8月1日から25日まで、六甲山の上美術館で「さわってみる切り絵展: 久保修 紙のジャポニスム」が開かれています。切り絵画家の久保修さんは、日本各地だけでなく、ニューヨークをはじめ世界各国で展覧会やワークショップをしておられる有名な方です。
私は8月5日に行き、カシオ計算機が開発したという「2.5Dプリントテクノロジー」で製作された13枚の切り絵に触り、また、午後2時からのワークショップにも参加して切り絵を体験しました。カシオ計算機の2.5D印刷技術は、原理はこれまで広く盲学校などで使われてきた立体コピーと同じで、専用紙に塗布した熱膨張性マイクロカプセルを近赤外線で加熱して発泡させて、紙表面に凸部を作ります。立体コピーとの違いは、最大2mmまでの範囲で、紙に盛り上がる高さを調整できるということです。私の触った感じでは、高さの違いは、低い所から高い所まで、3〜4段階表現できているようでした。(今はまだ試作機の段階で、発売時期は未定とのことです。)
以下に、見えない人たちにも切り絵を触って鑑賞してほしいと製作された2.5D印刷の作品を紹介します。
●因幡の白兎
まず最初に触ったのが、「因幡の白兎」という作品です。横70cm余、縦50cm余の大きな画面です。下半分は幾重にも重なった大きな波で、上のほうのやや右側に大きな円い月が描かれ、その月の上に因幡の白兎が左向きに描かれています。兎は手や足を大きく振り上げるようにしながら波頭の上を渡り歩いているようです。下の波は、左のほうは大きなゆるい曲線になっていますが、右のほうは逆巻くように上に盛り上がり波しぶきのようなものも散っていて、その上を兎が歩いています。大きな波の左下のほうには、魚の尾の一部が少しのぞいています(たぶんサメの尻尾なのでしょう)。
(因幡の白兎のお話:淤岐島の白兎が因幡国に渡ろうと、鮫(あるいは鰐)をだまして並でもらい、その背を渡って行くが、最後の鮫に丸裸にされ、さらに八十神の教えをそのまま信じて潮を浴び、痛くて泣いていたところを、大国主命に救われる。)
魚を表した作品が数点ありました。
●明石鯛
これもかなり大きな画面で、横50cm、縦40cmくらいの大きさです。円い笊のようなものの上に、大きな鯛がのっています。鯛の頭と尾が大きく笊からはみ出しています。鯛の下には笹が2枚やや斜めに交差するように敷かれていて、鯛の向こう側には笹の大きな葉が先の2枚あり、鯛の手前のほうには笹の茎の部分が1本確認できます。笹の葉の縦の葉脈も触ってよく分かります。私は一度も食べたことがないようなご馳走のように感じました。
笊、笹の葉、鯛の高さが順に高くなっていて、順に重なっていることがよく分かりました。
●あらまき鮭
横1mくらい、縦35cmくらいの横長の画面に、細長い大きな魚があり、口を空いている所から太い棒?のようなのが長く左に伸びていて、これはいったい何だと思ってしまいました。あらまき鮭だということです。鮭の大きさは80cm×20cmくらいで、実物の鮭と同じくらいではないでしょうか。本当は縦にして触ったほうが良いとのことで、長い縄を口から通し鰓から出して結んでいるようです。そういえば、小さいころあらまき鮭を触ったような記憶がよみがえってきます。背側から光が当たっているようで、お腹側(画面の下側)に、鮭本体の高さよりはだいぶ低く、鮭の影がはっきりと触って確認できます(鮭本体はたぶん2mmくらいの高さなのにたいし、影の部分は0.5mmくらいもないと思いますが、はっきり影の輪郭を確かめられました)。鮭の体には幾筋も鱗のような模様がきれいに並んでいました。
●紀州のクエ
横70cm、縦60cmくらいある大きな画面です。大きな木枠のようなものの中に、これまた大きな魚(横40cm、縦25cmくらい)が横たわっています。魚が横たわっている面には横の筋のようなのが何本もあって、木目を表しているようです。魚は、口が太くて上顎を大きく上に開けています。背鰭には後ろ斜め上に伸びる長いとげのようなのが数本あります。尾は丸っぽくなっていて、上に出っ張っています。これは「クエ」という魚だとのこと、私は名前はちょっと聞いたことがあるだけで食べたことはありません。刺身にしても鍋物にしても美味しいらしいです。
次に建物や風景を表した作品も数点ありました。
●風車(南スペイン)
横75cm、縦55cmくらいの大きさです。私は風車の風景を知らなかったので、説明してもらわないとよく分かりませんでした。向って左側に風車小屋、右側に風車があります。風車小屋は三角屋根で、壁面は少しざらざらした面になっています。壁面のあちこちに少し低くなった面があって、それは壁が剥げ落ちた部分だそうです。もうかなり古い建物なのでしょうか。入口と窓の部分は四角い低いすべすべした面になっています。風車小屋の屋根の横から風車の軸のようなのが向って右に伸びていて、そこに上と下に風をとらえる少し半円のような形の帆が2枚ずつあり、帆を支えている棒や細いロープのようなのもあります。
●エラム庭園(イラン、シーラーズ地方)
横80cm、縦55cmくらいの大きな画面。エラム庭園は、イランにある世界遺産にも登録されている有名なペルシャ式庭園だそうです。
