奈良県立美術館の「奈良ゆかりの現代作家展 安藤榮作 -約束の船-」展

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 11月3日、 Kさんと一緒に、奈良県立美術館で開催中の特別展「奈良ゆかりの現代作家展 安藤榮作 -約束の船-」を見学しました。
 また11月8日には、この特別展関連のワークショップ「見える人、見えない人、見えにくい人のさわって楽しむ鑑賞ツアーin奈良県立美術館」に参加しました。参加者は、見えない・見えにくい方が4人くらい、見える方たちが10人くらい、それに、たんぽぽの家をはじめ県立美術館や県庁のスタッフも含め計30人近くだったと思います。4グループに別れ、本展作家の安藤榮作氏の解説で各展示室を1時間以上かけて回りました。特別展で触れられるものは、本来はタッチコーナーにある数点だけですが、今回のワークショップではその他にも、大きな作品も含めかなり多くの作品に触れることができました。さらに、安藤氏の公開制作の様子も見学し、視覚障害の方も原木(奈良のナギの木だとのこと。かなり堅いように感じた)を手斧で叩く体験までさせてもらいました。重い手斧を1点にめがけてリズムよく振り下ろすのは、とても気持よい体験でした。
 
 安藤榮作氏は彫刻家で、1961年東京生まれ、東京藝術大学彫刻科卒業後、1990年制作の場を求めて福島県いわき市に移住、2011年、東日本大震災の津波で、海岸近くの自宅をはじめアトリエや作品をすべて失い、さらに福島第一原発事故を受けて奈良県に避難・移住します。最初は明日香村に移住、翌年天理市に移住し、作家活動を精力的に続けておられます。YouTubeで安藤榮作インタビューfull verが公開されていて、これまでの経緯とともに、アートに対する考え方や生き方なども語られています。安藤氏は奈良県産のいろいろな原木を使い、手斧で叩き切るように制作していますが、できた作品を触ってみると、大きな切断面はとてもきれいですし、曲面や細かい所までよく表現されており、とくに新しい木の場合はそのにおいや湿り気・油っぽさなど、木の内部からのエネルギーのようなものを感じます。
 以下、Kさんの説明や、安藤氏の解説、また回りの見える方々の説明も加えて、作品たちを紹介してみます。
 
 まず、1階ロビーには、大きな木のオブジェ「鳳凰」が立っています。高さ4m以上、幅も2m以上あるようです。抽象的で一見何だか分かりませんが、全体の大まかな形は十字型だとのこと。タイトルの「鳳凰」を念頭に見てみると、左にくちばし、右側に2本に分かれて脚と長い尾、上下に大きく広げた翼(上の翼の先は手指を広げたように見えるとか)のようにも見えるそうです。この抽象的な表現の鳳凰が何を象徴しているのかはよく分かりませんが、失われた命・魂の再生への力をあらわしているのかもと思ったり。
 
 2階に行くと、第1展示室から第5展示室まで多くの作品たちが展示されていました。
 第1展示室は、「営みの祈り・Life(Prayers for daily life)。ここには、大作「Life・福島」が壁一面に展示されています。水性ペンで描かれたドローイングが40枚くらいも並べられているそうです。それぞれは、例えば、野原で遊んでいる子どもたち、蝉、りんご、イカ、自転車、車を押しているおばあさん、電車、家、畑から頭を出している大根、こいのぼり?、干している洗濯物、牛、猫など、日常の何気ないものたちのようです(たぶん震災前の日常の営みなのでしょう)。
 この大作の前に、「Being」という、高さ50cmくらいの細長い木の人型が立っています。その木の表面には紙がぴったりと張り付けられていて、その紙の上から鉛筆で細かくこすりつけているらしいとのこと、フロッタージュなのでしょうか。もしそうならば、大作の多くのモチーフを木の人型に写し取り記録しようとの意味があるのかも。また、大作の前、展示室の中央には、「ユイ」という木彫の犬が展示されています。ユイは震災の津波で行方不明になってしまったという愛犬だとのこと、触ってみると、全長60cmくらい、尾を後ろに伸ばし、後脚と前脚を目いっぱい広げて、なにかを大きく飛び超えようとするような姿です。(両手で胸の辺りを抱き上げるのにちょうどよい大きさで、以前私宅で飼っていた犬を思い出しました。)その姿からは、津波を跳び越え、どこか別の世界にまで行ってほしいというような願いがあらわれているようにも感じました。
 
