触知の方法について―インタビューに基づく考察―
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このインタビューを思い立った直接のきっかけは、ボランティアを対象に「触覚を通じて見た世界」というテーマで話すよう依頼されたからである。このような調査の必要性については以前から感じており、この機会になんとか具体化しようと思ったのである。
私は、日々の仕事の中で点訳ボランティアから活字の本に出てくる表や図をどのように処理したら良いのかについていろいろな相談を受ける。どんな時どの程度省略して良いのか、表や図に付ける説明文の内容や書き方、表のレイアウト、どんな図にすれば良いのか、こんな図で理解してもらえるのか、等々さまざまな質問を受ける。そういう質問にたいして、〈私にとって理解しやすい形としては〉という条件付きでなら十分答えることはできるが、でははたして他の見えない人の場合はどうなのだろうかとなると、あまり確実なことは言えない。もちろん、これまでの経験から他の見えない人の場合についてもある程度は類推はできることもあるが、本当にそうなのかと言われると、はっきりした根拠に基づいた答えはなにもできない。そういう訳で、以前から、色々な背景を持つ見えない人たち(主に点字使用者)が点訳された表や図をどのように触知し、また理解しているのかについて、できるだけ具体的に知りたいと思っていた。
しかし、このようなテーマは、広がりの点でも深さの点でもまさに大テーマである。とりあえず私にできる事は何かを考え、今回のインタビューを企画し実施した。大テーマからすればごく初歩的で部分的なものではあるが、点字の読み方、触図の理解、立体的な物の認知等についての考察のひとつの出発点となればと願っている。
この調査は、一般にスタンダードな科学的研究の基本とされる〈客観的な観察〉に基づくものとは大きく異なっている。それは、ひとつには私がとりあえず1人でできるやり方を採ったという技術的な理由にも依るが、より重要なことは、これまで幾度か調査やインタビューを受けてきた私自身の経験から考えても、調査は被調査者にもできることなら何らかの得るところ・メリットをもたらすべきものでなければとの願いを少しでも実践したいと思ったからである。理想論ではあるが、調査者(研究者)と被調査者(素人)との垣根を超え、いわば〈共同作業・共同構築〉的な調査・研究にできればなどとも考えた。
以上のような考えの下に、手の動きなど当然見える人による観察のほうが正確だと思われる事もふくめ、すべて被調査者による〈言葉による表現〉を引き出すインタビュー方式を採った。
図や立体を触った時の手の動きやそのイメージ化など、普段は十分意識することのない事を言葉による表現で示すことは、それ自体〈自己省察・自己反省〉的行為であると言える。それは、しばしばかなりの心理的ストレスを伴う作業であろう。しかし、このような言語化を通じた対象化によって、互いに自分のやり方を他と比較したり、あるいは意図的に別のやり方を試みる基礎が与えられると考える。
また、この調査を実施している私自身も、関連分野(例えば触覚や認知など)についてとくに専門的な勉強をした訳ではなく、他の被調査者とできるだけ同じ立場で(被調査者の1人として)質問に答えた。さらに、インタビューの時(あるいはその後で)各被調査者が互いに他の人の回等を知ることができるよう配慮した。
このような過程を通して、私ばかりでなく他の被調査者も、それぞれの立場で、自分の普段のやり方を再確認するとともに、より有効かもしれない別のやり方について広い視野で考えまた試みるようになればと望んでいる。
インタビューの対象者は、点字の常用者で点字に熟達している者に限定した。このような人たちは点字を読み得る見えない人たちの中では小数派である。にもかかわらず、対象者をこのように限定したのは、まず第1に、私自身とある程度類似性のある人たち(少なくとも10代までに失明し、点字を10年以上は使っている人たち)のほうが、その言葉による表現の内容を解釈し吟味するさいに大きな間違いを犯さないだろうと思ったからである。さらに、そういう人たちのほうが、ある程度自分なりに確立された方法を提示し得るだろうし、またそういう方法には、点字や触図や立体の効率的な見方についてより有益な示唆があるのではないかとも思った(この点についての確かさについてはあまり自身はなかった)。
インタビューの主な目的としては、次の4つを考えた。
@点字を効率的に読む方法
A触図(平面図)の触知の方法およびその理解とイメージ化
B立体的な物の触知の方法およびその理解とイメージ化
C視覚経験と上記@ABとの関連
@についてはとくに素材は用意しなかったが、必要に応じて実際に点字を読んでもらいながら答えていただいた。
Aについては3点、Bについては2点の素材を用意し、実際に触ってもらいながら、その時の手の動きや理解の仕方・イメージ化について答えていただいた。
素材としては、触知するさいの時間や集中力も考慮して、できるだけ簡単な、負担にならないだろうと思う物を用意した。
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これは、別掲の「インタビューの内容(テーマ別)」を簡潔に要約したものである。
第1回(A,B,C)、第2回(D)、第3回(E)の3回に分けて行なった。Oは私自身である。
2.1 プロフィール
●表1(1.1から 1.4までのまとめ)
性別 年代 現在の視力 失明時期 視覚経験(の記憶)*
(光 色 形 景色)
A 男 40代 両眼とも0 小学高学年 ○ × ○ △
B 女 40代 両眼とも0 中学2年 ○ ○ ○ ○
C 女 30代 両眼とも0 生後すぐ × × × ×
D 女 20代 両眼とも0 3歳半 ○ ○ × ×
E 女 未解答 右眼指数弁 生後半年 ○ ○ △ ×
O 男 40代 両眼とも0 小学ころ ○ △ × ×
* 視力は、Aは0.08、Bは0.4、Dは指数弁、Eは2歳直前まで正常、Oは手動弁ないし光覚弁
2.2 点字について
●表2(2.1から 2.3までのまとめ)
(注)「時期」は点字を習い始めた時期、「読み速度」は黙読で1分間当たり
時期 読み速度 両手の使い方*1 点字指導
A 9歳 わからない 行の左半分は左、右半分は右 現在のような読み方
B 9歳 わからない 左で次行頭を確認 両手読み?
C 6歳 わからない 一部同時並行読み ?
D 6歳*2 1頁以上 左は次行頭で待機 両手読み、姿勢
E 6歳 1頁半近く 左は次行頭の数文字読む 左手読み
O 6歳 1頁半 一部同時並行読み ?
*1 読みは、Aは左手優位、その他の5人は右手優位
*2 それ以前に点字に触れたことがある
2.3 触図について
2.3.1アサギマダラ
[点訳グループ「麦」が制作した『新訂図解動物観察事典』中の図。図の上部には、「アサギマダラ」というタイトルと、「頭を上にし、左右対称に翅を広げた図」という説明文がある]
(注)「イメージ化」は、図から手を離した時頭に残るイメージ
A 触知の仕方:視覚的な蝶の図に合せて触知。左右の対称な部分を左右のそれぞれの手で触ることもあるが、多くは両手は近い所を触っている。
イメージ化:輪郭のはっきりした視覚的イメージ
B 触知の仕方:左上に両手を置き、左手を固定して右人差指で外形をたどり、その跡を頭に描く。視覚的な図を参考にする。
イメージ化:色の濃淡までふくむはっきりした視覚的イメージ
C 触知の仕方:中央部を両手で触り、右側は右手、左側は左手で触る。
イメージ化:ぼんやりとした外形
D 触知の仕方:まず概形を触る。図の左・右を左手・右手の対称的な運動で面的に把える。
イメージ化:輪郭のはっきりした(面的な)形
E 触知の仕方:中央に両手を置き、左右の対応する同じ所を触るように左・右手を運動させて外形をたどる。予め持っている蝶の形のイメージを参考にする。
イメージ化:外形を再現できるほどはっきりしたイメージ
O 概形を触る。図の左側からそれぞれの部分を、両手を反対方向に動かす運動で外形を順番に確認して行く。
イメージ化:ぼんやりとした輪郭
2.3.2 アゲハチョウ
[『新訂図解動物観察事典』中の図。図の上部には、「アゲハチョウ」というタイトルと、「夏型、春型のアゲハチョウの胴体と左の翅を示し、右の翅は省略」という説明文がある。それぞれの図の上部に「夏型」「春型」とあり、頭を上にして左右に並んでいる。夏型のほうが大きい。]
(注)「イメージ化」は、図で欠けている部分のイメージ化
A 触った感想:蝶を千切っているよう。大きさの違いが分かるくらい。図製作者の意図が分からない。
イメージ化:欠けている部分を想像することは、したくない。
B 触った感想:実際の姿を描いた図としてはとても不自然。大きさの違い、翅の形の違いは分かる。
イメージ化:想像はできる。
C 触った感想:バランスが良くない。大きさの違いは分かる。
イメージ化:左右対称のはずなので、想像はできる。
D 触った感じ:良く似ている。翅の形・模様の違い、大きさの違いに気付く。
イメージ化:蝶は対称的なので、右側部分を加えてイメージする。
E 触った感想:大きさの違いに気付く。
イメージ化:左側の翅を右側に倒せばいいので、簡単に想像できる。
O 触った感想:説明文を読まずに触ると、とても不安定そう。
イメージ化:説明文を読めば、欠けている部分をはっきりイメージできる。
2.3.3 一つの図を、属性別に幾つかの図に分けた場合、それらを1つの図として関連付けて見る方法について
[『社会科地図帳』中の図で、元々は1枚の地図を、地形図、都市図、鉄道路線図の3枚に分けて示した発泡印刷の地図を用意した。まず私が私なりの見方を提示し、それについて各人の意見を聴いた。]
O 3枚の地図の片側を綴じて、1枚目の地形図を左手で触り、その下にある2枚目の都市図は、1枚目と2枚目の間に右手を入れて同じ場所を右手で触る、というようにして2枚の図をかなり正確に対応させて見ている。
A 2枚の図を同時に見ようとは思わない。
B 図を別々に見、記憶により互いの図を対応させる。Oのやり方の有効性は確認。
C 記憶に頼っているので、完全には2枚の図を対応させて見ることはできない。
D 2枚の図が綴じられていなければ、図を左右に並べて左手・右手で同時に見る。綴じられていれば、部分的に記憶しながら照らし合せていく。Oのやり方も試みているかも知れない。
E 指や手を物差し代りに使って、別の図の同じ場所を確かめる。
2.4 立体の触知
2.4.1 正8面体の蛍石の劈開
A 触った感じ:結晶
確認の仕方:3角形が8つ組み合さった形で、立体としてすぐ頭にうかぶ。
イメージ化:視覚的には見えない面もふくめた全体の形
B 触った感じ:類似の物を前に触ったことがある。
確認の仕方:左右から指4本ずつを当て、8面体であることを確認
イメージ化:手前から見た視覚的な形で、向こう側の4つの面は隠れている。
C 触った感じ:いくつかの3角形から成っている。
確認の仕方:全体の形はよく分からない。私のアドバイスで、4つの3角形が上下対称になっていると理解する。
イメージ化:触った形のままをある程度考えることができる。
D 触った感じ:(後から)プラスチックかなにか?
