わかりやすい教科書製作を目指して ―触図を中心に―

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 11月10日、大阪で、教科書点訳連絡会主催の展示会とセミナーが行われました。
  教科書点訳連絡会は、2005年1月、一般校で学ぶ視覚障害児童生徒が使用する点字教科書の製作供給の確立や情報の共有などを目的に、全国の視覚障害者情報提供施設、点字出版施設、点訳ボランティア団体などが集まって発足、2006年8月NPO法人となり、現在約20団体が参加している組織です。これまで毎年数回のセミナーなどを開いてきましたが、今回はセミナーとともに各種の教科書の展示会も行われました。
  展示会には、各点字出版所から出ている盲学校用に編集された点字教科書、地域の点訳ボランティアグループ等が製作した一般校に通っている見えない子どもたちのための点字教科書、弱視児のための拡大教科書、さらには聴覚障害あるいは読字障害等発達障害の子どもたちに利用されはじめているマルチデイジー教科書と、最近の特別支援教育の流れを反映しているのでしょうか、色々な形式の教科書が展示されました。私は盲学校用の教科書の所で説明することになっていて、各地で点訳しているボランティアの方々とは話ができてよかったのですが、残念ながらマルチデイジー教科書等にはまったくふれることはできませんでした。
  一般校に在籍している視覚障害の児童生徒の中では全盲児に比べて弱視児が圧倒的に多く(昨年度教科書の無償給与を受けた者は、全盲児45人、弱視児600人余)、さらにこれに発達障害等で普通の教科書が適さないであろう子どもたちも加えれば、その数は膨大なものになるでしょうから、点字教科書に限らず多種の形式の教科書についての今回の展示会とセミナーの意義は大きかったと言っていいでしょう。

 以下、当日午後のセミナー「地域の学校で学ぶ児童・生徒のニーズに応える」のプログラムです。
パネルディスカッション「点字教科書製作の現状と課題」
  (1) 「点字教科書供給体制の充実を目指して ― 大阪府立高校の取り組みと点字教科書や学内試験の充実」 (高橋世貴子: 教科書点訳の会事務局)
  (2) 「触読者の立場として:点字教科書製作に思うこと ― 学校、本人、保護者のニーズ調整から見えてくるもの」 (奥野真里: 名古屋盲人情報文化センター)
  (3) 「わかりやすい教科書製作を目指して ― 触図を中心に」 (小原二三夫: 日本ライトハウス盲人情報文化センター)
展示会での交流
講演「拡大教科書製作の現状と課題〜教科書バリアフリー法推進活動の提案」 (宇野和博: 筑波大学付属視覚特別支援学校)
フリートーク(司会:野々村好三)「視覚障害児童・生徒のニーズに応える点字教科書製作の取り組み」

 高橋さんは、20数年もの長期間、府教委を通じて依頼される府立高校に在籍する点字使用者の教材の点訳に関わってこられました。自身点訳をするとともに、各地域で活動しているボランティアに点訳を依頼・調整し、また理数・英語・古典・触図等専門点訳の勉強会を企画、さらに情報提供も続けてこられました。ボランティアがこのような点訳を主に担い続けていくことの困難さや悩みについても率直に語られていましたが、その実績(多い年には年間3万ページくらいの点訳)には敬服するばかりです。
  自身全盲の奥野さんは、全盲児の点字指導(英語の略字や触図もふくむ)から、本人・学校(教員や友達もふくめて)・保護者・支援者との連携・調整をしながら教科書の製作に関わるという、トータルな活動をされています(私は教科書製作だけに関わっている)。本人・学校・保護者が視覚障害を理解しうまく対応できるようにするために、視覚障害当事者が中心的役割を果しているケースとして、高く評価されるべきものと思います。
  宇野先生の講演では、拡大教科書を中心に、音声教科書、さらには将来の電子教科書の現状や可能性について述べられ、それらの教科書の保障を目指して提案しているいわゆる教科書バリアフリー法(案)について詳しい説明がありました。このバリアフリー法案に、「one source, multi use」の原則が盛り込まれていないことにたいして、フリートークで数人から疑問ないし異論が呈されていました。
  フリートークでの話の中心は、拡大文字とマルチデイジーの教科書になりました。このような場合、基本となるデータが各出版社から提供されれば、それを各障害に適したメディアに変換することで大部分作業としては終わるのかもしれませんが、とくに理数系など図の多い教科の点訳では、単純な変換だけでは無理で、人の手による専門的な編集がどうしても必要になります。点訳に携わっている者としては、少し物足りなさを感じました。

 以下は、私の報告内容です。15分くらいの時間でしたので、実際の報告では一部割愛しました。

1 はじめに
  盲学校用の点字教科書では、学習内容の一部について、全盲児に不向きな物については、別の物に置き換えるなどしている。一般校で使われる教科書の点訳では、そのような内容の変更は原則としてできない。それだけに、全盲児に不向きな学習内容(例えば、見取図を描くとか、顕微鏡の詳しい使い方や調節の仕方など)については、とくに配慮が必要となる。
○直方体の見取図の点図: 上は普通の見取図、下は触って理解しやすい展開図風の見取図。実際の教育では、まず実物の直方体をよく触り、それから展開図風の見取図、普通の見取図の順に触っていくのが良い。

