仮面を触り比べる―和歌山県立博物館の企画―

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 1月15日から2月末まで、和歌山県立博物館でロビー展「仮面の世界へご招待―さわって学ぶ和歌祭―」が開かれています(詳しくは和歌山県立博物館のページ 参照)。
 私は、1月23日に行ってきました。私の住んでいる茨木しからは、電車とバスを乗り継いで片道2時間半以上はかかりましたが、けっこう楽しめましたので報告します。
 まず、博物館が視覚障害者の来館も考えて、最寄のバス停の県庁前から博物館までの道順を文章で詳しくホームページに掲載していて、これは一人で行く私にはとても助かりました。一度確認のために博物館近くで周りの人に聞いただけで、迷うことなく到着しました。道順は地図で示すのが普通ですが、地図だけでは見えない人には分かりませんので、このように文章で簡単でもいいですから説明があると安心して行くことができます。
 
 今回のテーマの「和歌祭(わかまつり)」ですが、これは、紀州東照宮(和歌山市和歌浦)の春(5月)の例大祭のことで、和歌浦地区には保存会も設けられ、毎年盛大に行われるようになった祭りだとのことです。
 和歌祭では神輿渡御の際に神輿の後ろにさまざまな芸能を行う行列が連なりますが、その中に、仮面をつけて仮装し練り歩く面掛(めんかけ)という仮面行列があり、今回はその面掛で使用される仮面の中から、5面の実物とレプリカが展示されています。紀州東照宮には鎌倉時代から江戸時代にかけて作られた能面や狂言面、さらには神楽面や鼻高面(天狗面)など97点ものさまざまな古い仮面があり、その中から、和歌山県立和歌山盲学校の協力も得て、表情がはっきりしていて触っても分かりやすいと思われるもの5点を選んだとのことです。
 そして、そのレプリカ作りは、和歌山県立和歌山工業高校産業デザイン課の皆さんが実習授業のひとつとして行ったそうです。まず、三次元レーザー測量で非接触のデータ測定をし、さらに細かいデータの修正をし(レーザーで測定したデータには細かな点で実物との相違もあるそうです)、そのデータに基づいて、ABS樹脂を用いて立体プリンターを使って仮面を造形していくとのことです。その後で、和歌山盲の生徒や先生が着色をしたとのことです。精巧なレプリカ作りを業者さんに頼めばふつう1点につき百万円近くもすることも多いようですが、こうすることで材料費の2万円前後で済んだとのことです。
 和歌祭の仮面のほかにも、縄文時代の土製の仮面のレプリカ1点と、能面をモデルとした木製の仮面3点も展示されています。これらには、点字の解説文とともに、それを平面の触図で表わしたものも添えられていました。さらに音声解説も用意されていたようですが、私はそれは使わずボランティアに解説してもらいながら鑑賞しました。
 
