名古屋での楽しい1日 名古屋市科学館とアートな美の集まり

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 4月25日名古屋に行き、アートな美のHさんの案内で、午前は名古屋市科学館を見学、午後はアートな美主催の集まりに参加しました。
 名古屋駅に予定よりもずっと早く、9時過ぎに着きました。待ち合せ場所は名古屋駅の待ち合せスポットによくなっている「銀の時計」、時間があったので、それがどんなものなのか触ってみました。高さ1.5mくらいの8角錐台の上に、下のほうしか届かないのではっきりはしませんが、直径1.2mほどの球体が乗っていて、その正面に直径1mくらいはありそうな大きな時計の文字盤があります。全体の形もいいし、文字盤のふわあっとゆるやかにふくらんでいる形もきれいに感じました。
 名古屋駅から地下鉄で伏見駅へ、そこから名古屋市科学館に向かいました。名古屋市科学館や名古屋市美術館は白川公園内にあり、その公園にはいくつか彫刻作品があるとのこと、公園の入口にあるバリー・フラナガン(BARRY FLANAGAN: 1941年〜、イギリス生まれ)の「ボールをつかむ爪の上の野兎」に触りました。高さは2.5m以上はあるでしょうか、上のほうまでは届きませんでした。一番下は高さ30cm弱ほどの平たい四角錐台で、その上に直径40cm余のボールがあり、それを上から4本の太い爪がつかみ、さらにその上に、うさぎの細い長い脚が斜め上にすうっと伸びています(その上は届かなかった)。うさぎと言っても、擬人化されているとのこと、確かに2本の脚はちょっと女性らしいと思いました。ボールの上でバランスを取って立っているポーズがよさそうです。フラナガンは、いろいろなポーズの擬人化されたうさぎの作品をたくさん作っているそうです。
 
◆名古屋市科学館
 まず理工館6階に行って、地球内部を知る展示を案内してもらいました。
 
●ボーリングコア
 地球内部を知るもっとも簡単な方法は、地上から地下にできるだけ深く垂直に穴を彫って地下深部から地上までのかたまりを取り出し、それを直接観察・研究すること。それが、ボーリングコア。ボーリングコア、憧れていました!
 直径20cmくらいの円柱が10本ほど並んでいます。その中に、直径が5cmから10cm弱くらい、長さ1mくらいの各地のボーリングコアが入っています。そして、それぞれのボーリングコアの途中の一部が幅5cm余ほどの厚さで切り取られ、それが中央のゆっくり回転している円盤の上に乗っています。円盤上のコアサンプルを手前に引き寄せるとそのボーリングコアについての解説が画面に(ゲーム形式などで)示されます。コアサンプルは、上面は直接触れられますが、側面はガラスケースになっていて触れられません。以下、新しいアプローチによるボーリングコア展示も参考にしながら、私が直接触ったコアサンプルについて書きます。
 菱刈鉱山:鹿児島県菱刈町にある有名な金鉱山。その深さ約70mの鉱脈(金などを含む石英脈)部分の長さ1mのボーリングコアだそうです。コアサンプルは、直径6cm、高さ4cmくらい。上面には中央付近にカーブした境のような線があり、その線の左右で少し手触りも異なっています。線の左は白で、右はグレーないし黒っぽく見えているそうです。白の部分は石英、黒の部分に金が多く含まれているということですが、肉眼では金は見えていないとのことです(菱刈鉱山の金品位は200g/tと極めて高いですが、それでも肉眼で見えないのか?)。地下深部の高圧下で100℃以上の熱水が周囲の岩石と反応して金も含め様々な物質を溶かし込んだのが基になっているようです(金も、熱水中の硫黄と結合して錯体として溶け込むらしい)
