6月11日、姫路市にある「鉄のふしぎ博物館」に行ってきました。コロナの影響で各地の美術館や博物館が休館し、どこにも行けずにいましたが、ようやく 3ヶ月半ぶりに博物館に行きました。そして、やはり博物館は面白い、新しい発見がある、と実感しました。
梅田から阪急電車で新開地へ、そこで山陽電鉄の姫路行きの特急に乗り換え大塩へ、大塩で各停に乗り換えて白浜の宮へ、そこから海岸のほうに15分ほど歩いた所にありました。播州製鎖梶@第二工場 事務所3Fにある、個人が運営する博物館としては展示品も多様で、とても面白い博物館です。館長の衣川さんは、長年鉄の鎖など鉄製品を作る仕事をし、仕事のかたわら、疑問に思ったことや興味のあることなどに関連していろいろ資料を集め、その面白さを子どもたちをはじめ多くの人たちに知ってほしいと公開しているのがこの博物館です。すべて予約制で、衣川さんが自ら案内・解説してくれます。(予約や問合せの電話番号は、 079-222-0200 です。)
私がこの博物館に行ってみたいと思ったのは、カンポ・デル・シエロ隕石など隕石の展示があり、また、磁石を使った面白そうな遊び?のようなのができるらしいということを知ったからです。
まず初めに、この博物館の特徴など簡単にお話していただき、早速磁石にどんな石がくっつくか試してみます。磁石は、ネオジム磁石という強力な磁石(ネオジム磁石は、ネオジム、鉄、硼素を主成分とする永久磁石で、1982年に住友特殊金属(現・日立金属NEOMAX)の佐川眞人が発明。日本は、1917年の本多光太郎らによるKS鋼の発明や、フェライト磁石など、新しい磁石の発展に貢献している)。私に渡されたのは、先が直径1cmくらいのボール型のネオジム磁石に、直径5mmくらいの細い棒が付いたもの(この棒もいくつかつなぎ目があったので、細いネオジム磁石をいくつかつないだものかも知れない)。このネオジム磁石を、まず隕石に近付けてみます。長さ3cmくらいのころっとした隕石で、チェリャビンスク隕石(2013年2月15日にロシアのウラル地方のチェリャビンスク州に隕石雨となって広範囲に落下した隕石)だそうです。この隕石にネオジム磁石を近付けると、しっかりとくっつきます。チェリャビンスク隕石は LL6のコンドライトなので、金属鉄は数%しか含まれていないはず、ふつうの永久磁石だったらほとんどくっつかなかったかもしれないのに、さすが強力なネオジム磁石だなあと思いました。
次に、砂鉄。鎌倉の稲村ヶ崎の砂鉄だそうです。極楽寺川が流れ込む河岸には黒い砂が集まっていて、それはほとんど砂鉄だとのこと(調べてみると、鎌倉はずっとむかしは鉄の生産地のようだった)。花崗岩など山の岩が風化して河川水などに流され、海岸などに磁鉄鉱など重い鉱物が集積したのが砂鉄です。日本は火山の国、花崗岩や安山岩などは広く分布していて、それらが風化して磁鉄鉱や赤鉄鉱、チタン鉄鉱などが集積している場所は日本各地にあり、それが砂鉄の産地になります。鳥取県の弓ヶ浜(中海と美保湾を分ける砂州)は、大山から流出した大量の土砂とともに、たたら製鉄の一環として行われた鉄穴(かんな)ながしと呼ばれる砂鉄採取で出る大量の砂が日野川などから流れ込んで堆積したもので、場所によっては今でも良質な砂鉄が見られるそうです。博物館には、日本各地や一部海外のものも含め、2〜3mmの角張ったものから、粉末のように細かいものまで、いろいろな大きさの砂鉄のサンプルがありました(磁鉄鉱の結晶は、きれいな正八面体のようです)。もちろんこれらの砂鉄は、磁石を近付けただけで、どんどんくっついてきます。
触察では分からないことが、ネオジム磁石を使って観察できることがありました。4cm四方くらいの隕石の薄片がケースに入っていて、ケースの表面に磁石を当てて動かすと、ケースの下のほうはくっつき、上のほうはくっつきません。そして、その境界もしっかりと分かります。見た目は、下のほうは銀白色、上のほうは茶色っぽいそうです。下のほうは金属鉄で、上のほうは石の種類はよく分かりませんが輝石などなのでしょうか。これは石鉄隕石のようです。また、別の隕石で、透明な袋に入った薄片を磁石で触ってみましたが、これはまったく反応しません(種類は分かりませんが、ちょっとやわらかそうな感じがしましたので、炭素質コンドライトかもと思ったりしました)。
