昨年10月7日、14日、21日、28日の毎週日曜日午後8〜9時の NHKカルチャーラジオで、「やさしいブラックホール入門」(全4回)が放送されました。講師は、筑波大学計算科学研究センター教授の大須賀健さん。とても丁寧なお話で、物理の知識のあまりない一般の人たちにもなんとかブラックホールのことを伝えたいという熱意の感じられるお話でした。私は、とくに第1回目の一般相対性理論の説明や第3回目の重力波の説明、第4回目のクエーサーの話など面白かったです。
以下にテープ起こししたメモのまとめを記します。主にカッコ書きや〔補足〕などで、関連した事柄などをかなり補足しました。
◆第1回【ブラックホールが黒いわけ】
●ブラックホールの研究史の概観
現代的な意味では、アインシュタインが一般相対性理論を発表した約百年前(1915年)が、ブラックホール研究の始まり。初めはブラックホールは数学上の産物、机上の空論、現実の宇宙には存在しないだろうと考えられていたが、チャンドラセカールやホイーラーといった科学者の研究成果によって、この宇宙に本当にブラックホールが存在するかも知れないということが理論的に分かってきた(20世紀半ばくらいの話)。そして、1970年代になると、ついに人類はブラックホールを発見する。場所ははくちょう座。はくちょうの首元に当たる部分にはくちょう座X-1という天体があり、これがブラックホールであることが判明(ブラックホール第1号)。そして2015年、重力波が初めて検出された。これによって、ブラックホールの存在がより確かなものとなった。
●ブラックホールの特徴
ブラックホールは宇宙の中でもっとも奇妙で不思議な性質を持っている。いくつか特徴を挙げると、@ブラックホールという名の通り真っ黒である、A周囲の物質を何でも呑み込んで(吸い込んで)しまう、B物質だけでなく光も吸い込んでしまう、C吸い込まれたら二度と出てくることはできない。
何故、他の天体とはまったく違うこういった性質を持っているのか、これを最初に理解することを目標にしよう。
物の性質を調べるもっとも簡単な方法は、その物を真っ二つにに割ってその中を調べる。赤いリンゴがあるとしよう。包丁で真っ二つに切って、中を調べるのがもっとも簡単。赤い皮の中には白い果肉が詰まり、中心には種がある。重要なことは、中身は果肉でぎっしり詰まっている(すきまがない)ということ。
次に、地球の中身を調べてみる。地球を包丁で真っ二つにはできないが、いろんな方法で調べられていて、それによれば、地球表面は陸や海でおおわれ(リンゴの皮に当たる部分)、中には、マントルがあって、中心部には内核や外核と呼ばれる構造がある。リンゴとは違うが、大事なことは、地球の中にも物質がぎっしりと詰まっているということ。これだけは、リンゴも地球も共通した特徴。
次に、太陽を見てみる。太陽は基本的に水素とヘリウムから成っており、水素とヘリウムが集まった球体だと思ってよい。もし太陽を真っ二つに切ることができれば、その中には水素とヘリウムがぎっしりと回まっているということになる。このように、材質はぜんぜん違うものの、天体であれリンゴであれ、物質の中には物がぎっしりと詰まっている。
では、ブラックホールの中身はどうか。ブラックホールは見た目は黒い球体に見える。この球体の中がどうなっているのか、仮にリンゴと同じように包丁ですぱっと切ったとすると、中身は空っぽ。ブラックホールの黒い球体の表面は専門用語で事象の地平面と言うが、地平面という名前は付いていても、そこに地面もない。地面もなければ中身もないというすかすかの状態。これが、ブラックホールと他の天体の大きな違いを生み出す。地面がない、表面がないので、たとえ手元にあったとしても、持ったり触ったりできない。ただし、中心に特異点と言われる、リンゴで言うと種に当たる部分がある。この特異点がブラックホールの本体に相当する。特異点は、大量の物質が無限に小さな領域に思いっきり詰め込まれた状態と言える。無限に小さな領域に物質がすべて押し込まれた状態。特異点は、大きさは無限に小さいが、質量はしっかり持っている。特異点は質量を持っていることは間違いないが、それ以外の詳しい性質はまだよく分かっていない。
まとめ:ブラックホールは外から見ると黒い球体に見えるが、その表面(事象の地平面)に地面はないし、黒い球体の中身、事象の地平面の中も空っぽ。中心にぽつんと特異点があって、ブラックホールの質量はこの特異点にすべて集中している。だから特異点はブラックホールの本体と言うべき存在。
●ブラックホールの黒い理由
ブラックホールが黒く見えることを理解するためには、まず重力によって光が曲がるということを知らなければならない。光は真っすぐ進む。光を曲げようと思ったら、特殊な道具、凸レンズが必要。だが特殊な道具を使わずに光を曲げる方法がある。重力を使う。重力が非常に強い場合、その近くを通る光が重力に引っ張られるかのようにして曲がるという現象が起こる。重力がレンズの代わりをするということで、重力レンズと呼ばれることもある。この現象を使ってブラックホールを考えてみる。
特異点は、超強力な重力源。私たちは日常の生活で重力で光が曲がるのを見ることはできない。それは、地球の重力が光を曲げるほど強くないから。ただし特異点の場合は別で、超強力な重力で光を曲げる(あるいは落下させる)ことができる。日常の生活で例えばボールを空高く真上に(重力源である地球と反対側に)向って投げたとする。ボールは途中で向きを変えて下に落ちてくる。ただし地球上の場合は重力が弱いので、懐中電灯を上に向けて光を出すと、その光は落ちてこない(はるか宇宙空間へと飛んで行く)。しかし、特異点のように強力が重力があると、光でさえも(ボールのように)上に上がって下に落ちてくるということが起こる。特異点の近くに電球を持って行ってそこで光らせると、すべての光は特異点に向って落下してしまうということが起こる。
特異点の近くの領域が、遠くにいる人からどう見えるかについて考えてみる。電球が特異点から離れていれば、重力の影響はさほどなく、光は真っすぐ観測者にやって来る。ところが特異点の近くの電球から発せられた光は、全部特異点に落ちてしまうので、遠くにいる観測者に届かない。観測者は光を受け取ることができないので、黒く(真っ暗に)見える。(光が来ない所を、私たちは暗い=黒と認定する。物が赤・青などに見えるのは、その色の光が飛んできて目に入るから。黒色は他の色とは異なって、光が来ない所の色。)光が来ないので、特異点の近くは黒く見える。黒い物質があるわけでもなく、黒く塗られた表面があるわけでもないのに、特異点の回りは黒く見える、暗く見える。これが、ブラックホールが黒く見える理由になる。
どれだけの範囲が黒く見える、暗く見えるかというと、ぎりぎり光が観測者に届くか、ぎりぎり特異点に光が落下してしまうかの、特異点からぎりぎりの距離があり、その距離の範囲が見た目上黒く見える球体の表面(=事象の地平面)になる。
ブラックホールの黒は身の回りの黒とは違う本当の黒。物は可視光線を出していなければ黒く見えるが、ふつう赤外線などの光を出している。ブラックホールからはあらゆる光が出て来ない。
まとめ:ブラックホールの本体は協力な重力源である特異点=中心にある無限に小さな領域。特異点の周囲には光でさえ逃げ出せない丸い領域が現われて、その球の外縁部(見た目上の黒い球体の表面)を事象の地平面という。事象の地平面の内側からは光が脱出できないので、そこは黒い領域、黒い球体に見える。事象の地平面には地面はない。なので、光も含めてあらゆる物が(激突するなど障害なく)すっと入れるが、1度入ったら特異点の重力につかまってしまい、2度と出てくることはできない。
●重力で光が曲がることが実験で確かめられた歴史
ある星から地球までの間に重力源があって光が曲がったとすると、星の本来ある場所から少しずれた方向から地球に光が到達する。つまり、星からの光が本当に星のある方向から来ているのか、少しずれた方向から来たのかを調べれば、光が曲がったかどうかが分かる。光が曲がったかを調べる原理はとても簡単だが、協力な重力源がないと光は曲がらない。
光が曲がるというのは一般相対性理論の予言。一般相対性理論を作ったアインシュタインは、重力で光が曲がるという自分の理論が正しいことを証明するために、その方法を考えた。最初に重力源として木星を考えたが、一般相対性理論を使って計算したところ、木星の重力ではまだまだ弱く光の曲がりはわずかで、当時の観測技術ではその検出能力はなかった。次に重力源として太陽を考えた。太陽が出ている日中は星は観測できないが、日食時であれば、月に太陽が隠されて昼でも太陽の回りの星を観測できる。
1914年8月21日にクリミア半島で皆既日食が見られることが分かっていた。アインシュタインは共同研究者でフロイントリッヒ(Erwin Finlay Freundlich: 1885〜1964年)という観測のプロに日食の観測をお願いした。フロイントリッヒは観測隊を率いて14年7月19日にドイツを出発。しかし8月1日に第1次世界大戦が勃発。観測隊は高性能の望遠鏡など光学機器を持っており、ロシア軍からスパイと見られてロシア軍の捕虜になってしまい、観測はできなかった。(彼はさらに一般相対性理論の正しさを証明しようと、重力による赤方偏移を太陽スペクトルで観測することを目的にして1922年にポツダム近郊に建設されたアインシュタイン塔の所長になるが、うまく行かなかった。)
一般相対性理論による光が曲がるという予測が本当かどうかを確かめるのを引き継いだのは、イギリスの天文学者エディントン。イギリスとドイツは大戦中敵国で情報のやり取りは自由でなかったが、アインシュタインは自分の理論をなんとかイギリスの天文学会に伝えようと思って3通の手紙をエディントンに送り、その内1通がエディントンに届いた。エディントンはイギリス天文学会の大御所で、アインシュタインの一般相対性理論を読み、なんと美しい理論だろう、ぜひ確かめようと、観測隊を率いて、1919年5月29日のアフリカ・ギニア沖のプリンシペ島での日食観測に出かける。この観測でみごとに光が曲がることを検出。エディントンの観測で、日食の太陽の回りの星々が少しずつずれている位置に写った。つまり、本当に星のあるはずの位置とわずかに違う方向から光が来ていた。観測された星のずれ(光の曲がりの角度)は1.6+-0.3秒角(秒は1度の3600分の1)。一般相対性理論の予言は1.75秒角、誤差の範囲で、一致している。こうして、重力で光が曲げられることが確かめられた。
●ブラックホールの研究の始まり