確認の仕方:初めくるくる回転させるが、頂点を上にし中央が4角形になるような状態で面を数える。
イメージ化:触ったままの状態で、物が浮んでいるようなイメージ。
E 触った感じ:石。初めはサイコロみたい。
確認の仕方:3角形の面の数を、左右の指4本ずつを使って左右から確認。
イメージ化:触っているままの状態で固定的にイメージ。
O 確認の仕方:1つ置きの頂点が上下の垂直方向になるようにして、右手指を上側、左手指を下側にして確認
イメージ化:幾何学的な立体として簡単にイメージできる。
2.4.2 折紙の百合
(B,E,Oはあらかじめ折紙の百合を知っていたので、省略)
A 触知する方向:軸の尖った方を下にする。
何の形か:花(具体的な花名は思い浮ばない)
C 触知する方向:軸の尖った方を上にする。
何の形か:分からない
D 触知する方向:軸の尖った方を下にする。
何の形か:花。具体的な花名として、百合
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以下、別掲の「インタビューの内容(テーマ別)」に即して考察する(参照先が左記の場合は「別掲」と記す)。
3.1 プロフィール
3.1.1 性別、年代
性別の違いは、どんな事柄に興味がありまたよく知っているかに影響があるように思われる。例えば、折紙や花について、男のAはあまり興味を持っていないようだし、女のB,D,Eは興味がありまたかなりよく知っているようだ(別掲4.2 参照)。このような興味や知識は当然触知の仕方やそのイメージ化に大きな影響を与える。
年代の違いは、幼児期や児童期にどんな触図にどの程度接触できたかに影響していると思われる。
6人の中でもっとも若い(20代)Dは幼児期から触る絵本に親しんでおり(別掲2.1のD、および別掲4.1のDの追加の質問にたいする答え参照)、その経験は図をより速く正確に理解しまたイメージ化する能力に寄与していると思われる。
参考のために、6人の中でもっとも年長のO(私)の場合について記しておく。(もちろん、記憶にはっきり残っているものしか挙げることはできない。)初めて触った点字の図は、小学1年(もしかすると2年かもしれない)の算数の教科書に描かれていたもので、1ページに何個も丸や3角が描かれていたのを、その紙質や手触りもふくめ良く覚えている。その後小学4年の時だと思うが、簡単な地図帳が配られ、うれしさのあまり、全ページの地図を輪郭だけだが触らないでも頭に再現できるほどよく触った。その後も触ることができたのは、算数や数学の教科書の幾何学的な図が主で、具体的な動物や物の図にはほとんど触れたことがなかった。触る絵本に接するようになったのは、30代になってからである。このような偏った触図との関わりは、今日の私の図の見方・イメージの仕方に大いに影響しているように思われる。
3.1.2 現在の視力
E以外の5人は0である。Eの現在の視力は右眼指数弁であるが、今回の調査では、触図や立体の触知に際して直接視覚を使うことはなかったようだ。
3.1.3 失明時期
失明時期は、次の「失明までの過程、および視覚経験」とともに、触図のイメージ化や立体的な物のイメージ化に大きく影響している。
3.1.4 失明までの過程、および視覚経験
まず、私が質問の時に使った「視覚経験」という言葉について訂正しなければならない。インタビューの内容をまとめながら気が付いたのだが、「視覚経験の記憶」とすべきであった。この事は、Cの「生後間もなくは光は見えていたようだが、まったく記憶はない」と言う表現に端的に示されている。さらに、後に考察するように、Dのイメージ化には記憶には無い視覚経験の影響を推定し得るかもしれない。
さて、視覚経験の記憶の内容を中心に、6人を次の3つのグループに分けることができる。
@失明時期が遅く、物の形や遠くの景色までふくめ視覚経験のはっきりした記憶を持っている者(A,B.ただし、Aは色の識別ができず、Bは遠近感があまりない)。
A失明時期が早かったり、視力が初めから弱かったために、視覚経験の記憶がほぼ光や色に限られている者(D,E,O。ただし、Dは2歳直前までは正常の視力を持ち、Eは現在でも物の存在を確認できるほどの視力を持ち、Oは色についての記憶もほとんど持っていないというように、視覚経験の内容は様々である)。
B視覚経験の記憶をまったく持たない者(C)。
このようなかなりおおまかなカテゴリー化にどれほどの有効性があるかについては疑問ではあるが、以下ではこのカテゴリー化も念頭に置きつつ考察を進める。
3.2 点字について
3.2.1 点字を習い始めた時期
C,D,E,O(上のカテゴリーのAとB)は小学1年の学校教育の開始とともに点字を習い始めている(ただし、もっとも若い世代のDはそれ以前にすでに点字に触れている)。これにたいし、AとB(カテゴリー@)は墨字による教育が困難になったあるいは困難が十分予想される時点、失明時期の直前で点字を習い始めている。
3.2.2点字を読む速さ
これについては、私の予想に反して多くの人が自分の読み速度についてあまりはっきりとは答えられなかった。カテゴリーABと比べてカテゴリー@のほうが少し遅いのではないかという印象を受けた。と言っても、その人たちも日常的な使用では読み速度のことで特に困ることはないであろう。
3.2.3 点字の読み方
まず6人に共通していることから挙げれば、何らかの仕方で両手を使い、また主な読み指である人差指に中指など他の指を添えている。
点字を読む時両手を使うことは、実用的な読み方の基本だと考えられる。また、人差指に中指などを添えることは、それだけ点字行に接する横方向の面積が広くなり、水平方向への安定した手の動きの確保に有効だと考えられる。このような水平方向への正確で円滑な手の運動は、点字の速読には不可欠である。
左右の読み速度の比較では、A以外は右手優位である。したがって、A以外は右手中心の読み方になっている。Aの行を左右に2分する読み方は、6人の中では独特と言える。
実際の両手の使い方は多様である。
CとOの場合は、上の行の右手と下の行の左手で同時並行的に読んでいる箇所がある。AとEの場合は、右手と左手の両方が実際の読みのために使われている。これにたいしBとDは、実際の読みは右手で行い、左手は行移りのためにだけ使われている。
これまでの実験的研究(*)で、左右の手の読み速度の差が小さいほど両手読みの効果が大きいことが明かにされているが、このようなどちらの手でも十分読み得る人ほど両手の同時並行読みが可能な訳で、同時並行読みは両手読みの速読効果に大きく寄与すると考えられる。
両手を使った同時並行読みは、速読のためばかりでなく、例えば長い文章中からの特定の単語の検索などにも効果的である。両手ともに読む能力を身に付けることは、点字文の読みだけでなく、点字の表や図を理解する時にも、同時に2箇所を読み取ることができるので、比較や全体的な配置の効率的な把握のために有効である。(実際の読みで左手を使っていないDは、触図では両手をフルに活用している。Bは、右手と左手の読み速度の違いが大きくて、両手を同時並行的に使うのは難しいのかもしれない。)
点字指導については、A以外はあまり明確な答えは得られなかった。写し書きとの関係で、一般に左手でも読むように、ないしは両手で読むように勧められていたようである。
* 牟田口辰巳・中田英雄「点字読み熟達者の読み速度タイプ」(日本特殊教育学会第36回大会発表論文集、1998年)
3.3 触図について
3.3.1アサギマダラ
この図は左右対称で、また蝶という身近なものだったため、6人とも触ってよく理解できた。とくに、AとB(カテゴリー@)は蝶の視覚的な図をイメージすることでなお触知が容易になっていると思われる。
6人にほぼ共通して言えることは、まず外形を確かめ、それから詳しく触る、ということである。(このことはAの説明でははっきりしない。Aは実際に図を触る前から、蝶の視覚的な図を頭に描いているため、改めて指で外形をしっかりと確認するまでもないのかもしれない。)
触覚によるこのような見方は、見える人が見えない人に展示品などを触察させる時、参考になると思う。私の経験では、見える人はしばしばもっとも触ってほしい特徴的な所だけを触らせる。特徴的な一部分をより良く理解するためにも、全体のおおまかな形を触知し関連付けることが大切である。
次に、各人の実際の触知の仕方をみてみよう。
まず気が付くのは、上でも述べたように、カテゴリー@のAとBは、頭の中の視覚的な図に照らして触図を触っていることである(Eも作り物から得た形のイメージを参考にしている)。これにたいし、カテゴリーABのC,D,Eは、「左右対称」ということを前提にして、右側は右手、左側は左手の対称的・並行的な動きで全体の形を把握しようとしている。
さらにBとDの触知の仕方は特徴的である。Bは、左人差指を固定点とし、そこから出発する右手の運動を頭の中でトレースすることで、クリアでリアルに形を再現できているのかもしれない。Dの、左右の手を外側から内側へ、内側から外側へと繰り返し横方向に動かす方法は、図を面的に詳しく触知するための1つの適切な方法であろう。
Oは、まず概形を触り、それから図の各部を両手の反対方向の動きで詳しく触って行く。
触図から手を離した時、頭に残るイメージについての分析は難しい。この図は左右対称なシンプルな図であり、またこの触図と真上から見て視覚的に描いた図との間に大きな違いはないようなので、各人の答えに際立った違いが出にくかったと思われる。
カテゴリー@のAとBはある程度視覚的なイメージに置き換えているようだ(とくにBは、本来触覚では知り得ない色の濃淡まで想像している)。CとOのイメージは、物の形というより、線や点の組み合さったより幾何学的なイメージに近いのかもしれない(これには、視覚経験の乏しさが関係しているようにも思う)。
3.3.2 アゲハチョウ
右側の翅を欠いたこの図について、カテゴリー@のAとBは実際の蝶の視覚的なイメージと結び付けて大きな違和感を持ち、欠けた部分を想像することにも抵抗感がある。これにたいしカテゴリーABは、違和感を表現している者もいるが、図の説明文に合せて触図を理解し、欠けた部分を想像することにもあまり抵抗感を示していない。
夏形と春形の大きさの違いにはすべての人が気付いている。その中でBとDは翅の形や模様の違いまで指摘しており、その触察能力の正確さをうかがわせる(ただし、大きさの違いを形の違いとして感じ取っている可能性も否定できない)。
夏形・春形を観察し比較するEの方法は興味深い。触知力のもっとも優れた人差指中心の見方に捕われず、指6本を水平に並べ、上から下へかなりの速さでスキャンし、指先に生ずる継時的な変化から、図の面的な概略を把握したり、左右の図の大きさを掌を使うことで素早く比較している。
ここで、図の安定性と対称性について考えてみる。
一般にヒトは、広がりを持った物を知覚する時、左右・前後・上下といった特定の方向性を持った空間的枠組に定位させる傾向がある(*)。この枠組は、おそらく重力の方向や身体の構造・運動などに由来し、また経験的にも、自然現象ばかりでなく多くの人工物もこのような特定の方向性を持っていることから、より強化されていると思われる。そしてこの枠組は、触空間よりも視空間のほうがより安定し強固であるように考えられる。
実際の図や立体の知覚では、左右・前後・上下の方向に目立った軸があり、さらにその軸が対称の軸になっているほど、より簡単に理解しやすいと想定される。
このような観点から上のアゲハチョウにたいする各人の反応を読み直してみると、より良く理解できる。
