10月27日から30日まで、藤沢市民会館で第26回「手で触れて見る彫刻展」が行われ、私は27日と29日に会場に行きました。今回も私は木彫5点を出品させてもらうとともに、同時に開催された「さわれる冨嶽三十六景」の展示解説に協力しました。同時開催としてこのほかに、「さわれる版木」と「指で読む絵本」も行われ、楽しい展覧会でした。
まず、彫刻展から紹介します。
桑山賀行先生の作品は3点展示されていました。
●金魚の昼寝
この作品は、日本のなつかしの童謡の歌詞に描かれている情景を彫刻にした「日本の歌」シリーズの1点です。長さは30cm弱、尾を左に大きく曲げていて、全体にころんと丸まったような感じになっています。直径2cmくらいもある大きな両目が飛出しています。口は下を向いてわずかに開いています。
以下は童謡「金魚の昼寝」の歌詞です。なんだかそれらしい雰囲気がします。
赤いべべ着た
可愛い金魚
おめめをさませば
御馳走するぞ
赤い金魚は
あぶくを一つ
昼寝うとうと
夢からさめた
●ぼく
高さ1mくらい。男の子が台に腰掛けています。両手をお尻の下に入れています。「長男4歳の時の姿を写真ではなく彫刻で残そうと制作。」とあります。
●風−ひだまり−
長さ50cmくらい。女の子が上を向いて横たわっています。右足先の上に左足を乗せ、左足先をぴんと伸ばしています。「ひだまりに吹く風を人の姿で表現」とあります。
私は次の5点を出展しました。来場者にも何度か自分の作品の解説をさせていただきました。
●風:なびく・ゆらぐ
セット作品。風になびいたり揺らいだりする姿をイメージして彫ってみました。触るとゆらゆら揺れますし、2つを一緒に回してみても面白いです。
このセット作品は、1つの円柱を螺旋状に2つに切り分けて作ったものです。出き上がるまでは「難産」でした。
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●花バースト
アマリリスが元気よく咲き誇っているイメージです。球根からわずかの間にぐんぐん育ち、大輪を四方に開いてゆく姿はなんともすごいです。
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●かにさん散歩
大きなはさみをもったカニさんが、ふらふら歩いているところを想像して作ってみました。右のほうのはさみはとくに大きくて、このカニさん、歩くのはたいへんだけどがんばっています。
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●両手に花
両手のひらを広げて、その上に大きな花の台を乗せています。以前から彫ってみたいと思っていたイメージです。ただ、平らな台にいろいろな花模様を刻むのはなかなか難しかったです。
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●いだきとめる
何でもすくいとり抱きとめてくれるような像をイメージして作りました。この像はさらに、下からは大きな手で、後ろからも両手で支えられていて、どんなものでも抱きとめてくれそうです。安心です。
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次に、土曜会の皆さんの作品でとくに印象に残ったものを紹介します。
Tさんの馬の作品はリアルで動きも感じられよかったです。「アルテミシオンの少年騎手像」は、前2世紀、古代ギリシアのブロンズ像を模刻したものだとのこと。調べてみると、1926年にエウボイア島(アテネがあるアッティカ地方の北側にある大きな島)北西部のアルテミーシオン岬沖合の海底から、ゼウス(またはポセイドン?)像とともに偶然発見されたものだそうです。中から偶然に発見されて、1928年に引き揚げられました(ギリシアの神殿の彫像類などをローマ(ないしイタリア)に船で運んでいる途中に難破してそのまま沈んでいたものらしい)。横幅40cm弱、高さ20cm余。両前脚を跳ね上げ宙を飛んでいるような感じがします。後脚の腿には血筋が浮出しています。少年は左腕を前に出し、右手は腰の辺にあるようです。馬の鬣や少年の服がなびいています。