ブラックホールの研究は、1919年のエディントンによる光の曲がりの検出の前から始まっている。1915年から16年にアインシュタインが一般相対性理論を発表。その論文を、ドイツの東部戦線で砲兵技術将校として従軍しロシア軍と戦っていたシュヴァルツシルト(Karl Schwarzschild: 1873〜1916年。ポツダムの天文台長だった)が読む。彼は早速一般相対性理論を天体物理学に適用した。そして、一般相対性理論が正しければ、光さえも吸い込む暗黒の天体が存在しておかしくないということを数学的に証明した。なので、1916年、一般相対性理論が発表された直後からブラックホールの研究はスタートしたと言える。ただし、スタートはしたが順調に発展したわけでない。シュヴァルツシルトは早々に、1916年5月に戦病死する。彼は東部戦線にいたのでドイツ本国の研究会には参加できなかっただろう。それで、彼は自分の研究成果、つまり一般相対性理論によればブラックホールのような天体が存在してもおかしくないという理論的な結果を、アインシュタインに手紙で送る。アインシュタインはそれを見てたいへん喜び、シュヴァルツシルトの研究成果を2度学会で代理発表する。しかしシュヴァルツシルトが病没してしまったので、3回目の発表はなかった。
アインシュタインはシュヴァルツシルトが自分の一般相対性理論に興味を持ちそれを使ってブラックホールという解を見つけてくれたことには喜んだが、そんな変な天体が宇宙にあるとは信じなかった。あくまで数学上の答え、仮想の天体であって、現実とは関係ないと思っていたので、本腰を入れて研究することはなかった。アインシュタインは信じていない、シュヴァルツシルトは亡くなってしまうということで、ブラックホールの研究はスタートと同時に一旦停止という状態になってしまった。
●ブラックホールの公式
ブラックホールの黒い球体の半径を求める公式。ブラックホールの質量(特異点に集まっている物質の質量)を太陽質量を 1 として表わした値に、3kmを掛ける。例えば、太陽と同じ質量を持つブラックホールがあれば、その半径は 1×3=3km、太陽の10倍の質量を持つブラックホールがあれば、その半径は 30km ……となる。この半径のことをシュヴァルツシルト半径と言う。ちなみに、地球と同質量のブラックホールがあれば、その半径は 9mm。
〔補足〕シュヴァルツシルト半径 R は、 R=2GM/c^2 で与えられる。 G は万有引力定数で g=6.67×10^-11[m^3/(s^2・kg)]、 M は質点(ブラックホール)の質量、 c は光速度。
●ブラックホールの種類
私たちの銀河系には数十個のブラックホールが見つかっている。それらの質量は、太陽の10倍前後のものが多い。人類が最初に発見したはくちょう座にあるブラックホールもその仲間で、恒星質量ブラックホールと呼ばれている。もう1つ、超巨大ブラックホールと言われる仲間もある。これは、不思議なことに、およそすべての銀河の中心に1個だけとてつもなく大きなブラックホールがあるということが分かってきた。質量は太陽のやく百万倍から10億倍。我々の銀河系の場合、銀河の中心はいて座方向にあり、太陽の400万倍のブラックホールがある。その半径は、400万×3=1200万km。この距離は、太陽と水星の間の距離(6千万km弱)よりもずっと短い。銀河の大きさは10万光年ほどなので、それと比べるとブラックホールはとても小さい。超巨大ブラックホール、巨大なのは質量であって、半径は小さい。
●ブラックホールの進化
ブラックホールが物質を吸い込むと、特異点の質量は増えるが特異点は無限につぶれ続け、事象の地平面(黒い球体)の内部が大きくなる。ブラックホールの質量が増すほど、(特異点が膨らむのでなく)黒い球体の半径が広がる。また、ブラックホールの質量は増えることはあっても減ることはない(太ることはあっても痩せることはない)。ということは、ブラックホールの球体は広がることはあっても縮まることはない。黒い球体が膨み続けることが、ブラックホールの進化。
●一般相対性理論が光が曲がると予言する理由
物が物に力を及ぼすためには触れ合っていなければならないというのが、力学の大原則。重力は質量を持つ物同士が引き合う力だが、離れている(触れ合っていない)にもかかわらず引き合うというのは、力学の原則を破っている。重力の理論を打ち立てたのはニュートンだが、力の大原則を打ち出したのもニュートン。ニュートンは、自分が作り出した力学の大原則に当てはまらない唯一の力が重力であるとしていた。
アインシュタインは発想を変えて新しい考え方を導入した。それは、空間がゆがむという現象。空間は、例えば将棋盤などのように、縦横がそれぞれ真っすぐな平板のようなものだというのが、ニュートンもふくめ一般の常識で、空間がゆがむというのは考えられない。ところが、アインシュタインは空間はゴムの膜のように、あるいはトランポリンのように、物を乗せるとぐにゃっとゆがむのではないかと考えた。そう考えて、アインシュタインは重力を考え直した。空間に何もなければ、ゴム膜の上に、トランポリンの上に何も乗っていなければ、膜はぴいーんと張っている、空間は真っすぐでゆがんでいない。ゴム膜の上に重い玉を乗せると、その所のゴム膜はへこみ、その回りのゴム膜は中心の玉に向って少し斜めに傾斜している。この玉の近くのゴム膜の上に別のやや軽い玉を置くと、その玉は斜めになっている膜の面上を最初に置いた玉のほうに向って転がって行き、最初の玉とぶつかってしまう。この説明で、ゴム膜をなかったことにして考えると、1つの物体の近くにもう1つの物体があると、引き付け合ってくっついたと見える。このように、仮想的にゴム膜のようなものがあると、 2つの物体が自動的にくっつくという重力の性質をみごとに説明できる。
2つの物体が互いの距離を詰めて行ってくっついた、ぶつかったという現象だけみれば、ニュートンの重力とまったく同じ。ニュートンの理論の場合には、遠くにある物体同士が何だかよく分からないが互いに引っ張った、離れているにもかかわらず力が及んだことになってしまっている。が、今の説明では、1個目の玉は、ゴム膜をゆがめただけで、2個目の玉を引っ張っていない。2個目の玉は、ゴム膜の傾斜に沿って転がっただけで、1個目の玉に引っ張られていない。玉とゴム膜が触れ合っている部分が影響を及ぼしあっていて、離れている玉同士は直接影響を及ぼしていない。そのような理屈を考えれば、触れ合っている物同士しか影響を及ぼさないという力学の原則に従ったまま重力をちゃんと説明できるではないか、というようにアインシュタインは考えた。
もし本当に、空間がゴム膜のようにゆがんでいるという考え方が正しいならば、どんな現象が起こるか。いろいろ複雑な現象が起こるが、もっとも分かりやすいのは光が曲がるという現象。光は空間を直進しようとする。だから空間が将棋盤などのように真っ平らであれば、そこを直進する。しかし空間がゆがんでいれば、そのゆがみ・傾斜に沿って曲がって行く。空間は目で見えないが、空間がゆがんでいるかいないかは、光が真っすぐ進むか曲がって進むかで区別できる。それをしたのが1919年のエディントンの観測で、エディントンの観測は、光が曲がることだけでなく、空間がゆがむことを証明した。
●一般相対性理論とブラックホール
空間をゴム膜のようなものだとして考えてみる。より多くゴム膜がへこむのは、重い物を乗せた時。同じ重さなら、小さい物と大きい物のどちらがゴム膜がよりへこむかを考えると、小さい物のほうがよりへこむ。大量の質量を持っていて非常に小さい物、宇宙でその性質を備えている物が特異点。そのように考えると、ゴム膜が張り裂けんばかりにへこんでいる状態がブラックホールという言い方ができる。こういう考え方が、本当の意味で一般相対性理論でのブラックホールの考え方。
◆第2回【ブラックホールの作り方】
●前回の要約
エディントンは1919年にアフリカ・プリンシペ島での日食の観測で、太陽の重力で光が曲げられていること(わずか1.6秒角のずれ)を確かめ、一般相対性理論の予言が正しいことを証明した。一般相対性理論は簡単に言えば新しい重力の理論であり、重力によって空間がゆがんでいることが確かめられたことになる。それより前、第1次世界大戦に従軍していたドイツのシュヴァルツシルトは、一般相対性理論の発表と同時に、それを天体の回りの重力に適用して計算した。重力に影響する要因には、天体の質量のほか、その天体の大きさ、形、さらには内部の密度分布なども考えられるが、シュヴァルツシルトは簡単化のために、形は球体、大きさは無視して質量を持った無限に小さい点とした。これは後から考えれば図らずも質量が無限に小さい点に集中した特異点であり、シュヴァルツシルトは一般相対性理論によって特異点の回りの重力がどうなっているかを数学的に解いたことになる。
シュヴァルツシルトは、数学的に問題を簡単化することによって、ブラックホールというものが存在することを一般相対性理論を使って明らかにした。ただし、シュヴァルツシルトがした簡単化はあくまでも数学的な技法のための簡単化であって、そういうものが現実にあるだろうと言ってしたわけではない。質量はあるが大きさは無限に小さい点は、あくまでも数学的な技法のための産物で、机上の空論であり、アインシュタインも現実の宇宙にある物としては信じなかった。シュヴァルツシルトは、質量はあるが無限に小さい点(特異点)を仮定したが、そのような点をどのようにして作るのか、宇宙でどのようにブラックホールができるかについては、いっさい答えてもいないし調べてもいない。
●脱出速度
天体の重力の強さは、その天体の質量が大きいほど、また半径が小さいほど、強くなる。ここで重要なのは半径で、同じ質量なら半径が小さいほど重力は強くなる。
天体表面の重力の強さを、脱出速度で表す。脱出速度とは、その天体の表面からその重力を振り切って脱出するのに必要な速度。地球からの脱出速度は秒速約11km(時速4万km)。光は秒速30万kmなので、当然地球から宇宙に脱出できる。
地球の質量はそのままで、半径を小さくすると重力は強くなる。重力が強くなると、必要な脱出速度は増す。(脱出速度は、質量の平方根に比例し、半径の平方根に反比例する。)例えば、地球の半径を100分の1にすると、脱出速度は10倍になる。さらにどんどん地球の半径を小さくしていくと、光さえも地球の重力に勝てずに落下してしまう、脱出できない、秒速30万kmでも脱出できないくらい重力が強くなるということが起こり得る。この状態が、光が脱出できないブラックホール。
[ここで、地球の脱出速度が30万km/s になる地球の半径を計算してみる。地球の半径を6370km、脱出速度を11.2km/s、光の速さを30万km/s、脱出速度が30万kmになる時の地球の半径を r とすれば、
11.2:30万=√6370:√r
これを解くと、 r=8.88×10^-6km=8.88mm となる。]