触知においても、このような空間知覚の基本的な枠組に慣れ、それに照らして触図や立体を理解することも多くの場合効果的である。さらに、触図の製作や展示品等の提示においては、基準となる軸や対称性についても考慮すべきである。
* 例えば、今井省吾「空間知覚」(『日本大百科全書(電子ブック版)』小学館、1996)を参考にした。
3.3.3 一つの図を、属性別に幾つかの図に分けた場合、それらを1つの図として関連付けて見る方法について
この質問は、私の最近のちょっとした経験から出たものである。ある経験豊かな点訳ボランティア(触図についても詳しい方)が、私が2枚の地図を重ね合せながら触っているところを見かけて、珍しそうな印象を受けたようだった。この反応は私にすれば意外であった。正確に見ようとすれば当然私のような方法を採らざるを得ないと思うのに、経験豊かなボランティアが珍しがるからには、いったい他の見えない人たちはどうしているのだろう、と疑問に思った(*1)。
*1 さらにこの経験からは、触図について、それを製作する側=見える人たちと、それを実際に利用する側=見えない人たちとのコミュニケーション、というより基本的な問題についても考えさせられた。すなわち、一般の図では、それを製作する人と利用する人はともに見える人たちで立場を簡単に交換できるが、触図では、製作する見える人と利用する見えない人が分離されていて、両者間のディスコミュニケーションが基本的な問題となる。
B,C,Dは図を別々に見て、記憶に頼って対応させている。(Dは、2枚が綴じられていないなら、それぞれの図を両手で同時に見て対応させていく。)またBとDは私の方法の有効性を確認している。
Eは、試行錯誤的とも思えるが、またしても独創的な方法を述べた。図を別々に触りながら、掌や指をいわば物差し代わりに使うこと(*2)で、対応する位置をだいたい正確に確認している。
*2 指や手を簡便な物差しとして使う方法は、かなり正確な触知を可能にする1手段である。私の実際の経験を挙げれば、視覚では水平方向よりも垂直方向が長く見えるため、例えば縦が横よりも少し短くても正方形と錯視することが多いが、私は上の方法で素早くそれが正方形ではないことを確認できる。(もちろん、触覚にも特有な錯覚はある。)
Aは、2枚の地図を対応させて見ること自体にあまり関心を示していない。これはある意味でとても素直な反応で、意外に多い反応ではとも思った。目で見れば難なく理解できる地図でも、触覚では、方法を工夫し、時間を掛、集中力を高めなければならず、しかも結果的に分からずじまいに終ることもある。特別に興味がないかぎり、わざわざ必死になって触知するまでもない、というのがごく自然な態度なのかもしれない。
3.4 立体の触知
3.4.1 正8面体の蛍石の劈開
触った感じではっきり「石」と表現したのはAとEであった(Oは当然として、Bは以前に同じような物を触ったことがあり、石であることは十分分かっていた)。普通の石とは異なって、形があまりにも特徴的で、また劈開面がとてもすべすべしていて、材質を石と同定するのはなかなか難しいと思われる。
正8面体の形の認知は、カテゴリー@のAとBが速かったようだ。彼らの持っているこのような優れた触知能力(*1)には、今なお保持し続けている立体についての視覚的なイメージも部分的に寄与していると思われる。
*1 触知能力は、たんに触覚の鋭敏さだけに依るのではない。手や指の動かし方、記憶力や構成力、連想や推理や論理的能力、言葉の理解力やそのイメージ化、視覚的なイメージ化等を総合した多面的で高度な能力である。その際もっとも重要なことは、各部分部分の触覚を、より広い空間的配置状況の中で、いかにしてまとまりのある全体へと構成していくかである。
このような立体を触知する時は、触る方向がとても大切である。正8面体は普通に置いた状態では3角形が底面になっていて、そのままの状態で全体の形を理解するのは難しいだろう。
BとEは左右の水平方向に頂点が来るようにして、両側から両手指を当てて触知している。DとOは、上下の垂直方向に頂点が来るようにして触知している。
Cは、おそらく蛍石を持った状態(底面が3角形)で触知しはじめ、各面の3角形は分かっても、全体としての形が極めて捕らえにくかったようだ。私の上下方向で観るようにとのアドバイスで、全体の形を理解したようだ。
実際に展示品を陳列する時や、見える人が見えない人たちに展示物などを触るのをガイドする時にも、触る方向は大いに考慮しなければならない。また、ある方向から触って理解できなくても、別の方向から触ればうまく理解できる場合もあることにも注意したい。
次に、正8面体の蛍石のイメージ化について考えてみる。
インタビュー内容から以下の3つのイメージ化のタイプを推定してみた。
@ある方向から視覚的に見た形
A物そのものの(実質をふくめた)全体の形
B点・線・面の組み合せとしての幾何学的な形
これら3タイプは、実際には、互いに排他的な関係にあるというよりは、あるタイプが他のタイプに比べてより優勢に表れている、あるいは前面に出てきているといった程度のものであろう。AとBは表面の形としては同じことになってしまうが、Aのほうが、よりまとまりを持った1つの実体として存在感を持ち、しばしば触知している人の色々な感情(かわいいとかきれいとか)までが投射されてイメージされているように思われる。
同じ人でも、触知する対象が異なれば、あるいは時には同じ対象でも状況が異なれば、優勢に出てくるタイプは変り得るだろう。
さらに、あまりに図式的過ぎることは十分承知のうえで、議論の枠組をそれなりに与えるために、このイメージ化のタイプと視覚経験の記憶に基づくカテゴリーとの〈親和性〉(*2)を考えてみると、次のようになろう。
タイプ@=カテゴリー@ タイプA=カテゴリーA タイプB=カテゴリーB
*2ここで言う「親和性」とは、2組以上の類型群において、各組の個々の類型間の対応が論理的に十分有意味なものとして理解できる可能性の高さを指している。カテゴリー@(正常に近い視覚経験の記憶を持つ)は、触覚とは別に、視覚的に見た形をイメージできるはずである。他方、視覚経験の記憶のまったくない者は、取り敢えずは、触覚による部分的な点・線・面の集合として全体の形を構成するはずである。これにたいし、視覚経験の記憶が光や色くらいに限られている者は、物の形についての明確な視覚的なイメージは持たないが、空間の広がりやその中での物の存在感を体験的に獲得しやすく、それだけタイプAとの親和性が高くなると言える。
では、各人のイメージ化の表現内容を詳しくみてみよう。
タイプ@が優勢に表れているのはBだけである。Bは、触知では指8本を使って形全体をしっかり確認しながら、手を離してそれを頭でイメージする時は、自分の慣れ親しんできた視覚的な方法に依っている。もちろん、触ったそのままの形を頭に浮べることも〈意識を切り替えれば〉容易にできるであろう。
Aは視覚的なイメージも容易に浮べることはできるが、触った形そのままが優勢になっている(タイプAかBかははっきりしない)。
DとEはタイプAが優勢に表れている。さらにDの場合、その表現全体から判断して、記憶には無い正常に近い視覚経験が、その極めてリアルな物の実体感や遠近的な見方に影響しているのではと推測している(これは十分な根拠のある推測ではないので深読みに過ぎるかもしれないが、記憶にない視覚経験がイメージ構成に及ぼす影響にももっと注意がはらわれ、考慮されるべきだと思う)。またEは、触ったそのままの状態で頭に固定的に再現しており、方向を変えるなどの操作は難しいようだ。
Cは、全体の形を理解した後では、8つの3角形がうまく1つにまとまった形(タイプB)として頭の中でイメージしているのではと思う。O(私)は、もっとも容易にイメージするのは正8面体の表面だけの形(タイプB)である。ただ、ちょっと〈意識を切り替えれば〉、触った感じもふくめもっと実体感のあるモノとしてイメージすることもできる。さらに、まったく実感は伴わないのだが、正8面体など単純な形の立体ならば、ある方向から見た時の投影図を論理的に構成することはできる。
3.4.2 折紙の百合
折紙の百合は、すでに私もふくめ3人が知っていたので、実のあるインタビューにはならなかった。
この折紙全体の形を把握するための重要な手掛りは、軸を中心とした対称性であろう。対称性を知るためだけならば、軸を中心に持っていさえすれば良く、上を向こうと下を向こうと横を向こうと、軸の方向には関係ない。
Cは軸を中心に持ち、たぶんその対称性には気付いていたと思うが、具体的な何かに関連付けようとする時、どの方向で観察して良いのかとまどっている。
他方、AとDは、おそらくよく見慣れたないし触り慣れた具体的な物と関連付けようとして、軸を上に向け、Aは花と答え、・Dは花、そしてより具体的に百合と特定している。
このインタビュー内容には集録しなかったが、インタビュー中AはBに「百合の花弁は4枚でしたか」と尋ねており、ぼんやりとでも視覚的な記憶を持っているように思えた。やはり植物にたいする興味があまりなかったため、より具体的な花種の特定にはいたらなかったのだろう。
これにたいし、Dが「百合」と特定したことには私も驚いた。そこには、観察能力の高さとともに、いわば〈心を込めて〉物を観ようとする態度が見て取れる(同様の態度はEにも、そしておそらくBにもうかがえる)。このような一見主観的とも思える態度は、時には客観的な観察力を阻害することもあるだろうが、実際の観察においては、まずなによりも注意と意識を観察対象に注ぎ、多面的な能力を総動員して観察し理解しようという動機付けを与え続け、結果的に研ぎ澄まされた素晴しい観察になることが多いように思う。
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第1回:A,B,C (2001年12月18日 17時〜18時半)
第2回:D (2002年1月10日 17時〜18時)
第3回:E (2002年1月19日 16時〜17時)
A,B,Cには、Oの分もふくめ、インタビューの内容をまとめた後、2002年1月10日にその原稿をわたし、各自の部分について確認してもらい、修正や追加をいただいた。A,Bは
1.4 についてすこし修正やコメントをしてくれたので、それらを加味してインタビュー内容を一部書き直した。Cは 3.1 と 3.2 についてかなり大幅な修正文を書いてくれた。これについては私が初めにまとめた内容とともに、〈その後の追加〉として並記することにした。さらにのちに、AとBには
4.1 に関連して追加の質問をしお答えいただいたので、その内容を〈追加の質問〉と〈答え〉として掲載した。
Dにも、A,B,C,Oの分もふくめ、私のまとめた内容を読んでもらい、修正とともに追加の質問をした。修正はなかったが、追加の質問にはていねいにお答えいただいた。その内容は、
1.4、 4.1および 4.2 で〈追加の質問〉と〈答え〉として掲載した。
Eには、インタビュー直後 1.2 と 1.4 に関連して確認の質問をし、その答えも折込んでインタビューの内容をまとめた。そのまとめを他の5人の分もふくめ読んでいただいたが、とくに修正や追加はなかった。
以下、質問の順番にしたがって、各人の回答の内容を示す。小見出の次の行の( )内は主な質問項目を示す。また、[ ]内は私の補足的な説明である。
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1 プロフィール
1.1 性別、年代
A:男、40代
B:女、40代
C:女、30代
D:女、20代
E: 女、年代は未回答
O(私):男、40代
1.2 現在の視力
A,B,C,D,O: 両眼とも0
