10月28日の午前に、東京都美術館で開催中の第19回 全日本バードカービング・コンクールの会場に行き、内山春雄先生からタッチカービングを使ったレクチャーを受けました。
内山春雄先生は、若いころは日本の伝統工芸の1つ木象嵌師として活動しておられましたが、1970年代末にバードカービングと出会い、80年代からは日本各地の博物館に剥製の代わりにバードカービングを納め、またアメリカの各主のバードカービングのコンテストで優勝するなど、バードカービングの第一人者として活躍しておられる方です。先生のバードカービングは、たんに美しいというだけではなく、野生の鳥の生態や解剖学的地検に基いたもので、そのリアルな表現は鳥類の専門家にも高く評価されているようです。先生はさらに、鳥島やミッドウェー環礁の島々でのアホウドリの保護活動にデコイを製作して協力したり、各地の小学校や中学校などでバードカービングの体験教室をする(私は2006年7月末に、国立民族学博物館で行われた内山先生のワークショップに参加し、コアジサシを作ったことがある)など、多様な活動をしています。そのような教育的な活動の一環として、20年近く前から、見えない人たちがしっかりと触察できるタッチカービングを制作し、盲学校などでレクチャーをしておられます。
10月7日の午前4時台のラジオ深夜便の明日へのことばで、内山先生が「“タッチカービング”の世界」というテーマでお話しされ、私はそれを偶然にも聞くことができました(同番組はYouTubeの
次のページで聞くことができます)。そのお話の中で、ダーウィンが進化の理論の着想を得る一つのきっかけとなったとされるダーウィンフィンチ類のタッチカービングを数種作って盲学校で授業をしたということを知り、東京都美術館の上記のコンクール会場でそれらも展示するらしいことが分かりました。早速藤沢の木彫展とともに、28日午前に東京都美術館のバードカービング・コンクール、午後に国立科学博物館を見学することにしました。
ダーウィンフィンチのことをよりよく理解してもらうためには、その前提として、盲学校の小学段階で知ってほしいと思っているものさし鳥、中学段階で知ってほしい鳥の翼の構造についても説明する必要があるということで、内山先生のレクチャーはその順で始まりました。以下その内容を記します。
●ものさし鳥
いろいろな種類の鳥の大きさや形について説明する時の基準となる鳥のことです。
1年を通して声を聞くことができる身近な鳥で、大きさが違う次の5種類の鳥がものさし鳥として用意されていました。これらを触察することにより、ほかの鳥について学ぶ時の基本的な知識を得ることができ、また教える側にとっても説明しやすくなる、ということです。なお、ものさし鳥の各鳥について、その鳥の鳴き声と簡単な解説を音声で聞くことができるようになっています。
@メジロ: 一番小さな鳥、約10cm。くちばしが長く細くとがり、小さな虫なども食べるが、とくにツバキなどの花の蜜を好んで吸い取るように食べるそうです。そのためなのか、のどは黄色で、背は緑っぽい色だとのことです。目の回りに白い輪があり、目白と呼ばれます。
Aスズメ:もっとも身近な鳥、13cm。体が全体に、メジロやハクセキレイに比べてふっくらと太っている感じ。くちばしは短く太い。穀物ばかりでなく昆虫など何でも食べるようです。くちばしは小さいように感じますが、よく触るとくちばしに続く窪みが目の下あたりよりも後ろまで伸びていて、爬虫類と同じように顎(くちばし)は大きく開くようです。
Bハクセキレイ: 最近、都会で増えてきた鳥、20cm。尾がすうっと長く伸びている。体は全体にほっそりした感じ。(私の住んでいる近くの河原でもハクセキレイは見られるようだ。)
Cキジバト: 鳴き声に特徴がある、30cm。体は全体にずんぐりした感じで、胸の所が膨れている。くちばしは太く短くて、主に植物の種や実などを食べます。キジバトもふくめハト類には、食物を一時的に溜め込んでおく1対のそ嚢があり、繁殖期にはそ嚢に溜め込んだ食物を脂肪や蛋白質の多いピジョンミルクに変えて吐き出し、雛に与えるそうです。
Dハシボソガラス: おなじみの鳴き声、50cm。体全体が大きい。くちばしは太く長い。
これら5種の鳥は、いずれも羽をたたんだ状態のものです。キジバトやハシボソガラスでは、風切羽など羽の1枚1枚が重なりあっている様子が触ってよく分かります。
この5種のものさし鳥を基準にして、例えば、ウグイスは、スズメとハクセキレイの中間の大きさで、ハクセキレイのように尾が長いとか、ムクドリやモズは、ハクセキレイと体長はほぼ同じだが、体はもっと太いなどと説明できます。
●鳥の翼の構造