 第2展示室は、「3.11 光のさなぎたち(3.11・The birthplace of light)」。この展示室にも大作の「Life」と「福島原発爆発ドローイング」が展示されています。これらは長さ10数メートルもある人類の歴史絵巻のようなもののようです。一番右側は、黒の無数の線のかたまりであらわされた宇宙の始まりないし原始のエネルギー、続いて左に向かって、山の中での暮らし、農業での生活、都市での生活(ビルや飛行機なども見える)、さらに原発までつくられます。そこに地震と津波が襲い、ゆがんだ建物や柱、建屋の爆発、瓦礫、放射能を帯びた雲、火災などが見えるようです。初めからこの辺りまではモノクロで描かれていますが、放射能は黄色であらわしたとのことで、放射能の雲などは黒の混じった黄色で描かれているとのこと。そして一番左端には、再生を象徴するのでしょう、主に黄色で描かれた鳳凰(Kさんは、まるで跳び立つ火の鳥のようだと言っていました)が描かれています。
 この大作の近くには、すっと上に向かって伸びる3本の木彫が立っています。いずれも3~4mくらいはあるようで、中央に「つばさ・福島」、その左と右に「光のさなぎ」です。「つばさ・福島」は、つばさの一番下に横10cm余、縦15cmほどの木片がくっついていて、何だろうと思って安藤さんに尋ねると、福島県の地図だとのこと、そう思って触ってみると福島県のよくできた立体地図でした。上が東で、太平洋に面した海岸線が南北(横)に伸び、私が行ったことのある南相馬、原発、安藤氏の自宅のあったいわき市の海岸などを確認しました(これらの背後には阿武隈山地、間をおいて磐梯山、その南西麓に猪苗代湖)。そしてこの地図の上が太平洋=翼になっていて、先は広がっているようです。その左右にある「光のさなぎ」は、それぞれ男女2人なのでしょうか、頭が2つあり、互いに腕を回しているようで、慈しみ合っているようにも感じました。これら3本の木像は、破壊の後、一時の揺籃期を経て、天に向かって再生・復活しようとする願いをあらわしているようにも感じます。
 また、「Being」も展示されていました。こちらは触ることができました。高さ1m余、細身で、腕を体にぴったりつけ、細長い整ったきれいな顔がすっと伸びています。その前面全体に紙がぴったりと張られ、像と接している部分が黒く見えているようです(木像の前面に黒のインクをつけてから紙を張り付けたらしい)。なにか静謐な感じを受けます。
 その他、「太陽」(放射状に多くの光が出ている)、「頭上で空を受け止め喜んでいる人」(人の頭から鉢のようなのが生えている)、「風」(マンボウのようなのが風に向かって右側に進み、太い尾のようなのが4本左側になびいている)などがありました。
 
 第3展示室は「タッチ・コーナー(Touch Corner)」。この展示室では、一部の作品は触ることができ、また音を出してみる作品もありました。
 まず、「うずくまる自由」という像が2点。形も大きさもまったく同じで、1つはクス、もう1点はそのクスの像を型にしてつくったというブロンズの像です。高さ20cmくらい、しゃがみ込んで膝頭に顔をうずめているような姿勢です。触ってまず気付くのは、温度の違いです(もちろんブロンズのほうが低温)。そして重さも違います(ブロンズは中は空洞ですが、それでもブロンズのほうが重い)。木像の細かい削り痕までまったくそのままブロンズ像に写されているのには感心しました。
 「宇宙の果実」という変わったクスの像が2点(回りの人たちは「どこが果実なの?これが果実?」などと言っていました)。1つは、長さ30cmくらいの一見亀を思わせるような形で、体を伏せたような姿勢から大きな丸い頭(果実)を上のほうにぐっともたげています。もう1点は、長さ50cm余、やや細長い一見動物なの?と思える形で、横に足のようなのが4つ並び、一端は丸い大きな頭、他端は四角っぽい出っ張りになっています。宇宙をなにか動物のようなのにたとえているのかも知れません。
 「宇宙の始まりの音」が数点ありました。これは実際に音を出してみる作品です。1点は、長さ60cmくらい、幅40cmくらいの木製の粗削りの分厚い板の中央に細長くスリットが開かれ、そのスリットの上に金属の細いワイヤーのようなのが張られていて、その金属線を弾くとブルルンブルルンと振動と音がします。その他の数点の「宇宙の始まりの音」は、弓型に削られた50cm前後の木片の両端を結んで琴の糸のようなのが張られ、それを弾いて音を出します。一端にねじの付いたものもあって、そのねじを回して音の高さを変えることもできました。
 「夏の柱の走馬燈」は、高さ30cm弱の円柱に夏の風景を浮彫であらわしたような作品でした。子どもが手と足を伸ばして木に抱きつくようにし、残りの側面には、セミ、カブトムシ、ひまわりが大きく浮き出しています。子どもや虫たちなどがいる円柱の地の部分は青っぽいようですが、円柱の上のほうは白くなっていて、空をあらわしているようです。
 触ってはいませんが、その他にも面白そうな作品がいろいろありました。「宇宙の果実の梯子」は、高さ3m以上あるトーテムポールのようなもので、 Kさんの比ゆ的な解説によれば、一番下から上に向かって、脚、丸、そろばん玉が2つ、バナナのようなもの、獅子舞ないし狛犬の顔、腕のない胴体と脚、横向きの頭部(右が頭、左が顎)、そして一番上に広げた左手のひらだそうです。「移動する山脈」は、ナラの木の先がとがった25cmほどの柱の上に、幅40cmほどのクスの木の横長のごつごつした山脈?が乗っているとのこと。また、「歩く富士山」は、グラスを伏せたような山(側面には伏目がちの顔?のようなのが見えるとか)の下に4本の足があるとか。大地は動くということを表現したいのでしょうか。その他、「思う人」(目がすごく大きい)、「阿修羅くん」(3頭身ほどで腕が太く、子供の阿修羅)、「空気の狭間に捧げる」(両端が細くなった板)などありました。
 