E:左眼0、右眼指数弁(0.01まではいかない)。光や色はわかる。物の形もすぐ目の前だったらわかるし、テレビもカラーテレビですぐ真ん前だったらなんとかわかる(白黒だとわからないが)。アニメなんかだと、色がきれいだから、人だとか物だとかわかりやすい。遠くの物はわからない。近くの立体的な物については、たとえばこのテーブルの色とその上に載っている物の色が違えば、なんとなく立体的にもわかっているつもりなのかなあ。[たとえばテーブルの上に花瓶が置いてある場合については、という質問にたいし]花瓶が大きかったら、大きそうなまるい物がありそうとか、4角・円の区別まではしっかりできなくても、なにかもこっと置いてあるのはわかる(紙が置いてあるのとは違って、もこっとしているのはわかる)。(おおげさかもしれませんが、頭の中で想像する時、頭の中の右側に絵があって、左では絵にならないです。)
1.3 失明時期
A:小学高学年
B:中学2年
C:生後すぐ
D: 3歳半
E: 生後6ヶ月ころ[完全失明ではない]
O:小学ころ
1.4 失明までの過程、および視覚経験
(光、色、物の形、遠くの景色など)
A:おそらく生まれつき強度の弱視。親は、生後4〜6ヶ月ころ、音の出ない玩具に興味を示さないとか晴れた日に外に出すとまぶしがる等に気付き、異常を発見したと言う。視力は右目が0.08くらい(左はかなり見えなかった)、視野は狭い。色の区別はできず、白黒の世界。物の形ははっきり見えた。遠くの景色は少し見えていた(空の向こうの山の連なりとか)。[普通の小学校の弱視学級に弱視児として入学]大きな 文字は見えていて、小学3年までは墨字を使っていた。
B:緑内障で、幼稚園の時0.4くらいあったが、徐々に見えなくなり、小学3年の時盲学校に転校。左目はよく見えたが視野が狭く、色は右目のほうがよりはっきり見えた(左目ではぼやけて見えた)。左右の視力の違いのため、遠近感はあまりなかった。物の形、景色ははっきり記憶している。
C:未熟児で生れ、生後間もなくは光は見えていたようだが、まったく記憶はない。
D: 2歳直前までは両眼とも正常で普通に見えていたと思う。2歳直前に片目が急な発病で失明。その後、3歳半まではもう一方の目は普通に見えていた。その目も3歳半で病気で完全失明。記憶としては、光はもちろんあるし、赤、青、黄など基本的な色については記憶している。物の形については記憶はない(今はないと言うことなのかも)。
〈追加の質問〉見えていた時の記憶を具体的に例を挙げてなんでもいいですので、2、3教えていただけませんでしょうか。
〈答え〉信号の色を見た記憶がなんとなく残っていますが、それもかなりおぼろげです。両親から聞くには、見えていたころに動物とか植物などいろいろ見せてもらったらしいですが、今となっては視覚的感覚としては記憶はあまりありません。ただ、失明誤もなりふりかまわずいろいろなものに触ることが好きだったので、具体物に関してはイメージすることができます。景色とかに関しては、あまり自分では視覚的記憶としてはありませんが、なんとなくイメージしています。これは私もよく解りません。でも、遠近感の概念や立体的なものを多角的にみた場合の違いなど、そういったことにかんしては理解するのはそんな苦ではありません。
E:幼稚園[ミッション系の一般の幼稚園]のころ今の視力の状態[2.1.2のE参照]。その後一種の白内障で徐々に見えなくなり(小学3年ころまではアニメは見えていた)、今から15年くらい前かなあ、光くらいしか分からなくなった。今は点字ブロックが黄色のが見て分かるが、そのころは黄色も分からなくて足でさぐって探してた。それで、小さいころは無理と言われてた白内障の手術をして、幼稚園のころ(今の状態)の視力にもどった。[回復した視力への適応については]とくに問題なくすぐに適応できた[経験済みの視力の範囲内での回復だったからだと思われる]幼稚園のころから片方の目しか見えなかったので、両目で見るという感覚は知らない。
O:たぶん先天性の緑内障と牛眼で、生後3ヶ月で両親が目の異状に気付いた。ぶら下った糸を手でつかんだりできるくらい見えていたようだ。視野が非常に狭く、徐々に視力も低下。色は、なんとなく明るい色と暗い色との違いがぼんやり記憶にあるくらいで、各色のはっきりとした記憶はない。小学校に入る前に、光と影、水たまりに反射した光をまぶしく感じた記憶がある。物の形はほとんど覚えていない。小学入学直後は、部屋に電灯が点いていても、その方向に正しく目が向いていないと分からないくらい、その後は闇室でしか電灯が点いているのを確認できなくなり、ごくゆっくり見えなくなっていったので、完全に見えなくなったのが何時かはわからない。
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2 点字について
2.1 点字を習い始めた時期
A:小学4年(9歳)
B:小学4年
[A,Bはともに、墨字での学習が困難になったため、点字に切り替える]
C:小学1年(6歳)
D:文字として習いはじめたのは小学1年生の時だが、それまでに盲学校に修学相談のようなものがあって、そこで触れたりはしていた。絵本などに貼ってある点字を、読みはしなかったが、触っていた。
E:小学1年。[小学校は盲学校]
O:小学1年
2.2点字を読む速さ(黙読で)
A,B,C:はっきりは分からない[3人共、1分間に1ページ以上は読めると思われる]
D:半日、2、3時間で1巻読む(1分で1ページは読む)
E:1分間に1ページ半近く
O:1分間に1ページ半くらい(25行程度)
2.3 点字の読み方、および点字指導について
(両手か片手か、主にどの指で読んでいるか、行移りはどのようにしているか)
A:両手。両手とも人差指、中指、薬指を使うが、主に読むのは人差指で、他はガイド。行を左半分と右半分に分け、左側は左手、右側は右手で読む、というように1行を読むのに完全に左手と右手の読む場所を分けている。右半分を読み始めるとともに、左手は次の行へ移動するが、その時左の薬指で行頭を確認している。触読能力は左手が優位。点字指導で、6本の指で読むこと、1行を左・右に分け、左手・右手を完全に使い分けることを教えられた。(弱視学級に属していて、学校では点字を教わる体制がまったくなかったため、盲学校の先生に2回ほど個人的に指導してもらった)
B:いちおう両手の3本ずつを使ってはいるが、主に右手の人差指中心に読んでいる。その他はガイド的。次の行に移る時は、左手の人差指で行頭の1字目を確認する程度。触読能力は右手が左手の倍はあり、実際に左手を読むのに使うのは点字の写し書き[左手で読んだ点字をそのまま右手で書く]の時だけ。小学4年の時「点字の時間」「漢字の時間」があり、点字の指導を受けたと思うがよく覚えていない。周りの人たちは両手を使って読んでいるので、少くとも両手で読むよう指導されたと思うが、その指導に付いて行けなかったのだと思う。
C:両手を使っているが、右手中心。右手が行末に近付いた時、左手は次の行に移って行頭の数文字を読み、右手がその行に下りて左手といっしょになってからは両手で読む。点字指導は受けただろうがよく覚えていない。
D:右手・左手の人差指が中心で、中指・薬指は人差指にそえている(文字としては読んでいない)。読みは右手人差指が中心で、行の真中あたりまでは左人差指は右人差指の後を追っているが、それからは右手だけで行末まで読み、その間に左人差指は次の行の先頭を探してそこで右人差指がその行に下りてくるのを待ち、両てで読みはじめる。指導については、両手を使って読みなさいと言われた。というのは、写し書きの時左手で読んだほうが良いというので、左手で読む訓練をさせられたような気がする。その他、姿勢についてよく注意された。顔を近付けて点字を読む癖があって、姿勢を真っ直ぐにして、指で読んでるという感じで読みなさい、と言われた。
E:両手で読み、右が主。両手とも人差指で読み、右の中指はかるく点字に触れている程度(読んではいない)。右手で読み出し、行の3分の2までは左手が付いて行って、その後左手は次の行頭で待機していて右手で行末まで読み、次の行の最初の数文字を左手で読みその後右手で読み出す。小学1年の時は、強制的に点字クラブに入らせられた。メ書きや五十音書きなどの後、点字を1字ずつ書いたカードの中から、先生の言った文字のカードを探すゲームをした。小学校の時、左手だけで読み右手で書く練習をさせられた。
O:右手は人差指・中指・薬指、左手は人差指・中指を使う。右人差指がもっとも触読能力がいい。左の薬指や小指は点字用紙を押さえたりするのに使う。だいたい1行を3分割し、初めの3分の1近くは左手、次の3分の1近くは両手、残りは右手で読む。上の行を右手で読んでいる間に次の行の初めの部分を左手で読んでいる。触読能力は右手優位で、右手だけでも両手読みより少し遅いくらいだけで、ほとんど支障はない。左手だけだと両手読みの3分の2くらいの速さ(行移りがぎこちなくなる)。点字指導は受けたはずだが、学校ではほとんど読めるようにはならず(指導の問題というよりは私個人の問題です)、1年生の冬休みに父の書いた点字を熱心に読んでようやく点字を読めるようになった。
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3 触図について
3.1アサギマダラ
(どういう順番で触るか、図をたどる時の両手の動き、手をはなした時全体の形はどの程度正確にまたどんな風に頭に残っているか)
[点訳グループ「麦」が制作した『新訂図解動物観察事典』中の図。図の上部には、「アサギマダラ」というタイトルと、「頭を上にし、左右対称に翅を広げた図」という説明文がある。左右の翅の先端をむすんだ最大幅13cm程、胴の長さ4cm弱、胴の前から2本の細い触角が出ている]
A:ちょうちょだということを予め知って見ているので、よく分かる。ちょうちょを絵に描いたらどのようになるかを知っているので、予想が付く。左右対称の図なので、対称な部分を右人差指・左人差指でそれぞれ見ることもあるが、だいたいは両手は近い所を触っている。この図では全体的に点が詰まっているので、特徴があるのは、胴体や翅の一部など点の抜けている部分、および触角。手をはなした時、頭には視覚的なイメージとして輪郭・外形がはっきり残る(ただし細かい翅の模様までは残らない)。
B:左上から触りはじめる。まず左上(前の翅の先端部)に両手を置き、左手はそこに置いたまま、右人差指で外形をたどる。その[動いた]跡は頭に描かれる。小さな図だと右手だけで形が頭にうかぶが、大きな図だと、固定点を設け、そこからの右手の運動を頭に描かないと図が分からない(地図などは別ですが)。とりあえずは外形を把握する。[私の質問にたいして]触角なども「ある」と思って見ているので分かる。最初に説明文があり、ある程度それに対応した視覚的な図を頭に描けるので、この図は分かりやすい。手をはなした時は、翅の特徴や色の濃淡(点の密度などで分かる)まで、かなりはっきりとイメージが残っている。
C:左右対称だから、まず真中あたりを両手で見て、右側は右手、左側は左手で見る。触角は見落しがち。触角だと言われないと分からないかも[私が胴体の前の2本の細い線とヒントをあたえて、納得しているようだった]。手をはなした時は、ぼんやりとした外形はうかぶ。が、それが物の形と言えるかとなると……[と心配そう]。[私の質問に応えて]3角形などの簡単な図はかなりはっきり頭に再生できる。複雑な図になると、物や動物そのものの形は分からなくて、ただそれが図になった時どう表されているかを何回も見るようになって、こういう動物はこういう風に描くのだなあとか、少し頭にうかぶようになった。
