触知覚研究ノート(基礎編)

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はじめに
 私がとくに触知覚に興味を持ち出してから 5、6年くらいになります。その間触知覚についてどこかで集中的に勉強するというようなことはなく、その都度必要にせまられてできる範囲で調べたり文章に書いたりしてきました。そういう断片的な知識をまとめ、また書いてきた文章を整理しておこうと思い、このようなノートを作ってみました。
 というわけで、このノートは私自身のために作ったものです。一般の方々にどの程度どんな風に役立ち得るのかよく分からないのですが、できれば多くの方々から間違いの指適や別の見解などもいただければと思い、取りあえず公開してみることにしました。
 このノートは時々改訂し、またできれば応用編(触文字、触図、立体の認知、障害物知覚、歩行など)も作成してみたいと思っています。
 
 なお、※印は補足的な説明を示し、また*印は私の個人的なコメントです。

 
 

目次
§1 生理学的基礎
§1.1 感覚神経(求心性神経)繊維の分類
§1.2 ブロードマンによる大脳皮質の分類(脳地図)と機能局在
§1.3 デルマトーム(皮膚分節: dermatome)
§1.4 シェリントンによる感覚受容器の分類
§1.5 刺激と感覚
§1.5.1 感覚の投射
§1.5.2 適当刺激(適刺激) (adequate stimulus)
§1.5.3 特殊感覚エネルギーの法則
§1.5.4 適刺激以外による感覚
§1.5.5 感覚様相と通様相性現象
§1.5.6 視覚と聴覚が矛盾した時
§1.6 感覚の大きさ
§1.6.1 全か無かの法則(悉無律)(all-or-none law)
§1.6.2 精神物理学(psychophysics)
§1.6.3 ウェーバーの法則
§1.6.4 フェヒナーの法則
§1.6.5 冪関数の法則
§1.6.6 エードリアンの法則
§1.6.7 リッコーの法則
§1.6.8 感覚の順応
 
§2 心理学的基礎
§2.1 感覚、知覚、認知
§2.2 感覚遮断(sensory deprivation)
§2.3 対比(contrast)
§2.3.1 色彩の対比
§2.4 知覚の恒常性
§2.5 形の知覚
§2.6 仮現運動(apparent movement)
§2.7 タウ効果(τ effect)とカッパ効果(κ effect)
§2.8 充填
§2.9 シャルル・ボネ症候群(Charles Bonnet Syndrome)
§2.10 盲視(blind sight)
§2.11 共通感覚 (コイネー・アイステーシスkoine aisthesis)
§2.12 共感覚(synesthesia)
§2.13 ゲシュタルト
§2.13.1 基本的な考え方
§2.13.2 図と地(figure and ground)
§2.13.3 体制化(群化)の要因 
§2.14 認知
§2.14.1 パターン認知(pattern cognition)
§2.14.2 無意識的推論 (または文脈効果)
§2.14.3 トップダウン処理とボトムアップ処理
§2.14.4 選択的注意
§2.15 記憶
§2.15.1 記憶の過程
§2.15.2 3種の記憶保持
 
§3 触覚の定義
§3.1 狭義の触覚
§3.2 皮膚感覚(cutaneous senses)
§3.2.1 温度感覚
§3.2.2 痛み(痛覚)
§3.3 体性感覚(somatic sensation)
§3.3.1 深部感覚(deep sensation)
§3.3.1.1 自己受容感覚(proprioception)
§3.3.1.2 振動覚(vibration sense)
§3.3.2 内臓感覚
§3.3.3 平衡感覚(sense of equilibrium)
§3.4 ボディイメージと触空間
§3.4.1 ボディイメージ
§3.4.2 触空間(tactual space)
§3.4.3 各種座標系の調整
§3.5 触運動知覚
§3.5.1 触知状態の分類 
§3.5.2 触運動知覚の能動性
§3.5.3 コミュニケーションとしての触知覚
 
§4 触覚の特徴
§4.1 散在と局在
§4.2 直接接触と遠隔性
§4.3 能動性と受動性
§4.4 時間特性と空間特性
§4.5 自己言及的
§4.6 触覚の弱点
 
§5 触覚の生理学
§5.1 感覚点の分布密度
§5.2 機械受容器の種類と特徴
§5.2.1 順応速度と受容野の広さによる機械受容器の分類
§5.2.2 順応速度と適当刺激による機械受容器の分類
§5.2.3 手掌表面における機械受容器(小体構造を持ち、求心性繊維により支配されるU群=Aβ)の神経分布密度
§5.3 触覚系の情報伝達の仕組み
§5.4 体性感覚投射野地図
 