このようにして、天体をどんどん小さくしていくと、光が脱出できないくらい重力が強くなってブラックホールができる。その半径がシュヴァルツシルト半径。地球がブラックホールになる半径は 0.9cm。とは言っても、半径数千kmの天体が半径 0.9cmにまで押し潰されるようなことは実際の宇宙では起こり得ないだろうとふつうは思う(=机上の空論)。
●天体はなぜ潰れないのか
地球を押し縮めていく上の例はあくまでも仮想の例だが、この例から、質量を持っている天体がどんどん潰れていくことができればブラックホールになるし、潰れなければブラックホールにならないことが理解できる。
ゴム風船は、ゴムの縮もうとする力と中の空気の広がろうとする圧力が釣り合っているから大きくも小さくもならない。風船を冷やすと、中の空気の温度が下がって圧力が弱くなって、風船は縮み、温めると、中の空気の温度が上がって圧力が大きくなって、風船は膨む。このように、物体が広がるか縮まるか、あるいは形を維持できるかは、縮む力と広がる力の競争で決まる。
太陽を例にこのことを考える。太陽は気体(水素とヘリウム)のかたまり。太陽は(風船のようにゴム膜はないが)自分自身の重力で縮もうとしている。いっぽう、水素やヘリウムなどの気体は(風船の場合と同様に)広がろうとする圧力を持っている。その両方の力が釣り合って、太陽はある一定の大きさを維持できている。ただし、太陽がずうっと暖かいままで、冷えて縮まらないでいられるのは、太陽の中心で核反応が起こっていてエネルギーを生み出し続けているから。
●星はどこまで縮むのか
太陽の燃料は50億年後には切れることが分かっている。そうすると、重力は働き続けるので、縮んで行く。ここで、どこまで縮んで行くかが問題。百年前の天文学の常識では、燃料を使い切った星はどんどん縮んでは行くが、無限に縮んで行くのではなく、ある時にカチーンと堅くなって収縮が止まると考えられていた。それが白色矮星で、白色矮星は太陽と同じくらいあるいはそれ以上の質量を持っているが、大きさは地球程度の天体。太陽と同質量のシュヴァルツシルト半径は 3kmなので、地球程度の大きさのある白色矮星はブラックホールには程遠い。当時の星の進化理論では、太陽くらいの星でも太陽よりも大きな質量の星であっても、いずれにしても燃料切れになって潰れていく星は、地球程度の白色矮星で止まる。それ以上は潰れないので、ブラックホールは現実にはないというのが当時の天文学の常識だった。
●チャンドラセカール
ここに登場するのが、インドの若い研究者チャンドラセカール(Chandrasekhar, Subrahmanyan: 1910〜1995年。1983年にノーベル物理学賞受賞。アメリカのX線観測衛星チャンドラは彼の名にちなむ。1930年アジアで初めてノーベル物理学賞を受賞したチャンドラセカール・ラマン(1888〜1970年。ラマン効果の発見者)の甥に当たる)。チャンドラセカールは1930年マドラスの大学を卒業後、ケンブリッジ大学に留学。彼はその渡航する船の中で白矮について研究し、白矮の質量には上限があるという理論的な大発見をする。すなわち、太陽質量の1.4倍(この値はチャンドラセカール限界と呼ばれる)以上の質量を持つ星は、燃料切れを起こすと白矮で止るのではなく、自身の重力を支え切れずにさらに潰れ続ける。チャンドラセカールは、太陽質量の1.4倍以上の白矮は存在できないというこの理論を、星の進化理論に相対性理論を組み込むことで得た。
チャンドラセカールはイギリスでこの理論を発表するが、若き天才としてイギリス天文学会に受け入れられず、猛烈な反対に遭った。その急先鋒は、ケンブリッジ大学教授で、イギリス天文学会の大御所エディントン。ケンブリッジ大学の師弟が、白矮の質量に上限があるかいなかで激論、ことあるごとにエディントンはチャンドラセカールの理論をつぶしにかかる。この2人の確執が歴史的にはブラックホールの研究を数十年遅らせたと言われている。
チャンドラセカールの理論は、現実に本当かどうかは別にして、理論的に正しい数式を使って正しい結果を導いている。エディントンはチャンドラセカールの理論を信じなかったが、それには物理的根拠はなく、ただただブラックホールのような変なものがあるのは許せなかったらしい。エディントンには美学があり、物理、宇宙はたいへん美しい、美しくなければならないと思っていた。なので、一般相対性理論の数式を見た時に、こんな美しい理論はない、これは真実だと思い、早速日食の観測も行った。だがブラックホールのように無限につぶれてしまうというのは美しくない、だから認められないということだったらしい。自身の美学にこだわり過ぎたという面があった。チャンドラセカールはこの論争に疲れて、白矮などの研究からいったん身を引いてしまう。
●中性子星
この論争でチャンドラセカールのほうが正しかったことが明らかになったが、ブラックホールが出来るまでにはもう1つ越えなければならない壁が登場する。それは、白矮よりも小さい天体、中性子星。1930年代になって中性子の存在が分かってきた(1932年、イギリスのJ.チャドウィックが中性子の存在を確認)。
1933年、フリッツ・ツビッキーとウォルター・バーデが、中性子が固まって出来た星があってもおかしくないだろう、すごい直感で中性子星の存在を予言する。中性子星は、太陽質量で半径10km程度(ブラックホールは半径3kmなのでだいぶ近付いている)で、中性子星がブラックホールになるのを妨げているのではないかというところまで話が進んだ。(実際に中性子星が確認されたのは、1967年アントニー・ヒューイッシュとジョスリン・ベル・バーネルが発見したパルサーとしてであった。)
中性子星について研究した研究者の1人が、アメリカの有名な核物理学者ロバート・オッペンハイマー。(オッペンハイマーは、日本ではマンハッタン計画のリーダーとして原爆を作ったことで知られている。)彼は、中性子星の質量には上限があるということを予言した。質量に上限がなければ、どんな星も中性子星で止り、ブラックホールはできないことになる。質量に上限があるということは、それより重い中性子星は存在できず、それより重い星はブラックホールにまで潰れ続けることになる。オッペンハイマーは天文学にさほど興味はなく、彼の論文にはブラックホールみたいなものは出てこないが、彼の理論をそのまま天体に当てはめると、中性子星の質量には上限があり、それより重い星はブラックホールになるということを暗に言っているのが、彼の研究成果。
〔補足〕放送では、ふつうの星では重力に抗して星が形を保っていられるのは、核融合で生み出されるエネルギーによるガス圧だという説明があったが、白色矮星と中性子星については、重力に対してどんな力がはたらいているかの説明がなかった。白色矮星では、原子から離れてしまった高密度の電子の縮退圧、中性子星では、陽子と電子が結びついてできた中性子もふくめ、原子核から離れてしまった高密度の中性子の縮退圧だということになっている。
●ホイーラー
オッペンハイマーの研究成果に反対したのが、アメリカの物理学者ホイーラー(John Archibald Wheeler: 1911〜2008年。アインシュタインの共動研究者)。彼はブラックホールはできないと反論した。彼は優秀な研究者で、オッペンハイマーの論文を読み、それにはいっさい間違いはないということを認める。ただし、現実の宇宙ではブラックホールはできないと言った。仮に中性子星の上限を越える質量の大きい星があったとしても、そういう重い星は燃料を使い果して、最後には超新星爆発という大爆発を起こし、ほとんどの質量を四方八方にまき散らしてしまうので、中心に残るのはごく僅かで、そのごく僅かな質量であれば中性子星質量の上限を越えることはない。つまり、ブラックホールはできない、と全うな反論をした。
ホイーラーとオッペンハイマーの対決の結末は、両方正しかった。確かに重い星は燃料切れを起こした後大量の質量をまき散らして質量が減る。なので、一部は中性子星になり、そこで止まる。だが、まき散してもなお大量の質量が中心に残る場合もあって、その場合には中性子星になれずにブラックホールになる。超新星爆発の結果中心に残る質量が中性子星の上限を越えるかどうかが問題で、越える場合はブラックホール、越えない場合は中性子星になる。
ちなみに、コンピューターなどを使ってブラックホールができることを理論的に最終的に証明したのはホイーラー。彼は、徹底的に調べて、最初の反対の立場を変えて、ブラックホールができることを証明した。ブラックホールという名前も、ホイーラーが研究の途中で名付けた。それまでは凍結星とか爆縮星と言われ、一般の方には受けるような名前でなかった。科学的知識の普及には、ネーミングも大切。
●まとめ
チャンドラセカール、エディントン、オッペンハイマー、ホイーラーを紹介してきたが、彼らの活躍によって、重い星がその生涯を終える時には理論上ブラックホールが形成されてもおかしくない、シュヴァルツシルトが予言したブラックホールは机上の空論ではなくて、実際の星の進化理論で考えたとしても出来てもおかしくないだろう、という所まで理論研究が発展した。星の質量によって、一部は白矮、一部は中性子星、非常に重い星はブラックホールになるという、この星の進化理論はホイーラーが作り上げたものが土台になっているが、現代でも(数値は色々な研究で少し違っているが)大筋でほとんど変っていない。
●補足:ブラックホールの形
どんな形の星も、潰れて行ってブラックホールになってしまうと、すべて球体になってしまう。ブラックホールになってしまえば、元の形や材質などの情報はすべて失われてしまう。
◆第3回【光り輝くブラックホール】
今回は、天文学者がブラックホールを観測する裏技を説明する。
ブラックホールはどうやっても直接観ることはできない。なので、ブラックホールに吸い込まれる直前を観る、それによって、間接的になるが、ブラックホールの存在を確かめるということをしている。
現実にブラックホールが周囲の物質を吸い込むと何が起こるかというと、ブラックホールの回りにガス円盤(降着円盤と呼ばれる)のような形状の物がつくられる。宇宙にある物質はほとんどが水素とヘリウムなので、物質はほとんどガスと呼んでよい。ブラックホールにガスが近付いてくると、渦巻くようにして吸い込まれていく。形としては薄い円盤状なのでDVDや5円玉のようなのを想像すればよく、流れる様子は風呂の排水溝を想像したほうがよいかも知れない。風呂の栓を抜くと、排水孔に向って水が渦巻きながら、くるくる回りながら吸い込まれていく様子を思い浮かべればよい。
●質問1:ブラックホールが物質を吸い込む時に、ガス円盤が必ず(たまたまではなくいつでも)できるのか?
