多様な触る環境を

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目次
はじめに
1 点図ディスプレイ
2 レリーフマップ
3 ミュージアム・アクセス・ビュー


はじめに

 見えない人にとって〈触って知る〉ということはとても大切です。割合としては〈聞いて知る〉ないし言葉による説明だけでいちおう分かったつもりになっていることが圧倒的に多いわけですが、触って初めて実感として納得できる場合が多々あります。
 盛岡で「手で見る博物館」を開設している桜井政太郎さんがよく、視覚障害者の場合は「百聞は一見にしかず」ではなくて「百聞は一触にしかず」だと言っておられますが、それは私の実感でもあります。もちろん、実際には文字通り〈一触〉しただけで十分によく分かるということはほとんどなくて、何回も繰り返していねいに触り、また言葉による説明の助けもかりて理解しているのですが、とにかく触ってみてはじめてなるほどと体感でき、それはまた確実な知識の根拠ともなっていくように思います。
 見える人たちは、テレビや写真でまた最近はインターネットでも映像を見、あるいは実際に野外や博物館で直接実物を見ることができます。ほとんど何の苦もなく〈一見〉できているのです。
 これにたいし、見えない人たちが〈一触〉しようと思ってもそう簡単には行きません。英像はそのままではまったく触ることはできません。また直接実物を触る場合を考えても、まず手の届く範囲になければなりませんし、その大きさも小さすぎても大きすぎても触ってはなかなか分かりません。さらに、触ればとてもよく分かりそうな物でもしばしば触ること自体が禁止されていたり、また禁止されないまでも周りの見える人たちからあぶないとか汚さそうとかで、触るのはやめとけ、といった雰囲気を感じることがあります。
 というわけで、私はとにかく触ることのできる環境をできるだけ広げまた整えていくことの必要性を痛感しています。そして機会があれば私なりに発言しています。

 しかし、触ることのできる環境が見えない人にとって大切なのは当然だとして、私は最近、触ること、触って感じ知るということは、実は見える人たちのためにもとても大切なのではと思うようになりました。そしてその必要性はますます大きくなっているように思います。

 前置きがだいぶ長くなってしまいました。以下、私が最近経験した触ることに関連したトピックをいくつか取り上げて考えてみます。

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1 点図ディスプレイ

 5月14日の午後、「点図ディスプレイ」なるものを触りに、10人余りのグループで大阪府立中央図書館に行ってきました。
 KGSというピンディスプレイを作っている会社(ソレノイドが専門のようです)が受注生産で一昨年から作っていて、世界にまだ5台しかないとかいうとても高価な(500万円だそうです)器械です。初め、宇宙開発事業団で働いているYさんという全盲の研究員が人工衛星の軌道をリアルタイムで知ることができるようにと開発されたもので、今年の3月、公共機関としては初めて府立中央図書館が導入したとのことです。
 これはパソコン画面に表示されている形(文字やグラフや図形)をそのままリアルタイムに点図として触れるものです。
 点図が表示されるディスプレイの大きさは横192mm×縦144mmで、縦横3mm間隔で3000余りのピンがあり、そのピンの出入りで形が表現されます。上下左右にスクロールしたり、5段階だったと思いますが拡大・縮小もできたりで、最初触った感ぎはすばらしい!でした。
 簡単な絵(サルカニ合戦のイラスト)、大阪の気温変化の棒グラフや折れ線グラフ、画面上の漢字、図書館までの経路を示した地図などを見てみました。簡単な図やグラフはだいたい分かりました。漢字は拡大すれば何とか分かるものもあるといった感じです。1度に2ないし3文字しか入りませんのでうまく文字が入るように画面をスクロールして調節するのが難しかったです。地図はほとんど分かりませんでした。操作の仕方にかなり慣れなければ無理なように思いました。
 点間が粗くて、たとえば斜めの線が階段状になるとか、ピンが出るか出ないかの2通りしかないため、たとえばカラーの写真などにはうまく対応できないとか、まだまだ問題はありますが、とにかくつい遊びたくなるものでした。
 私のようにWindowsの画面の構造がよく分かっていない者にはその理解に役立つかも知れませんし、音声と組み合せれば簡単な文字の学習に使えるかも知れません。小学生くらいの子供だったら、きっとこういうものには熱中して、パソコンの操作力も、また図の理解力も大きく向上するだろうと思いました。