§6 触覚の心理学
§6.1 触覚の強さ
§6.2 触覚の空間分解能
§6.2.1 2点弁別閾
§6.2.2 同時性空間閾と継時的空間閾
§6.2.3 定位の誤差(error of localization)
§6.2.4 触覚的距離
§6.2.5 触覚閾(tactile threshold)
§6.3 微小刺激の検出と微細テクスチャーの知覚
§6.3.1 微小刺激の検出
§6.3.2 微細なテクスチャーの知覚
§6.4 様々な触現象
§6.5 体性感覚の錯覚
§6.6 ピアジェらによる図形の触知覚に関する実験
§6.7 触運動知覚についてのレーダーマンたちの研究
§6.8 形の触覚的認知の過程
 
主な参考文献と URL

 
 

§1 生理学的基礎

 
§1.1 感覚神経(求心性神経)繊維の分類
T群(Aα):金紡錘一次終末やゴルジ腱器官から起こり、位置覚や運動覚等の自己受容性感覚を伝えている。
  (Aα: 有髄、直径 12〜20μm、伝導速度 70〜120m/s、スパイク持続時間 0.4〜0.5ms)
U群(Aβ):皮膚に分布する触・圧覚受容器や筋紡錘二次終末に起こり、触・圧覚を伝えている。
  (Aβ: 有髄、直径 5〜12μm、伝導速度 30〜70m/s、スパイク持続時間 0.4〜0.5ms)
V群(Aδ):筋中の自由神経終末やパチニ小体様の神経終末から起こり、痛覚・温度覚(主に冷覚)・圧覚を伝えている。
  (Aδ: 有髄、直径 2〜5μm、伝導速度 12〜30m/s、スパイク持続時間 0.4〜0.5ms)
4群(C):ほとんどはポリモーダル受容器から起っていると推定され、主に痛覚、および温覚・冷覚を伝えている。
 (C: 無髄、直径 0.5〜1μm、伝導速度 0.5〜2m/s、スパイク持続時間 2ms)
 
※1 U群にはAγ(有髄、直径 3〜6μm、伝導速度 15〜30m/s)もあるが、これは錘内筋繊維への運動神経
※2 有髄神経は跳躍伝導のため無髄神経よりも伝導速度が早い。また有髄神経では伝導速度は繊維の直径にほぼ比例する。
※3 ポリモーダル受容器: 侵害的な機械的刺激・化学的刺激・温度刺激のいずれにも反応。神経繊維の先端が広がった自由神経終末で、全身の皮膚にはもちろん、深部組織にも広く分布していると考えられる。閾値にたいする刺激強度の幅が広いことも特徴の1つ。
 
 
§1.2 ブロードマンによる大脳皮質の分類(脳地図)と機能局在
 ブロードマン(K. Brodmann: 1868〜1918年。ドイツの神経科医)は、顕微鏡で調べた組織構造の違いに基づいて大脳の皮質を52の領域に分け、各領域に一連番号をつけた(1909)。現在、この脳地図は大脳の研究に広く用いられており、その各領域の分担する機能の解明が進められている。
 以下に、大脳皮質の分類と機能局在を示す。
 
●前頭葉
 4野: 第一次運動野。直接運動の指令を出す所で、広い領域を占める。ここには身体の各部の運動に応じた細かな区分けがあり(体部位局在)、受け持つ筋肉の運動の緻密さに応じて対応する領域の広さが変化する(中心溝をはさんで向い側の体性感覚野にも類似の体部位局在地図が見られる)。
 6野: 運動前野と補足運動野。この領域は、いくつかの筋を目的にかなったように働かせる所。この領域が損傷されると、熟練した運動が侵される。
 8野:前頭眼野。眼球の随意運動に関係する。
 9、10、11、12、13、14野:前頭連合野。思考、推理、意志などの精神、感情、人格などがここに関連づけられている。 (9・10・11野は前頭前野、12・13・14野は前頭眼窩野)
 44、45野: 運動性言語野(ブローカの領野)。この部位の損傷では、人の話は理解でき、話そうとする内容も頭のなかでまとまるが、ことばとしてそれを構成できなくなる(運動性失語症)。
 47野: 自律神経中枢、辺縁系
 
●頭頂葉
 3、1、2野(中心後回): 一次体性感覚野。反対側の皮膚、筋肉、関節などからの感覚が同側の視床の特殊核を介してここに投射される。感覚野内における身体各部位との対応は、上内側から下外側へ向かって、足・脚・大腿・体幹・肩・腕・手・顔となっていて、手・指・口のように、ヒトにおいて知覚能力の高度に発達した部分が広い領域を占めている。3野はさらに3a野と3b野に分けられる。 3a野は筋紡錘からの深部感覚、3b野と 1野は主に触・圧覚、 2野は関節などの深部機械感覚。前上方に位置しインパルスがもっとも早く到達する3b野では各ニューロンの受容野が小さく分節もはっきりしていて受容野の重複も少ないが、1野、2野と下後方に向かうとともに各受容野が広くなり重複部分も多くなっており、それだけ階層的で収束的な処理が行われていることをうかがわせる(2野には、例えば丸みを帯ているとか角張っているとかのような、物体の形の複雑な特徴に選択的に反応するニューロンが見つかっている)。
 5、7野(上頭頂小葉): 体性感覚の連合野。 5野は空間位置関係や微細運動の統合、認知に関する機能を有し、皮膚、筋肉、深部組織、とくに関節からの興奮に反応するニューロンが同定されている。 7野は体性感覚と視覚、さらに聴覚、前庭覚の連合野で、空間知覚にかかわる領域である。この部位の障害は、体性感覚の統合や、他者や環境に対する身体部位の三次元的な方向づけに障害をきたし、感覚情報の認知障害を起こす。
 39、40野:頭頂連合野。体性感覚野と視覚野の間にあり、空間・位置に関する概念と自己の身体イメージが生じると考えられている。また、この部位の障害では、失読や失書が起こる。39野(角回)には視覚性言語野がある。
 