ガス円盤はほぼ間違いなくできると思ってよい。一番分かりやすいのは、ブラックホールと星が連星をなすシステムになっている場合。連星とは、天体と天体とがお互いに回りを回っている関係にある場合を言う。天文学者が見つけているブラックホールの大半は、ブラックホールと星が連星系になっている。そしてブラックホールはその強い重力で相手の星の材料、相手の星の大気をむりやり剥がして吸い込んでいく。その時に、相手の星の物質がブラックホールに向って真っすぐ川のように流れ込むということは起こらない。互いの回りを回っているという関係にあるので、流れはブラックホールに一直線ではなく必ずずれた方向に流れ込んでくるので、ブラックホールの回りを結局ぐるぐる回ることになって、円盤状の構造をつくりながら、排水孔に流れ込む水のように渦巻きながらブラックホールに流れていく。
●質問2:たまたまブラックホールの近くを通りかかった星が、そのままブラックホールに丸呑みされることはないのか?
それも、確率は0でないが、ほとんど起こらない。ブラックホールはとてつもなく小さい天体。そこを目がけて星がたまたま真正面からぶつかることはほとんど起こらない。あり得るとすれば、ブラックホールの近くを通りかかってブラックホールの重力につかまるというパターン。そうすると、ブラックホールの強い重力で星は引き裂かれてばらばらにされてしまう。星の材料は水素とヘリウムなどの気体なので、結局ばらばらになった物が渦巻きながらブラックホールに流れ込むことになるので、最終的にはガス円盤と言われる円盤状の構造をつくって、渦巻きながらブラックホールに吸い込まれていく。
ブラックホールに吸い込まれる直前の物質を観るということは、暗に渦巻き状に流れていくガス円盤を観ることになる。
●ブラックホールへの流れ込み方
宇宙には、排水孔に流れ込む水の流れのように、渦巻きながらブラックホールに流れていく流れがあるが、排水孔の水の流れとブラックホールの回りのガス円盤には決定的な違いがある。それは、排水孔では栓を抜けば勝手に水は流れていくが、ブラックホールの回りのガス円盤ではブラックホールになかなかガスが流れ込んでいかない。
物質がある天体の回りを回る時には、重力で引かれるだけでなく、もう1つ重要な力、遠心力がはたらく。地球と太陽を例にする。地球は太陽に引かれているが、いつまでも地球は太陽に落ちることはない。それは、地球が太陽の回りを回ることで遠心力がはたらき、太陽に引かれる重力と太陽から離れようとする遠心力がちょうど釣り合っているので、地球は太陽の回りをいつまでも回っている(=公転)。
では、突然太陽がブラックホールになったとする。地球がブラックホールに向って吸い込まれるかというと、そうはならない。太陽がブラックホールになっても、質量は変っていないし太陽と地球間の距離も変っていないので、地球が受ける重力は変わらず、太陽がブラックホールになっても地球は今まで通り公転を続けることができる。だから、ブラックホールが何でもすぐに吸い込むというのは間違いで、遠心力がじゃましてなかなか吸い込めない。
もし地球をなんとかしてブラックホールに吸い込ませるためには、遠心力を弱めなくてはならない。遠心力を弱める、回転の勢いを弱めることがポイントになる。
では、ガス円盤でどうやって回転の勢いが殺がれているのか?まず、ガス円盤の回転の仕方を理解しなくてはならない。ガス円盤の形はDVDでよいが、回転の仕方はDVDとは違う。DVDは、中心に近い側も遠い側も当然一体となって回転する。ところが、ガス円盤の場合は、内側がより早く回り、外側がゆっくり回る、という法則に従って回転する。この内側ほど早く回り外側がゆっくり回るというのは、ブラックホールの回りで起こる特別な現象ではなく、たんに重力の性質によるもの(ケプラー回転と呼ばれ、各点で重力と遠心力が釣り合っている)。実際、太陽系の惑星を考えてみると、太陽からだんだん遠ざかるにしたがって、惑星の公転周期は水星 0.24年、金星 0.62年、地球 1.00年、火星 1.88年、木星 11.86年……というように、回転の速度がゆっくりになる。(回転の速度は、中心からの距離の平方根に反比例する。また、ケプラーの第3法則によれば、公転周期の2乗は中心からの距離の3乗に比例する。距離の単位に天文単位、公転周期の単位に年を取れば、比例定数はほぼ 1になる。例えば木星では、太陽からの距離は5.20天文単位なので、 11.86^3≒5.20^3≒140.6 となる。)重力の性質から、中心の天体に近いほど早く回る。
太陽系の場合は各惑星間に大きな空間があって問題ないが、ガス円盤では物質が連続的に分布しており、互いに異なる速度で回転すると、速度の違う物が触れ合って摩擦が発生し、それによって回転の勢い(角運動量)が弱まる。より早く回っている内側のほうが摩擦によって回転の勢いが弱まって、遠心力が弱まり(重力は変わらないので)、ブラックホールに近付いていく。トラックを例に取ってみる。トラックの中心がブラックホールで、その外側に、1コース、2コース……と並んでいるとする。一番内側の1コースは外側の2コースとの摩擦によって回転の勢いが弱まり遠心力も弱まって、ブラックホールに流れ込む。2コースは3コースとの摩擦で回転の勢いが弱まり遠心力も弱まって、1コースへ流れ込む。さらにその外側の3コースは2コースへ流れ込む……。こうして、1コースはブラックホールへ、2コースは1コースへ、3コースは2コースへ……と少しずつ内側にコースが変わっていって最終的にブラックホールに順に流れ込むことになる。このメカニズムで、ブラックホールはガス円盤から物質を吸い込む。もし摩擦がなければ、重力と遠心力が釣り合い、ブラックホールの回りを周回するだけでけっしてブラックホールに吸い込まれない。摩擦があるから回転の勢いが殺がれ、重力が勝って、ブラックホールに物が近付き吸い込まれる。重力と摩擦、この2つが協力し合って、ブラックホールは物質を吸い込むことになる。
●ブラックホールは光る
ブラックホールの回りのガス円盤で摩擦がはたらくと、2つの効果がある。1つは上に述べたような回転の勢いを弱める効果、もう1つは温度を上げる効果。ガス円盤ではたらく摩擦は非常な高温をもたらす。ブラックホールの回りのガス円盤の回転速度は外側よりも内側のほうが速く、一番内側のブラックホールに吸い込まれる直前の速度は光速の数十%にもなる。この速度で摩擦がはたらくと、超強力な摩擦でガスは低くても10万度、高い場合には10億度にもなる。この超高温が、重要な現象、光るという現象を起こす。
物質はすべてその温度に応じた光(電磁波)を出している(=黒体放射)。動物の体は赤外線、数千度に熱せられた鉄は可視光線を出す。ブラックホールの回りのガス円盤は、10万度くらいになると強力な紫外線を出しはじめ、数千万度になるとX線まで出す。ブラックホールの回りのガス円盤は宇宙の中でも強力な紫外線源・X線源で、とくにX線を出すことがブラックホールの大きな特徴になる。ほとんどの星は可視光線で光っている。青白く見える星は紫外線も多く出している。しかし、ふつうの星はX線をどんどん出すことはほとんどない。ブラックホールの回りのガス円盤は、強力なX線を出せるほど温度が高い。
ブラックホールの回りのガス円盤のもう1つの特徴は、とても高率よく光ること。身の回りの燃焼(火力発電などの化学エネルギー)では燃料1g当たり10kcal程度、星の内部の核融合では1g当たり1千万kcal程度、これにたいしてブラックホールの回りのガス円盤では1g当たり10億kcalものエネルギーが出てくる。宇宙でもっとも高性能なエネルギー源と言える。なので、天文学者がブラックホールを探す時は、とにかく明るい天体を見つけ、疑わしいと思う。楕円銀河の画像。楕円銀河は楕円状に星々が集まった集団で、星々がぼんやりと見えている。その中心部をハッブル宇宙望遠鏡で超拡大して見ると、星々の明るさよりもさらに明るく、銀河の中心部の1点がピカッと光っている。ここに、ブラックホールとガス円盤が潜んでいるだろうと天文学者は考えている(ガス円盤はブラックホールよりも大きいが、とくに強く光るのは回転が一番速くて高温になるブラックホールに近い内側のへりだけなので、光っている領域はとくに小さく、観測では点になってしまい、DVDのような形には見えない。)こうして、銀河の中心の1点が銀河全体よりも明るく輝くということが起こる。
紫外線もしくはX線でとてつもなく明るく輝くという特性を生かして、天文学者はブラックホールを探している。この方法で私たちの銀河には今までに数十個くらいは恒星質量ブラックホール(太陽質量の10倍から数十倍の質量を持つ)が見つかっている。
●ジェット
スーパーコンピュータを使ってブラックホールの回りで物質がどんな風に動くかというようなことを計算・シミュレーションしてみると、ブラックホールの回りを渦巻きながらブラックホールに向って流れ込んでゆき吸い込まれることが解明され、またその円盤がとても明るく輝くということも確認されている。スーパーコンピュータを使うと、人間が予想していた答えと少し違うこともある。スーパーコンピュータによるシミュレーションで明らかになった現象の1つに、ガス円盤の物質すべてがブラックホールに吸い込まれるわけではなくて、一部が突然向きを変えて噴き出してくるという現象、ブラックホールからのジェットという現象がある。ガス円盤の円盤面と垂直に、非常に高速の細いガスの流れが噴き出してくる現象である。このような現象がコンピュータシミュレーションにより発生することが分かり、実際に望遠鏡などで確認されている。例えば電波銀河では、銀河本体から銀河本体を突き破って宇宙に細い2本のガスの流れが噴き出してくる様子が電波観測で確認されている。この場合には、銀河の中心の細い流れの根元にブラックホールがあるだろうと思われる。また銀河系内には、ジェットと思われる細い流れ、ジェットが動いている様子、ある場所を中心に物質が細い流れとなって噴き出していく様子が観測されたりする。そうすると、その中心にブラックホールやガス円盤が潜んでいるだろうと天文学者は思う。