〈その後の追加〉触角は分かったが、羽の模様ははっきり分からなかった。手を離した時、平面の図としては頭に残っているが、立体の実際の姿を想像するのは難しい。平面の図を見て実際の物の形を想像したり、実際の物を図に表すとどうなるかということがはっきり分かっていない。
D:まず全体をざっと見る。周りの輪郭がどうなっているか探る。図の右側・左側をそれぞれ右手・左手が対称的に動いている(これは対称的な図だから)。指の動きとしては、両手とも外側から内側へ進む。左手は左上から、右手は右上からそれぞれ中心へ寄ってきて真中で落ち合うように進み、落ち合った状態からこんどはもうすこし下のほうで外側へ広げ、また中へ来て、というようにして、だんだん下まで探っていく。手を離した時は、意識して図を見た場合は、輪郭はすごく残るが、[輪郭の内側の]ざらざら・つるつるといった触感はあまり残らない。[輪郭は線として残るか、それともぼんやりとした形としてですか、という質問にたいし]ぼんやりとした、影じゃないけど、形で残ります。
E:ちょうちょは何となく形がわかる。(説明文に左右対称とあり、またちょうちょのイメージは右左同じ形だから)まず中央に両手を置き、右は右て、左は左手と、対応する同じ場所を上から横、下、そして戻ってくるというように外形をたどる。ちょうちょと聞いていたので、上の翅と翅の間くらいに触角があるのかなあと思ってそこを確認したら、ぴょこんとちょっと短かいのがあって、それから翅は点の詰まっている所が多いが、真中辺にちょっと空いている所もある。手を離した時、これはシンプルで覚えていられるから、中の様子・模様までは無理かもしれないが、外形は十分再現できる(たとえば折紙で形を切り取れば、似たような形にはできる)。[視覚的なイメージはちょうちょについてはあるのですか、という問いにたいし]ちょうちょは実物は見たことないですね。ちょうちょのブローチやアップリケなど作り物を触ってです(そういう作り物には触角はないから、ちょうちょに触角があるというのは聞いているだけ)。
[A,B,C,D,Eは図の説明文も読んでから図を見ていた。(Dは実際には説明文を読まずに図を見ることもある)]
O:私は(説明文も見ず)とにかくさーっと2、3秒で両手を使ってごく大ざっぱでも概形を見る。(その時は両側に大きく広がった感じを受ける)それから左上からすこし丁寧に見はじめる。まず両手がそろった状態から、左・右の手(人差指中心)を反対方向に動かし、左の翅の外形を確認し、それから胴の部分、右の翅へと移る。そのあたりで説明文を読んで納得する。(いちおう図を見終ったり、あまりよく分からない時に説明文を読む。もっとかなり複雑だったり、略称が多かったりすると、あきらめて説明文から読むこともある)タイトルは読んでいるので、この図は触角などもふくめかなり分かりやすい。ただ、もしタイトルもみないとすると、さっと概形を触っただけでは、たとえばトンボなどと思うかも知れない。(蝶は翅を広げたところをほとんど触ったことはない。トンボはよく翅をばたつかせているところを触ったことがある。もちろん胴のあたりを詳しく触れば、トンボではないとすぐ気が付くと思うが)手をはなした時は、輪郭がなんとか頭に残る程度で、外形ははっきりした線にはなっていない。ただ、集中力を高めれば、翅の形や触角などはっきりと頭にうかべることはできる(ただしそれは、実際の物体の形というよりも、線や点の組合せの図そのものとして)。幾何学的な図は簡単に頭にうかぶが、実際の物の形となると集中力を高めないとはっきりした形は頭にうかばない。
3.2 アゲハチョウ
(触った時の感想、および、図には描かれていない、左右対称の右側もイメージできるか)
[『新訂図解動物観察事典』中の図。図の上部には、「アゲハチョウ」というタイトルと、「夏型、春型のアゲハチョウの胴体と左の翅を示し、右の翅は省略」という説明文がある。(この図鑑では、対称な図の場合しばしばその片側だけを描いている。)それぞれの図の上部に「夏型」「春型」とあり、左右に並んでいる。頭はともに真上を向いている。夏型の大きさは、胴の長さは4cm余、左の翅の前後の先端間の最大長10cm程、触角は左右1対描かれている。春型の大きさは夏型の7割くらい。(詳しく見ると、両者には翅の形や模様にも違いがある。例えば、後側の翅の外縁は、夏形ではぎざぎざの部分があるが、春形ではその部分は滑らかな弧状になっている。)]
A:裏側に回っているから描けないとか見えないから描けないのではなくて、これは本当にちょうちょを千切ってあるみたいですね。左側の図の上に夏型、右側の図の上に春型と書いているので、なにか2つの違いを見つけなければならないだろうかとか思って見て、形はかなりよく似ていて、夏型のほうがすこしでかいことがやっと分かるくらい。この図を描いている人は、何を見せたいのか意図がわからない。見えて在るものを千切っているようで、痛そう。図に描かれていない部分を想像すること、それはあえてしたくない。[暫く経ってから]純粋に理科的な図としてだったら、理解できなくもないが。
B:飛んでいるところを描くのだったら斜めに描きます。その時左上に頭があったほうが分かりやすい。実際の姿を描いている図としてはとても分かりにくい。図に描かれていない部分を想像せよと言えば想像はしますが……。大きさの違い、翅の形の違いは分かる。
C:よくわからない。夏型・春型の大きさの違いは分かる。図に描かれていない部分を想像すると言われても……。
〈その後の追加〉[元々は]左右対称の図[のはず]なので、無い部分を想像するのはできるが、触った感じがバランス的にあまり気持よくない。2つの図の大きさの違いは分かったが、それ以外の違いは分からなかった。
D:両方ともよく似ているなあ。よくよく見ていくと、翅の形が違うということに気が付く。[翅の]模様も違う。右側の春型のほうが細身。ちょうちょは対称的な図なので、これに右側を加えればいいなということで、イメージした。[その後、胴と触角は全体が描かれていることに気付く]
E:春型のほうがなんとなく小さそう。[その確認の仕方について質問すると]左手・右手の指3本[人差指・中指・薬指]ずつ、計6本を水平に並べ、まず夏型の図を上から下へさあーっと滑らせ、次に春型の図をさあーっと滑らせる。これで 図のごく大まかな形や大きさ(の違い)がわかる。さらに、より詳しく確認するために、左手を夏型の上に、右手を春型の上に置いたら、掌の下の感覚の違いで大きさの違いがわかる。右側の触角はすぐ分かるが、左側の触角は分かりにくい。右側の翅をイメージするのは、左側の翅をぱたんと右側に倒せばいいので、問題なく簡単にできる。
O:説明文を読まずに見ると、斜めに傾いているような感じでとても不安定そうでへんな感じがする。説明文を読めば、文字通り受け取って図に描かれていない部分を想像しはっきりイメージできる(とくに違和感はない)。もちろん夏型・春型の大きさの違いも分かる。
3.3 一つの図を、属性別に幾つかの図に分けた場合、それらを1つの図として関連付けて見る方法について
(第1回)
[適切な図=短時間に簡単に見ることのできる図を用意できなかった。私が私なりの見方を紹介し、それについて皆さんの意見をうかがった。いちおう私の手元には、『社会科地図帳』中の図で、近畿地方の地図を、地形図、都市図、鉄道路線図の3枚に分けて示した発泡印刷の地図を用意した。]
O:私は、3枚の地図の片側を綴じて、1枚目の地形図を左手で触り、その下にある2枚目の都市図は、1枚目と2枚目の間に右手を入れて同じ場所を右手で触る、というようにして2枚の図をかなり正確に対応させて見ている。(3枚目の図を1枚目・2枚目と比較するには、2枚目の図を右手で触りながら3枚目の図を左手で触ればよい)ただし、この方法はおもに、2枚以上に分けられた図中の位置を対応させるために使っていて、普通はもちろん1枚の図を両手で見ている。
A:両方の図を同時に見ようなどという発想はないですね。都市の地図を見ている時は、そこが山なのか平野なのかなどといったことには関心を持たずに…… [それは普通の地図を見ているのとは違った見方ですね、という私の質問にたいして]違うでしょうね、でもそんなことは無理です。
B:別々に見ている。およその位置や形を記憶しながら、互いの図を確かめ合っている。ただ、正確に見ようとすると、重ねないと分からない。Oのやり方を前に聞いて、3枚に分けられた日本周辺の天気図(白地図、上層の等圧面高度・等温線の図、地上の等圧線・低気圧や高気圧などの分布図)について実際にやってみると、わかりやすい方法だと思う。
C:たぶん大体の形をつかみ、細かい所までは見ていないと思う。前の図の記憶にたよっているので、完全には対応させて見ることはできていない。
(第2回および第3回)
[『社会科地図帳』中の、地形図、都市図(県境も示す)、鉄道路線図の3枚に分かれた東北地方の地図を見せ、その中の奥羽山脈や北上山地に対応する県や都市を確認する課題を提示した]
D:各図がばらばらにできる状態だったら、2枚並べて左右の図を右手・左手で同時に見る。この状態[3枚を左側で綴じた状態]だと、部分的に記憶しながら照らし合せていく。[この方法で奥羽山脈に対応する県を探してみるが、すぐには答えられない。私の方法を紹介すると]私もそれをやるかもしれない、[言われると]やりますねえ。たまにやっているかもしれない。
E:地図はどこの地方も頭に入っていない。見慣れていない。1枚目の図の右上に右掌を合せるように置くと、親指辺に奥羽山脈が来る。2枚目の図でも同じように右掌を当てて親指辺をみると、花巻辺りかなあ。でも、奥羽山脈がもっと内側のほうだったら、どうするかなあ。指や手の大きさ、指を開いた時の角度などを使って、別の図の同じ場所を確かめるだろう。
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4 立体の触知
4.1 正8面体の蛍石の劈開
(初めに触った感じ、表面の図形、全体としての立体の形、頭にどんなイメージとして残るか)
[1辺が4cmくらいの正8面体]
A:プラスチックなどの模型ではない、結晶のようなもの。3角形が8つ組み合さった形で、立体としてすぐ頭にうかぶ。[10秒足らずで立体を理解していたようだ]
〈追加の質問〉頭にうかぶそのイメージは、正8面体全体の形そのものですか、それとも特定の方向から見た視覚的な形ですか
〈答え〉いちおう見えない面も含めた全体の形です。もちろん、手前からとか斜めからとかから見た視覚的な絵は描けます。
B:類似の物を前に触ったことがある。左右から指4本ずつ、計8本を各面に当て、8面体であることを確認する。全体の形はよく分かるし、頭にもはっきりうかぶ。
〈追加の質問〉頭にうかぶそのイメージは、正8面体全体の形そのものですか、それとも特定の方向から見た視覚的な形ですか
〈答え〉手前から見た形で、向こう側の4つの面は隠れている。例えば、コップを触った時円いと感じるが、それを頭に思い浮べると手前から見た視覚的な形になる。[触った時に感じる形と、それをイメージした時の形に違いがある。]
C:いくつかの3角形から成っていることは分かる。[しばらく触っていても全体の形は理解できない。私が、3角形が底面になるように見るのではなく、1つおきの頂点が上下に垂直になるようにして見るようにアドバイスし、実際にそのような方向にして触ってもらうと]4つの3角形が上下対称になっている、という風に理解する。そのようなものとして、頭の中である程度考えられる。