 エジプト・ファイユーム地方のカルーン湖の湖底の地層:サンプルの直径は10cm弱と大きかった。手触りはさらさらっとした感じ。白と黒の交互の縞模様になっているとのこと。白の部分には気温の高い春から夏にかけて増える珪藻が多く含まれ、黒の部分は珪藻はほとんど含まれず粘土中心で秋から冬に対応しているそうです。つまり、白と黒のセットで1年分になっているということ。白と黒のセットの厚さはかなり変化しているが、案内の方によれば、平均すると5mm弱かな?ということで、この1mのボーリングコアに数百年分の気候変化などが記録されていることになります。解説によれば、このボーリングコアには水酸化鉄が多い茶褐色の部分があり、干ばつによって湖底が地表に露出したか湖面近くになって堆積物中の鉄が酸化したことを記録していると考えられるそうです。年縞と言えば、福井県三方五湖の1つ水月湖の年縞が有名で、45m、7万年分の年縞が確認され、年代のものさしとして世界標準になっています。福井県年縞博物館では、水月湖の年縞に含まれる主に花粉を手がかりにして、各時代に湖周辺にどんな植物が成育していたかを調べ、7万年前から現在までの風景の変化を再現しているそうです。
 秋田県北鹿地方の黒鉱鉱床:大館市小雪沢の深さ800m余のボーリングコアを中心に黒鉱鉱床の層序が模式的に分かるようにしたものだそうです。一番下から、ドレライト(粗粒玄武岩。ゆっくり冷えるためガラスは含まないが、結晶のサイズが不揃いで深成岩ほど均等ではないという特徴があり、「ドレライト状組織」という特有の組織になっている)、枕状溶岩(玄武岩)、流紋岩溶岩、グリーンタフ(凝灰角礫岩)、黒鉱(珪鉱、黄鉱、狭義の黒鉱)、一番上が泥岩になっています。海底火山の活動でできた岩石類が多いことが分かります(ドレライトは、玄武岩質のマグマが地下に貫入して、比較的ゆっくり冷えたときにできる岩石)。黒鉱鉱床は秋田県北部に限らず、北海道、東北から山陰までの日本海岸のグリーンタフ地域に見られるもので、新第三紀中新世(約1500万年前)の海底火山活動で生じた層状の多金属硫化物鉱床。黒鉱鉱床は、典型的には、下部から、珪化を受けて石英室になった火山岩に黄銅鉱・黄鉄鉱が混じった珪鉱、黄銅鉱・黄鉄鉱からなる黄鉱、閃亜鉛鉱・方鉛鉱・四面銅鉱・黄銅鉱・重晶石などからなる細粒緻密質で黒色を呈する狭義の黒鉱の3層になっていることが示めされています。黒鉱鉱床は、海底での火山活動に伴う高温の熱水噴出孔付近で多種の金属の硫化物が作られて沈殿したもので、実際に黒鉱鉱床ができつつある現場も発見されているそうです。秋田県北部の黒鉱鉱山はすべて閉山されてしまいましたが、黒鉱鉱床にはレアメタルも含まれていて、今はそれが注目されているようです。
 三重県熊野市の熊野酸性岩類:深さ600mのボーリングコアだそうです。酸性岩は、珪酸分の多いマグマから出来きた花崗岩類や流紋岩類のこと。熊野酸性岩帯は、約1400〜1500万年前のマグマ活動でできた花崗岩類で、和歌山県から三重県にかけての熊野地方に分布。ボーリングコアでは、凝灰岩、細粒花崗斑岩、花崗斑岩などの層がありましたが、どうも私の頭の中ではうまく整理できませんでした。解説では、「このボーリングにおいて、マグマが固結してできた熊野酸性岩の下(464.25m以深)に凝灰岩があることや,接触部付近の熊野酸性岩が急冷のため細粒になっていることが確認された。これらのことから,大量に噴出した火山灰がカルデラ内を埋め尽くしできた凝灰岩層の間に、花崗斑岩のマグマが貫入したと考えられている」とあります。
 名古屋市科学館地下の地層:科学館新館建設前の白川公園遺跡埋蔵文化財発掘調査の際に露出した地層断面より採取した土壌を樹脂で固めて作成した模擬コアだとのこと。最上部は融けたガラスが混ざった戦時中の表土、その下に、中世、古墳・弥生、縄文、下部が約5〜15万年前に堆積した熱田層となっているそうです。花粉と珪藻の分析から、縄文時代に落葉広葉樹林だったこの地域が、弥生時代後期〜古墳時代には河川の流れ込みを伴う湿地のあるスギやヒノキ針葉樹林となり、中世になるとイネ科植物が多くなって水田稲作が行われていたと推測される(中世の層には焼物も混じっている)とのことです。
