王子動物園訪問記――動物のイメージ

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 9月28日、神戸市立王子動物園に行ってきました。
 きっかけは、数日前ネット上の Yahoo!ニュースで、「カバの大きさ実感して=視覚障害者にレリーフ−高校生ら制作・神戸王子動物園」という記事を見つけたからです。(なお、NHKラジオの第1放送で、9月29日の午後5時過ぎの関西のトピックスの紹介でも取り上げられていました。)
 この作品は、市立六甲アイランド校高の美術コースの3年生8人と卒業生および先生の制作になるものです。王子動物園の依頼により、同園の雄カバ「出目男」をモデルに、半年くらい、計200時間以上かけて、実物大の左半身像のレリーフを制作し、9月18日から同園で公開しているとのことです。
 実は、私の主催している触る研究会でも、11月の第4回めの会で、「ゾウのイメージをつかもう」というテーマで京都市動物園に行って係の方に説明を受けることになっています。カバとかキリンとかゾウのような、自分の両手を広げたよりもずうっと大きな物については、全体のイメージをつかむのにはかなり難しい面があるのではと思っています。それで、実際カバの実物大のレリーフでどの程度イメージできるかなあと思って行ってみました。
 当日の朝、天気もよく、ちょっと気分転換にもなるだろうと思い立ち、動物園に電話し、カバのレリーフのほかに、なにか標本や剥製など触れるものがあればと希望を伝えたところ、動物科学資料館のSさんが対応しましょうという返事で、さっそく出かけました。1人で行ったのですが、きわめて順調にいって予定の午後1時よりも1時間ちかく前に着いてしまいました。やむなく1人で動物園のなかを30分くらいうろついてました。やはり1人では、当たり前のことですが、ほとんど分からないものです。フラミンゴがたくさんいるようで、その鳴き声はとてもいい目印になりました。あとは、周りの子どもたちが、「シロクマだ」とか言っているのを聞きながらそうなのかなあと思う程度でした。
 それに、この動物園はとても臭いが少ないです。私がこれまで数回行ったことのある動物園は、檻の近くに行くと強い臭いがして、何か名は分かりませんが、動物がいることは分かったものです。王子動物園ではそんなことはありませんでした。後でそのことについてSさんにうかがったところ、都市型の動物園ということで、できるだけ臭いはなくすように、また檻ではなくガラスケースの中にできるだけ生態を再現しているのだとのことでした。

 予定より早く、12時半くらいにSさんにお会いし、まずカバ舎に案内してもらいました。時々プールの中に沈んだりするカバの水音、なにか重量感を感じさせるような音がします。カバのレリーフは、そのカバ舎のすぐ近くの壁面にありました。
 とにかく大きくて、長さは両手を2回以上広げたくらい、3メートル以上はあり、高さも2メートル近くありました。頭だけでも1メートルはある感じで、目や耳や鼻や口も分かりました。表面を触った感じは、かなりごつごつ、ざらざらしていて、首の辺りには大きなくびれのようなのがあったりしました。私が驚いたのは、大きな体に比べて脚が短く小さいことでした。こんな脚でよくでかい体が支えられるなあ、陸を歩く時はやはりたいへんなんだろうとか思いました。
 このようにカバの大きさをある程度体感し、全体の様子も少しは分かったように思いますが、頭の中でカバの全体的なイメージを一度に描けるほどにはなりませんでした。こういう時は、30cmくらいの、両手で簡単に全体を把握できるくらいの、ミニチュアの模型があったほうがいいように思います。全体を把握しやすいミニチュアの模型と大きな実物のレリーフとを相互に対比させるように触っていけば、かなりよく全体のイメージを作り上げることができるでしょう。