ということで、天文学者は、とても明るい場所を見つけてブラックホールだろうと推定することもあるし、またジェットと言われる非常に高速で細いガスの流れを見つけてその根元にブラックホールがあるだろうと推定することもある。
●はくちょう座X-1
これまでのように、X線でとてつもなく明るく光っている天体を探してブラックホールを推定したり、ジェットの根元にブラックホールを推定する方法は、間接的な証拠、確たる証拠というより傍証。なので、実際にこれがブラックホールに間違いないというようにもう一段高いレベルでブラックホールを見つけ出すためには、もう少し確実な証拠を示す観測が必要。いろいろな方法があるが、はくちょう座X-1の時にブラックホールとして確定的になったのは、天体の質量を測るという方法。
はくちょう座X-1は、X線で光る何かなぞの天体であることは、X線による観測で分かった。X線で明るければブラックホールを疑ってかかるのは当然だが、ブラックホール意外にも X線を出す天体が 1、2ある。 1つは中性子星。だから、X線を出すからといってブラックホールだと決めるわけにはいかない。はくちょう座X-1の時も、本当にブラックホールだというためには、中性子星でない証拠を示さなければならなかった。それに使われたのが、中性子星の質量の上限。太陽質量の2〜3倍が中性子星の質量の上限なので、この X線を出すなぞの天体の質量がそれより重いと分かれば、中性子星は却下され、ほぼブラックホールに間違いないということになる。
天体の質量を測る一番簡単な方法は、その天体そのものではなくて、測りたい天体の回りを動いている天体を調べるというもの。例えば、地球を回っている月の運動の様子を調べれば、月が地球から受けている重力がどれだけかが分かり、重力が分かれば質量が分かる。また、太陽の回りの惑星の運動から、太陽の質量を見積もることができる。直接その天体を測らなくても、その天体の回りを動いている天体の運動を観れば、どれだけの重力がはたらいているか、だからどれだけの質量があるかと、質量を見積もることができる。
はくちょう座X-1には、なぞの x線源だけでなくて、ちょうどそれとペアを成すような通常の星があることが分かっていた。なぞの天体と通常の恒星がペアになって連星系をつくり、互いに互いの回りを回っている関係にある。なので、なぞの x線源の質量を知るためには、相方の星の運動を調べればよい。しかしはくちょう座X-1は遠くて(地球からの距離は約6100光年)、望遠鏡では点にしか見えず、星の運動を直接観ることはできない。
そこでどうするか。ドップラー効果を使うと、実際にその天体が動いている様子が見えなくても、動いていることを知ることができる。救急車の音でドップラー効果を説明する。音のドップラー効果は、近づいて来る音源の音が高く聞え、遠ざかる音源の音は低く聞えるという現象(ここでの高い・低いは、音量ではなく、音程の高低。音程が高いと波長は短く、音程が低いと波長は長い)。音の高い・低いで救急車が近づいているか遠ざかっているかが分かるので、救急車を直接見ていなくても、救急車の動き(近づいて来ている、目の前にいる、遠ざかっている)が分かる。
この例を使って、非常に遠くにあるメリーゴーラウンドが回転しているか、動いているかどうかを判別してみよう。メリーゴーラウンドはとても遠くにあって、点にしか見えず、木馬が回っている様子は見えない。そこで、木馬の上にスピーカーを置いてそこから救急車の音を出すとする。メリーゴーラウンドが止まっていれば、救急車の音はいっさい変わらない。木馬が回転していると、観測者にとって近づいて来る・遠ざかるを繰り返すことになり、救急車の音はそれに応じて高い・低いを繰り返す。なので、メリーゴーラウンドが遠すぎて動いている様子が見えなかったとしても、救急車の音をよく聴けば動いているということが分かる。
これを天体に応用する。天体の場合は、音ではなく、光のドップラー効果を使う。光の場合、近づいて来る光源は少し青っぽく(波長が短く)なり、遠ざかって行く光源は少し赤っぽく(波長が長く)なる、という変化が起こる。
これを使って、なぞの x線源ともう1つの相方の星が互いの回りを回っている様子を調べることができる。その周期や、青くなり具合・赤くなり具合を調べると、速度も分かる。そうすると、なぞの x線源を直接測らなくても、どれくらいの質量があるかが分かる。こうして調べられた質量は、誤差はあるが、だいたい太陽質量の10倍くらい。10倍だったら中性子星で有り得ない。ということで、ブラックホールだろうと認定された。このようにして、見えない相方の天体の質量をちゃんと調べることができれば、より確かな証拠でブラックホールだと言えることになる。(この連星系の主星は、HDE226868という名の、太陽質量の約30倍の 9等の青色超巨星で、太陽質量の10〜15倍と見積もられるブラックホールと密着するように 5.6日の周期で互いの回りを回り合っており、HDE226868のガスがブラックホールに高速で回転しながら吸い込まれる時に強いX線を出している。)
こうして、たくさんのX線源について質量を測るといった方法で、我々の銀河では現在数十個のブラックホールが見つかっている。ただし、この数十個という数は、非常に条件がそろって見つかったものだけの数で、理論的には 1千万個あるいは 1億個とさへ言われている。
●ブラックホールを直接観測する方法
ガス円盤の中心、あるいはジェットの根元にあると思われるブラックホールを、直接黒い球体の像としてとらえようとするプロジェクトが現在進行している。それは、 Event Horizon Telescope (事象の地平面望遠鏡、EHT)という国際プロジェクトで、まさに事象の地平面を望遠鏡で直接見ようとするもの。望遠鏡の精度としては、より暗い物まで見ることと、より小さい物の形まで見ることが望まれるが、ブラックホールはとても小さいので、とくに解像度が高いことが必要。解像度を上げるには、望遠鏡の端と端の距離(口径)を長くし、また使う波長を短くすればよい。世界各地にあるミリ波・サブミリ波の多くの電波望遠鏡を結び付けて仮想的に地球規模の口径の電波望遠鏡(VLBI: Very Long Baseline Interferometry 超長基線電波干渉計)で観測しようとするものである。
*2019年4月、 Event Horizon Telescope(EHT)により、世界で初めてブラックホールの影を撮影することに成功したと、日米欧などの国際研究チームが発表。チームは2017年4月、おとめ座の方向にあり地球から約5500万光年離れた巨大楕円銀河M87の中心にあると考えられる超巨大ブラックホールを、チリにあるアルマをはじめハワイ、南極など世界6カ所にある8台の電波望遠鏡で観測。その観測データを約2年かけて慎重に解析、その結果、ブラックホール周辺部のガスがリング状に輝き、中心が影のように暗くなっている画像が得られた。リングの直径は約1000億キロで、そこからM87の中心にあるブラックホールの質量は太陽の約65億倍だと算定できるという。(ブラックホールの境界のすぐ外側では、重力が強過ぎて降着円盤のガスは回転運動が維持できなくなって直接ブラックホールに落ち込むようになり、光り輝かなくなる。そのため、光り輝いているリングの内側の影の大きさはブラックホールそのものよりもかなり大きくなる。自転していない標準的なブラックホールの場合は、影の半径はシュヴァルツシルト半径の約3倍になるという。さらに同チームは、同時期に観測したデータから、2022年5月、地球から約27000光年離れた天の川銀河の中心にある太陽質量の400万倍のいて座A*のブラックホールの影を公開した。)
もうひとつ、重力波による観測があり、これはすでに成功をおさめている。一般相対性理論によれば、質量のある物体があるとその回りの空間がゆがむ(ゴム膜上に物を置くと、その物のある位置を中心にゴム膜がへこみ、ゆがむ)。空間がゆがんでいると、直進するはずの光も、その空間のゆがみに従って進むので、光が曲がるという現象が説明できる。次に、物体(天体)が動いている場合を考える。天体同士がぐるぐる互いの回りを回り合っている状態を、ゴム膜ないしはトランポリンの例で考える。ゴム膜(トランポリン)上で、 2人が手を取り合って互いに回り合いながらダンスをする。そうすると、 2人の動きに合わせてゴム膜のへこんでいく場所が次々に変わってゆき、 2人の動きはゴム膜の振動として遠くまで伝わっていく。すなわち、空間がゆがむだけでなく、ゆがんだ状態が振動して伝わっていく。これが重力波をゴム膜に例えた状況になる。動き回る(運動する)ことによって、重力波が伝わっている。空間のゆがみが水面の波紋のように遠くに伝わっていくと考えてよい。
