東海大学海洋科学博物館と自然史博物館

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 6月13日、静岡にある東海大学海洋科学博物館と自然史博物館に行ってきました。東海大学自然史博物館は以前から行きたいと思っていた所ですし、海洋科学博物館も同じ場所にあるということで、いっしょに見学させてもらいました。実は、その 2週間ほど前、国立民族学博物館で行われた水のワークショップ「海の不思議・水の不思議」に参加したのですが、その時の講師の先生が東海大学海洋学部教授で東海大学社会教育センターのS先生だったのです。S先生のお誘いもあり、その後博物館に電話して案内・ガイドをお願いし、結局S先生に日曜日にもかかわらず2時間半くらいずうっと案内してもらうことになりました。訪れてからもうすでに一ヶ月ほども経っていて、記憶もだいぶ薄らいでいるのですが、とくに印象に残っていることを中心に書いてみます。
 
 新幹線で 9時半過ぎ静岡に到着、JRで清水駅に向い、そこから東海大学三保水族館行きのバスに乗りました。 30分ほどで終点の三保水族館前に着くと、S先生が出迎えてくれました。潮の香などはほとんどしませんが、すぐ近くは海のようです。
 まず、奥外の展示です。奥外には、東海大学で実際に使われていたという船が展示されていました。全長 50mということで、私は船底に触ったり一部杖でなぞりながら歩いて、船のおおまかな大きさを知ることができました。スクリューや碇も展示されていました。このスクリューは各翼が直径1mくらいの、 3枚翼のものだったのですが、「可変ピッチプロペラ」という優れものだとのことです。普通は、急な減速とか、前進から後進に切り替えるには、スクリューを逆回転させていると思うのですが、この可変ピッチプロペラ(スクリュー)は、減速や停止ばかりでなく後進まで、すべての運転操作が、回転方向を変えるといったことをしないで、翼角を制御することだけで行えるとのことです。どんな風に翼角を変えれば後進までできるのか、私にはまったく想像できませんが、たぶんエネルギー効率も良いように思います。
 奥外にはその他、いくつかの岩石や、人魚姫の像?も展示されていました。
 