 第4展示室は、「宇宙の理~魂の帰還(Laws of the Universe~Return of the Soul)」。ここで私の心に響いたのは「Being・魂の帆」。長さ5m近く、幅30cmくらい、内側が手斧で大きく丁寧にくり抜かれていて、全体の形はカヌーを思わせる細長い船の形。船首部分と船尾部分は中央で40cmくらい離れていて、その間をしっかりつなぐように船首のくぼみから船尾のくぼみにかけて長さ2mくらいの人型がぴっちりはまっています(Kさんはこの人型を見て「ミイラのよう」と言っていました)。人型の頭は船首側で、ぐっと頭をもたげ、お腹の中央辺りに高さ2mくらいでしょうか帆が真っすぐ立っています。この作品は4つのパーツ(船首、船尾、それらをつなぐ人型、帆)からできているわけですが、それらがしっかり一体になって大地から宇宙まで航行するようなイメージが浮かびました。
 「魂の帰還」もとても大きな作品で、下に10枚、上に11枚、高さ2m前後、幅50cm前後の木の浮き彫りが並んでいます。上のほうはまったく届かなかったので下だけを触りました。上のほうは、太陽や雲、雲から落ちる雨、風、飛んでいる鳩など、空の様子のようです。太陽から放射状に出ている光の一部の先が手になっていて、下の2人をつかんでいるとか、女神?のようなのも見えるとか言っていました。下のほうには、光のさなぎのような立っている人、動物?のようなもの、象形文字?、横たわっている人、座っている女性で手を真上にぴんと伸ばしている人(その手の先は上のほうの浮き彫りにかかっていて、その上には鳩が飛んでいるとのこと)など少し分かりました。
 「コズミックボディ」と「コズミックフェイス」(2点)という、なにか古代的と思われる作品たちがありました。「コズミックボディ」は、高さ1m余、幅も1m近くくらいあり、2つの大きなふくらみが横に並んでいたので女性のボディをあらわしているようです。1つの「コズミックフェイス」は、高さ1mくらい、幅60cmくらいある大きな顔で、とても大きな目玉、長い鼻筋、大きく横に開いた口(中には歯がたくさん並んでいる)が特徴です。もう1つの「コズミックフェイス」は、右側の顔だけで、頬がふっくらし、口は小さく、ちょっとかわいらしく感じました。また「宇宙のポータル」は、高さ3mくらい?、幅50cmくらいの分厚い粗削りの木の板で、中央に細長く長さ1m以上、広い所で幅3cmくらいのスリットが開いています。このスリットは、宇宙へのあるいは体内への細い出入口になっているのかも知れません。これらの作品群からは、宇宙の原初へあるいは人間の原初へとさかのぼろうとする志向が感じられます。
 
 第5展示室は「約束の船(The Promised Jonrney of Souls)」。この展示室いっぱいに、「約束の船」が展開しています。長さ20m弱、幅3m余くらいで、床一面になんと2000体もの人型が置かれています。触ってみると、数cmくらいのものから1m余のものまで、互いに接ししばしば重なり合うように所狭しと配されています。回りを1周してみましたが、全体は船の形のようです。そして、大きな船の中央付近には、いろいろな異型の生き物らしきものたちが林立しているとのこと(魚の抜け殻のようなもの、頭の大きな怪獣、あまびえのように見えるもの、光のさなぎに似たものたちなど)。床一面の人型はやはり津波で犠牲になった人たちを連想させますし、中央の異型の生物たちは死者たちに育まれて立ち現れてきた者たちのようにも思われます。さらに、これらの人型や生き物たちは将来の様々な命であり、それらが一緒に1つの船で進んでいくのかもと思ったり。
 安藤氏の案内の最後に、参加者全員が約束の船の回りに座り、目の前の人型を適宜2体手にして、安藤氏の先導のもと、手にしている人型を床に落としてカンカンと音お出すことを繰り返しました。広い部屋いっぱいになにか魂の音が溢れ互いに響き合っているように感じました。とてもよい体験でした。
 
(2025年11月10日)