このような現象をいちばん起こしやすい状況を考えてみると、ゴム膜をより多くへこませて激しく動き回る天体が、強い重力波を起こし、その振動が遠くまで伝わってゆき、重力波を検出しやすくなる。いちばんゴム膜をへこませる天体はブラックホール(質量ができるだけ大きく、体積ができるだけ小さいほうがよい。宇宙でその条件にもっともかなうのは、大量の質量が 1点に集中せる特異点=ブラックホール)。そして、とくにブラックホールとブラックホールのペアがもっとも強く重力波を出す。実際、ブラックホール同士が合体する直前には、ブラックホール同士は互いに 1秒間に数百回から数千回のスピードで回る。
次に、目に見えない重力波をどのようにして検出するのか?重力波は、空間のゆがみが伝わってくる現象。重力波が実際に地球に伝わってくると何が起こるかと言うと、地球上のあらゆる物が縦長になったり横長になったりの伸び縮みを繰り返す。例えば、東京で重力波を観測するとすると、南北方向の東京と北海道間の距離が伸びると同時に東西方向の東京と九州間の距離が縮む、次の瞬間にもとに戻る、次の瞬間には東京と北海道間の距離が縮むと同時に東京と九州間の距離が伸びる、次の瞬間にまたもとに戻る、というように、縦長・横長の振動を繰り返す。とはいっても、どれくらい伸び縮みするかというと、非常に遠くの銀河でブラックホール同士が合体する時に発生する重力波が地球に到着した場合、地球と太陽の距離が水素原子 1個分伸び縮みする。この微弱な伸び縮みを検出するのは難しい。
重力波望遠鏡は、原理的には、ある地点から直交する2方向に光(レーザー光)を同時に発し、それぞれ等距離離れた地点にある鏡で反射させて元の点に戻るまでの往復の時間を測り、その時間差から直交する2方向の距離の伸び縮みを測ろうとするものである。重力波が到達すると、ごくわずかだが、交互に一方の距離が伸び他方の距離が縮むを繰り返し、この微弱な変化をとらえようとするもので、非常に高精度の検出器でないと観測できない。しかしついに、アメリカのライゴ(LIGO)が、ブラックホール同士が合体する時の重力波を検出した。ただし、重力波は微弱で、観測結果からだけではどういう現象によって起こった重力波なのかを言うのは難しい。それで、予めコンピュータで何通りものシミュレーションをしておき、どのパターンに一番近いかというマッチングを行って、どういう現象によって起こった重力波かを割り出している。観測結果とシミュレーションの結果がとてもよく似ていることから起こった現象を特定しており、ここでもコンピュータシミュレーションは役立っている。
重力波観測装置は、日本でもかぐら(KAGRA)というプロジェクトがもうすぐ本格的に稼働する。アメリカとヨーロッパではすでに重力波観測装置は稼働しているが、もっとたくさんあったほうが良い。重力波観測の一番の弱点は、重力波源の方向が分かりにくいということ。重力波観測装置をたくさんつくって、複数(最低3個はあったほうが良い)の装置で重力波を観測すれば、その観測の時差で重力波がどの方向から来ているのか特定できる。
〔補足〕 ライゴ(LIGO: Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatory):アメリカの重力波望遠鏡。約3000km離れたルイジアナ州リビングストンとワシントン州ハンフォードの2か所に設置。基線長(光が発射される中心点からそれぞれの反射鏡までの距離) 4000メートルのレーザー干渉計により、重力波が到達した時に生じる、原子の大きさの10億分の1程度という極めてわずかな空間の伸縮をレーザー光の位相差としてとらえる。2015年9月、世界で初めて重力波の直接観測に成功。詳細な解析の結果、2016年2月に連星ブラックホールの合体に由来する重力波であることが発表された。2017年、同業績によりR.ワイス、B.バリッシュ、K.ソーンがノーベル物理学賞を受賞。
〔補足〕 かぐら(KAGRA: KAはkamioka、GRAは gravity, または gravitational wave からとった愛称): 岐阜県飛騨市、旧神岡鉱山内に建設された東京大学宇宙線研究所の重力波望遠鏡。重力波の直接的な検出を目的とし、2019年に本格観測を開始予定(実際は2020年2月25日、重力波観測のための連続運転が開始される)。地面振動が少なく温度・湿度が安定した鉱山内に基線長3000メートルのレーザー干渉計を設置し、さらにサファイアの光学素子と検出器を -253℃に冷却することで、検出精度の向上を図る。ブラックホールの形成、連星パルサーや連星ブラックホールの合体などを起源とする重力波の検出が期待されている。また、アメリカのLIGOなど他の重力波望遠鏡との同時観測により、重力波源の位置決定に寄与すると考えられている。(正式名は、大型低温重力波望遠鏡 LCGT: Large-scale Cryogenic Gravitational wave Telescope) (以上、いずれもデジタル大辞泉より)
今世紀のブラックホール天文学は、 x線などの電磁波を使った観測、重力波の観測、スーパーコンピュータによるシミュレーションなど、いろいろな方法で発展するだろう。
◆第4回【超巨大ブラックホールと宇宙の進化】
超巨大ブラックホールは、ブラックホール研究者はもちろん、星形成や銀河形成をテーマにしている研究者も巻き込んで、現代天文学最大の研究課題。
超巨大ブラックホール(あるいは大質量ブラックホールなどとも言う)は質量が桁違いに大きい。恒星質量ブラックホールは太陽の十倍から数十倍の質量だが、超巨大ブラックホールは太陽の百万倍から数千万倍、数億倍、最大級のものだと十億倍もの質量を持っている。そして、ほぼすべての銀河の中心に 1個だけ存在する。私たちの天の川銀河には、いて座の方向に太陽の約400万倍の質量の超巨大ブラックホールがある(超巨大ブラックホールとしては比較的小さい)。
●超巨大ブラックホールの観測の歴史
超巨大ブラックホールの観測の歴史は、1930年代までさかのぼる。もちろんその当時はブラックホールが存在するかどうかも分かっていなかったので、超巨大ブラックホールを発見したというのではなく、その痕跡を見ていたということ。アメリカの通信会社のベル研究所に入っていたジャンスキー(Karl Jansky: 1905〜1950年)は、アメリカとヨーロッパ間の無線通信をするために、どこにどういった雑音があるのかを調べた。そして、1932年、宇宙から来る電波を初めて検出した。これが、電波天文学の幕開け(これにちなんで、電波の強度の単位にジャンスキーが使われる)。
ジャンスキーが検出した宇宙からの電波は、ふつうに考えると太陽起源だろうと天文学者は考える(太陽も可視光線とともに弱い電波を出している)。しかしもし太陽が電波の雑音の正体であれば、太陽が地平線から上ると雑音が強くなり地平線から消えてゆくと雑音がおさまると考えられる。しかし、ジャンスキーの調査結果はそうではなかった。雑音が強くなる時に地平線から上って地平線から消えると雑音がおさまる、という天体は太陽ではなくいて座だった。いて座方向には天の川銀河の中心がある。つまり、太陽からではなくて、銀河の中心部からの電波のほうが強力だった。
これは、当時の天文学の常識を完全に打ち破っていた。私たちの銀河系には 1千億個の星々があり、その大半は銀河の中心部に集中している。だが太陽と比べるとあまりにも遠い。ごく近くにある1個の太陽と、すごく遠くにあるたくさんの星々についておおまかに計算すると、太陽から来る電波のほうが 1千万倍強くておかしくないという結論になる。にもかかわらず、銀河系の中心部から来る電波のほうが強かったということは、銀河系の中心にはなにか星々とは違う強力な電波を発するなぞの天体が潜んでいるということを意味する。当時はその正体はまだ分からなかった。
ジャンスキーの観測に興味を持ったのが、アマチュア天文家のレーバー(Grote Reber: 1911〜2002年)。彼は自分の家の裏庭に電波望遠鏡を自作し(1937年)、宇宙から来る電波を観測した。そうすると、ジャンスキーが見つけたいて座の方向から来る電波だけではなく、はくちょう座やカシオペア座の方向からも強い電波が来ることを発見した(1941〜43年)。レーバーはこの結果をアメリカの天文学会に報告する。常識とは違う結果であり、またアマチュアだということで、プロの天文学者がレーバーの望遠鏡を調べに来て、それが驚くべき性能だということが分かり、レーバーの観測は事実だと認められてアメリカの学会誌にちゃんと掲載された。にもかかわらず、この大発見にほとんどの天文学者は注目しなかった。ジャンスキーも、宇宙からの電波を検出したにもかかわらず、世界大戦が始まるかもしれないということで、無線の開発に進むよう指示されて、宇宙の研究はできなかった。こうして、1930年代に超巨大ブラックホールからの電波を人類は受け取っていたにもかかわらず、研究することもなくこのシグナルを見逃してしまった。
世界大戦のころに軍事レーダーに使われていた技術が戦後電波天文学に転用され、電波天文学は非常に高度な望遠鏡を持つことができるようになる。電波干渉計(小型の電波望遠鏡=アンテナを複数組み合わせて、それぞれのアンテナで受信した天体からの電波を重ね合わせ干渉させることで、単一のアンテナでは実現不可能な巨大な電波望遠鏡と等価な解像力を得る装置)という技術も発達し、高精度で宇宙からの電波を観測できるようになった。
●クエーサー