 その他に、愛媛県松山市(和泉層群の下の花崗岩や岩脈)、北海道幌延町、愛知県豊田市、神奈川県箱根(湖成堆積層の上に600mもの安山岩)、岐阜県瑞浪市(地下300mで掘削した水平ボーリングコア。黒雲母花崗中にペグマタイト)が展示されています。また、これらとは別に、最新のボーリングコアが横置きで冷蔵された状態(冷たくてケースの回りに水が付いていた)で展示されていました。展示されているのは、地球深部探査船「ちきゅう」が掘削した、東日本大震災の震源付近の7000m弱の海底から800m以上の深さまで掘削して得たコアの一部だそうです。
 
●隕石
 地球の内部がどんな物でできているか、さらにそもそも地球はどんな物が集まってできてきたのかといった疑問にたいする 1つの有力な手がかりが、隕石。名古屋市科学館には、鉄隕石、石鉄隕石、石質隕石の3種が展示されていました(実際に触れられたのは、残念ながら鉄隕石だけ)。鉄隕石は、ある程度成長し内部が重さの違いで分化した小惑星の金属核の部分、石鉄隕石は金属核とマントルの境目付近、石質隕石は小惑星の表面に近い部分ないし小惑星に成長する以前のより始原的な物質と考えられています。
 鉄隕石は、1836年にナミビアで発見されたギベオン隕石(ただし、古くから現地の人はこの隕鉄で槍などの武器を作っていたという)。総回収量は20トンにもなり、広く散らばっていたようです。50cmくらいの大きさの半球状で、下部はざらざらした手触りでぼこぼこしていますが、上面は真っ平らでとてもつるつるしています(とても持ち上げられそうにはありません)。上面のつるつるの面には、とても細かい線が無数に走っていてきれいな模様になっているそうです。これは、鉄隕石の切断面を酸で処理すると出てくる、2つの異なる金属結晶(ニッケル含量6%以下の鉄とニッケル含量13%以上の鉄)がからみあった模様で、「ウィドマン・シュテッテン構造(Widmanstatten pattern)」と呼ばれるものです。
 石鉄隕石は、1822年にチリのアタカマ砂漠で発見されたイミラック隕石。黒っぽい地に、茶色っぽいきれいに光っている粒がたくさん見えていて、宝石のよう?と言っていました。これは、ニッケル鉄合金に橄欖石が混じったパラサイトという種類の石鉄隕石です。
 石質隕石は、1969年メキシコに落下した炭素質コンドライトのアエンデ隕石。見た目はまったくふつうの石のようだとのこと。コンドライトは、コンドリュールと呼ばれる1mmないしそれ以下の丸い粒(肉眼ではまったく見えないようです)を含む石質隕石で、隕石全体の85%くらいを占めます。コンドライトの化学組成は、水素やヘリウムなど揮発性原素を除いて太陽とよく似ており、太陽系形成最初期の物質に近いとされています。とくに炭素質コンドライトのアエンデ隕石からは、45.67億年前という、太陽系でもっとも古い年代が得られています。(展示されているアエンデ隕石の組成が書いてありましたので、あまり正確ではないと思いつつメモから書き写しておきます。鉄 3割、酸素 3割、珪素15%、マグネシウム13.7%、その他、硫黄・カルシウム・アルミニウムが数%ずつ。鉄がかなり多いような気がします。)