平たい大きな箱があって、それを開けると、中にはミズナギドリ(オオミズナギドリ?)の大きな翼があります。長さ50cmくらい、幅15cm余くらいあり、1枚1枚の羽もリアルに表現されています。これとは別に、大きさの同じ翼状の板があって、それには各部の名称が点字で表記され、それぞれのおおよその輪郭や重なり具合も分かるようになっています。さらに、鳥の翼の骨格模型も用意されています。
翼の骨格模型を触ってみると、骨は細いですが、人など動物の腕と同じで、上腕に1本、前腕に2本、手の部分には、手根骨らしきものとともに、親指・人差指・中指に当たると思われる細い骨が3本あります(第4指と第5指の骨はないようだ)。これらの骨に直接付いているのが風切羽です。翼の一番外側で先端から後縁部、手根骨や第2指骨・第3指骨に付いているのが初列風切です。翼の内側の後縁部、前腕の尺骨に付いているのが次列風切です。そして次列風切のさらに内側に続き翼の根元にあるのが三列風切です。海鳥の場合には、三列風切の前に、上腕骨に付く上腕風切が長くあります。初列風切の前には初列雨覆(あまおおい)が広がり、さらにその前、親指に当たるあたりには小翼羽があります(ここが手に当たる部分)。次列風切の前には、順に一部重なるように前に向って、大雨覆・中雨覆・小雨覆があります(ここが腕の部分)。三列風切の前は広く肩羽になっています。雨覆や肩羽は皮膚から生えているものです。
鳥が飛ぶのに直接役立っているのは風切羽で、初列風切は推進力を、次列風切は浮力を与えています(初列風切と次列風切の間、手に当たる部分と腕に当たる部分の間は、ちょっと斜めに窪みのようになっていて、手首の関節のように上下にかなり大きく動かせるようです)。雨覆は翼から空気が漏れないようにしっかりカバーし、また、翼全体の形が飛ぶのに適した形になるように形を整えているようです。
参考に、今制作中だというハワイノスリにも触らせてもらいました。長さ50cm弱で、くちばしがぎゅっと下に曲がっています(猛禽類であることが分かります)。まだ素彫りですが、左右の翼はそれぞれ30cm余あり、それらを組み立ててみると、翼の上面と下面の曲面の形など、まるで飛行機の主翼とそっくりです。ちなみに、このノスリですが、ハワイ諸島では約500万年の間に50種ほどに分化してきたそうです。
これらの模型を触ることで、鳥の翼の構造、また鳥がどんな風にして飛ぶのか、具体的にはっきり知ることができました。
●ダーウィンフィンチ類
ダーウィンフィンチ類の展示として、マメワリ、コガラパゴスフィンチ、ガラパゴスフィンチ、オオガラパゴスフィンチ、ハシボソガラパゴスフィンチの5種が用意されていました。
マメワリは、現生の鳥の中でガラパゴス諸島に生息するダーウィンフィンチ類に最も近縁の種で、15種のダーウィンフィンチ類の共通の祖先に近いものと考えられている鳥です。長さ10cmほどの小さな鳥(メジロくらいの大きさ)で、くちばしは小さくて短く、円錐形に先がすっととがっています。コロンビアからペルーにかけて南米大陸の北西部に分布し、草の小さな種を食べているそうです。このマメワリに類似の祖先種が、200万〜300万年前に1000kmほども離れた20近くの火山島からなるガラパゴス諸島に渡ってきたということですが、どのようにして渡ってこられたかはよく分からないようです。貿易風に乗って来たのかもしれないということですが、どうなのでしょう(以前は今は海没してしまっている島々を伝ってやってきたと考えられたこともあるようです)。
ガラパゴス諸島は、赤道直下に位置するにもかかわらず、寒流や下から湧き上がってくる冷たい海水の影響で気温が低く乾燥した気候で、植生はあまり豊かではないようです。熱帯にもかかわらず、ペンギンやアシカやアザラシが見られる、なんとも不思議な島々です。それぞれの島によって、また同じ島でも海辺のよく霧が出て湿っている場所と内陸の高地の乾燥した場所のように環境は多様なようです。さらに、10年に1度くらいはエルニーニョやラニーニャの影響で旱魃とそれに続く大雨になり、植生にも大きく影響して、しばしば餌不足にもなるようです。
マメワリに似た祖先種は、くちばしが小さいため小さい種しか食べられません。旱魃の影響などで餌が不足すると、より大きなくちばしを持ちより大きな種子も食べられる個体のほうが生き延びる可能性が高くなります(このような餌不足の時期には、全体の2割くらいしか生き延びられないこともあるそうです*)。タッチカービング用として制作されたコガラパゴスフィンチ、ガラパゴスフィンチ、オオガラパゴスフィンチ、ハシボソガラパゴスフィンチはいずれも地上性のフィンチで、このうち、コガラパゴスフィンチ、ガラパゴスフィンチ、オオガラパゴスフィンチは、この順にくちばしも体も大きくなっています(スズメくらいあるいはそれより少し大きい)。これらのくちばしが少しずつ大きくなっているフィンチ類は、より大きな種子を食べて生き残ってきたのでしょう。ハシボソガラパゴスフィンチは、大きさはガラパゴスフィンチよりちょっと小さいくらいで、くちばしが他よりわずかに長いように感じました。ハシボソガラパゴスフィンチは、植物の種やサボテンの花の蜜を主食としていますが、島によっては、カツオドリの背にとまって血を吸うものや、カツオドリの卵を転がして岩にぶつけたり落としたりして割って中身を食べたりするものもいるそうです。