 触って分かるグラフィック用のディスプレイとしてはまだ初歩的とも言えますが、しかし見えない人たちの教育の場で、またさまざまな仕事の場で、見えない人たちの可能性を引き出し、また実際の仕事に多いに役立つだろうことは間違いありません。ただ、何と言ってもあまりにも高価で、まだまだ個人で買って使うことはむりそうです。
 最近はよくマルチメディアと言われますが、「マルチ」と言っても多くは圧倒的に視覚優位の構成になっていて、それによく音声が連動しているくらいです。触覚と連動したものは、研究としてはいろいろ試みられてきたようですが、なにぶんにも高価なこと、そして触覚特性の微妙さもあってか、なかなか実用の域にまでは達しませんでした。NHK放送技術研究所でも類似の触覚ディスプレイを研究しているようですので、注目しています。

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2 レリーフマップ

 20日余り前になりますが、長野県を中心としたレリーフマップを買ってみました。
 浮き出した地図のような物があるだろうことは何となく知ってはいましたが、レリーフマップ(立体地図などとも呼ばれています)に注目しはじめたのはつい最近のことです。
 たぶん私のホームページの触図などのことを読んでくださったことがきっかけだと思いますが、昨年トウハン企画という会社から、簡単な歩行用の触地図の試作品を評価してもらえないかという依頼がありました。でもそれは手で触って判別するにはあまりにできの悪いもので、素直にそんなことを書きました。私はもう忘れかけていたのですが、1ヶ月ほど前またその会社から改めて評価の依頼がありました。今度のものは、シンプルなものですがとても改善されていて、何とか実用にもなりそうなくらいでした。そんな評価を書いたメールを送ってその返信メールをもらったのですが、それにその会社のURL( http://www3.ctktv.ne.jp/~touhan-k/)が書いてあって、何気なくそのページを見てみました。その会社は色々な種類の地図を販売していて、レリーフマップも販売委託していることが分かりました。そしてなんとか近くでレリーフマップを実際に見ることはできないかと調べたら、紀ノ国屋に置いているようなので早速立ち寄り、見本品を触ってこれはいける!と思い、つい買ってしまったという訳です。
 私が紀ノ国屋で買ったのは「日本百名山立体地図シリーズ」の中の長野県を中心としたものでした(このシリーズは上のトウハン企画の販売ではありません)。縮尺は60万分の1となっていて、南は静岡県から愛知県、北は富山県から新潟県くらいまで入っていて、富士山もふくめ中部日本の3千メートル級の山々はみな入っているようです。比高倍率(水平方向にたいする垂直方向の拡大率のことだと思います)が約4.5倍となっていますから、たとえば高さ3千メートルは2.25cmということになりますが、触った感じは3cmくらいは十分あるように感じます。錯覚のせいもあるかも知れませんが、実際に高さをより強調して作っているのかも知れません。
 まったく見える人用のものですから、触っれ分かるのはたんなる凹凸だけで、手がかりとなる海岸線もたぶん駿河湾のごく一部と富山湾だけで、位置を自分でとるのはけっこう難しいです。見える人にガイドしてもらわないとあまりよくわ分かりません。でも富士山が独立したなだらかな綺麗な円錐形をしていたり、御嶽山も独立した山であることが分かります。山脈でも、険しいものとかかなり浸食されたようなものとか、そういった違いも分かります。また富士川を教えてもらいましたが、それは富士山の裾野を周っていて、もしかしてこれはフォッサマグナの構造線の一部なのではと思ったり、私なりに楽しんでいます。
 この「日本百名山立体地図シリーズ」はこれから全国各県のものが出るようですので、私のふるさとの青森県などが出たらまた買おうと思っています。このシリーズは1枚3千円くらいですので手頃です。