「勝った!のか 負けた!のか」は、凱旋門賞で活躍したオルフェーブルを表現したもの。ゴールした後なのでしょうか、少し力が抜けているような感じ。騎手はやや前屈みで両手に手綱を持ち、その綱は頸・口・鼻の上・耳の前にかかっている(綱は少し緩んでいる)。「ゴール直前の競り合い!!」は、背景に走っている馬の浮彫りの像があり、その前に最後の追い込みをかけている騎手と馬の像があります。騎手はほぼ直覚に上半身を折り曲げ手綱を持っています。馬は、左側の前脚と後脚をくっつくくらい近付け、右側の両脚は思い切り開いていて、背景の馬の鼻先よりも半馬身以上追い抜いています。Tさんはその他に、斜め前や後ろからなどいろんな方向から見た浮彫りの作品をたぶん10点くらいも展示していました。
別のTさんの作品は、私がよくは知らないいろいろなポーズが像になっていて面白かったです。「江戸火消」は、火事場で纏(まとい)を振る町火消を表したもの。両手で身長の倍ほどもある長い纏を持っています。纏の上端には2段重ねで3方向に突起が出ていて、その下には細い木の皮のようなのが多数垂れ広がっています。頭には鉢巻のようなのをしめています。「歌舞伎 鏡獅子」は、大奥の女小姓弥生に獅子の精がのりうつり舞う姿を表したものだとのこと。被り物の前の両側に垂れている束ねた髪の端をそれぞれの手で持っています。「歌舞伎:助六」は、江戸の色男助六が見得を切っている様子を表しているようです。下駄のようなのを履き、両脚を広げて着地しているところのようで、裾の端がめくれ上がっています。右手に傘を持って後ろ向きにさし、左手で傘の端を持っています。左側の帯?には脇差をはさんでいます。「和太鼓を打つ」は、両手に撥を持ち、その斜め前に横向に太鼓が置かれています。和太鼓の音響とダイナミックな躍動感に魅せられて制作したとのことです。
Oさんは、観音菩薩立像を6点も出していました。高さは30cm余、両手の間にはさむように玉を持っているもの、左手に薬瓶を下げているもの、冠に小さな仏が彫られているもの、蓮華座も単純なものから2段になったものなど、いろいろでした。「なんじゃこりゃ」という作品は陶器製で、4人が内側を向いて輪になり互いに手をつないでいます。
Yさんは「誕生仏」を2点出していました。ともに人差指と中指をぴんと伸ばして、右手は上げて天をさし、左手は下げて地をさしています(釈迦は生まれてすぐに四方に7歩歩き、このポーズで「天上天下唯我独尊」と称えたとか)。1点は蓮華座の上に乗っていますが、もう1点は、大きく窪んだ蓮の花の中に立っています(この蓮の茎はうねえっと少し曲がっています。この窪んだ器のようなものですが、花祭りの時に甘茶を注ぐ灌仏盤のようなものだと思います)。また「鎌倉彫:小鏡」は、表面の花模様には小さな貝が埋め込まれており、裏面はつるつるの鏡になっています。Yさんの作品は、表面を漆と金粉で処理しているとかで、とてもすべすべしていました。
その他、十一面観音、千手観音、聖観音(左手に蓮の花のつぼみを持っている)、馬頭観音(顔は3面で、正面の顔の上に、たてがみなどもふくめとてもリアルな馬の顔が乗っている。腕は4本)など、例年同様いろいろな仏像が展示されており、また子供やお孫さんたちを表した像も多かったです。
今回の彫刻展では、以下のような企画が同時に開催されていました。
●さわれる冨嶽三十六景
北斎の冨嶽三十六景の立体コピー図版の中から、次の3点が展示されました。(立体コピー図版による冨嶽三十六景の鑑賞については、
触って鑑賞する『冨嶽三十六景』を参照。)私は、触って分かることを中心に少し解説させてもらいました。
「神奈川沖浪裏」:遠くに小さく見える富士さんと、手前に大きく描かれている船、そしてその船を飲み込もうとする荒れ狂う波濤。とくに大きな円弧状の輪郭の波濤と円弧の下のほうでくだけ落ちる波頭を触って確認してもらいました。遠近法によってうまく描かれ、また同と静の対比も際立っている作品のように思えます。
「尾州不二見原」:大きな樽と、それに比べてとても小さく見える富士山の対照が面白いです。屈んで仕事をしている人と比べるとこの樽はたぶん直径2m以上はあるでしょう。樽のたくさんの板や綱も触って分かります。(富士山の西約170kmくらいの地点から見た富士山。)