こうしてジャンスキーやレーバーが見つけた宇宙のなぞの電波源を詳しく観測できるようになり、その正体が徐徐に解明されていく。その1つは銀河で、ふつうの銀河よりも圧倒的に強い電波を出すので、ふつうの銀河と区別して「電波銀河」と言われる。さらに、なぞの深まった天体もある。それは、なぞの電波源クエーサーと呼ばれた。クエーサー Quasar は quasi-stellar の短縮形で、日本語では準恒星状天体と言われる。なぜ準恒星状かというと、電波銀河と違ってどんなに詳しく調べても点にしか写らない、点にしか写らないので星なのかと思わせるが、星とはまったく違った特徴も持っているから。これがなにものなのかが、1960年以降の天文学の大問題の1つとなる。
1963年、シュミット(Maarten Schmidt: 1929年〜。オランダの天文学者)が、このなぞの天体クーエサーの正体を見破る大発見をした。結論から言うと、シュミットはクエーサーというなぞの天体が人類史上もっとも遠方で輝く天体であるということを発見した。地球から銀河系中心までは27000光年、隣りのアントロメダ銀河までは250万光年。クエーサーにいたっては、例えばシュミットが観測した3C273と言われるクエーサーは25億光年、3C48と言われるクエーサーは45億光年。(3C273はおとめ座の方向にあり、その中心にあるとされる超巨大ブラックホールの質量は太陽の3億倍、超巨大ブラックホールの回りのガス雲の大きさは太陽系程度、その明るさは天の川銀河の百倍くらい。)
クエーサーがこれほど遠くにあるというシュミットの世紀の大発見を理解するために、 3つの重要なポイント(スペクトル線、赤方偏移、ハッブルの法則)を説明する。
スペクトル線:太陽の光をプリズムに通すと、赤から紫まで7色に分かれるが、よく見ると特定の波長の所に暗い線が現われる。これをスペクトル線と言う。天体によっては、暗い線(暗線)が現われるだけでなく、明るい線(輝線)が現われる場合もある。いずれにしろ重要なことは、特定の波長の所に線が現われるということで、この特定の波長の所に現われるスペクトル線は、それぞれの物質に特有の波長。例えば、水素だったら 656nm(バルマー系列の Hα線)、ヘリウムだったらいくら、炭素だったらいくら、酸素だったらいくら、鉄だったらいくらの所に線が現われるというように、物質が決まると波長が決まるという特性がある。このスペクトル線は天文学ではとても重要。というのは、スペクトル線を観ることでその天体の材料が分かるから。例えば、太陽がほとんど水素とヘリウムからできていることは、太陽の光を調べて水素の所とヘリウムの所にスペクトル線が現われることから、太陽が水素とヘリウムを持っていることが分かる。また、太陽のスペクトル線の詳しい観測から、(水素とヘリウムの量は多いが)物質の種類としては地球上にある物とほぼ同じ物でできていることが分かる。同様に、どんな種類の星であっても、光を調べてスペクトル線を見つけさへすれば、その星の材料が分かる。
赤方偏移:クエーサーがなぜなぞの天体だったかというと、スペクトル線があるべき場所に現われていなかったから。これをシンプルに解釈するなら、クエーサーは地球上の物質とはまったく異なる未知の物質でできているということになる。これでは、クエーサーだけ我々の宇宙とは違う物質があるということになり、SF的。これを解決したのがシュミット。シュミットは、ふつうの星のスペクトル線を波長の長い側(赤い側)にずうっとずらすと、クエーサーのスペクトル線と見事に重なることに気付いた。光が波長の長い側(赤い側)にずれる原因は、光のドップラー効果。光源=天体が我々に近付いて来ている場合はその天体の光は波長の短い側(青い側)にずれ、天体が遠ざかっている場合は波長の長い側(赤い側)にずれる(この場合が赤方偏移)。クエーサーの光がふつうの星の光よりも明らかに、圧倒的に波長の長い側にずれていたということは、クエーサーが超高速で地球から遠ざかっている天体だということを意味している。計算してみると、3C273と呼ばれるクエーサーは光速の16%の速度で、3c48と呼ばれるクエーサーは光速の37%もの速度で地球から遠ざかっていることが判明した。
〔補足〕赤方偏移の程度は、(伸びた波長)/(静止している時のもとの波長)で示され、 z と表記される。ふつう赤方偏移の程度 z と遠ざかる光源の速度 v は比例し、 z=v/c となる。しかしこの関係は遠ざかる光源速度 v が光速度 c に比べて十分に小さい場合のことであって、遠ざかる速度が光速度に向って増してゆくと、特殊相対論的効果によって z は 1 を越えて急激に増加していき、その関係は v/c=[(z+1)^2-1)/(z+1)^2+1)] で表される。この式から、例えば赤方偏移の程度 z が 0.5 の時は光速の約38%、 z が 1 の時は光速の60%、 z=2 の時は 80%、 z=5 の時は 94.6%、 z=9 の時は 98% の速度で遠ざかっていることになる。現在、 z=9(静止波長の10倍の波長)くらいまでのクエーサーが観測されている。
ハッブルの法則:さらに、宇宙が膨張しているということが知られていて、ハッブルの法則によれば、天体は地球から遠いほど高速で遠ざかる。これを上のクエーサーに適用すると、私たちが知っているあらゆる天体よりも速く遠ざかっているクエーサーは、もっとも遠方の天体だということになる。ハッブルの法則から大まかな距離が判明し、3C273は25億光年、3c48は45億光年かなたの天体ということになった。
〔補足〕ハッブルの法則で重要なハッブル定数としては、最近は 71km/s/mpc が用いられている。 mpc はメガパーセクで、1pc=3.26光年なので、1mpc=326万光年。すなわち、1mpc(=326万光年)当たり1秒間に71kmの割合で膨張しているということ。単純にこの割合で膨張するとして光速30万kmに達するのは、(300000km)×(3260000光年)÷71km≒137.7億光年となる。宇宙の大きさは約137.7億光年、宇宙年齢も約137.7億年ということになる。
クエーサーがはるか遠方にあるにもかかわらず強力な電波源として我々人類が観測できるということは、とても明るいということ。おおざっぱに見積もると、ふつうの銀河のおよそ百倍でクエーサーは輝いている。このクエーサーの明るさの源=エンジンの大きさもおおざっぱに見積られていて、銀河のサイズの百万分の1ということが分かる。銀河の大きさの百万分の1というとても小さい領域から銀河の明るさの百万倍の明るさを出せるという、これほど高率のよいエンジンは、ブラックホールの回りのガス円盤しか有り得ない。しかも、エネルギーが桁違いなので、はくちょう座X1のような恒星質量ブラックホールの回りのガス円盤ではパワーが足りず、超巨大ブラックホールの回りにあるガス円盤でないとクエーサーの莫大なエネルギーを説明できない。こうしてクエーサーの正体は、超巨大ブラックホールとそれを取り巻くガス円盤に違いないということになった。
さらに、その後の詳しい観測で、クエーサーも、エンジンである超巨大ブラックホールの回りに星々があることが分かってきて、どうやらその銀河の中心部分がものすごい明るさで光っていることが分かってきた。こうして、クエーサーをきっかけに、様々の銀河の中心部が詳しく調べられて、超巨大ブラックホールはほぼすべての銀河の中心に 1個だけあるということが判明してきた。
●超巨大ブラックホールはどうやってできるのか
超巨大ブラックホールがどうやってつくられたのかが、現代天文学の最大の問題の 1つ。恒星質量ブラックホールのでき方については、巨大な質量を持つ星が、その寿命の最後に大爆発を起こしてその中心部にできたものだろうと、(細かいことではまだいろいろ問題はあるが)大筋では分かっている。超巨大ブラックホールについては、多くの人が納得するような大筋のストーリーさへまだない。
ブラックホールは回りの物を吸い込んで質量が一方的に増えるばかりなので、恒星質量ブラックホールがどんどん物質を吸い込んで質量が増えればいつかは超巨大ブラックホールになるはずだが、このようなシナリオは、時間の問題で、うまく行かない。詳しい観測によれば、ブラックホールが吸い込むガスの量は1年当たり自分自身の質量の 1億分の1かそれ以下ということが分かっている。具体的に言うと、銀河の中心にある超巨大ブラックホールは1年間で太陽1個分のガスを吸い込んでいる。しかし太陽質量の10倍の恒星質量ブラックホールの場合には、太陽1個分のガスを吸い込むのに1千万年かかる。ブラックホールの質量が大きくなるに連れて吸い込むことのできるガスの量がどんどん(指数関数的に)増えていくので、ブラックホールの成長は最初はゆっくりで時間とともにどんどん速くなる。この方式で計算すると、太陽質量の10倍のブラックホールが太陽質量の10億倍の超巨大ブラックホールになるまでにかかる時間は、10億年余となる。しかし、この10億年という数には問題がある。宇宙年齢は138億年。最近の観測では、131億光年の遠方(宇宙が始まってから7億年の宇宙)にすでにクエーサー=超巨大ブラックホールがあることが分かった。理論的にはできるのに10億年はかかる超巨大ブラックホールが、観測では生まれてから7億年の宇宙に存在する、この矛盾が今の天文学の問題の1つ。
●この問題の打開策