* Wikipediaの「ダーウィンフィンチ」より引用:「グラント夫妻のチームはダフネ島を中心に研究を行っていた。中でも1977年の干ばつと1978年以降の大雨によってフィンチがどのような影響を受けるのか詳細に分析された。干ばつによる食料の減少によって、1977年初めに1,200羽いたガラパゴスフィンチは1977年末に180羽に、280羽いたサボテンフィンチは110羽に減少し、10羽いたコガラパゴスフィンチは全滅した。生存した個体のくちばしの長さの平均は10.68ミリメートルから11.07ミリメートルになった。わずか0.5ミリメートルに満たない個体差が生存上有利に働いたと見られ、翌年生まれた子供の平均的な体格も約5パーセント増大した。しかし1978年以降の大雨によって食料が増えると体格の大きさは不利になり、自然選択の圧力は小型個体に有利に働き、平均的な体格は1977年以前に戻るような傾向を示した。」
内山先生によれば、ダーウィンフィンチの剥製は入手が困難なため、博物館でのダーウィンフィンチをテーマとした「ダーウィンの進化論」の展示は、これまで実現しませんでした。そこで、生物学的に正確に制作されたバードカービングでレプリカを作る、というプロジェクトを2012年に提案。国立科学博物館および山階鳥類研究所の協力を得て、アメリカ自然史博物館よりダーウィンフィンチの剥製を借りて、2012年から約2年かけて正確な観察資料を作り、これに基いてダーウィンフィンチ15種、およびその祖先に最も近いとされる鳥(マメワリ)1種の雄雌を制作しました。制作に当たっては、30年近く現地でダーウィンフィンチ類の研究をしてきたピーター・グラント博士に監修していただいたとのことです。そして、2014年2月末から国立科学博物館でミニ企画展「ダーウィンフィンチ−ガラパゴス諸島で進化を続ける鳥−」を開催しました。
国立科学博物館のこの企画展では、祖先種のマメワリから15種のダーウィンフィンチ類がどのように進化してきたかその系統関係も展示されていて、今回のレクチャーでそれにも特別にそっと触らせてもらいました。直径70cmほどの円盤上の中心にマメワリが位置し、そこから放射状および同信円状にいくつも線が伸びていて、15種のダーウィンフィンチがそれらの分岐した線上に配置されています。コガラパゴスフィンチ、ガラパゴスフィンチ、オオガラパゴスフィンチはきれいに並んでいて、とても近い種(兄弟のようなもの)であることが分かります。ハシボソガラパゴスフィンチは形は似ていますが、上の3種からは早くに別れた種であることが分かります。その他にもいろいろな種に触りましたが、とくに印象に残っているのはくちばしがとても細くて長いもので、これはムシクイフィンチだそうです。
今回タッチカービングとして制作された4種はいずれも地上性ですが、その他にどんな種があるのか調べてみました。オオサボテンフィンチ、サボテンフィンチ、オオダーウィンフィンチ、ダーウィンフィンチ、コダーウィンフィンチ、ハシブトダーウィンフィンチ、マングローブフィンチ、キツツキフィンチ(小枝を道具のように使い樹木の中に住む昆虫の幼虫を捕食)、ココスフィンチ(ガラパゴス諸島から700kmほど離れたココ島に生息、くちばしが長い)、グレイムシクイフィンチ、グリーンムシクイフィンチです。
タッチカービングとして制作された4種以外の種にもできれば丁寧に触りたかったですが、4種だけでもそれぞれの環境によってくちばしの形が変化して適応して行ったことはよく分かりました。なお、最近ガラパゴス諸島では、人間がもたらした環境の変化(とくに食物がいつも豊富にある)や近縁種間の交雑(純系よりも交雑種のほうが生き残りやすい)などによって急激な進化?が起こっていて、問題になっているそうです。
今回の1時間半にわたる内山先生のレクチャーはとても充実したものでした。翼の構造をはじめ、実際に触って確かめながら知識を得ていくというのは、もっとも確実で印象に残る学び方のように思います。見えない人たちはもちろん、見える人たちにもこのような学び方は有効なように思います。
(2016年11月7日)