ヒンドゥーの世界をあじわう

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 11月21日、国立民族学博物館の特別展示館で開催中の特別展「交感する神と人 ヒンドゥー神像の世界」を、MMPの方々の案内・解説で見学しました。この展覧会は、たんにヒンドゥーの多様な神々を紹介するというよりも、神々と人々とのかかわり方、現代のインド(主に北インド)の人々の生活の中、心の中に神々がどのように息づいているのかといったことに焦点をあてたものです。以下、章ごとに紹介します(実際の案内では、1章の後に、触るものの多い2階の4章に進みました)。
 
第1章 神々の世界へのいざない
 入り口を入るとすぐ、鐘があり、それを鳴らしてみることができます(直径6cmほどの鉢型の金属製の風鈴のようなもので、揺らすとすずやかな音がしました。家庭や寺院にあって神さまを呼び出す呼び鈴のように使われるとか)。
 ここでは、ヒンドゥーの、とくに北インドの人々の間で信仰されている多様な神々の特徴やその関係が紹介されています。それら神々の相関関係を示した立体コピー図をいただきましたので、それを以下に紹介します。
 
3大神
 ブラフマー(妃 サラスヴァティー)、シヴァ(妃 パールヴァティー)、ヴィシュヌ(妃 ラクシュミー)
ヴィシュヌ系の神々
 ヴィシュヌの妃:ラクシュミー
 ヴィシュヌが化身:マツヤ、ナラシンハ、ラーマ、クリシュナ
 ラーマの妃:シーター、ラーマの従者:ハヌマーン
 クリシュナの妃:ルクミニー、クリシュナの愛人:ラーダー
 ラーヴァナ:ラーマと敵対視、ラーマの妃 シーターをさらう
シヴァ系の神々
 シヴァの妃:パールヴァティー
 シヴァが変身:バイラヴァ、ナタラージャ
 パールヴァティーが変身:シータラー、ドゥルガー、カーリー
 シヴァとパールヴァティーの息子:ガネーシャ、カールッティケーヤ[スカンダ]
 
 ヒンドゥー教の3大神のうち、実際に人々に信仰されているのは、ヴィシュヌとシヴァです。ヴィシュヌは世界を維持し管理する神で、自らは天界にあって、いくつもの化身(アヴァターラ)として地上の人々の前にあらわれます。ヴィシュヌの化身には、魚・動物・人・神など以下の10があります。そのうち人気があるのは、『ラーマーヤナ』の主人公ラーマと、『マハーバーラタ』とくにその一部である『バガヴァット・ギーター』で主役のクリシュナです。
  1.マツヤ(魚)、2.クールマ(亀)、3.ヴァラーハ(猪)、4.ナラシンハ(人獅子。体は人で、頭はライオン)、5.ヴァーマナ(小人)、6.パラシュラーマ(武人)、7.ラーマ、8.クリシュナ、9.ブッダ、10.カルキ(将来出現するとされる)
 シヴァは破壊と再創造にかかわる神で、シヴァおよびその妃パールヴァティーは様々に形相を変えて変身しいろいろな神格名でも信仰されています。また、シヴァは生命力・再生力の源とされ、その象徴として男性器を模したリンガが崇拝されます。(どっしりとしたリンガに触りました。石製で、直径40cmくらい、厚さ10cm余の円盤の片側が少し出張った形(女性器ヨーニ)の中心を、直径10cm余、高さ30cm余の円柱(リンガ)が貫通していました。)
 
第2章 神々との交感
 ヒンドゥー教では、人々と神さまたちとのかかわりは、たんに見て拝むのではなく、五感すべてで神像とかかわり信仰の念を伝えようとします。それが顕著にあらわれるのは、クリシュナやラーマに対するバクティ信仰です。バクティとは、実際の行いや心を通して神を熱愛し献身し帰依すれば神と一体化して解脱に達しうるという信仰です。毎年8月半ばから9月初めころに行われるクリシュナ生誕祭(ジャナム・アシュタミー)で、クリシュナが実際にどのように信仰されているのか展示されていました。
 クリシュナは、愛らしい幼児のすがたでもあつく信仰されており、まるで親が自分の子どもにするのと同じあるいはそれ以上の愛情たっぷりの行為と心で幼いクリシュナの像を遇します。かわいい、かわいいと声をかけ、子守唄をうたい、ミルクを飲ませ、お菓子を与え…。クリシュナ生誕祭では、寺院や家庭の祭壇にブランコがしつらえられ、ぶらんこに乗った幼子クリシュナの像を手厚く遇します。その場面の立体コピー図がありました。両側に柱が立ち、その間にぶらんこが下がり、それにふわっとした感じの衣をつけた幼子クリシュナが座っています。ぶらんこの上には、いくつかの神々、その両端には鳥のようなのがあります。両側の柱には長四角のミラーが縦に並んでいて、きらきらしているそうです。実際のぶらんこは2mくらいあるとか。
 このぶらんこの隣りには、パールヴァティーが変身したドゥルガー女神の大きな(2.5mもあるとか)の像があり、その立体コピー図も用意されていました。ライオン(たてがみが分かる)に乗ったドゥルガーが、多くの武器を持ち、その中の斜めに長く伸びる鉾?を使って、水牛の姿をした魔神マヒシャの首のあたりを突き刺し、水牛の頭部と胴が切り離されています。回りにはラクシュミーなどの神々もいます。なんとも恐ろし気な像のようです。
 ヒンドゥー教徒の各家庭には祭壇があり、朝夕礼拝が行われていて、その様子の映像が流されていました。また、寺院などで行われる朝夕の神像礼拝(プージャーと呼ばれる)の時に鳴る大音量の自動打楽器装置も鳴りました。以前は信者や近隣の人々がその時間に集まり太鼓や鐘を鳴らしていたそうですが、生活時間がばらばらになって集まるのが難しくなり、20年くらい前からこのような自動楽器が使われるようになったとか。
 