これは触ってはなかなか分かりにくいものでした。全体としてはほぼ左右対称の形になっているようです。
手前中央に水路が2本あって遠近的に(2本の水路が手前が広く、先は画面中央で一つになっている)描かれています。水路の間には噴水のような四角い池?のようなのがあります。また水路の外側には花畑、その外側に石畳の道路(大きな菱形の模様になっている)、さらにその外側に生垣のようなのが、それぞれ水路とほぼ平行に描かれています。
中央の奥には大きな建物のようなのがあって、その屋根の輪郭がきれいないくつもの弧状になっています。建物の上の輪郭線の下には菱形のような細かい模様があって、それはステンドグラスのようにも見えるそうです。画面の両端には大きな高い木が立ち、その枝が内側に長く湾曲して伸びています。
●ニューヨーク・摩天楼
大きさは上の作品と同じくらい。これは触って分かりやすかったです。画面の左側には、細長い塔のようなビルが2つ、大きなのと小さなのがそびえています。右側には手前から向こうまで、四角い大きな建物が4つくらい一部重なって描かれています(面の高さの違いで建物がどのように重なっているかが触って少し分かる)。建物の壁は煉瓦のような四角い模様になっています。いちばん手前の建物の壁面には「5 7 5」と数字が書いてあります(古い建物にはこのように数字が書いてあるそうです)。
●樹木の歌
横1m、縦60cmくらいもあります。何が描かれているのか、触ってはほとんど分かりません。下から中央、そして横に広がるようにちょっとざらざらした面がいくつにも分岐しています。ケヤキの大きな木のようです。いくつにも分岐した面は、太い幹や枝のようです。細かい枝のようなのもありますが、葉はよくは分かりません(もしかすると枯れているのかもしれません)。
●盛夏
横25cm、縦30cmほどの画面です。2階建ての建物の手前に、朝顔が大きく描かれています。建物では、2階の屋根の瓦(小さな四角の模様)、障子(やや大きな四角の模様)、1階の屋根の瓦や玄関の格子戸や簾などが分かります。朝顔は、画面の右やや下、中央、左上と左下に、それぞれ1輪ずつ大きな花が描かれています。朝顔の葉、開きかけの花や開き切ってしまった花も少し描かれています。確かに暑い夏を感じさせる作品です。
●三春滝桜
横30cm、縦20cm余の画面です。手前中央に階段があり、その両側に柱とロープで作ったような柵があり、その向こうに大きく枝垂桜が描かれています。桜全体の形はほぼ左右対称に広がっています。
この桜は国の天然記念物で、福島県田村郡三春町にある樹齢千年以上と思われる紅枝垂桜の巨木だそうです。
その他、上の「三春滝桜」とほぼ同じ大きさで「淡墨桜」というのがありましたが、これは触ってはほとんど分かりませんでした(淡墨桜は、岐阜県本巣市根尾にある樹齢1500年ほどの名桜だそうです)。また、お行儀よくお座りしている猫を表した「にゃんこ」や、チューリップを横から見た作品もありました。
これら13点の2.5D印刷されたものは、絵としてはそれなりに理解できましたが、率直に言って、どこが「切り絵」なのだろうか?と思いつつ触っていました。切り絵でどんな物や風景が描かれているのだろうかということはある程度分かりますが、ふつうの油絵などとは違って切り絵がどんな触感なのかといったことは、これではまったく想像できません。もちろんこれら13枚の2.5D印刷に対応した切り絵も展示されてはいますが、その表面にはフィルム?のようなのがあってまったく触れることはできません。(私が唯一触ったのは、切り絵を応用したランプで、円筒形の金属板に朝顔の形がいろいろと切り抜かれていました。)
2.5D印刷そのものについては、高さの違いで手前のものと奥側のものとがしっかり区別できて、立体コピーよりはよかったです。ただ、どの作品でも、高い部分はざらざらしたような触感で、低い部分はそのざらざら感が少なくなっていました。どの作品を触っていても同じような触感で、表現されている物や部位によって触感を変えるというようなことはまったく出来ていませんでした。
午後2時からのワークショップは、小学生から高齢者まで、20数人が熱心に取り組んでいました。花や動物などいろいろな切り絵の見本の型があり、その型に合わせてペンカッターで色の着いた和紙を切り取ります。私は、首輪をしてお座りしている猫の切り絵を選びました。切り絵の型は細かくてペンカッターで正確に切っていくのはなかなか集中力がいります。私には補助の方が付いてくれて、時々アドバイスしてもらいながら最後までほぼ1人で行いました。緑色の紙で猫の形を切り、背景を青い紙にして皆さんに見てもらうと、なかなか好評でした(私の場合、曲線部分よりも直線部分がきれいに切るのが難しくて、しばしばごく細い切れ端のようなのが付いてしまうのですが、それが猫のひげのように見えたりして)。
今回私は初めて2.5D印刷に触ることができました。高さとともに、触感もコントロールできるようにできれば、画期的なツールになると思います。2.5D印刷による切り絵の鑑賞では切り絵そのものがどんなものかはぜんぜん分かりませんでしたが、ワークショップで体験して切り絵のごくごく初歩を感じ取れたかもしれません。
(2016年8月16日)