 さて、現在名古屋市科学館に、昨年9月26日の夜に愛知県小牧市の民家に落下した小牧隕石が展示されているということで、行ってみました。小牧隕石の破片(3個のうちの一番大きなもの)とともに、隕石が当たってえぐれた屋根、それが跳ね返って当たって割れた隣りの民家のカーポートの模型が展示されていました。隕は10cmくらいで、小さなグローブのような形で、グローブの手首の部分が切断面になっているそうです。重さは530g。詳しく研究されていて、小牧隕石によれば、小牧隕石はL6の普通コンドライトで、隕石に含まれるアルゴンガスの分析から44±2億年(形成年代)前に形成され、ネオンガスの分析から2510±60万年(宇宙線照射年代)前に、元の小惑星から割れて小さな破片になったとのことです。そして、多くのL型コンドライトが2000-3000万年の宇宙線照射年代を示すことから、Lコンドライトの元の天体(小惑星)が、小惑星同士の衝突によって多数の破片となり、そのなかのいくつかが時々地球に落下していると考えられるとのこと。
 
●生命館の地球のすがたの展示
 生命館2階の「地球のすがた」には触れられる資料がけっこうありました。
 最初に触ったのが、1m四方近くもあるでかい縞状鉄鉱層。25億年前の西オーストラリアのもの。表面はざらざらして堅い感じ。なんとなくですが、水平に積み重なっている層になっている所もあるよう。縞模様がはっきりと見えるそうです。地球上に酸素が増え始めたのは、30億年前近く前に光合成をする藻類のシアノバクテリアが出てきてから。シアノバクテリアが出す酸素は、海水中に多量に溶けていた鉄と結び付いて酸化鉄になりどんどん海底に沈殿し、現在鉄鉱床ととして使われている大鉄鉱層になります。この鉄鉱層に見られる縞模様がどうしてできたかについては、今もよく分かっていないそうです。
 次が、日本最古の岩石だという岐阜県七宗町の上麻生に露出する上麻生礫岩。(これは七宗町の日本最古の石博物館より借りているものだそうです。)20cmくらいのずんぐりしたごつごつした感じの石ですが、角礫岩などのように触って礫が集まっていることは分かりません。よく説明を読んでもらうと、この礫岩そのものではなく、この岩中の花崗質片麻岩が約20億年前の日本最古の石だとのこと。そのころ日本列島は影も形もなかったと思いますが、日本最古の岩石によれば、30〜36億年前にユーラシア大陸にクラトン(安定地塊)が形成され、約20億年前に花崗岩が大陸周辺部に貫入、約17.5億年前にその花崗岩が変成作用を受けて花崗質片麻岩となり、約1.5億年前(中生代ジュラ紀)にユーラシア大陸の花崗質片麻岩からなる岩体は隆起して侵食されて礫となり、それが他の種類の礫とともに大陸斜面に運搬されて堆積して、その一部が上麻生礫岩になったらしいです。( 花崗岩質のマグマが固結する時にジルコンという鉱物ができ、ジルコンは丈夫な鉱物で風化や侵食を受けても残るので、この場合も年代測定に使われている。)
 次に、3.5億年前の単体サンゴ化石。太さ3cm余の棒が1本立っています。サンゴと言えばいくつもの棒のようなのが組合わさったようなものを連想しますが、これは単体サンゴなのだと納得。よく触ってみると、棒の側面にはねじ山のように螺旋形に続く細かい溝が連なっています。単体サンゴには年輪とともに日輪もあるとのこと、触って分かるこの螺旋の溝は日輪なのでしょうか?この日輪を数えてみて、3億5千万年前の1年が約400日であったことが分かったそうです。当時は1年間に地球が400回自転していたということです。その他の証拠とともに、時代とともに地球の自転速度がゆっくりになっていることが分かっているそうです。その原因は地球の回りを回っている月の引力による潮汐力。潮の満ち引きで海水が動くと、海底との間に摩擦が生じ地球の自転にブレーキがかかるとのこと。月はずうっと地球の回りを回っているので、3.5億年前から現在までと同じ割合で地球の自転にブレーキをかけ続けているとして、地球と月ができた45億年前の1年の日数を概算してみました。3.5億年前から現在までに1割くらい遅くなっているので、45億年前には1年は約 365日×1.1^13≒1260日 となり、現在の1日は約7時間ということになります。しかし、地球と月の距離は時代をさかのぼるとともにもっと近かった(月ができたころは、たぶん地球から数万km)ので、潮汐力はもっとずっと強かった(潮汐力の大きさは、距離の3乗に反比例する)はず、1日の長さは7時間よりもずっと短かった(たぶん2時間とか3時間とか)と思われます。