D:どういう風に見るかで、だいぶ違いますよねえ。[10秒くらいで]8面体。[予めこういう形は8面体だというのが頭に入っているのかな、という質問にたいし]渡された瞬間はそうは思わないですね。3角形を底面にした状態で見たりとかして、でもそれは座りがわるいと思って、くるくる回して、[自分にとって]安定した状態、頂点が上に来て、中央が4角形になるような状態で面を数える。手を離しても、今の状態でイメージが頭に残る。[私の場合は、物そのものというよりは、線や面の組み合せとしての幾何学的な形としてイメージするが、もうすこし物てきでしょうか、という私の問いに]物体としてうかんでいる。触れない絵とかの説明を受けたりすると、イメージする時にどうしても具体的な物を想像してしまう。[遠くに山が見えていてその上に雲がある、というような説明を受けた時に、どういう風にイメージしますか、という質問にたいし]自分が立っている所から、視点から、遠近感を持って、山があり、頂点にいくにしたがって細くなっていて、上に雲があるのかなあという、ぼんやりとですけど想像する。景色とかはどちらかといえばイメージするのが苦手で、人とか物とかの絵のほうが想像しやすい。説明してもらったことに関しては、イメージできる。[インタビューの終りころ、Dが「あれはプラスチックか何か」ですかと質問し、「石です。蛍石の劈開です」と答えると、驚いた様子だった。]
〈追加の質問〉これまでに見た図の中でとくに印象に残っている図、絵本でも地図でも図鑑などでもいいですので、例を挙げてくださいませんでしょうか。とくに、現在のイメージ構成に寄与していると思われるような図、または実物でもいいです、思い出しながら例を挙げていただけませんでしょうか。
〈答え〉やはり、「テルミ」[手で見る絵本]は書かせない愛読書ですね。私はこれで平面図の世界をおしえられましたから。他にフェルトなどの布地を使って作られた触る絵本も幼稚園のころ借りて触ってました。本意外では折り紙・積み木・組み立てブロック・兄の影響でプラモデル(兄が作る過程を見ていた)でよく遊びました。それから、地図関係では地図パズルが大好きで意味もなく当てはめたりしてました。これは、ピースが都道府県になっていて、パズルをしながら、日本地図が覚えられるというものです。
E:石ですね。重いし手触りが。はじめサイコロみたいだけど、もっと[面の]数が多いし、1個1個が3角だから、3角が幾つかなあと思ったら8つ。右手で4つ、左手で4つ3角を確保したら全部網羅できたので、形はよく分かる[左側の4面を左の指で、右側の4面を右の指で確認している]。手の中に入り切るから、よけいに分かりやすい。ピラミッドのような形の下の面を左右から合せたような形。この形を粘土で作れと言ったら、実物を見なくても作れると思うし、いろいろな形の中から同じ形の物を選ぶのもできる。今触っている形そのものは頭に思い浮べることはできるが、それを縦とかいろいろな方向に回転させたり、この形をいろいろな方向で切って見たりすることはできない。
O:1つ置きの頂点が上下の垂直方向になるようにして、右手指を上側、左手指を下側にして触知する。正8面体など幾何学的な図や立体は触ってよく理解できるし、頭の中にもそのままの形で再現できる(正20面体は完全には頭の中でイメージできない)。[実際の物や動物のほうが触って全体の形を理解したり、頭の中にそのイメージを留めておくのがはるかに難しい]
4.2 折紙の百合
(どんな方向にして触るか、全体はどんな形として理解できるか、何の形だと思うか)
[中心に、頂点が下で正方形が上になった、細長い4角錐を逆さにしたような軸があり、上の正方形の各辺から四方に細長い2等辺3角形が広がり、さらに中心の正方形の上には4つの小さな3角形の突起がある。折紙は実物とまったく同じ形ではなく、抽象的・象徴的だと言える。視覚経験があっても、実物との連想は付きにくいと思われる。]
A:[数分触り考えてから] [軸の]とがった方を下にし、上で四方に広がっていて、真中に4つ頭のようなものがある。したはすぼまっている。触った形は頭にうかぶ。[しばらく考えて]これは花ですか。子どものころから、花の名前、植物の名前はちょう苦手だったので。
B:(以前から折紙の百合を知っていたので)すぐ分かる。実際の百合との対応もよく分かっている。
C:[数分触りながら] [軸の]とんがった方を上にして見ていたが、何かは分からない。[私のアドバイスで、それを逆さにして見て]何の形なのかよく分からない。どんな方向で触ったらいいのかわからない。
D:花。くるくる回してた。軸のとがっているほうを下にして、開いているほうを上にしている。最初なんか唐辛子かなあとか迷ったんです。[この花は自由に想像して何の花だと思いますか、という質問にたいし]百合が開きかけているような。[Dはこの折紙は初めて]
〈追加の質問〉百合と推量した理由についてお聞かせください。
〈答え〉尖った部分を下に持った時に「あ、植物だ」と思いました。一瞬長細いので唐辛子かと思いましたが、先の方が広がっているので、「これは花だ」と思い、花のところがタイトなもので花びらが広がっているものと言えば、と考えたら「ゆりだ」と思ったのです。それと、花弁1枚1枚の間にがく(花粉が付いているところ)のようなものがある点も、ゆりだと思った要因です。
E:(以前から折紙の百合を知っていたので、すぐに)百合です。[実際の百合との対応について尋ねたところ]実際のほうが花びらが多いかな。折紙の百合だと4方に十字に広がっているが、実際の百合だと花びらの間隔がもっと狭くて、全体に丸みがある。
O:[この折紙が何であるかを知らないと仮定して]軸を中心にしたきわめて対称的な形なので、形はとても理解しやすい。中心から四方に広がっているので、なにかの花だと思うだろう。それが何の花なのかは想像できない。「百合」だと言われると、百合の形は触っていちおう大ざっぱには知っているが、そうなのかなあと思う程度。(折紙の百合の折り方は小学3、4年ころに覚えたが、「百合」という名前とともに実際に百合を触ったのはそれから10年近く後。また鶴の折り方は小学1年ころに覚えたが、童話などを読んでそれなりのイメージはかなりあるものの、今も鶴の実際の姿はまったく知らない)
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これは、「インタビューの内容(テーマ別)」を個人別に編集し直したもの。
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◆ A
●プロフィール
性別、年代
男、40代
現在の視力
両眼とも0
失明時期
小学高学年
失明までの過程、および視覚経験
おそらく生まれつき強度の弱視。親は、生後4〜6ヶ月ころ、音の出ない玩具に興味を示さないとか晴れた日に外に出すとまぶしがる等に気付き、異常を発見したと言う。視力は右目が0.08くらい(左はかなり見えなかった)、視野は狭い。色の区別はできず、白黒の世界。物の形ははっきり見えた。遠くの景色は少し見えていた(空の向こうの山の連なりとか)。[普通の小学校の弱視学級に弱視児として入学]大きな 文字は見えていて、小学3年までは墨字を使っていた。
●点字について
点字を習い始めた時期
小学4年(9歳)
点字を読む速さ(黙読で)
よはっきり分からない
点字の読み方、および点字指導について
両手。両手とも人差指、中指、薬指を使うが、主に読むのは人差指で、他はガイド。行を左半分と右半分に分け、左側は左手、右側は右手で読む、というように1行を読むのに完全に左手と右手の読む場所を分けている。右半分を読み始めるとともに、左手は次の行へ移動するが、その時左の薬指で行頭を確認している。触読能力は左手が優位。点字指導で、6本の指で読むこと、1行を左・右に分け、左手・右手を完全に使い分けることを教えられた。(弱視学級に属していて、学校では点字を教わる体制がまったくなかったため、盲学校の先生に2回ほど個人的に指導してもらった)
●触図について
アサギマダラ
ちょうちょだということを予め知って見ているので、よく分かる。ちょうちょを絵に描いたらどのようになるかを知っているので、予想が付く。左右対称の図なので、対称な部分を右人差指・左人差指でそれぞれ見ることもあるが、だいたいは両手は近い所を触っている。この図では全体的に点が詰まっているので、特徴があるのは、胴体や翅の一部など点の抜けている部分、および触角。手をはなした時、頭には視覚的なイメージとして輪郭・外形がはっきり残る(ただし細かい翅の模様までは残らない)。
アゲハチョウ
裏側に回っているから描けないとか見えないから描けないのではなくて、これは本当にちょうちょを千切ってあるみたいですね。左側の図の上に夏型、右側の図の上に春型と書いているので、なにか2つの違いを見つけなければならないだろうかとか思って見て、形はかなりよく似ていて、夏型のほうがすこしでかいことがやっと分かるくらい。この図を描いている人は、何を見せたいのか意図がわからない。見えて在るものを千切っているようで、痛そう。図に描かれていない部分を想像すること、それはあえてしたくない。
一つの図を、属性別に幾つかの図に分けた場合、それらを1つの図として関連付けて見る方法について
両方の図を同時に見ようなどという発想はないですね。都市の地図を見ている時は、そこが山なのか平野なのかなどといったことには関心を持たずに…… [それは普通の地図を見ているのとは違った見方ですね、という私の質問にたいして]違うでしょうね、でもそんなことは無理です。
●立体の触知
正8面体の蛍石の劈開
プラスチックなどの模型ではない、結晶のようなもの。3角形が8つ組み合さった形で、立体としてすぐ頭にうかぶ。[10秒足らずで立体を理解していたようだ]
〈追加の質問〉頭にうかぶそのイメージは、正8面体全体の形そのものですか、それとも特定の方向から見た視覚的な形ですか
〈答え〉いちおう見えない面も含めた全体の形です。もちろん、手前からとか斜めからとかから見た視覚的な絵は描けます。
折紙の百合
[数分触り考えてから] [軸の]とがった方を下にし、上で四方に広がっていて、真中に4つ頭のようなものがある。したはすぼまっている。触った形は頭にうかぶ。[しばらく考えて]これは花ですか。子どものころから、花の名前、植物の名前はちょう苦手だったので。
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◆ B
●プロフィール
性別、年代
女、40代
現在の視力
両眼とも0
失明時期
中学2年
失明までの過程、および視覚経験
緑内障で、幼稚園の時0.4くらいあったが、徐々に見えなくなり、小学3年の時盲学校に転校。左目はよく見えたが視野が狭く、色は右目のほうがよりはっきり見えた(左目ではぼやけて見えた)。左右の視力の違いのため、遠近感はあまりなかった。物の形、景色ははっきり記憶している。
●点字について
点字を習い始めた時期
小学4年
点字を読む速さ(黙読で)
はっきり分からない
点字の読み方、および点字指導について
いちおう両手の3本ずつを使ってはいるが、主に右手の人差指中心に読んでいる。その他はガイド的。次の行に移る時は、左手の人差指で行頭の1字目を確認する程度。触読能力は右手が左手の倍はあり、実際に左手を読むのに使うのは点字の写し書き[左手で読んだ点字をそのまま右手で書く]の時だけ。小学4年の時「点字の時間」「漢字の時間」があり、点字の指導を受けたと思うがよく覚えていない。周りの人たちは両手を使って読んでいるので、少くとも両手で読むよう指導されたと思うが、その指導に付いて行けなかったのだと思う。
●触図について
アサギマダラ