 それから、中に入って自然史博物館と海洋科学博物館の共通チケットを買い、まず自然史博物館から見学しました。ここにはいろいろな種類の恐竜の骨格標本や復元模型が多数展示されていますが、ごく一部しか触れられませんし、また全体が大きいのでなかなか具体的に想像するのは難しそうだったので、さっと回ったくらいでした。そんな中、恐竜の足跡化石の復元模型は、恐竜をちょっと実感させてくれました。アパトサウルスの足跡らしく、各足の長さは50、60cmくらい、幅は40cmくらいあったでしょうか、そして深さは30cmくらいもあり、さらに指先が深く食込んでいるのもよく分かりました。この足跡から恐竜の重さを想像し、また深く食込んだ指先からは恐竜が実際に歩いている様子を想像できるように思いました。また、前足と後足の間隔が2、3mくらいしかないのにもちょっと驚きました。たぶんこの恐竜も全長10m以上あったと思うのですが、足跡の間隔から考えて、胴体に比べてかなり尾の部分が長かったのではと想像したりしました。
 自然史博物館で一番印象に残っているのは、2階に展示されていたステラーカイギュウの骨格の復元模型です。ジュゴンやマナティーと同じ海生の哺乳類だそうですが、とにかく巨大で、展示されていた骨格模型はたぶん 5m近くはあったように思います(資料では全長 9mにもなったそうです)。私はなんとか手を伸ばして、首の一部から、太い前脚、そしてずらあっと並んだ肋骨に触れました。前脚の腿の骨の太さは20cm近くもあったでしょうか。肋骨は触って17、8本確認できました(実際には20本以上あるそうです)が、その形が、前のほうの肋骨は直径7、8cmくらいの円柱状から、次第に平べったくなっていて、後ろのほうの肋骨は幅10cmほどの板状に変化していっていました。さらに、その後ろには、触ることはできませんでしたが、腰の骨や尾の骨が続いているそうです。
 そして、解説文を読んでもらうと、このステラーカイギュウは、人間に発見・報告されてからわずか27年で絶滅してしまったということです。なんとも物悲しい人間の業を象徴している展示のように思いました。 絶滅の経緯は、「絶滅した北の海の人魚 ステラーカイギュウ」 などにも書かれています。以下の記述は、主に Wikipedia のステラーカイギュウなどの記事を参考にしています。
 1741年11月初め、ベーリング率いるロシア帝国の第2次カムチャツカ探検隊が、カムチャツカ半島東方沖にあるコマンドル諸島のベーリング島で座礁、遭難しました。指揮官のベーリングもふくめ半数以上が飢えと寒さのため死亡、残された人々は、ドイツ人の医師で博物学者でもあったゲオルク・ヴィルヘルム・シュテラー(Georg Wilhelm Steller)を中心に極寒の冬を生き延び、翌年8月ようやく島を脱出、10ヶ月にもわたる航海のすえペトロパブロフスク(西シベリアのイシム川右岸の港)にたどりつき生還したとのことです。そしてシュテラーは、後に彼の名にちなんでステラーカイギュー(Steller's sea cow)と呼ばれるようになった、ベーリング島周辺の巨大な海牛についても記録を残しました。この情報が広まって、ロシアの毛皮商人や猟師が、巨大海牛の肉や毛皮や脂肪を求めて、ベーリング島に殺到し、乱獲されて、 1768年ころには絶滅してしまったとのことです。(シュテラーが同じように報告した、体長 1mほどのメガネウという大型の鳥も、乱獲されて 1852年ころに絶滅したとのことです。)
 シュテラーの報告によれば、当時ベーリング島周辺には2000頭ほどのステラーカイギュウが棲息していて、浅瀬で子供を取り囲んで家族で群れをつくり、コンブなどの海藻をゆっくりと食んでいるというような、温和な動物だったようです。動きが鈍くて人が近付いても逃げることもせず、簡単に捕獲できたとのことです。ステラーカイギュウのお陰で、シュテラーたちは命をつないで生還できたと言ってもよいほどですが、その報告によって、猟師たちのやりたい放題に取り尽されてしまうことになるのです。人間に知られてしまったがために乱獲されて絶滅してしまった動物はたくさんいるわけですが、わずか 27年という期間には驚きました。私は、この残酷な話から、タスマニア島のアボリジニの絶滅の歴史のことも連想してしまいました(1803年ヨーロッパ人が入植した当時、タスマニアには少なくとも数千人のアボリジニが生活していましたが、次第に植民者が先住民の生活圏に入り込み、1820年代にはまるで動物のハンティングを思わせるような掃討作戦が行われたりして、1830年代初めには数百人になり、さらに固有の文化も奪われてほとんど絶滅状態になって、1876年に最後の純系の女性が亡くなりました。参考:藤川隆男『オーストラリア歴史の旅』朝日新聞社 1990年)。
 ついついステラーカイギュウの話が長くなりましたが、この他の展示で覚えているのは、べたあっと広がった感じの、全長50、60cmくらいはあったでしょうか、セイムリアという両生類がありました。両生類と聞いて、私はつい蛙のような小さなのを想像してしまったので、まずこの大きさにちょっとびっくり、また形も蛙などとはぜんぜん違って、なんか大きなトカゲのようにも思えました。背骨や肋骨がはっきり浮出し、四本の足が長く広がり、その先の指もはっきり分かりました。また、ステノプテリギュウスという魚竜(爬虫類)は、形は魚そっくりで、たぶんすいすい泳いだのでしょう。この魚竜は、成体のおなかの部分に胎児が入っている化石が見つかっていることから、卵胎生だったということです(サメの仲間などと同じなんですね)。
 