 次に、日本最大だという木曽ヒノキの切断面。厚さ20cmくらい、直径は全体が触れませんのでよくは分かりませんが、1.5m前後あるでしょうか。表面はつるつるですが、触って年輪らしきものは少し分かります。この木曽ヒノキは岐阜県恵那郡加子母村にあったもので、1954年に伐採され、925年の年輪が確認されているそうです。現地に残っている伐根の推定樹齢25年を加え、総樹齢950年だとのこと。この木の年輪には、1004年からの950年間の気候の変化などが記録されているだろうということで、年輪幅の変化(年輪の幅は、暖かい時期には広くなり寒い時期には狭くなる)を手がかりに過去の気温の変化が調べられました。それによれば、西暦1200年頃から1800年代前半までの寒い時期(小氷期)と、その後の温暖化がはっきりと分かるそうです。
 次は、チャートというこれまでにも何度も触ったことのある硬い石。これは犬山地域のチャートで、犬山地域には古生代から中生代のチャートが広く分布しているようです。展示されていたのは、ごろんとした赤茶けたチャートと、それより少し小さい黒っぽいチャート。これらのチャートは、2億4500万年ほど前(古生代から中生代への変わり目、古生代最後の時代ペルム紀 Permianと中生代最初の時代三畳紀 Triassicの頭文字をとってP-T境界と呼ばれる)に起こった大絶滅(海生無脊椎動物種の95%が絶滅。古生代に繁栄した三葉虫をはじめフズリナや筆石や四放サンゴなども絶滅)と関連があるとのことです。チャートは、陸から離れた深海底に放散虫などのプランクトンの珪質分が降り積もってできた硬い岩石。赤茶けたチャートの赤の色は、微量に含まれている鉄分が参加して赤鉄鉱になっているためのもの。黒っぽいチャートでは、鉄分は黄鉄鉱になっていて、酸素が少ない還元的な状態であったことを物語っているようです。この黒っぽいチャートは大絶滅のあった2億4500万年前ないしそれ以降に見られ、大絶滅の時に深海底でも酸素が乏しかったことを示しています。この海洋底までが酸欠状態になる期間は 1千万年も続いたらしいです。
 次も、触ってとくに特徴の分からない花崗岩。北アルプスの長野県上高地から岐阜県上宝村にかけて分布する「滝谷花崗閃緑岩」という岩石で、露出している花崗岩類としては世界でもっとも新しい120万年前のものだそうです。「120万年が世界でもっとも新しい」とは意外な感がしますが、よく考えてみると、花崗岩は地下深くで(浅くても数km)マグマがゆっくり冷えていってできたもの。地上に出てくるまでには、隆起などかなりの地殻変動をを経なければなりません。滝谷花崗閃緑岩は、200万年くらい前に北アルプスの穂高岳一帯で巨大なカルデラ火山が噴火活動していたことが分かっていて、その火山の地下数キロにあった高温のマグマが80万年くらいかけてゆっくり冷え固まってできたものだとのことです。もとのマグマ溜まりの上面が地下3000mだったとすると、現在の滝谷花崗閃緑岩の上面は標高3000m近くにあるので、120万年で6000m近く上昇したことになります(年平均 5mmくらい)。さらに、2013年、黒部川花崗岩が約80万年前であることが分かり、露出している花崗岩の年代最新記録が塗り替えられたとのこと。これだと約5000mを80万年で上昇したことになります。穂高から黒部にかけての北アルプスは、年間平均して5〜6mmくらいの速さで隆起していることも分かります。
 