左上から触りはじめる。まず左上(前の翅の先端部)に両手を置き、左手はそこに置いたまま、右人差指で外形をたどる。その[動いた]跡は頭に描かれる。小さな図だと右手だけで形が頭にうかぶが、大きな図だと、固定点を設け、そこからの右手の運動を頭に描かないと図が分からない(地図などは別ですが)。とりあえずは外形を把握する。[私の質問にたいして]触角なども「ある」と思って見ているので分かる。最初に説明文があり、ある程度それに対応した視覚的な図を頭に描けるので、この図は分かりやすい。手をはなした時は、翅の特徴や色の濃淡(点の密度などで分かる)まで、かなりはっきりとイメージが残っている。
アゲハチョウ
飛んでいるところを描くのだったら斜めに描きます。その時左上に頭があったほうが分かりやすい。実際の姿を描いている図としてはとても分かりにくい。図に描かれていない部分を想像せよと言えば想像はしますが……。大きさの違い、翅の形の違いは分かる。
一つの図を、属性別に幾つかの図に分けた場合、それらを1つの図として関連付けて見る方法について
別々に見ている。およその位置や形を記憶しながら、互いの図を確かめ合っている。ただ、正確に見ようとすると、重ねないと分からない。Oのやり方を前に聞いて、3枚に分けられた日本周辺の天気図(白地図、上層の等圧面高度・等温線の図、地上の等圧線・低気圧や高気圧などの分布図)について実際にやってみると、わかりやすい方法だと思う。
●立体の触知
正8面体の蛍石の劈開
類似の物を前に触ったことがある。左右から指4本ずつ、計8本を各面に当て、8面体であることを確認する。全体の形はよく分かるし、頭にもはっきりうかぶ。
〈追加の質問〉頭にうかぶそのイメージは、正8面体全体の形そのものですか、それとも特定の方向から見た視覚的な形ですか
〈答え〉手前から見た形で、向こう側の4つの面は隠れている。例えば、コップを触った時円いと感じるが、それを頭に思い浮べると手前から見た視覚的な形になる。[触った時に感じる形と、それをイメージした時の形に違いがある。]
折紙の百合
(以前から折紙の百合を知っていたので)すぐ分かる。実際の百合との対応もよく分かっている。
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◆ C
●プロフィール
性別、年代
女、30代
現在の視力
両眼とも0
失明時期
生後すぐ
失明までの過程、および視覚経験
未熟児で生れ、生後間もなくは光は見えていたようだが、まったく記憶はない。
●点字について
点字を習い始めた時期
小学1年(6歳)
点字を読む速さ(黙読で)
はっきり分からない
点字の読み方、および点字指導について
両手を使っているが、右手中心。右手が行末に近付いた時、左手は次の行に移って行頭の数文字を読み、右手がその行に下りて左手といっしょになってからは両手で読む。点字指導は受けただろうがよく覚えていない。
●触図について
アサギマダラ
左右対称だから、まず真中あたりを両手で見て、右側は右手、左側は左手で見る。触角は見落しがち。触角だと言われないと分からないかも[私が胴体の前の2本の細い線とヒントをあたえて、納得しているようだった]。手をはなした時は、ぼんやりとした外形はうかぶ。が、それが物の形と言えるかとなると……[と心配そう]。[私の質問に応えて]3角形などの簡単な図はかなりはっきり頭に再生できる。複雑な図になると、物や動物そのものの形は分からなくて、ただそれが図になった時どう表されているかを何回も見るようになって、こういう動物はこういう風に描くのだなあとか、少し頭にうかぶようになった。
〈その後の追加〉触角は分かったが、羽の模様ははっきり分からなかった。手を離した時、平面の図としては頭に残っているが、立体の実際の姿を想像するのは難しい。平面の図を見て実際の物の形を想像したり、実際の物を図に表すとどうなるかということがはっきり分かっていない。
アゲハチョウ
よくわからない。夏型・春型の大きさの違いは分かる。図に描かれていない部分を想像すると言われても……。
〈その後の追加〉[元々は]左右対称の図[のはず]なので、無い部分を想像するのはできるが、触った感じがバランス的にあまり気持よくない。2つの図の大きさの違いは分かったが、それ以外の違いは分からなかった。
一つの図を、属性別に幾つかの図に分けた場合、それらを1つの図として関連付けて見る方法について
たぶん大体の形をつかみ、細かい所までは見ていないと思う。前の図の記憶にたよっているので、完全には対応させて見ることはできていない。
●立体の触知
正8面体の蛍石の劈開
いくつかの3角形から成っていることは分かる。[しばらく触っていても全体の形は理解できない。私が、3角形が底面になるように見るのではなく、1つおきの頂点が上下に垂直になるようにして見るようにアドバイスし、実際にそのような方向にして触ってもらうと]4つの3角形が上下対称になっている、という風に理解する。そのようなものとして、頭の中である程度考えられる。
折紙の百合
[数分触りながら] [軸の]とんがった方を上にして見ていたが、何かは分からない。[私のアドバイスで、それを逆さにして見て]何の形なのかよく分からない。どんな方向で触ったらいいのかわからない。
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◆ D
●プロフィール
性別、年代
女、20代
現在の視力
両眼とも0
失明時期
3歳半
失明までの過程、および視覚経験
2歳直前までは両眼とも正常で普通に見えていたと思う。2歳直前に片目が急な発病で失明。その後、3歳半まではもう一方の目は普通に見えていた。その目も3歳半で病気で完全失明。記憶としては、光はもちろんあるし、赤、青、黄など基本的な色については記憶している。物の形については記憶はない(今はないと言うことなのかも)。
〈追加の質問〉見えていた時の記憶を具体的に例を挙げてなんでもいいですので、2、3教えていただけませんでしょうか。
〈答え〉信号の色を見た記憶がなんとなく残っていますが、それもかなりおぼろげです。両親から聞くには、見えていたころに動物とか植物などいろいろ見せてもらったらしいですが、今となっては視覚的感覚としては記憶はあまりありません。ただ、失明誤もなりふりかまわずいろいろなものに触ることが好きだったので、具体物に関してはイメージすることができます。景色とかに関しては、あまり自分では視覚的記憶としてはありませんが、なんとなくイメージしています。これは私もよく解りません。でも、遠近感の概念や立体的なものを多角的にみた場合の違いなど、そういったことにかんしては理解するのはそんな苦ではありません。
●点字について
点字を習い始めた時期
文字として習いはじめたのは小学1年生の時だが、それまでに盲学校に修学相談のようなものがあって、そこで触れたりはしていた。絵本などに貼ってある点字を、読みはしなかったが、触っていた。
点字を読む速さ(黙読で)
半日、2、3時間で1巻読む(1分で1ページは読む)
点字の読み方、および点字指導について
右手・左手の人差指が中心で、中指・薬指は人差指にそえている(文字としては読んでいない)。読みは右手人差指が中心で、行の真中あたりまでは左人差指は右人差指の後を追っているが、それからは右手だけで行末まで読み、その間に左人差指は次の行の先頭を探してそこで右人差指がその行に下りてくるのを待ち、両てで読みはじめる。指導については、両手を使って読みなさいと言われた。というのは、写し書きの時左手で読んだほうが良いというので、左手で読む訓練をさせられたような気がする。その他、姿勢についてよく注意された。顔を近付けて点字を読む癖があって、姿勢を真っ直ぐにして、指で読んでるという感じで読みなさい、と言われた。
●触図について
アサギマダラ
まず全体をざっと見る。周りの輪郭がどうなっているか探る。図の右側・左側をそれぞれ右手・左手が対称的に動いている(これは対称的な図だから)。指の動きとしては、両手とも外側から内側へ進む。左手は左上から、右手は右上からそれぞれ中心へ寄ってきて真中で落ち合うように進み、落ち合った状態からこんどはもうすこし下のほうで外側へ広げ、また中へ来て、というようにして、だんだん下まで探っていく。手を離した時は、意識して図を見た場合は、輪郭はすごく残るが、[輪郭の内側の]ざらざら・つるつるといった触感はあまり残らない。[輪郭は線として残るか、それともぼんやりとした形としてですか、という質問にたいし]ぼんやりとした、影じゃないけど、形で残ります。
アゲハチョウ
両方ともよく似ているなあ。よくよく見ていくと、翅の形が違うということに気が付く。[翅の]模様も違う。右側の春型のほうが細身。ちょうちょは対称的な図なので、これに右側を加えればいいなということで、イメージした。[その後、胴と触角は全体が描かれていることに気付く]
一つの図を、属性別に幾つかの図に分けた場合、それらを1つの図として関連付けて見る方法について
各図がばらばらにできる状態だったら、2枚並べて左右の図を右手・左手で同時に見る。この状態[3枚を左側で綴じた状態]だと、部分的に記憶しながら照らし合せていく。[この方法で奥羽山脈に対応する県を探してみるが、すぐには答えられない。私の方法を紹介すると]私もそれをやるかもしれない、[言われると]やりますねえ。たまにやっているかもしれない。
●立体の触知
正8面体の蛍石の劈開
どういう風に見るかで、だいぶ違いますよねえ。[10秒くらいで]8面体。[予めこういう形は8面体だというのが頭に入っているのかな、という質問にたいし]渡された瞬間はそうは思わないですね。3角形を底面にした状態で見たりとかして、でもそれは座りがわるいと思って、くるくる回して、[自分にとって]安定した状態、頂点が上に来て、中央が4角形になるような状態で面を数える。手を離しても、今の状態でイメージが頭に残る。[私の場合は、物そのものというよりは、線や面の組み合せとしての幾何学的な形としてイメージするが、もうすこし物てきでしょうか、という私の問いに]物体としてうかんでいる。触れない絵とかの説明を受けたりすると、イメージする時にどうしても具体的な物を想像してしまう。[遠くに山が見えていてその上に雲がある、というような説明を受けた時に、どういう風にイメージしますか、という質問にたいし]自分が立っている所から、視点から、遠近感を持って、山があり、頂点にいくにしたがって細くなっていて、上に雲があるのかなあという、ぼんやりとですけど想像する。景色とかはどちらかといえばイメージするのが苦手で、人とか物とかの絵のほうが想像しやすい。説明してもらったことに関しては、イメージできる。[インタビューの終りころ、Dが「あれはプラスチックか何か」ですかと質問し、「石です。蛍石の劈開です」と答えると、驚いた様子だった。]
〈追加の質問〉これまでに見た図の中でとくに印象に残っている図、絵本でも地図でも図鑑などでもいいですので、例を挙げてくださいませんでしょうか。とくに、現在のイメージ構成に寄与していると思われるような図、または実物でもいいです、思い出しながら例を挙げていただけませんでしょうか。
〈答え〉やはり、「テルミ」[手で見る絵本]は書かせない愛読書ですね。私はこれで平面図の世界をおしえられましたから。他にフェルトなどの布地を使って作られた触る絵本も幼稚園のころ借りて触ってました。本意外では折り紙・積み木・組み立てブロック・兄の影響でプラモデル(兄が作る過程を見ていた)でよく遊びました。それから、地図関係では地図パズルが大好きで意味もなく当てはめたりしてました。これは、ピースが都道府県になっていて、パズルをしながら、日本地図が覚えられるというものです。
折紙の百合
花。くるくる回してた。軸のとがっているほうを下にして、開いているほうを上にしている。最初なんか唐辛子かなあとか迷ったんです。[この花は自由に想像して何の花だと思いますか、という質問にたいし]百合が開きかけているような。[Dはこの折紙は初めて]