 海洋科学博物館は、その名の通り、海の生き物の展示だけでなく、海の性質や海を調査するための道具などの展示も多かったです。
 まず、タッチプールでヒトデやナマコを触りました。ヒトデは触られてもじっとしていて、なんともおとなしい種類のようです。ナマコは、たまに食べるあのナマコとはかなり違う触感でとても軟らかでした。ピグミーシロナガスクジラの全身骨格標本が展示されていましたが、これはまったく触れられず大きさもよくわかりませんでした。鯨では、ミンククジラの大きな椎骨や硬くてしなやかなヒゲに触りました。剥製などもいろいろあるようでしたが、それらはいずれも触ることはできませんでした。
 私が一番興味を覚えたのは、駿河湾の海底地形模型です。これはケースには入っていましたが、上が開いていて、そこから手を入れて触ってみました。たぶん100mごとの等高線で示されているようで、階段状になっていました。驚いたことに、海岸からすぐ急に深くなっていて、水深千数百メートルにもなっているようです。この深い部分は、手は届きませんでしたが、さらに前(南の方)に続いているようです。そしてその右側には今度は急に浅くなった部分があってほとんど海岸の高さと同じになっているようです(この浅瀬は石花海(せのうみ)と呼ばれ、魚が豊富だとのことです)。海岸から急にどうしてこんなに深くなっているのだろうと疑問に思いました(後で調べてみると、この部分は南海トラフから北に向って延びる駿河トラフに当たっているようです)。
 その他、千メートルから数千メートルの水圧のためにつぶれたカップ麺容器や大きく拉げた鋼の大きな球、海底の泥を採取する装置やコアサンプルを採る装置などに触れたり、音波探査の音、海の中で採取したいろいろな音などを体験しました。また、セイウチの頭骨の標本も印象に残っています。頭骨そのものは十数センチくらいでそんなに大きくはないのですが、2本の角が下にまっすぐ40、50cmくらいも延びていました。この角は何に使うのでしょうか。
 
 最後にミュージアムショップを案内してもらいました。ミュージアムショップでは、いろいろな化石や鉱物、レプリカなども販売されていて、私はトリケラトプスとソルトウォーターフィッシュボックスを買いました。
 トリケラトプスは、白亜紀末の角竜類に属する草食恐竜で、名前のトリケラトプスは「3本の角のある顔」を意味しているそうです。確かに、長い大きく曲がった 2本の角と短い 1本の角があります。また首の回りにはリング状にフリルのようなのが付いていて、これもこの恐竜の特徴のようです。胴体はずんぐりしていて、尾も長く伸びています(たぶん恐竜としては尾は短いほうだと思いますが)。
 ソルトウォーターフィッシュボックスは、身近な日本の海水魚の立体フィギュアが15種も入ったものです。マカジキ、クロマグロ、カツヲ、マンボウ、マイワシ、サンマ、サバ、アジ、トビウオ、タイ、ヒラメなど、名前だけはよく知っているものですが、実際の形となるとよく分かっていないものばかりでした。10数センチから5cmくらいの大きさで、触って観察するにはちょっと小さいのもありましたが、とてもりあるで、それぞれの魚の特徴がかなりよく分かりました。
 
 とにかく展示物が多くて、私の許容量をかなり超えていたように思います。触れられる物もありましたが、恐竜や鯨などは大き過ぎてなかなか全体の大きさや形を想像することはできませんでした。恐竜や鯨など大きな物は、頭や尾の位置や背の高さなどを音で知らせるような工夫をしてくれれば、少しはイメージしやすいかもしれません。もちろん、10分の1くらいのミニチュアがあればなお分かりやすいです。
 
 今回はS先生にたいへんお世話になりました。夏休みなどは学生が案内などをしているとのことでしたが、それ以外だとなかなかスタッフによる案内は難しそうです(もちろん事前に連絡してお願いすれば、私の場合のように、なんとか対応してくれるとは思いますが)。今回はS先生に異例とも言えるような付きっ切りの案内をしてもらって、本当に感謝です。
 
(2010年7月14日)