 さらに、
@視覚と触覚の違い(継時的で、全体を理解するのに時間がかかる等)、
A学齢段階における見える子と見えない子の図の理解力やイメージ力の圧倒的な差(見えない子はせいぜい簡単な図形の輪郭をたどれるくらい。ただし、指で輪郭をたどれたとしても全体の形を把握できているかどうかは分からない)、
等も十分に考慮しなければならない。
  また、とくに低学年の場合は、点字教科書により、学習内容だけでなく、点字や触図を読み取る力を身につけ習熟することも期待される。

2 とくに低学年の教科書で配慮していること

●ページ単位の編集: 内容のまとまりごとに、できるだけページを替え、またページに収まるようにする。

●図は、単純化した同じようなものを繰り返し触れるようにする: 繰り返し触ることで、典型的な物についてのイメージが頭の中に定着する。

●横書きの図はできるだけ避ける: 一見横書きのほうが描きやすそうに見えても、縦書きで描けるかどうか考えてみる

●図は不必要に拡大しない: 低学年では、手そのものが小さく、また手の動かし方にも慣れていないので、掌サイズ以上になると全体像が把握しにくくなる。

3 触図化する時のポイント
  (以下の4つは、相互に関連している)

●単純化: 内容上たいして関係ない部分は思い切って簡略化する、輪郭の細かい部分は必要なければ省略する、等

●典型的であること: 似たような図・写真がいくつかある時もっとも特徴がはっきりしている典型的な物を触図化する、その物の特徴がもっともよく表われるような方向から見た図を描く(対称、とくに左右対称の形が分かりやすい)
  *理科の教科書などで、本文と、問題ないし学習のまとめなどで類似の図がある場合、触図ではできるだけ同じ図として作成する(そのほうが問題が解きやすい)

●特徴的であること: 他の物との違いがよくわかるような特徴を触ってはっきり分かるようにする

●クリアであること: 輪郭線、領域の境界、点字と図の線や点などが、触ってはっきり分かるようにする

*1 点訳者も、自分たちの作った触図をできるだけ触って確認するようにする。
*2 触図としては、点図だけに限らず、立体コピーや、ときには手作りの物も作る(とくに低学年では、触った時の分かりやすさを第一に考えて、点図以外の触図化の方法も考えてほしい)。

◆図中の省略や補足
  とくに理科・数学的な図では、その図が何をもっとも伝えたいのかをよく吟味し、その伝えたい意味に即して、図の一部を省略したり、加工したり、強調したり、補助線を引いたり、さらに図中に補足的な言葉を入れたりすることも必要。
*この場合、本文をよく読んで図の伝えたい意味を把握することはもちろん、それでもよく分からない場合はできるだけ参考書などで調べて意味のはっきりした触図にして欲しい。

 地図では、描き込まれている多くの要素の中から本文との関係で必要と思われる物だけを記したり、複雑な海岸線などを単純化して示したほうが良い場合がある。また逆に、視覚では例えば全体的な配置や海岸線を見ただけですぐにそれがどの地域なのか分かるが、触覚では分かるまでに時間がかかることが多いので、手掛りとなるような地名(海洋・大陸・国名など)を入れたほうが良い場合がある。
*地図は場合によって様々な図法で描かれ、同じ地域の輪郭も図法によって異なってくる。触図では東西南北が直行する描き方(メルカトル図法)がもっとも分かりやすいとされているので、可能ならばこのような図法に直して描いたほうが良い。また、例えば日本列島などは図版へのおさまりの関係からしばしば上下と南北方向がずれた向きで描かれているが、触図では北を示す矢印を入れたり、とくに低学年の場合は大きな図版にして上下と南北方向を一致させるといった配慮が必要である。

◆立体図
  斜めから見た投影図や見取図はできるだけ避け、上から見た図、横から見た図、断面図、展開図、またはそれらの組み合わせで示すようにする。
  数学では平面図と立面図で示すのが良い(この場合、平面図と立面図で対応する点を補助線で結ぶとより分かりやすくなる)。また、理科では横断面と縦断面で示すと分かりやすい場合がある。
*1 立体的に描かれている図を、横から見た図と上から見た図などのセットで理解できるようになるためには、頭の中で空間的に図を組み立てイメージする力が必要になる。このような方法で立体物を理解できるようになるのは、少なくとも小学高学年以上。具体的な物を触図化する場合は、その物の特徴がもっともよく現われる方向から見田図(例えば、昆虫ならば真上から見た図、四足動物なら真横から見た図)として描くと良い。
*2 見取図を触って分かりやすく表現するには、見取図で示されている各面(例えば直方体では上面・手前の面・右の面の3面)を平面に広げた展開図として示すと良い。

4 今後への期待

●A4判の教科書
  A4判のほうが、触図を描くにも、理科や数学の数式を書くにも、都合が良い。

●触る教材の充実
  とくに低学年では、実物を主にし、触図は実物とのセットで使うようにしてほしい。触ることはまた、生徒の能動性・積極性を引き出すことにもなる。
  市販品の利用: 浮出しの地図、模型、組立てキットなど。手作りしても良い。
  盲学校との連携: 触る教材の貸出

○触る教材の例として、金印(福岡県志賀島発見の物の模造品)とアンモナイトの生態模型を用意

〔参考〕 エーデルを中心とした触図作成について詳しく知りたい方は、次のページを参照してください。
  http://www5c.biglobe.ne.jp/~obara/kouen/kouen4.htm

(2007年11月12日)