エディントン限界:ブラックホールが1年間に吸い込める量が自分の質量の1億分の1というのは、あくまでも現在の観測で分かっていることであって、宇宙が生まれた初期のころにはもっともっと急速に回りの物を吸い込んでいた時期があったとも考えられる。しかし、そうは行かないという理論、エディントンの理論がある。ブラックホールがガスを吸い込む時に吸い込まれるガスは光るが、光は物に当たると物をおす効果がある(=放射圧)。当初ブラックホールが少しずつガスを吸い込んでいる状況では、吸い込まれるガスは光るがその光はまだまだ弱いので、光が外側におす力よりもブラックホールが内側に引く力のほうが強く、ガスはブラックホールに吸い込まれて成長する。もう少しブラックホールが吸い込むガスの量が増えると出す光の量も増えブラックホールの重力に対する光のおす効果が少し強まるが、まだ重力が勝っているのでブラックホールはガスを吸い込み成長を続ける。さらにどんどんブラックホールが吸い込むガスの量が増えると吸い込まれるガスが大量の光を出し、ついには光の外側への圧力と重力の内側に引く力とが拮抗するようになり、ブラックホールは物を吸い込めなくなる。光の力が重力を越えない限界線があり、これがエディントン限界。(エディントン限界はブラックホールの質量に比例し、太陽質量の10倍の恒星質量ブラックホールで1秒間に1.4×10の18乗g、10億倍の質量をもつ超巨大ブラックホールはその1億倍の1秒間に1.4×10の26乗g。)エディントン限界ぎりぎりの理想的な状況でブラックホールがガスを吸い込んでいたとして計算すると、太陽質量の10倍のブラックホールが超巨大ブラックホールに成長するのに8億年以上かかる。これは7億年には間に合わず、これでは超巨大ブラックホールを理論的につくることはできない。
合体説:ブラックホール同士の合体による成長。ブラックホール同士の合体は重力波の観測で証明されている。(2015年9月に初めて観測された重力波は、地球から約13億光年の距離にある太陽質量の36倍と29倍の2つのブラックホールが互いに渦を巻くように回転して衝突したときに発生した。衝突後に太陽質量の62倍のブラックホールができ、太陽質量3個分がエネルギーになったとされる。)コンピュータシミュレーションでも、ブラックホール同士が次々と合体していく様子が再現されている。ただ、超巨大ブラックホールができるまでには1億回もの衝突が起こらなければならず、現実には可能性は低い。今は1つの銀河で知られている恒星質量ブラックホールは数十個くらいだが、これはとても良い条件にあるブラックホールだけが観測されているためで、1つの銀河に1億個くらいブラックホールがある可能性は十分にある。ただ、空間に散在しているブラックホールが1点で次々と衝突していくのは、とても可能性は低い。
吸い込みの説:コンピュータシミュレーションで、ブラックホールの回りのガス円盤がどのようになっていくかを調べると、実はエディントンの限界の100倍以上の勢いでブラックホールがガスを吸い込むということが判明した。(
超大質量ブラックホールはいかにして作られたのか −定説を覆す急成長の謎にせまるでは、エディントン限界の少なくとも7千倍は速くブラックホールが成長し、超巨大ブラックホールができるまでの時間はわずか100万年ほどになるという。)エディントン限界は球対称で考えられていて、ブラックホールに落ちてくるガスとブラックホールの近くで発生した光が反対向きになって衝突することになっていた。しかし、実際のガス円盤ではそうとばかりは限らない。ブラックホールに向かってガスが渦巻き状に吸い込まれてゆき大量の光が発生するが、その光は上下方向などガスのない所に逃げてゆき、ブラックホールは光に邪魔されずに光をどんどん吸い込むことができる。しかも最近の観測で、エディントン限界を突破してガスを吸い込んでいるブラックホールがありそうだということも分かってきた。超高光度X線源(ULX: Ultra Luminous X-ray Sources)というなぞの天体で、太陽の100万倍から1千万倍の明るさで輝き、エディントン限界の最低10倍、あるいは100倍以上の勢でガスが吸い込まれているのではと見積もられている。こうしてコンピュータシミュレーションによって、エディントン限界は本当の限界ではなく、ブラックホールは急激に質量を増し得ることが分かった。ただし、このシミュレーションでは、ブラックホールの比較的近くに大量の物質がずうっと集まり続けていてガスが供給されればという話で、実際には、ブラックホールの近くまでどうやってガスを集め続けることができるかが大問題。合体説同様、有力な説の1つだが決定打に欠ける状況。
スタート地点を変える:超巨大ブラックホールのスタート地点として恒星質量ブラックホールを使う必要はないのではないか。スタート地点のブラックホールは最初からより大きかったのではないか。最近の星形成論では、現在の宇宙でどんな星が誕生するかばかりでなく、生まれたばかりの宇宙でどういう星が誕生するかということも徐々に分かってきている。現在の宇宙では太陽と同程度か少し重いくらいの星が生まれやすい環境になっているが、生まれたての宇宙では太陽の数十倍から百倍のような大質量の星が生まれやすい環境だったことが分かってきた。中には、太陽質量の数万倍から数十万倍の非常に大きな星が生まれる可能性も指摘されている。このような星が進化すると、太陽質量の数万倍もあるブラックホールがいきなり生まれることも示唆されるようになった。太陽質量の数万倍から数十万倍のブラックホールがスタート地点になれば、ゴールまでだいぶ近くなり、これも超巨大ブラックホールの形成を解決する有力な手がかりとして天文学者は注目している。ただこれも、太陽質量の十万倍くらいから、1億倍や10億倍もある超巨大ブラックホールに至るには、大量の質量を吸い込むか、たくさんのブラックホールが合体しなくてはならず、その道筋はまだ明らかにされていない。
●超巨大ブラックホールのもう 1つのなぞ
超巨大ブラックホールは銀河の中心に1個あり、中心の超巨大ブラックホールの質量とその銀河の質量にはきれいな比例関係がある。観測的には、超巨大ブラックホールの質量は銀河の質量の千分の1くらい(この値はもう少し小さいように思う)。この比例関係はごく自然のようにも思われるが、超巨大ブラックホールと銀河はいわば他人のようなもの。超巨大ブラックホールは銀河に比べてとても小さく、超巨大ブラックホールの重力の及ぶ範囲は銀河中心部のごくごく限られた領域(たぶん1光年前後)。天の川銀河の中心にも超巨大ブラックホールはあるが、太陽や地球にはなんの影響もない。銀河とその中心部にある超巨大ブラックホールの質量の比がほぼ一定している必要はまったくない。天文学者にとっては、かえってばらばらなほうが自然な感じ。銀河全体の質量に比べて超巨大ブラックホールは小さ過ぎ、超巨大ブラックホールの重力の及ぶ範囲は狭くて、銀河全体の進化に影響を及ぼすことは有り得ない。
1つの可能性として考えられているのが、ジェット。ブラックホールの回りのガス円盤からは、状況にもよるが、吸い込みきれなかったガスが上下方向に2本の筋、ジェットとして噴き出している。銀河の中心で超強力なジェットが噴き出したら何が起こるかを考える。銀河の中心で発生したジェットは、銀河の中のガスを押し退けて銀河の外に飛び出していくので、その時に銀河のガスや星々に大きな影響を与えた可能性が考えられる。コンピュータシミュレーションでジェットが銀河の中を突き抜けていく様子を調べると、可能性は 2つある。ジェット=すごい風が噴き抜けていくときに、物質が押されて固まる可能性がある。このときは、密度が上がり星ができやすくなるので、これは星形成、銀河の進化を助ける効果になる。一方で、ジェットの勢いが強過ぎると、星の材料であるガスの多くを外に噴き飛ばしてしまうかも知れない。これは星形成を妨げるので、銀河の進化を邪魔する効果になる。どちらが効くかはまだ分かっていない。
●この先の宇宙にブラックホールはどんな影響を与えるのだろうか
ブラックホールに吸い込まれた物は2度と出て来られないので、ブラックホールの中に吸い込まれる物質量は増え続ける。つまり、ブラックホールの質量は時間が経てば経つほど増え続ける。ずうっと先のいつかは、地球も太陽も、宇宙の物質はすべてブラックホールの中に吸い込まれ、宇宙はブラックホールだらけになる。
ただし、これで終わりではない。ホーキング(1942〜2018年)は、1974年、ブラックホールは吸い込むだけではなくて、ほんの僅かの量だがエネルギーを出すことができ(事象の地平面付近で、真空のゆらぎによって粒子・反粒子の対生成が発生して、その半分は事象の地平面内へ、もう半分は事象の地平面外へと放出される)、それによってブラックホールの質量はごく僅かずつ減ってゆき、非常な長時間をかけてブラックホールは消滅するだろうということを予言した。ホーキング放射と呼ばれる現象。実験的には確認されてはいないが、かなり有力な説だと考えられている。これによって、ブラックホールだらけの宇宙は、とてつもない時間が経つと、ホーキング放射によって、まず小さな質量のブラックホールから、より大きな質量のブラックホール、最後には超巨大ブラックホールも消滅する。
こうして宇宙は、ホーキング放射、および現在の宇宙も満たしている3Kの宇宙背景放射の2つだけが、空間を満たすだけの宇宙になるだろうと考えられている。宇宙は膨張を続けるので、もう物質同士が出合って重力で集まって新しい天体が生まれるというようなことは起こらない。ホーキング放射と背景放射だけがただよう宇宙。新しい活動が起こらないので、これを天文学者は宇宙の熱的死と呼ぶ。ただ、ホーキング放射の時間は途方もなく長くて、ホーキングの理論に基けば、
太陽質量の10倍の恒星質量ブラックホールが消滅するのに10の70乗年、(蒸発時間はブラックホールの質量の3乗に比例するので)太陽質量の1億倍の超巨大ブラックホールの場合は10の91乗年かけて消滅する。
(2019年1月20日)