「甲州三坂水面」:富士山の頂上の下は触って山肌が感じられるのにたいして、逆さの富士のほうは頂上の下は大きく空白になっている(ということは、たぶん原図はその部分は白くて、雪の部分だろう)。この絵は、単純に現実の富士が湖面に写ったのを描いたのではなく、夏の富士と冬の富士を想像で対照させて描いただろうことが分かります。
●さわれる版木
今年7月に開館した「藤澤浮世絵館」の協力により、同館で実施している「浮世絵摺り体験」で使っている版木に触れることができました。また、27日には、その版木を使って実際に摺りの体験をすることができました。
触ったのは、鈴木春信の「清水舞台より飛ぶ女」です。A4サイズくらいの大きさで、桂製です。着物(振袖?)を着た女性が、開いた傘(傘の何本ものほねがよく分かる)を両手で持ち、袖や裾がふわあっと大きくなびいてきれいな曲線になっています。片足は跳ね上げ、もう片ほうの足は爪先をぴんと伸ばして足裏が見えているようです。版木の左下(摺った時には右下になる)にはなにか横に広がっている木があって、これは満開の桜だそうです。清水の舞台はないのかなと思いましたが、清水寺は桜のイメージと結び付いていてこの桜と宙に舞う女性から清水の舞台が想像されるらしいです。(「清水の舞台から飛び下りる」という表現はしばしば聞きますが、これはたんなる比喩ではなく、江戸時代には若い女性を中心に主に信仰心から高さ10m以上ある清水の舞台(本堂)から飛び下りたそうです。記録によれば、234人が飛び下り、その内亡くなったのは34人だとか。)
版木としては桂のほかに桜もよく使われた(桜のほうがだいぶ硬くて、細かく彫ることができる)ということで、歌川国芳の江の島の浮世絵から子供の姿の部分を彫ったものを触りました。桂だと細い線でも2mmくらい太さがありますが、桜では半分くらいの太さになってとてもクリアな気がします。
次に上の「清水舞台より飛ぶ女」の版木を使って、摺りの体験をしました。まず、版木の上全体に絵の具を置いてもらいます。次に、刷毛で絵の具を版面全体に広げていくように動かします。それから、窪みや細い溝になっている所に絵の具がたまるので、それを払いのけるように刷毛を動かします。次に、見当(とんぼ)に合わせて和紙を置いてもらいます(この紙は全体に湿っていました)。そして、この紙の上にバレンを使って摺ってゆきます。バレンは直径10cm余の薄い円板を大きな竹の皮(多数の横筋があった)で包んだようなもので、上面で皮の紐のようなので結ばれています。この結び目に手を入れて手首に体重をかけ、最初は左右に動かしながら、その後は回すようにしながら摺ってゆきます。その後、和紙を押えながらゆっくり版面から和紙を離して行って、出来上がりです。これは黒の単色摺りですが、藤沢市のマスコットキャラクターのふじキュンが描かれた版木を使って、黒と青(空や建物=市役所の窓、ふじキュンの体の一部が青)の多色刷りも体験しました。
摺り上がった紙は手で触ってもなにも分かりませんが、大阪に帰ってから「清水舞台より飛ぶ女」を立体コピー器にかけると、黒の部分がしっかり浮き上がって自分の摺った浮世絵を触って確認できました(版木で触ったものとは左右が反対)。とてもよい体験でした。
●指で読む絵本
藤沢市点字図書館所属のボランティアが布やフェルトを使って制作した手作りの絵本です。視覚に障がいのある・なしにかかわらず楽しめるということです。
私が触ったのは、主に小学4年生の点字に関する調べ学習などの時に見える子供たちに見てもらうものだとのことです。とても細かくリアルで、中には実物の鳥の羽を使った部分もありました。盛り上がりの高さの違いなどもよく触察すると、それから例えば馬のそれぞれの脚の動きなども想像できて、なかなか面白かったです。
盲学校の子供たちのためには、こんなにも細かくて複雑ではないものを作っているとのことです。確かに、いろいろな物の形などを知るためにはそのほうが良いだろうと思います。もう40年近くも活動歴があるとかで、さわる絵本としてもかなり優れているように思いました。
このように、今回の彫刻展は、彫刻作品ばかりでなく、同時開催の企画もいろいろあって、大いに楽しませてもらいました。
(2016年11月14日)