 次に、動物科学資料館を案内していただきました。
 まず一般にも公開されている、シフゾウ(四不像)の大きな角、ゾウの牙や奥歯や尻尾、ヤマアラシの長く鋭い針、鹿の袋角などを触りました。
 シフゾウのいくつにも枝分かれした大きな角はほんとうに立派なものでした。「シフゾウ」と聞いて、私はすっかりゾウの種類なのだろうと思ってしまいましたが、これは鹿の種類で、すでに野生ではいなくなって動物園で繁殖させているものだとのことでした。『大辞林』によると、「蹄は牛に似て牛にあらず,頭は馬に似て馬にあらず,角は鹿に似て鹿にあらず,身は驢馬に似て驢馬にあらず」ということで、「四不像」の名があるそうです。
 その後、一般には公開されていないようですが、剥製の収蔵室のような所に行きました。まず、消毒液で手を念入りに洗いました。室は完全に空調されているようで冷たく、所狭しとあちこちに剥製が置かれていました。Sさんは 1時半からこども動物相談の予定があり、収蔵室にいたのはたぶん 20分くらいだったと思いますが、次々といろいろな剥製を触りました。メモを頼りに紹介します。
・滑らかな肌触りのシマウマの親子
・たぶん3メートル近くはあるかもしれない立ち上がっているシロクマの雄と、それよりは小さい、伏せっている雌のシロクマ: どちらも長い毛で被われていました。雄の前脚の、中に深く凹みのある爪は怖そうでした。こんなでかいのが走って来るのを想像すると……
・細いすべすべした毛のキンシコウ: 長い尾が上の方にきれいに弧を描くようになっていたのが印象的。
・指を広げて木の枝にぶら下がっているコアラ
・キリンの頭骨
・背中がとても広いゴリラ
・片手で木の枝につかまっているチンパンジー: 腕や手が(人に比べて)とても頑丈そうに思えました。
・オランウータン: 顔がよく分かりました
・体がずんぐりと大きなヤク
・コウノトリ: 右側の羽は半分開きかけ、左側の羽は体に沿うように閉じています。羽は滑らかで70、80cmくらいもありそうなほど長く、1枚1枚とても美しい曲線になっています。羽の中の体は小さく、その下にはとても長い脚が伸びており、脚先は長い3つの指に分かれていて支えています。
・羽を閉じているタンチョウヅル
・世界で一番大きいというインコ: 小さなカラスくらいあったと思います。太めの嘴が内側に円形に曲がっていました(果食性とのこと)
などです。
 短い時間でしたので細かい所までゆっくり触っていることはできず、それぞれの動物について十分イメージを得ることはできませんでした。それでも、例えばシロクマやコウノトリのように、かなりリアルな印象を持つことができた物もありました。これらの剥製については、ぜひもう一度時間をかけて案内してもらおうと思っています。

 その後、1時半からのSさんのこども動物相談にもご一緒させていただきました。計1時間半くらいあって、私はちょっと退屈もしましたが、でも、Sさんの動物のお話し(トラとパンダ)や紙芝居(カバとワニ)、さらに、子どもたち1人1人に塗り絵をさせ、出来上がったらそれに動物の名前を書きスタンプを押し丁寧に声をかける、その姿にふれて敬服しました。動物のお話しでは、動物園で生まれ育ち野生をまったく知らない動物たち(Sさんは「動物園動物」と呼んでいるそうです)のことや、野生では絶滅したあるいはしかけている動物たちの繁殖といった、今日の動物園の役割についてのお話しが、心に残っています。紙芝居では、私は声しか分からないのですが、それぞれの動物たちの役をプロ並に使い分け、子どもたちを引きつけていました。 40年におよぶ飼育係としてのキャリアとともに、動物たちへの愛情、子どもたちに動物の素晴らしさ、動物たちから学ぶべきことを伝えたいという熱意のようなものを感じました。
 それから、いっしょにコーヒーを飲んで一休みし、動物を放し飼いにしている所に行ってミミナガヤギとかを触りました。そして、最寄りの近くの駅までわざわざ送っていただいて、再会を約し、見えない人で興味のある方とまたいっしょに来ますと言って、別れました。

 今回の訪問が思いがけず素晴らしいものになったのには、やはりSさんとの出会いが大きかったかもしれません。今書いている文章をネット上で公開することについても、Sさんは快く了承してくださいました。そして、多くの皆さんに喜んでいただけるのは嬉しいことです、と仰言っていました。
 見えない人で動物に興味のある方、剥製などに触れてみたい方は、神戸市立王子動物園・動物科学資料館(TEL: 078-881-6666)に相談してみてください。(ただし、剥製を置いてある所は展示室ではありません。足許にはもちろん、高い所や遠い所にある物を触る時には身体のバランスにも十分注意してください。)

 最後に、私のひとつのテーマである動物のイメージについて。「イメージ」というと、視覚の場合どうしても形のほうに重きが置かれるようですが、今回剥製などを実際に触って思うのは、肌や毛や体の堅さとか、そういう触った感じもとても大切だと思いました。さらに、動物の動きのイメージについても、剥製はもちろんある特定の静止した状態を再現している訳ですが、例えば片手で木にぶら下がっているチンパンジーとか、片羽を広げかけているコウノトリとか、いろいろな状態のポーズを触ることによって、それらから少しずつでも動きのイメージに近付くことができるように思っています。

(2003年10月4日)