●実験や体感できる展示
 理工館 5階の「物質・エネルギーのせかい」と 4階の「科学原理とのふれあい」も少し見学しました。
 単純だったのは「重さ比べ」。縦・横・高さとも10cmの立方体の大きさのいろいろな物質が並んでいて、それを持ってみることができます。密度 1の水はちょうど 1kgで、これと比較もできます。木(ヒノキ?)は0.5くらい、同じプラスチックでも、ポリエチレンは水より軽く、アクリルは水より重いとか、コンクリートとアルミニウムは手触りはぜんぜん違うが密度はそんなに違わない(コンクリートは2.3くらい、アルミニウムは2.7)とか、20kg近くもあるタングステン(密度19.3)を必死になって持ち上げてみるとか、けっこう楽しめました。また、自転車のスチール製のフレームとカーボン製のフレームが並んでいて、それらを持ち比べることができました。スチールとカーボンですから、きっとカーボン製のほうがずっと軽いだろうと思っていましたが、カーボン製は重ったより重かったです。カーボン製のほうにも安全のためのカバーが付けられているため重くなっているようです)。
 「音のフレネルレンズ」は、音の回折や干渉を体感する装置。真ん中に直径2mくらいの円盤が立っていて、それには所々に同心円状に細長い隙間がいくつも空いています。円盤の一方の側から音を出し、それを円盤をはさんで反対側で聴いてみます。聴く場所・高さによって、同じ音の大きさが弱かったり強かったりします。とくにある1点では音がかなり強くなっていて、ここに音波が集まっているのだろうと推測されます。音源から広がった音波は、円盤の同心円状の隙間のいろいろな場所を通って反対側に行って回折しますが、音波の経路の道のりの差がその音の波長の整数倍になっていれば、山と山、谷と谷が重なり合って音は大きくなります。(フレネルレンズとは、懐しい言葉です。フレネルレンズは灯台などに使われた集光用のレンズで、大きな凸レンズの重さを減らすために同心円状にカットしたレンズ。)
 「加速度と距離」の展示は、スタート地点とゴール地点は同じ(スタート地点のほうが高い)で、経路が異なる3コースで同時にボールを転がして、どのコースのボールが早くゴールに着くかというもの(ゴールに着くと鈴にボールが当たって音がする)。手前のコースは、下り傾斜→水平→下り傾斜(ゴール地点よりも低くなる)→水平→上り傾斜→ゴール、中央のコースは、下り傾斜→水平→ゴール、向こう側のコースは、スタート地点からゴールに向ってゆるやかな一直線の傾斜です。手前のコースは、距離が一番長いですが速度は2回も加速されて一番早くなります。向こう側のコースは、距離は一番短いですがあまり速加されません。結果は手前のコースが一番早かったです(最後に上り坂もあるが、それよりも加速の効果が大きかったのでしょう)が、傾斜の角度や距離、摩擦などもあってなかなか美妙なように思いました。
 「転がる円盤」は、直径20cm余、幅5cm余の重さの同じ2つの円盤を、傾きも距離も同じレール上で転がします。円盤には重りが4個入っていますが、片方の円盤では重りが中央に集められ、もう一方の円盤では4個の重りが周辺部に散らばっているそうです。転がしてみると、中央に重りのあるほうの円盤が早くゴールに着きました。中心部に重さが集まっているほうが回転しやすいということでしょう。(これには慣性モーメントも関係しているようです。)
 「水の波を見る」は、大きな浅い水槽に水が10cmくらい入っていて、それに棒で波を起こして波の進む様子などを上の面に映る影絵で観察するというもの。私は触って観察してみましたが、棒で起こした直線的な波は少し触って分かりますが、水槽の途中に立てられた壁に開いた小さな切れ目を通して壁の向こう側に同心円状に広がって行く波の様子などは触ってはまったく分かりませんでした。やはり視覚で理解するようになっている展示が多そうです。
 