長さ20cm余、幅15cm余ほどの縞状鉄鉱床の断片があって、片面は切断面でつるつるした平坦な面で直接触ってもとくに分かることはありません。ところが、この切断面の上で磁石を動かしてみると、よくくっつく所とくっつかない所があり、くっつかない所に沿って磁石を動かすと、なんと水平や斜めになっている縞模様を確認することができました!これにはびっくりです。私はこれまでに何度も縞状鉄鉱床に触れたことはありますが、縞模様はほとんど分かりませんでした。縞状鉄鉱床は主に赤鉄鉱で、本来なら磁石にほとんどくっつかないはずなのですが、しっかり酸化されて赤鉄鉱になっている部分はくっつかず、まだ十分に酸化されていない鉄分の部分が磁石に反応してくっつくのかもしれません。触察の 1つの道具としてネオジム磁石が使えることを実感しました。
縞状鉄鉱床関連では、ストロマトライトも展示されていました。ストロマトライトは藍藻類(シアノバクテリア)の化石のようなもので、30億年前以降光合成をするシアノバクテリアが海中に大発生することで海水中に酸素が供給され、その酸素がそれまで海水中に溶けていた鉄分を酸化して縞状鉄鉱床ができたと考えられており、世界の大規模な鉄鉱床はほとんどこの縞状鉄鉱床だということです。展示されていたストロマトライトは、高さ30cmくらい、幅15cm余くらいで、直径3cm前後の棒を何本も束ねたようなものでした。ストロマトライトとしては小さなサンプルだと思いますが、何本もの棒が垂直に伸びていてストロマトライトの成長方向が分かり、触察にはとても適した資料だと思いました(各棒の上面は、中央がへこみ縁が輪のようにやや高くなっていた)。
隕石の展示では、まずお目当てのカンポ・デル・シエロ隕石(アルゼンチン北部のチャコ州で発見された鉄隕石で、総回収量は100トンを越えるようだ)に触りました。長さ20cmくらいで、持った感じは10kgくらいでしょうか。表面は全体にざらざらした感じです。また、ギベオン隕石(ナミビアで発見された鉄隕石)もありました。15cmくらいの大きさで、持った感じは5〜6kgくらいでしょうか。表面には数個大きな窪みがあり、窪みの表面は溶け流れたように湾曲した滑らかな面になっています。これは大気通過中にトロイライトなど融点の低い鉱物が溶け出してできたレグマグリプトなのでしょう。これら 2つの隕石には切断面はありませんでした。隕石名は分かりませんが(ロシアに落ちたものではないかということでした)、長さ15cmくらいで、幅と奥行が5cmくらいの鉄隕石があり、これは、 3面が切断されていました。その切断面を触ると、斜めに細かく多数の線が走っていることが触ってはっきりと分かります。この切断面はエッヂングされていて、表面にウィドマンシュテッテン・パターンが表われているとのこと。ウィドマンシュテッテン・パターンを触って確認したのは初めての経験でした(実際には、私がしっかりと確認した多数の斜め線のほか、いろいろな角度で交差している斜め線もあって、正八面体のような模様が見えているそうです)。小さな隕石もたくさんあるようで、私は、3cm弱の隕石に触りました。これはほぼ真ん中で 2つに割れていて、磁石で確認すると、この割れた面のほうが表面よりも強くくっつきます。割れた面には、鉄の赤さびのようなのが見えているとかで、中のほうが鉄の割合いが多いのかもしれません。
隕石のほかにも、いろいろな鉱物や岩石、化石もありました。オーストラリアの赤鉄鉱、釜石の磁鉄鉱、いろいろな形の黄鉄鉱(立方体、正十二面体、放射状に伸びる車輪型。車輪型は直径8cmくらい、厚さ5mmくらいで、薄い3枚の円盤のようなのが重なっていて、中央の一番大きな円盤を上下のやや小さな円盤がはさむようになっていた)、閃亜鉛鉱、クロム鉄鉱?、各種の水晶、サヌカイト、黒曜石(とそれを加工したナイフ)、自然金、自然銀、自然銅、また玄武洞の玄武岩(高さ・幅とも20cmくらいで、きれいな六角柱状(各辺の長さは一様ではない))など、いろいろありました。私が以前に採取したことのある錫石(とても重い鉱物なので印象深かった)について話していたら、発音の同じ鈴石を持ってきてくれました。水入りメノウなどは体験したことはありますが、鈴石は初めて、耳元で振ってみると確かに中でからからというような音がします。この鈴石、岩石の種類は分かりませんが、褐鉄鉱でも中が空洞になって粘土のような塊が残ることがあるようなので、そういうものかも知れません。