〈追加の質問〉百合と推量した理由についてお聞かせください。
〈答え〉尖った部分を下に持った時に「あ、植物だ」と思いました。一瞬長細いので唐辛子かと思いましたが、先の方が広がっているので、「これは花だ」と思い、花のところがタイトなもので花びらが広がっているものと言えば、と考えたら「ゆりだ」と思ったのです。それと、花弁1枚1枚の間にがく(花粉が付いているところ)のようなものがある点も、ゆりだと思った要因です。
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◆ E
●プロフィール
性別、年代
女、年代は未回答
現在の視力
左眼0、右眼指数弁(0.01まではいかない)。光や色はわかる。物の形もすぐ目の前だったらわかるし、テレビもカラーテレビですぐ真ん前だったらなんとかわかる(白黒だとわからないが)。アニメなんかだと、色がきれいだから、人だとか物だとかわかりやすい。遠くの物はわからない。近くの立体的な物については、たとえばこのテーブルの色とその上に載っている物の色が違えば、なんとなく立体的にもわかっているつもりなのかなあ。[たとえばテーブルの上に花瓶が置いてある場合については、という質問にたいし]花瓶が大きかったら、大きそうなまるい物がありそうとか、4角・円の区別まではしっかりできなくても、なにかもこっと置いてあるのはわかる(紙が置いてあるのとは違って、もこっとしているのはわかる)。(おおげさかもしれませんが、頭の中で想像する時、頭の中の右側に絵があって、左では絵にならないです。)
失明時期
生後6ヶ月ころ[完全失明ではない]
失明までの過程、および視覚経験
幼稚園[ミッション系の一般の幼稚園]のころ今の視力の状態。その後一種の白内障で徐々に見えなくなり(小学3年ころまではアニメは見えていた)、今から15年くらい前かなあ、光くらいしか分からなくなった。今は点字ブロックが黄色のが見て分かるが、そのころは黄色も分からなくて足でさぐって探してた。それで、小さいころは無理と言われてた白内障の手術をして、幼稚園のころ(今の状態)の視力にもどった。[回復した視力への適応については]とくに問題なくすぐに適応できた[経験済みの視力の範囲内での回復だったからだと思われる]幼稚園のころから片方の目しか見えなかったので、両目で見るという感覚は知らない。
●点字について
点字を習い始めた時期
小学1年。[小学校は盲学校]
点字を読む速さ(黙読で)
1分間に1ページ半近く
点字の読み方、および点字指導について
両手で読み、右が主。両手とも人差指で読み、右の中指はかるく点字に触れている程度(読んではいない)。右手で読み出し、行の3分の2までは左手が付いて行って、その後左手は次の行頭で待機していて右手で行末まで読み、次の行の最初の数文字を左手で読みその後右手で読み出す。小学1年の時は、強制的に点字クラブに入らせられた。メ書きや五十音書きなどの後、点字を1字ずつ書いたカードの中から、先生の言った文字のカードを探すゲームをした。小学校の時、左手だけで読み右手で書く練習をさせられた。
●触図について
アサギマダラ
ちょうちょは何となく形がわかる。(説明文に左右対称とあり、またちょうちょのイメージは右左同じ形だから)まず中央に両手を置き、右は右て、左は左手と、対応する同じ場所を上から横、下、そして戻ってくるというように外形をたどる。ちょうちょと聞いていたので、上の翅と翅の間くらいに触角があるのかなあと思ってそこを確認したら、ぴょこんとちょっと短かいのがあって、それから翅は点の詰まっている所が多いが、真中辺にちょっと空いている所もある。手を離した時、これはシンプルで覚えていられるから、中の様子・模様までは無理かもしれないが、外形は十分再現できる(たとえば折紙で形を切り取れば、似たような形にはできる)。[視覚的なイメージはちょうちょについてはあるのですか、という問いにたいし]ちょうちょは実物は見たことないですね。ちょうちょのブローチやアップリケなど作り物を触ってです(そういう作り物には触角はないから、ちょうちょに触角があるというのは聞いているだけ)。
アゲハチョウ
春型のほうがなんとなく小さそう。[その確認の仕方について質問すると]左手・右手の指3本[人差指・中指・薬指]ずつ、計6本を水平に並べ、まず夏型の図を上から下へさあーっと滑らせ、次に春型の図をさあーっと滑らせる。これで 図のごく大まかな形や大きさ(の違い)がわかる。さらに、より詳しく確認するために、左手を夏型の上に、右手を春型の上に置いたら、掌の下の感覚の違いで大きさの違いがわかる。右側の触角はすぐ分かるが、左側の触角は分かりにくい。右側の翅をイメージするのは、左側の翅をぱたんと右側に倒せばいいので、問題なく簡単にできる。
一つの図を、属性別に幾つかの図に分けた場合、それらを1つの図として関連付けて見る方法について
地図はどこの地方も頭に入っていない。見慣れていない。1枚目の図の右上に右掌を合せるように置くと、親指辺に奥羽山脈が来る。2枚目の図でも同じように右掌を当てて親指辺をみると、花巻辺りかなあ。でも、奥羽山脈がもっと内側のほうだったら、どうするかなあ。指や手の大きさ、指を開いた時の角度などを使って、別の図の同じ場所を確かめるだろう。
●立体の触知
正8面体の蛍石の劈開
石ですね。重いし手触りが。はじめサイコロみたいだけど、もっと[面の]数が多いし、1個1個が3角だから、3角が幾つかなあと思ったら8つ。右手で4つ、左手で4つ3角を確保したら全部網羅できたので、形はよく分かる[左側の4面を左の指で、右側の4面を右の指で確認している]。手の中に入り切るから、よけいに分かりやすい。ピラミッドのような形の下の面を左右から合せたような形。この形を粘土で作れと言ったら、実物を見なくても作れると思うし、いろいろな形の中から同じ形の物を選ぶのもできる。今触っている形そのものは頭に思い浮べることはできるが、それを縦とかいろいろな方向に回転させたり、この形をいろいろな方向で切って見たりすることはできない。
折紙の百合
(以前から折紙の百合を知っていたので、すぐに)百合です。[実際の百合との対応について尋ねたところ]実際のほうが花びらが多いかな。折紙の百合だと4方に十字に広がっているが、実際の百合だと花びらの間隔がもっと狭くて、全体に丸みがある。
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◆ O(私)
●プロフィール
性別、年代
男、40代
現在の視力
両眼とも0
失明時期
小学ころ
失明までの過程、および視覚経験
たぶん先天性の緑内障と牛眼で、生後3ヶ月で両親が目の異状に気付いた。ぶら下った糸を手でつかんだりできるくらい見えていたようだ。視野が非常に狭く、徐々に視力も低下。色は、なんとなく明るい色と暗い色との違いがぼんやり記憶にあるくらいで、各色のはっきりとした記憶はない。小学校に入る前に、光と影、水たまりに反射した光をまぶしく感じた記憶がある。物の形はほとんど覚えていない。小学入学直後は、部屋に電灯が点いていても、その方向に正しく目が向いていないと分からないくらい、その後は闇室でしか電灯が点いているのを確認できなくなり、ごくゆっくり見えなくなっていったので、完全に見えなくなったのが何時かはわからない。
●点字について
点字を習い始めた時期
小学1年
点字を読む速さ(黙読で)
1分間に1ページ半くらい(25行程度)
点字の読み方、および点字指導について
右手は人差指・中指・薬指、左手は人差指・中指を使う。右人差指がもっとも触読能力がいい。左の薬指や小指は点字用紙を押さえたりするのに使う。だいたい1行を3分割し、初めの3分の1近くは左手、次の3分の1近くは両手、残りは右手で読む。上の行を右手で読んでいる間に次の行の初めの部分を左手で読んでいる。触読能力は右手優位で、右手だけでも両手読みより少し遅いくらいだけで、ほとんど支障はない。左手だけだと両手読みの3分の2くらいの速さ(行移りがぎこちなくなる)。点字指導は受けたはずだが、学校ではほとんど読めるようにはならず(指導の問題というよりは私個人の問題です)、1年生の冬休みに父の書いた点字を熱心に読んでようやく点字を読めるようになった。
●触図について
アサギマダラ
私は(説明文も見ず)とにかくさーっと2、3秒で両手を使ってごく大ざっぱでも外形を見る。(その時は両側に大きく広がった感じを受ける)それから左上からすこし丁寧に見はじめる。まず両手がそろった状態から、左・右の手(人差指中心)を反対方向に動かし、左の翅の外形を確認し、それから胴の部分、右の翅へと移る。そのあたりで説明文を読んで納得する。(いちおう図を見終ったり、あまりよく分からない時に説明文を読む。もっとかなり複雑だったり、略称が多かったりすると、あきらめて説明文から読むこともある)タイトルは読んでいるので、この図は触角などもふくめかなり分かりやすい。ただ、もしタイトルもみないとすると、さっと外形を触っただけでは、たとえばトンボなどと思うかも知れない。(蝶は翅を広げたところをほとんど触ったことはない。トンボはよく翅をばたつかせているところを触ったことがある。もちろん胴のあたりを詳しく触れば、トンボではないとすぐ気が付くと思うが)手をはなした時は、輪郭がなんとか頭に残る程度で、外形ははっきりした線にはなっていない。ただ、集中力を高めれば、翅の形や触角などはっきりと頭にうかべることはできる(ただしそれは、実際の物体の形というよりも、線や点の組合せの図そのものとして)。幾何学的な図は簡単に頭にうかぶが、実際の物の形となると集中力を高めないとはっきりした形は頭にうかばない。
アゲハチョウ
説明文を読まずに見ると、斜めに傾いているような感じでとても不安定そうでへんな感じがする。説明文を読めば、文字通り受け取って図に描かれていない部分を想像しはっきりイメージできる(とくに違和感はない)。もちろん夏型・春型の大きさの違いも分かる。
一つの図を、属性別に幾つかの図に分けた場合、それらを1つの図として関連付けて見る方法について
私は、3枚の地図の片側を綴じて、1枚目の地形図を左手で触り、その下にある2枚目の都市図は、1枚目と2枚目の間に右手を入れて同じ場所を右手で触る、というようにして2枚の図をかなり正確に対応させて見ている。(3枚目の図を1枚目・2枚目と比較するには、2枚目の図を右手で触りながら3枚目の図を左手で触ればよい)ただし、この方法はおもに、2枚以上に分けられた図中の位置を対応させるために使っていて、普通はもちろん1枚の図を両手で見ている。
●立体の触知
正8面体の蛍石の劈開
1つ置きの頂点が上下の垂直方向になるようにして、右手指を上側、左手指を下側にして触知する。正8面体など幾何学的な図や立体は触ってよく理解できるし、頭の中にもそのままの形で再現できる(正20面体は完全には頭の中でイメージできない)。[実際の物や動物のほうが触って全体の形を理解したり、頭の中にそのイメージを留めておくのがはるかに難しい]
折紙の百合
[この折紙が何であるかを知らないと仮定して]軸を中心にしたきわめて対称的な形なので、形はとても理解しやすい。中心から四方に広がっているので、なにかの花だと思うだろう。それが何の花なのかは想像できない。「百合」だと言われると、百合の形は触っていちおう大ざっぱには知っているが、そうなのかなあと思う程度。(折紙の百合の折り方は小学3、4年ころに覚えたが、「百合」という名前とともに実際に百合を触ったのはそれから10年近く後。また鶴の折り方は小学1年ころに覚えたが、童話などを読んでそれなりのイメージはかなりあるものの、今も鶴の実際の姿はまったく知らない)
(2002年2月28日)