◆アートな美の集まり
 午後1時半から、地下鉄栄駅近くの名古屋YWCAで、アートな美主催の集まりがありました。参加者は、視覚障害の人たちが10名弱、アートな美の方々が10数名、なかなかにぎやかな会になりました。内容も、3月14日に愛知県陶磁美術館で制作した各自の作品を持ち寄っての鑑賞、名古屋ボストン美術館が制作した立体コピー図版の鑑賞、そして意見交換会と多彩です。
 皆さんの陶の作品は、陶磁美術館で現代の陶のオブジェを鑑賞した後の制作だったこともあるのでしょう、とてもバラエティに富んでいました。三日月そっくりの作品、脚が何本も広がり生えたような器、四角い箱のようなのにしわくちゃがべったりくっついているような作品などいろいろありました。中でも印象に残っているのは、金重晃介の「聖衣」を模して作ったという作品。触ってすぐそうだと分かりましたし、雰囲気もよく出ていました(私もこの「聖衣」のイメージを参考に作りましたが、これほど大胆に大きくは作れませんでした)。短い時間でこれだけの作品を作るとは技術も優れているように思いました。
 意見交換会では、アートな美の活動やガイドの仕方について、立体コピー図版について、またこれからの会の活動についてなどいろいろ意見がありました。
 展覧会のガイドでは、事前に十分に下調べしたり実際にその展覧会に行ったりなど準備してからが良いという声もありました。私は、アートな美の皆さんは本当によくいろいろな展覧会に出かけているようで、美術の素養がとてもあって、実際の鑑賞では多くの作品に対応できているのではないか、よく分からない時はこちらから追及?していることなどを話しました。
 立体コピー図については、もっと分かりやすくしてほしい、例えば絵の各要素の間をもっとしっかり空けてほしい(異なるものが続いていると分かりにくい)などの意見もありました。また、最後の晩餐の点図を持参してきた方がおられて、その点図が回覧され、点図のほうが分りよいのではという意見もありました。確かに点字を読み慣れている人は点図のほうがよいかもしれませんが、きれいな点図を専用のソフトで制作するのも簡単ではありません。立体コピー図にしろ点図にしろ、原画の中のどれを表現しどれを削除するのかの判断はとても難しいし、表わせるのは輪郭など絵全体が表現しているもののごく一部に限られます。中途失明の方で、立体コピー図を触らなくてもちょっとした言葉の説明で絵が頭に浮かんできて、立体コピー図の必要をあまり感じていない方もおられました。私は、立体コピー図で分かることは絵全体の数%くらいかもしれないが、やはり触る手がかりとしてはぜひあったほうがよいと思っています(もちろんその他の触って分かる手がかりがあればなお良い)。
 アートな美は活動を始めて25年近くになるそうです。これだけの長期間途切れることなく、たぶん年間10回前後もいろいろな企画をしていることに私は感心し、また感謝しています。まずは今後も続けてほしいです。それに関連して、毎年数回視覚障害者のためのプログラムを行ってきた名古屋ボストン美術館が閉館したのは残念という声が多かったです。アートな美の活動は、各美術館の企画と連動・協力して行われているので、まず美術館の側が美術館にも行ってみたいと思っている視覚障害の人がいることをしっかり認識し、それにどう対応するかを考えてもらわなくてはなりません。アートな美の方々も様々に美術館との連携を試みているわけですが、視覚障害の人も直接美術館に要望を訴えてほしいということです。最近は美術館はただ作品を展示するだけでなく、いろいろなワークショップなども行っていて、そういうワークショップ(例えば絵を描いてみるとか)にも参加できるような企画も今後はしてほしいです。
 
