クローン作品に触れる

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 12月10日、「第十六回全国障害者芸術・文化祭あいち大会」の1企画「触れる絵画・彫刻」展に行きました。会場は、地下鉄栄駅近くの愛知芸術文化センター12階で、私は12時ころ到着、ガイドボランティアの方がおられて案内してもらいました。
 ネット上の同展の案内文には、「東京藝術大学COI拠点では、美術の伝統的な造形技術と芸術家の感性に、現代のデジタル撮影技術や2D、3Dの印刷技術を融合させることにより、文化財の高精度かつ同素材同質感の複製をつくりだす特許技術の開発に成功しました。油彩画では、絵画画面上の絵の具の盛り上がりまでが再現されており、実物の芸術作品が持っている生き生きとした表情を感じることができます。」とありました。最新のプリンターや印刷技術と修復を専門とする方が培ってきた技術を融合して、実物の美術品に限りなく近いもの(ボランティアの方はしばしばクローンと言っていました)を作り出して、だれでも名画・名品に直接触れてその質感を感じてほしいという企画のようです(当日は残念ながらこれらの制作に携わった方はだれもいなくて、技術的なことや制作意図・今後の展開などについてお尋ねすることはできませんでした)。
 展示されていたのは10点ほどでしたが、有名な絵が3点、壁画が2点、板絵が1点、絵とそれを彫刻に表現したものが1点、浮世絵3点と、多彩な内容でした。
 まず最初に触ったのが、ゴッホの「自画像」(1890年)。大きさは縦60cm余、横50cm余くらいで、額に入っていない、長方形のキャンバスの状態です。顔の部分は触ってほとんど分かりません(ひげの部分はいくつか細い線になっていてかすかに分かった)が、顔の両側には渦巻くような曲線がたくさん並んでいて、なんかすごそうと思いました。とくに向って左側のほうはぐるぐる巻きという感じでした(右側のほうはややゆるいカーブになっていて、流れるようにも感じました)。この渦巻きの色を尋いてみると、ペールグリーン?とか、なんかよい感じはしませんでした(再晩年の作品なので、精神的な不安のようなものが表われているのでしょうか?)。この作品の隣りには、同作品が額に入った状態のものが展示されていました。
 次もゴッホの「オーヴェルの教会」(1890年)。縦70cm余、横90cm余の、先ほどのよりはかなり大きい横長の作品で、触るととにかくたくさんの線や点、ざらざらがあります。大きく描かれているのが教会で、中央の上は四角くく高くなっていて(塔のようなもの?)、そのやや下のほうから両側に斜め下に大きく屋根が描かれています(塔や屋根の部分は、5mm弱くらいの間隔で並んだ多数のしっかりした真っすぐあるいは斜めの直線で描かれていて、触ってとてもよく分かる)。屋根の下のほうでは、壁面や、四角く線で区切られてたくさん窓のようなもの(教会なのでステンドグラスかも)が並んでいるのが分かります。教会の建物はなにか全体として圧倒するような力を感じました。教会の下には地面や草や花が描かれていて、画面右下に描かれている花の部分は、たくさんの点々のような手触りでした。画面左下には女性の後ろ姿があって、この女性の部分は回りよりするうっとした手触りで、またゆるやかな曲線も数本分かって、これはスカートの襞のようです。
 次に触ったのが、セザンヌの「台所のテーブル」(1888〜90年ころ)。幅80cmほどのやや横長の作品ですが、触っても何が描かれているのかはほとんど想像できませんでした。ゴッホの筆遣いは特別激しくて、しっかり盛り上がった線や点になっていますが、やはりふつうの油絵はこんなものなのだと思いました。触って少し分かったのは、下のほうに描かれていた洋梨で、これは先のややとがった扇形のような形でそれらしく感じました。画面下のほうには、布を敷いたテーブルの上にリンゴやナシなどいろいろな果物が置かれているようです。その上にはティーポットのようなものや砂糖壷?、さらにその上には果物入りの大きな籠が描かれ、また画面左側には台所内の様子が描かれているそうです。なにか雑然とした印象を受けます。静物画ということですので、個々のアイテムの描かれ方に注目したいところですが、それはできませんでした。
 
 その後は、壁画です。まず、「バーミヤンの仏座像」に触りました。直径30cmくらい、厚さ2cmほどの、土を固めたような円盤のようなものです(円盤の回りには細い藁の端のようなのがたくさん出ていた)。全体にゆるやかな凹凸はありますが、何が描かれているかはほとんど分かりません。そんななか、円盤の上のほうの中央に、1辺が6cm前後の逆三角形の、がたがたに剥ぎ取られたような深さ1cmくらいの窪みがあります。これは仏座像の顔の部分だとのこと、偶像崇拝を否定するタリバンの手で削り取られたものだそうです。お腹のあたりで手を合わせているらしいです。( 2001年にバーミヤン大仏がタリバンによって爆破された直後から、東京藝術大学学長だった故平山郁夫画伯らが国外に流出したアフガニスタンの文化財保護を国際社会に訴え、「流出文化財保護日本委員会」を組織、ブラックマーケットなどを通じてアフガニスタンから流出した100点以上の文化材を集め、保護・保管し一部は修復、このバーミヤンの仏座像はその1つだとのことです。)
 次に触ったのは「敦煌莫高窟壁画第57窟 南壁中央 仏説法図右脇侍菩薩部分」というものです。莫高窟は、中国北西部の甘粛省敦煌市の近くにある700以上もの石窟群で、5世紀から千年もの間造り続けられたそうです。多くの石窟には仏塑像が置かれ壁には壁画が描かれていて、第57窟はその中でも保存状態がよいもののようです。南壁中央の仏説法図は、須弥座上に結跏趺座した仏が説法をし、左右に脇侍菩薩、その背後に2比丘8菩薩を従えているそうです。その中で再現展示されている菩薩像は、縦1m余、横1m弱くらいの大きさ(180%に拡大されているとのことで、実際の大きさは50〜60cmくらいだと思います)で、ちょっとざらあっとした手触りです。顔などはほとんど触っては分かりませんが、直径5mmくらいの半球を多数連ねたような飾りの部分は触ってとてもよく分かります。頭の上には4個くらい円い輪のようになっている飾りがあり、首から胸にかけてはネックレスのような飾り、また耳の下あたりにも長く伸びている飾りがあります。彩色も鮮明で、とくに私が触った飾りの部分は金色になっているとか、とても豪華な菩薩像のようです。
 次は板絵で、醍醐寺の「板絵著色天部像 毘紐天妃・楽天」というものです。高さ80cmくらい、幅20cmくらい、厚さ2cm弱の板で、表面はするうっとした感じで何かを塗っていることは分かりますが、何が描かれているかは触ってはまったく分かりませんでした。(表面には上下に2つ描かれているそうです。裏面のほうは縦に線が走っていて木目のようなのがよく分かりました。板は少しゆるやかに反っていて、ややふくらんでいるほうに絵が描かれていました。)
 
