血が流れています。また、下に垂れた両足、右手と左手、さらに胸には先が三角に別れた矢で突き刺された傷があり、それぞれの場所からも血が流れています。左上の天使がキリストの頭と背中を支え、また右下の天使がキリストの脇の下あたりと手首あたりを支えています。プログラム終了後、ガイドの方と一緒に展示会場に行ってこの絵を見て説明してもらいました。全体に暗いですが、キリストの胸の所に光が当たり、蒼白い皮膚と痩せこけて浮き出した肋骨が1本1本見えるくらいだそうです。墓穴を思わせるような暗い感じですが、その中で、キリストの胸に当る光、数箇所から流れる赤い血、そしてキリストを支えている天使のやわらかな赤?の手が目立っているようです。
 
 最後に、参加者みなで展示会場に行って、学芸員の方にモネの「ヴェネツィアの大運河」(1908年)を説明してもらいました。モネ(Claude Monet: 1840〜1926年)は、1908年の9月末から12月まで妻とともにベネツィアを訪れます。そのころモネは体調が思わしくなくまた白内障のため視力も少しずつ弱くなりかけていましたが、水の都ベネツィアの光に魅了されて、すぐに30点余の絵を描いたそうです。この絵は、大運河の水面に映る光のきらめきや建物の影など、また向こうにぼんやりと見える教会(聖堂?)の姿、画面左側に見える船を繋ぎ留めておくための幾本もの杭などを、赤・青・黄などいろいろな色彩を多数並べるようにして描いているようです(このような絵の幻想めいた美しさは私にはあまりよく理解できません)。
 
 プログラム終了後、ベネツィア展のビデオが上映されていましたので、聴いてみました。ベネツィアは、5世紀ころ異民族の進入から逃れようとした人々がアドリア海北岸の浅いどろどろの潟(ラグーナ)に避難して来て住むようになったのが始まりで、その後120余の島が400余の橋で結ばれた都市に発展、その中を大運河がS字状に通り、また小さな多くの運河が巡り、水の都と呼ばれるようになったそうです。ベネツィアの伝統産業として有名なベネツィア・ガラスは、11世紀ころから本島から1.5キロ離れたムラーノ島で国家的に技法を守りながら行われたとか。さらに、ルネサンス期にはもっとも早く油彩が行われるようになり、明るい鮮やかな絵が描けるようになったそうです。ビデオの中で、ロレンツォ・ロットの「聖母子と聖ヒエロニムス、トレンティーノの聖ニコラウス」(1523-24年 油彩)とティツィアーノ・ヴェチェッリオの「アレクサンドリアの聖カタリナの祈り」(1567年頃 油彩)などが紹介されていましたので、その後展示会場でこの2作品について説明してもらいました。
  ロットの「聖母子と聖ヒエロニムス、トレンティーノの聖ニコラウス」は、真ん中にマリアと赤ちゃん(幼児)のイエス、その両側に年取った感じの人(ガイドの方が牧師らしいと言っていたほうが4世紀末から5世紀の初期のラテン教父聖ヒエロニスムで、百合の花を持っていると言っていたほうが13世紀後半のトレンティーノの聖ニコラウスだと思われます)がいます。マリアの鮮やかな赤い衣、ふっくらした感じの赤ちゃんのイエスの透き通ったような皮膚や金髪がとくに目をひくようです。このような鮮やかな色や透明感は、それまでのテンペラ画などでは出せなかったものなのでしょう。
 ティツィアーノの「アレクサンドリアの聖カタリナの祈り」は、十字架に向ってひざまずいて手を合せて祈っている女性が描かれています。アレクサンドリアの聖カタリナは、4世紀の貴族の娘で、ローマ皇帝の求婚をことわって、そのために拷問を受け処刑されたと伝えられる人です。拷問には大釘を打ち付けた車輪が使われますが、雷が落ちて粉々になったとされ、絵には壊れた車輪が4分の1くらい描かれているとか。また、結局斬首されるのですが、その剣も描かれています。なんだか凄惨な場面のようにも想像しますが、女性の表情は瞑想的・うっとりしたようにも見えるようです。
 
 私はこれまで、ベネツィアと言えば、コンスタンティノープルとの関係とか、歴史的なことでしか知りませんでしたが、今回のベネツィア展と「ガラスってなんだ?」のプログラムを通して、ベネツィアが、絵画や工芸もふくめ、より身近になったような気がします。
 
(2015年11月10日)