 その後トウハン企画からカタログを取り寄せ、国土地理院のレリーフマップの中でどれが適切か、担当の方とも相談しながら見当し、「近畿地方主部」を買うことにしました。数万円と私にとっては高額のうえ、なにしろ現物を触らずに決めるのですから、かなり気を使いました。
 ようやく4日ほど前にその地図が届きました。縦100cm余り、横70cm余りのかなり大きなものです。和歌山県南部を除く近畿地方のほぼ全体と、周辺の淡路島や徳島県、三重県や福井県の一部も入っています。25万分の1なので、10kmは4cmになります。また、垂直方向は水平方向の3倍に拡大されていますので、1kmの高さは1.2cmということになります。
 いちばん心配していたのは、陸と海の境、海岸線がどの程度分かるかでした。やはり大阪周辺の平野部や淀川周辺は高さが海と変わらないためほとんど区別が付きませんでした。ただ、海と平野部が色分けしているためだと思いますが、よく触れば触感で海と陸の違いはクリアではありませんが少しは分かります。
 その他は、見える人にガイドしてもらえばかなりよく分かります。六甲山、淡路島、紀淡海峡、鳴門海峡、琵琶湖などよく分かりました。一番の収穫は、娘の行っている高校のある三重県青山町から、笠置山地や生駒山を手掛りに1人で簡単に近鉄の路線をたどれるようになったことでしょうか。

 レリーフマップを見て、鉄道や道路がほとんど低い所、山と山の間などを通っていること、また都市の多くが、ということは人口の多くが、低い所、平野や川の近くに住んでいることが実感できました。いずれも理屈としてはまったく当たり前のことかも知れませんが、実際にレリーフマップで触って確認できたことは私にとってはとても良かったです。
 また、私といっしょにレリーフマップを見た見える人たちも、とても喜んでいました。平面の地図よりはやはり立体的なほうが自然に感じられるのでしょうか。
 たしかにレリーフマップのような立体的な物は、たとえば本のように綴じたり、簡単に何枚も重ねたりできず、取扱には不便なところもあります。でも、もともと 3次元のものはできるだけ 3次元で表現したほうが、見えない人にはもちろん 見える人たちにもごく自然に見てもらえるのではないでしょうか。教材として、またいろいろな施設や博物館などで建物の案内や展示品として、レリーフマップや立体的な模型・レプリカがもっともっと広く用いられるようになることを望んでいます。