褐鉄鉱関連で、高師小僧にも触りました(私は以前木津川沿いの砂中から棒状や枝分かれしたような形の高師小僧をたくさん採取したことがある)。 3個あって、そのうちの 1個は磁石にくっつきました。また、 1個は水平と垂直の断面が触って分かるように切断されていて、水平断面では同心円の層になっていること、垂直断面では中央が縦の空洞になっていることが分かります。高師小僧は、湿地のアシなどの植物の根の回りに鉄分が集積してできたものらしく、根の部分はしばしばなくなって空洞になっています。アシに限らず植物はクロロフィル(葉緑素)によって光合成をしていますが、このクロロフィルが合成される反応では鉄が必要で、植物の根は鉄分を集めようとする性質があるらしいです(鉄が不足するとクロロフィルがうまくできず葉が黄色っぽくなるそうです)。私は試してみませんでしたが、タバコの灰も磁石に反応するとのことです。
化石では、アンモナイト、三葉虫、魚、二枚貝、珪化木などありました。
たたら関連では、玉鋼と、のろに触りました。玉鋼は、たたらでできる鉄の最良の部分ですが、一面細かい凹凸でおおわれていて、持ってみると鉄とは思えないほど軽いです。小さな空洞が中にたくさんあるからだろうということです。この玉鋼を鍛造して直方体にしたものがあって、これはしっかりとした重さがありました(触った感じはつるつるの鋼の面というより、ちょっと鋳物を思わせるような手触りだった)。のろは、溶けた砂鉄や木炭が流れ出したもので、一部数本指のようなのを並べたような、溶け流れたような跡の部分がありました。私はほとんど触りませんでしたが、鋼を加工したいろいろな刃物も展示されていました。ちょっと変わった鉄製品として、伸びる針金(長さ15cmほどの細い針金で、両端を引っ張ってみると1cnくらい伸び、力をぬくと元に戻る。釣りのルアーに使われていて、魚が食いついた時の衝撃をやわらげるらしい)、形状記憶合金(長さ3cm、太さ1cmほどのばね状で、両端を引っ張ると十数cmくらいまで伸び、それを熱すると元のばね状に戻る)などもありました。
ネオジム磁石を使った製品もありました。ハードディスクの磁気ヘッドに触りました。三角形の板の上に薄い三日月形の磁石があります。磁石の中央には切れ目のようなのがあって、ここで 2つの磁石がくっついているようです。強力な小型のモーターに使われる磁石にも触りました。直径2cm、高さ3cm弱くらいの円筒状で、中は中空です。磁石で表面を確認してみると、6、7mmくらいごとに境目(それぞれ別の磁石のS極とN極のつなぎ目)があって、少しずつ湾曲した6、7個の磁石をつなげて円筒状にしているようです。このような磁石をモーターに使うと、小学校の時に作ったモーターのような整流子やブラシは必要ないそうです。
ちょっと珍しいなと思ったのは、長さ10cmくらいはある、ずんぐりした形の天然磁石です。細い糸で上から吊るされていて、南を向き、磁石の南の端にはクリップが数個くっついていました。これはアメリカ産の天然磁石(lodestone)のようですが、中国には天然磁石を産する慈州と呼ばれる地があって、その石が南北 2箇所に鉄を引きつけることから、それを母親の乳房に赤ん坊が吸いついている様子になぞらえて慈石と呼んだそうです。中国ではすでに紀元前から天然磁石=慈石を方位を知るのに使い(中国では「天子は南に面す」という思想があり、「司南の杓」と呼ばれた)、10世紀ころからは羅針盤として航海にも使い始めたようです(羅針盤は、紙、印刷、火薬とともに、中国の四大発明の 1つとされる)。日本でも、『続日本紀』の和銅6年(713年)五月十一日の記事に「…近江は慈石を……献ぜしむ」とあります。奈良時代には日本でも磁石が知られていたことになります。
衣川さんの仕事であった鉄の鎖、とくに船を繋ぎ留める鎖に関係した展示もいろいろありました。実物の鎖、鎖の作り方が分かるように、 1つの鎖が雄型と雌型の 2つの部分に別れた展示、鎖の先に付ける錨、また、1本の鎖で鳥居の形を表現した絵馬や、絵画、分厚い書物なども展示されていました。
今回の鉄のふしぎ博物館、衣川さんの仕事と趣味にたいする情熱をとても感じました。多くの展示品を触れるようにしてあることについて、衣川さんは、仕事を通して、職人は書かれている文章ではなく、実際に手で触れて感覚で体得することで技術を習得できるからだ、とおっしゃっていました。本当にその通りで、私もこれまで心がけてきたことですし、これからもできるだけ実践してゆきたいと思います。
(2020年6月16日)