第3章 交感の諸相
 神々と人々が実際にどのような媒体で交わっているのかについて、6つのセクションで紹介されています。
 「つくる」のコーナーでは、神像がどのような素材であらわされているかが展示されています。木や金属、石はもちろん、紙に印刷されたり、土製の仮面、陶器やタイル、布、ガラスなどに神像があらわされていることもあるようです。例えば、大正から昭和にかけて日本からインドに輸出されていたタイルやマッチ箱の多くにヒンドゥーの神像があらわされていたとか。金属製のハヌマーン像に触りました(ハヌマーンは、ラーマに忠義をつくして仕える猿軍の武将)。高さ30cm余の像で、両手を胸の前でかるく合わせ、右横腹から左脇腹にかけて斜め上に向けてガダという武器(長さ20cm弱の棒で、先が大きく膨れてとがっている)を抱えています。背中側には下に向かって尻尾が伸びています。
 「飾る」のコーナーでは、衣服をつけいろいろ飾り立てた神像が展示されているようです。立体コピー図のラクシュミーの像にビーズやスパンコールなどを使って飾ったものを触りました。
 「見かわす」のコーナーでは、目がとくに強調された神像などが展示されているようです。神と信者は目を見かわすこと(ダルシャン)で相互に交流できると考えられており、信者は拝礼のとき、私たちのように目を閉じるのではなく、しっかりと見開いて神の目を見つめるとか。目が大きくあらわされているジャガンナートの神像の立体コピー図に触りました。目はまん丸で大きく、腕も太い棒のようだったり、なにか漫画のようにも感じました。(ジャガンナートは、もとはインド東岸部・オリッサ地方の土着神だったが、ヒンドゥー教に取り込まれてクリシュナと同一視されるようになった。ジャガンナート寺院の祭礼は有名なようだ。)
 「対話する」のコーナーでは、神々が人に憑依し、その憑依された人が人々の相談に応じたり対話することが紹介されているようです。憑依の媒体となるアンバー女神のテラコッタの像が展示されていて、その立体コピー図に触りました。なにかの動物(ゾウ?)に乗り、両手にそれぞれ長い大きな羽のようなもの(クジャクの羽で、権威の象徴だとか)を持っていました。
 「演じる」のコーナーでは、ネパールのネワール人の化面舞踏や、ケーララ州のカタカリという舞踏劇などが紹介されていました。また、 「くらしの中の神々」のコーナーでは、神像は寺院や家庭の祭壇にとどまらず、そのすがたはカレンダーやマッチ箱、はがきや切手、絵本、カードゲーム類など、身近な日用品や商品にも描かれているということで、カレンダーなどいろいろな品々が紹介されていました。
 