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3 ミュージアム・アクセス・ビュー

 5月26日、ミュージアム・アクセス・ビューの第3回目の企画で、京都府大山崎町にある大山崎山荘美術館に行きました。6月2日まで開催中の「ひとのかたち〜ピカソ、モディリアーニ、ジャコメッティから現代の作家まで〜」展を見るためです。
 見えない人たち 7、8人と、それにガイドの人たちを加えて計 20人余りが参加し、 3回目ということもあってか、互いに打ち解けた楽しい雰囲気でした。
 はじめに学芸員の方が大山崎山荘美術館の歴史や建物について説明してくださいました。中国の後漢時代の墓に使われた画像石をそのまま利用した大きな暖炉、柱や手摺りなどに施された渦巻き形を基調としたような様々な飾り模様、とくに螺旋にねじったようなスピンドル形の棒は触り心地がとても好かったです。庭の池の表面を覆うほどのたくさんの蓮の葉に触れたのも良かったです。大きいのは直径30cm近くもあって、それが水の表面にぴたりと重なるように水平に広がっていて、しかも指でちょっとくらい力を加えてもびくともしないのには、もちろん浮力もあるのでしょうが、葉自体の形を保つ力、細い茎が大きな葉を支える力といったものを想像しました。また、モネの有名な「睡蓮」も展示されていたのですが、その絵についてのガイドの方の説明を聞きながら、私はあの池の表面を覆っている蓮をイメージすることができました。
 その後新館に行って、ようやく「人のかたち」展です。ところが、彫刻も数点あったのですが、実際に触れるものは1点もなくて、やはり残念でした。もちろん、触ることができなくても、ガイドの方が丁寧にいろいろと説明してくださり、見えない人の中にもその説明でかなりよくイメージでき、ガイドの方といろいろ対話できている人もいます。でも、視覚経験のほとんどない私にはとくに絵の理解は難しいです。絵はたんなる形だけでなく、グラデーションとか陰とか対比とかいろいろな視覚的な効果を意図した手法が組合されていて、私の理解を超えています。一部の作品(ミロの「窓辺の人物」やモディリアーニの「少女の肖像」など)については簡単な点図を用意してくださり、これは私にはとても参考になりました。でも、形中心の点図では表現しようのない絵も多いようです。

 紹介が遅くなりましたが、ここでミュージアム・アクセス・ビューについて私の知る範囲で説明します。
 この会はごく簡単に言えば「見えない人たちもいっしょに美術作品を楽しめるようにしようよ」という会だと言っていいでしょう。
 最初のきっかけは分かりませんが(おそらく触覚絵画作家として活躍しておられる光島貴之さんのアイディアが基本にあると思います)、昨年の11月「ふたりで見て楽しむ美術鑑賞会」という仮の名で、第1回目のガイドツアーとして京都で開催されていた「ひと・アート・まち」展を見に行きました。そして今年の2月、第2回目として京都国立近代美術館のシエナ美術展に行きました。その時、そろそろこの会の正式の名前を考えようという話が出て、経過はよく知りませんが、「ミュージアム・アクセス・ビュー」といいう名前に落ち着いたようです。
 暫定版ということですが、ミュージアム・アクセス・ビューの趣意書の中の活動内容について転載します。

(ここから引用)

1.美術館やギャラリーなどの作品展の鑑賞会実施
  希望者を募り、ツアー形式で視覚障害者とガイドとがいっしょに作品鑑賞します。

2.美術館へのアクセスマップ作成
  公共交通機関を使っての美術館への行き方をわかりやすく説明した文章によるアクセスマップを作成します。

3.美術館調査や美術館へのはたらきかけ
  美術館のバリアフリー度を調査したり、視覚に障害があっても作品鑑賞できるサポート体制が美術館側で図れるよう理解と協力をもとめていきます。

4.美術鑑賞をサポートするツールの研究、作成
  立体コピー、点図など平面絵画の構図を触覚でも楽しめるような補助ツールを作成します。

5.美術鑑賞方法の研究
  よりわかりやすく、視覚障害のあるひとたちも楽しく鑑賞できるようなノウハウやヒントを研究しわかちあいます。

6.情報提供
  情報入手が困難な視覚障害者のために、美術展などの情報を私たちのホームページなどを通じて提供します。

(引用終り)

 なんと素晴しいではありませんか!見えない人たちが美術観賞するのに必要な事柄をほぼ網羅しているように思います。ガイドツアーはもちろん、すでに文章によるアクセスマップ作り、立体コピーやエーデルを使った点図の作製を行なっており、またたまにメールによる情報提供もありますし、ホームページも現在作成中とのことです。
 今後このような活動が各地域で芽生え根付き、また美術館の有り方にも影響をあたえることを願いつつ、私もこのような活動に参加し、皆さんとも交流していきたいと思っています。
 さらに、このような動きが美術館だけでなく、自然系や歴史系等のいわゆるミュージアム一般にひろがることも期待しています。

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(2002年6月2日)