●立体コピー図版の鑑賞
 名古屋ボストン美術館では、2012年から昨年閉館するまで、毎年数回、同館で開催される展覧会に合わせて、視覚障害者向けの多彩なプログラムを行ってきました。(このような先進的な取り組みをしてきた美術館が閉館になったことはとても残念!)そのさいに立体コピー図版も制作され使われたのですが、その立体コピー図版がアートな美にも寄贈されました。今回はその図版を触ってみようということです。
 立体コピー図版は計40枚弱、もちろんそれらを全部触るわけには行きませんので、皆さんとくに選んだものを触って、懐しく思い出したりしていたようです。私はこれまでに触ったことのないものの中から、伊藤若冲 2点と鈴木春信 2点を選んで触りました。
 伊藤若冲『鸚鵡図』:縦長の画面。半円のような形をした台の中央に鸚鵡が立っています。鸚鵡は触ってなんだか立派で堂々としているように感じました。とさか?が立ち、左右に上から下まで細い羽が1枚1枚描かれ、尾も太いです。羽は白く、地が透けて見えるほどに際立って見えているとか(台には金も使われているらしい)。台の両端には、下部に蓮の花?のような文様のあるなにか入れ物のようなのがあります。全体に安定してバランスのとれた構図のように感じました。伊藤若冲(1716〜1800年)は、京都の錦市場の青物問屋に生まれ、身の回りの野菜や魚や鳥など動植物を精緻に生き生きと描いたと聞きますが、立体コピー図からはそういうことはあまり伝わってきませんでした。
 伊藤若冲『馬頭観音菩薩像』:立体コピー図版は頭部のみでした(原画では、中央に観音が座し、両側にも仏様が見えているそうです)。周囲は光輪なのでしょうか大きな円になっていて、その中に、観音の整った顔があります。観音は冠を着けていて、その上に馬の顔があります。馬の顔の上部に小さな耳、顔の両側にはたてがみを示す何本もの細い線が逆U字形の曲線で描かれています。全体にほぼ左右対称で、なにか様式的・デザイン的な印象を受けました。
鈴木春信『女三宮と猫』(1767-68年):縦長の画面。画面右側が室内、左側が外の庭になっています。画面左上は満開の桜です。右側の室内には、御簾を通して着物を着て立っている女の人が見えています(御簾は細い横線の連なりで示されていて、触ってここちよかった)。女の着物には梅の花が描かれています。女の人は紐を持ち、その紐が画面左下に伸びていて、その先に猫がいます。猫は頭を下に向けてまるまっているような姿です。この場面は、私は知りませんでしたが、源氏物語の中の 1場面だそうです。
鈴木春信『夕立』:横長の画面。画面上部の中央から左にかけて厚い雲。画面右上から風が吹き、雨粒の細い筋が多数左に伸びていて、さらに風で干してある洗濯物や女の着物(きれいに麻の葉模様が描かれているとか)まで左になびいていて、嵐のような天候を思わせます。画面右側には、竿に干している着物が描かれ、左側の女の人があわてて洗濯物を取り入れようとしています。下駄を履いて右足を踏み出し、右手に先が2つに分かれた長い棒を持ち、左手を高く上げ、宙にある左足の下駄が脱げてひっくり返って地面にあります(女の視線はこの下駄に向けられているどか)。とても面白い場面を描いているように思いました。さらに、干してある着物に、「メ イ ワ 二」の文字、また左袖に「大」、その右側下に「二 三 五 六 八 十」の文字が描かれ、この錦絵が明和2年の絵暦で、その年の大の月(陰暦で30日まである月)が 2、3、5、6、8、10月であることを示しているそうです。画面右下には、絵師の名とともに、彫師・摺師の名も書いてあって、これも珍しいそうです。今回触った4点の中では、この作品が一番の気に入りでした。
 
(2019年5月6日)