 マネの「笛を吹く少年」(1866年)が、再現された絵とともに、それを基に、後ろ側など見えていない部分もふくめて制作された彫刻も展示されていました。絵はかなり大きいサイズのようでしたが、私はちょっと触れてほとんど分かりそうにはないと思い、やはり彫刻のほうを触ってみました。身長140cmくらいの人が、左脚を半歩前に出して立ち、長さ30cm弱、直径2cm余の横笛を吹いています(口の所には吹き穴があり、右手の中指は上がっていてその下には穴がありました)。頭には斜めに帽子をかぶり、左肩から襷のようなものを斜めに右腰のほうに向ってかけています。この襷の前のほう(胸からお腹の前)には、長さ30cm余、太さ3cmくらいの、笛を入れるケースが結び付けられています。(このほぼ垂直の笛を入れるケースは、私にはこの作品の軸のようにも思えました。)服やズボンは、やや大き目なのでしょうか、斜め横方向にゆるやかな凹凸のカーブが繰り返されています。ズボンには黒いラインがあり、黒い帽子、黒い服、黒い靴と、統一されているようです。
 
 最後に、浮世絵3点です。いずれも大判1枚(縦40cm弱、横26cmほど)の大きさで、表面に薄い紙がゆるく張られていて、その下に、版木なのでしょうか、ちょっと堅い板のようなのがあり、上の薄い紙を通してその下の板の凹凸を触って感じるようになっています。
 まず、喜多川歌麿の「当時三美人」(1793年ころ)。これは、寛政期に実在した評判の美人3人を描いたものだとのことです(それぞれの顔らしき所や着物のあたりが触ってわずかに分かるくらいで、細かくはまったく分かりませんでした)。3人とも顔お中心とした半身像(大首絵)で、画面中央(奥のほう)に吉原芸者で富本節の名手・富本豊雛、画面下(手前のほう)には水茶屋の看板娘が2人(右が難波屋おきた、左が高島おひさ)が描かれています。難波屋おきたの黒の着物には桐の紋が、高島おひさの着物には3つの柏の紋が描かれているそうです。3人の顔はそれぞれ特徴があって、しっかり描き分けられているとのこと(役者絵では個人の顔を描きわけていましたが、美人絵ではふつうは絵師の美人の様式で美女が描かれ、個人の顔を描きわけていなかったようです)。
 その隣りには、東洲斎写楽の「三世大谷鬼次の奴江戸兵衛」(1794年)。私は写楽の「二世大谷鬼次の奴江戸兵衛」(1794年)については、10日ほど前に名古屋ボストン美術館で顔の一部を彫った版木に触り、また全体の像もエンボス印刷されたものが手元にあって、だいたいのイメージは持っていましたが、この作品を触ってみると、独特の目や手の形の特徴はほぼ同じようでした。
 そして一番右端に、歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」(1857年ころ。名所江戸百景は1856〜58年にかけてつくられ、全部で118図ある)。触ってまず気が付いたのが、画面上半分近くまで縦に流れるように並んでいる多数の線。これは激しい雨を表わしているとのこと。そしてその下には、やや斜めに横に太い盛り上がりがあって、これは橋だとのこと(この橋は隅田川に架けられていた「新大橋」で、対岸に見えているのがあたけ(安宅)の地)。急に降り出した夕立に人々が慌てて傘を差し橋の上を通っているようです。その下には高い橋桁があり、隅田川の川面はだいぶ下にありました。
 これらの浮世絵3点は、いずれも触っていると匂がしてきて、江戸の庶民の匂を体感できるようになっています(三美人の絵は粉白粉、江戸兵衛の絵は鬢付け油、夕立の絵は雨の時に感じられる湿った匂だということです)。ただし、触っているとどんどん匂が強くなり、またそれぞれの絵が接近しているので匂が混じり合うようで、最後のほうは鼻がなんだかへんになってきました。
 
 色や形だけでなく、絵具の材料や筆遣い・わずかな凹凸までふくめて、実物と寸分違わないクローン作品を作り、それを見るだけでなく直接触れられるようにするというのは、なかなか野心的な試みだと思います。とくに一般の見える人たちにとっては、ふだんはけっして触れることのできない名画や名品に触れられるのですから、インパクトは強いでしょう。ただ、視覚情報を直接まったく得ることのできない私のような全盲者にとっては、少なくとも絵については、このようなクローン作品とともに、絵の主要な構成要素が触って分かるような立体コピー図版なども用意してほしいです。
 
(2016年12月15日)