桜井記念視覚障がい者のための手でみる博物館

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 8月16日、盛岡で7月に開館した「桜井記念視覚障がい者のための手でみる博物館」に行きました。この博物館は、岩手県立盲学校の元理療科教諭の桜井政太郎さんが、1981年に自宅で開設した「手で見る博物館」を引き継いだものです。手で見る博物館は、3千点にもおよぶという豊富な資料と桜井先生の名解説で見えない人たちの間では有名な博物館でしたが、私はこれまで一度も行ったことがありませんでした。
 30年にもわたって、自宅で私費を投じて、見学者の案内や解説を奥様の手もかりながら1人でやってこられたわけですが、体調のこともあり昨年末に閉館のやむなきにいたったようです。しかし、多くの貴重な資料、そして見えない人たちに直接資料に触ってもらってしっかりした知識を身に付けてほしいという桜井先生の思いをなんとか継承してほしいという声があちこちから寄せられ、そうした声に応えて、盲学校の元同僚の川又正人さん一家が博物館を引き継ぐことになりました。川又さんは神奈川県在住ですが、将来は盛岡市に住みたいと市の南部に大きな 2階建ての家を購入、その 2階部分を博物館として使っています。
 盛岡駅に着くと、川又若菜さん、桜井先生、それに川又さんのお母様が車で迎えに来てくれていました。車で10分余くらいで到着、広い屋敷のようです。早速 2階へ、川又さんに案内してもらいながら主に桜井先生の解説でいろいろな展示品に次々と触れました。
 大きく「宇宙」「生命」「文化」それに「世界一」のコーナーに分かれていて、全体で50坪ほどの広さになるということです。
 
 「宇宙」のコーナーでは、太陽系の10億分の1の模型があります。太陽は直径1メートル40cm近くの大きな風船、地球は1cm余の球といった感じです。土星の模型には環も付いていました。桜井先生は、直径1cm余の地球と直径3mm余の月が長さ38cmの細い棒でつながった物を持ち出し、日食や月食がどうして起こるかについて熱心に説明してくれました。要点は、(月の大きさ):(太陽の大きさ(≒(地球と月との距離):(地球と太陽との距離)≒400 ということです。月の満ち欠けなどを説明する模型もあればと思いました。
 
 「生命」のコーナーには、数多くの動物の模型や剥製類などがあります。私が触ったのは主にサメ類やクジラ類でした。サメ類では、ヨシキリザメ、シュモクザメ、ジンベイザメ、ホオジロザメに触りました。「鮫肌」と言いますが、確かにサメの表面を頭から尾に向って触るとさらあっとした感じですが、尾から頭の方向に触るとざらざらあと引っかかる感じです。シュモクザメは、その「撞木」という名の通り、頭が両側に突き出していて、さらにその両側に目がありました。クジラ類では、シロイルカ、マッコウクジラ(これらはハクジラ類)、ザトウクジラ、コククジラ(これらはヒゲクジラ類)に触れました。マッコウクジラの第1頚椎と第3頚椎、肩甲骨と上腕骨、腰椎、下顎骨に触れましたが、ほんとにどれも大きいです(下顎骨は3.5メートルくらいはあったと思います)。ヒゲクジラ類の上顎のひげ板にも触りましたが、これは素晴らしかったです。細長い三角形状の板が多数重なり並んでいて(200枚くらい並んでいるとのことです)、その表面には強靭なひげがきれいに生えています。これで、大量の水の中からプランクトンや小魚を漉し取っているわけです。その他にも多くの剥製類があっあったようですが、私の希望で次の文化のコーナーに移りました。
 