第4章 ときの巡り
 インドでは1年を通していろいろな祭礼が行われており、それらの祭礼が紹介されています。いくつかの祭礼について、立体の像にも触りながら解説してもらいました。
 ガンゴール:人々のにぎやかな喊声や歌・楽器などの音が聞こえてきます。これは、インド西部・ラージャスタン州で毎年4月(現地の暦では新年のころ)に盛大に行われる祭りだとのことです。この祭は、里帰りしたガンゴール(=パールヴァティー)を皆で歓待し、彼女を迎えに来た夫のイサ(=シヴァ)とともに婚家に送り出すという考えが基本になっていて、女性は結婚後は夫やその家族のもとで暮らすが里帰りした際はパールヴァティーと同じように実家で歓待を受け夫に迎えに来てもらうというこの地方の習慣とも符合しているようです。映像では、あちこちで薪を高く積み上げ火を点けて燃やし、燃え残った墨や泥で土製の人形をつくって祀り、またきれいに飾り付けられたガンゴールとイサの木造にも拝礼して、さらに主に女性たちがカーストごとに列をなしてこれら神像担いで練り歩き盛大に送り出す様子が紹介されています。
 ジャナム・アシュタミー:第2章でも紹介したクリシュナの生誕祭で、インド各地で盛大に祝われるそうです。まず、幼子クリシュナの像への祭礼がインドで広く行われているということで、ラッドゥー・ゴーパール(ラッドゥーを持つ幼子クリシュナ)の像に触りました。幼児が四つん這いではいはいしているような姿勢(左脚と左手を床につき、右足をついて右膝を立て右手を前に出している)で、前に出した右手のひらに丸いラッドゥー(お菓子)を握っています。(幼子クリシュナは腰にT字型のむかしのおしめのようなのを着け、とくに脚はぷくぷくした感じで赤ちゃんぽかった。ラッドゥーはミュージアムショップで売られていて、ピンポン玉くらいの大きさのとても甘い菓子だった。)クリシュナはいたずらっ子で、その様子を真似して、若者たちが組み体操のように人間ピラミッドを組み、天高く掲げられたおいしいバターの入った壺を壊すことを競う行事も行われるとのこと。また、クリシュナは幼い頃から悪魔から人々を救うなど多くの奇跡をなす勇者としても崇拝されており、クリシュナが毒蛇カーリヤを退治している場面の像に触りました。高さは1m近くあったでしょうか、四角い台の上に5つの頭を持つコブラ・カーリヤが10cm余の高さまで鎌首をもたげ、クリシュナがその鎌首の上に右脚ですっくと立っています。左脚は膝を外側に向けて下腿部を内側に曲げています。右手は前に出して手のひらを正面に向け、左手はカーリヤの下から伸びている長い尾の先を親指と中指ではさんでつかみ上げています。脚がまるまるとしていてお尻やお腹も大きく、短いパンツ?のようなのを着けて、幼児のようですが、頭には宝冠を着け、ネックレスやイヤリング、腕輪や足輪で飾られ、背中の後ろには光背のような放射状に広がる小さな円もあり、崇敬を集める神さまらしくなっています。
 ガネーシュ・チャトゥルティー:上のジャナム・アシュタミーと同じころ(太陽暦の8月から9月)行われるガネーシャの誕生を祝う祭りです。ガネーシャはシヴァとパールヴァティーの息子で、力や至福、英知の神であり、また商売の神ともされ、霊的にも世間的にもなぐさめと助けをあたえる神として人気があります。ガネーシャの誕生日とされる日から11日間街々で祭礼が行われます。あちこちにガネーシャの大きな像が安置され、好物の菓子類が大量に捧げられ、像の前では歌やダンス、ゲームの会が毎夜開かれます。最終日にはガネーシャの像を大きな山車に乗せ、太鼓や鐘、爆竹などの大音響のなか多くの人たちが行列をなして川や海まで運んで流します。(川や海に流された大量の像などによる環境汚染が問題になり、最近は自然由来の素材だけを使おうとしているらしいです。)ガネーシャの像を触りました。これも高さ1m近くあったように思います。頭部はゾウ、体は人の姿で、右足を少し上げて立っています。顔の前で鼻で何かを巻いています。短い牙もありますが、右の牙は折れてなくなっています。手はなんと4本あり、上の左手には悪をつかまえるための縄、上の右手には戦闘の前に吹き鳴らすホラ貝、下の左手には彼の好物である大きな丸いお菓子、下の右手には折れた牙を持っています。お腹は大きくどっしりした感じ。右脚の前には、ガネーシャの乗り物であるネズミが前足を上げて寄り添うように立っています。また左脚の前には、『マハーバーラタ』を語ったとされる伝説の聖者ヴャーサが立っています(高さ20cmくらい、すらっとした細身の体で、鼻筋が長く、胸の前でかるく両手を合わせている)。
 ダシェーラー:ラーマが魔王ラーヴァナと戦い勝利したことを祝う祭礼で、毎年9月末から10月ころ、10日間行われます。この祭礼は『ラーマーヤナ』の中の話に基くもので、ラーマ王子が弟ラクシュマナや猿軍の将軍ハヌマーンと協力し、ラーマの妃シーターを略奪していた魔王ラーヴァナと9日間戦い、最後の日に勝利するというものです。街角や公園などにラーヴァナの巨大な張りぼての像が置かれ、ラーマに扮した市民や役者が矢を放ち、大きな張りぼてを焼くとのことです。そのラーヴァナの像に触りました。これも高さ1m近くあったでしょうか、頭部には顔が10個もぐるりと取り巻くように並んでいます。右手に長い剣、左手に板のような盾を持っており、さらに左右それぞれ9本の手にもいろいろ武器らしきものを持っていて、すごい武装です。
 
 私は若いころインドの宗教(ヒンドゥー教のほか、仏教やシク教も)を少し勉強しました。今回の特別展を見学することで、これまでは文字だけで知っていたいろいろな神について、その像の姿かたちに触れ、そしてその神々も登場する祭礼について少し知ることができました。とくに、経済成長も著しい現代のインドでも、それらの祭礼が活き活きと行われていることに驚かされました。
 
(2023年12月2日)