 最初に触ったのは、大阪府和泉市仏並(ぶつなみ)遺跡出土の縄文時代後期の仮面のレプリカです。とても整った顔の形で、この形からすぐ記憶がよみがえってきました。私はしばしば大阪府和泉市にある弥生文化博物館に行っているのですが、これは、昨年弥生博で行われた夏季特別展「MASKー仮面の考古学ー」で展示されていた土製仮面とまったく同じ物のようです。孔で表現されている口や目の配置、鼻や眉毛の特徴などからそう判断しました。さらにボランティアによると、口の周りや頬辺りが赤く着色されているとのこと、丁寧に触ってみても着色されていることは分からないのですが、展示品の後ろの壁面にある触図を触ってみると、その着色されている部分がざらざらの点で表わされています。これで、この仮面のイメージをより鮮明に持つことができました。また、点字の解説文には、「それまで縄文の人たちは土偶を通して自分たちの願いを神に伝えていたが、土製仮面によって、仮面を着けている人を通して神に伝えることができるようになった」というようなことが書かれていて、興味をひきました。
 次は、和歌祭の仮面5点です。これらにもそれぞれ触図が用意されており、着色している部分や皺の様子は触図でしっかり表現されていて、立体の仮面の理解にとても役立ちました。
 まず、登髭(のぼりひげ)。髭が耳のほうに向かって上がるように生えているところから「登髭」という名前が付けられているとのことですが、この古い面では髭が失われています。全体に大きな顔立ちでちょっとざらっとした触りごこちです。皺もああって、年取った男の顔のようです。
 その隣りは、空吹(うそふき)。顔をぎゅっと引き締めている感じで、口をすぼめて前に突き出しているようです。ボランティアによると口笛を吹いている姿だとのこと、なるほどと思いました。そして、この「空吹」は「うそぶく」という言葉に由来しているとのこと。「嘯く」は、とぼけて知らないふりをすることとか偉そうなことを言うといった意味ですが、嘯くの「うそ」は、鳩などを呼ぶ時の口笛のことで、本来は「口笛を吹く」という意味だとのことです。口笛を吹く姿が「うそぶく」時の姿なのか、私にはよく分かりませんでした。
 次は、若い女。顔は全体につるうっと滑かな感じで、皺もまったくありません。口をちょっと開いていて、歯も数本触れ、その歯は黒く色付けされているそうです。
 その隣りは、猿。私は猿の顔はまったく知りませんが、何とも面白い、皺だらけの顔です。とくに目の周りには、皺が何重にも取り巻いています。本当の猿の顔はどうなのでしょうか。
 最後は、笑尉(わらいじょう)。これは、とてもインパクトのある面でした。額は大きく四角張っていて、皺も何本もあります。鼻がものすごく大きくて、口を開いて歯を見せています。お爺さんが豪快にか穏やかにか笑っている様子を表わしているようです。
 これらはみな先に紹介したABS樹脂製なのですが、見える側だけでなく裏面に浮出した文字にいたるまで形を忠実に再現しており、さらには重さも実物とだいたい同じくらいにしているそうです。持ってみると意外に軽いのですが、蜂の巣状の構造(ハニカム構造)にして密度を調整しているとのことでした。
 
 和歌祭の仮面の隣りには、久保博山氏(能面文化協会)が、能面をモデルにして作成したという木製(檜製)の仮面3点が展示されています。いずれも女の面で、小面、深井、姥と、年齢順に並べて展示されており、顔の形で年齢の違いを触って観察できるようになっています。小面では頬がふっくらしもちろん皺もないですが、深井(中年)、姥と進むにつれて、頬が痩せこけてき、また額には横皺、頬には縦皺が何本も増えてゆきます。
 さらにその隣りには、初めに紹介した縄文時代の土製の仮面を参考にして和歌山盲の生徒たちが作った土製仮面13点も展示されていました。美術の授業で粘土で面を作り、それを野焼きしたものだとのことです。ざらざらした感じの物が多く、いろいろな形の土面が展示されていました。最後に触った面がとても整った形でモデルの面にそっくりでしたが、それは先生の作ったものだとのことです。
 
 これでロビー展の鑑賞を終わり、ボランティアの案内で企画展「むかしの楽器」と常設展示も簡単に説明してもらいました。とくに触れたりできる展示品はなかったですが、その日にちょうど雅楽のコンサートが開催されてそれを聞くことができましたし、また常設展示では曼荼羅も2点展示されていて、ボランティアの方の詳しい説明も聴くことができました。
 曼荼羅は私にはよく分からないのですが、どういう訳かずうっと前から興味を持っていて、今回熊の三山曼荼羅と那智参詣曼荼羅について解説してもらうという貴重な機会を得ました。
 
 今回の和歌山県立博物館の企画は、見える人たちにも見えない人たちにもとても良いものだと思います。私が仮面を触っている時も、見える人たちも仮面を手に取って興味津々のようでしたし、また見える人たちにとっても、私のように見えない人もそれなりの鑑賞法で展示品を楽しんでいることを目の当たりにすることは、良い経験になるでしょう。見えない人にとっては、実際に触ることのできる展示品、その触図、点字や音声による解説文、ボランティアによる案内と解説と、多面的な鑑賞法が用意されていて、展示品は少なかったですが十分に楽しむことができました。
 このような展示法をできることなら常設展示にも拡げて、その一部でも見えない人たちも楽しめるようにしてほしいです。私の個人的な希望としては、あの曼荼羅を概略だけでも触図化してもらえないでしょうか。1、2点だけでも触図化してもらえれば、そのイメージを基にして、その他の曼荼羅についても言葉による説明だけでもかなりよくイメージできるようになるかも知れません。和歌山県立博物館の今後の取り組みに期待しています。
 
(2011年1月31日)