 「文化」のコーナーは、「文明・文化の作り出した物」ということで、いろいろな建物や世界遺産の模型、人物の像や彫刻類など、これまた多くの展示品がありました。
 有名な建物や世界遺産としては、東京タワー、京都タワー、姫路城、法隆寺の金銅、正倉院、寝殿造、金色堂、金閣寺、銀閣寺、エッフェル塔、ガウディのサグラダファミリア(スペイン)、トルコ・イスタンブールのアヤソフィアとブルーモスク(スルタンアフメト・モスク)、カッパドキアの岩窟群、パルテノン神殿、ピサの斜塔、中国の黄鶴楼、インドのタージマハル(シャージャハーンが妃のために建てた廟。中央にドーム、周りにミナレットがあり、どこから見ても対照的な形)、アンコールワット、メキシコのテオティワカンなどに触りました。しかしあまりに数が多く今となってはあまり記憶はありません。その中で印象にとくに残っているのは正倉院と寝殿造の模型です。
 正倉院の模型は20cm余と小さなものでしたが、高床式になっていて、上の建物部分は三つの部屋に分かれ、外壁は細い三角の棒をいくつも重ねて作られていました。これが校倉造と言われるものだとのことで、桜井先生は、湿度が高くなるとこの三角材が水を含んで膨張して中に湿気を入れず、また乾燥してくると木材が縮んで隙間ができて風通しをよくして保存のためになっていると説明してくれましたが、調べてみるとこれはちょっと無理な説明のようです(上の屋根の重さが常にかかっているため)。また、寝殿造の模型は、幅1メートル余、長さ150cm余ほどもある大きなものでした。やや北中央に南に面して寝殿(回りは高欄になっている)があり、寝殿の東と西には東対(ひがしのたい)と西対(西のたい)があって、それらは渡り廊下のようなので結ばれています。東対と西対からは南に向って廊下が続き、その先にはそれぞれ釣殿(つりどの)があります。寝殿の前は庭になっていて、築山や中島があり、東から南西にかけてゆるく曲がった流れ(曲水)もありました。寝殿造の雰囲気が本当によく分かりました。
 彫刻などとしては、自由の女神(右手に松明を掲げ、左手に独立宣言書を持つ。台座もその上の像も50メートル近くあるとか)、ミケランジェロの「嘆きのピエタ」(十字架上の磔刑で死んだイエスを抱くマリア。イエスの右手が垂れ下がっていた)、人魚姫、モアイ像、スフィンクス(額にコブラらしき物があるらしいとのことでしたがよく分からなかった)、弥勒菩薩(半跏思惟像を連想させる)、阿修羅増、奈良の大仏、鎌倉の大仏、さらには殷の時代の饕餮文の酒壺などもありました。
 人物などの像としては、シーザーの胸像、鑑真和上像、ツタンカーメンの像?などがありました。ツタンカーメンのミイラは三重の棺に入っていたということで、そのもっとも内側の人型の棺の模型です。ツタンカーメンの額には左にハゲワシ、右にコブラがあるとのことです(触ってはそれらしき物があるのがわかる程度)。ハゲワシは上エジプトを、コブラは下エジプトを象徴しており、ツタンカーメン王が全エジプトを支配していることを表わしているようです。また、左腕と右腕は交差していてそれぞれ何かを持っていますが、左手に持っているのは牧童の杖で牧畜ないしは王権を象徴し、右手に持っているのはからさお(唐棹、殻竿。たたいて麦など穀物を脱穀する)で農業を象徴しているとのことです。
 
 最後に「世界一」のコーナーですが、もうあまり時間がなかったのでちょっと見ただけです。大きさなどとにかく世界一と思われる物が集められていて、巻貝の最大種アラフラオオニシ、カニの最大種タカアシガニ、亀の最大種オサガメ(長さ150cm余くらいもあり、背に縦に7本の筋が走っていて、前脚は鰭のようになっている)、シカの最大種ヘラジカの角などに触りました。その他にも、タラバガニ(「カニ」という名ですが、蟹の種類ではなくヤドカリの仲間だそうです。触ってみると脚が 3対とハサミが 1対、一番後ろの脚はとても小さくて甲羅の中に隠れているとのこと)などいろいろ変ったものもあるようでした。
 
 なにしろ展示品の数は 3千点くらいというのですから、私が触ったのはそのごくごく一部だけなわけです。それでも数が多くてそれぞれの印象はあまり残っていません。機会があればまたぜひ行ってみなくてはなりません。
 桜井先生によれば、見えない人たちの中にはほんとうに触ってくれない人がいる、なんとかそういう人たちにこそ触ること、触って知ることの素晴らしさを知ってほしいと、何度も繰り返していました。また、たとえ実物や模型がなくても、盲学校では先生が生徒に言葉で説明しつつ、対面で生徒の手を取り動かして平面の形や立体の形を示すと良い、そうするだけでもかなり効果があるはずだと強調されていました。再出発した「桜井記念視覚障がい者のための手でみる博物館」が、桜井先生の思いを基本にしつつ、川又さんたちの力で発展することを願っています。
 
*この博物館の見学は、すべて予約制(電話:019-624-1133)で、対象者は視覚障害者あるいはその関係者に限られます。
 
(2011年9月13日)