●側頭葉
 43野: 味覚野
 41野: 一次聴覚野。内耳の聴覚を司る感覚器官である蝸牛の基底膜における周波数配列に対応した相対的位置関係を再現しており(tonotopy: 音部位再現)、低周波は外側(後方)に、高周波は内側(後方)に配列されて、音の高さを表す周波数部位地図ができている。
 42野: 聴覚連合野。
 22野: 聴覚性言語野(ウェルニッケの領野)。この部位の損傷では、自発的に話はできるが、他人の話すことばは音として聴こえていても理解はできない。
 20、21野: 視覚性の連合野。主に形態を扱う。
 28野: 嗅覚野
 
●後頭葉
 17野: 一次視覚野。網膜における相対的位置関係を再現しており(retinotopy: 網膜部位再現)、視野上の左右上下は反転して配列されている。
 18、19、37野: 視覚前野
 
※機能と場所を対応させるこのような機能局在論(localization theory)が、脳における人間の情報処理過程を完全に説明するものではない。脳の可塑性(plasticity)はもちろん、全体論(holism)的な見方も考慮されるべきである。可塑性とは、経験・訓練によって神経回路が変化したり、神経回路は変わらなくても興奮の伝わりやすさが変化するなどの、神経系の柔軟さのことである。15歳以前に失明した早期失明者では、点字の触読において、一次視覚野をふくむ後頭葉に活動が見られることが知られているが、これも脳の可塑性を示す例である。
 
【参考】左右両半球の機能的非対称性
 左右の大脳半球は構造的には対称だが、その機能には違いがある。脳梁切断患者について実験心理学的に研究した結果では、次のような差異が報告されている。
●左半球      ●右半球
 発語        空間の構成
 言語材料の識別   非言語材料の識別
 意味の理解     情動の理解
 音韻処理      形態処理
 分析的処理     全体的処理
 系列的処理     並列的処理
 言語性操作     心像性 操作
 
※脳梁切断患者では、右視野にある絵(左脳の機能)の名前は言えるが、左視野にある絵(右脳の機能)の名前は言うことはできない。(ただし、左視野にある絵と同じ物を手探りで選び出すことはできる。)
※右半球損傷患者では、ヒマワリの絵を模写させると、左半分の花びらが描けていない(→左半側空間無視)。左半球損傷患者では、ヒマワリの絵全体を模写できる(→右半球が左右両視野への注意機能を持っている)。
 
 
§1.3 デルマトーム(皮膚分節: dermatome)
 おのおのの脊髄神経が支配する皮膚領域。
 脊髄は出入りする脊髄神経の高さによって31節に分けられる。脊髄の各部とつながる脊髄神経支配領域には分節構造があり、求心性の感覚神経による皮膚における分節が皮膚分節(デルマトーム: dermatome)であり、遠心性の運動神経による筋肉における分節が筋分節(ミオトーム: myotome)である。
 皮膚のすべての部位は、上下の隣接する2、3の髄節から同時に感覚神経を受けているので、個々の皮膚節の境界は明確ではなく、瓦を敷き詰めたように互いに重なり合っている。
 
 
§1.4 シェリントンによる感覚受容器の分類
 シェリントン(Charles Scott Sherrington: 1857-1952.イギリスの生理学者)は、受容器と刺激の関係から、感覚受容器を外部受容器(exteroceptor: 体外からの刺激に反応する受容器)と内部受容器(interoceptor: 身体内部からの刺激に反応する受容器)とに大別した(1926年)。
 外部受容器は、さらに遠隔受容器(teleceptor: 身体より遠く離れたところから発せられる刺激に反応するもの、視覚、聴覚、嗅覚の受容器)と接触受容器(tangoceptor: 皮膚や粘膜に直接接触した物に反応する、皮膚感覚や味覚の受容器)に分かれる。
 内部受容器は、さらに自己受容器(proprioceptor: 身体の位置や四肢の運動状態などに反応する、筋肉・腱・関節や内耳などにある受容器)と内臓受容器(visceroceptor: 内臓にある受容器)に分かれる。
 
 
§1.5 刺激と感覚
 
§1.5.1 感覚の投射
 刺激エネルギーが作用している感覚器官の受容面に当該刺激が存在すると感じられるのではなく、むしろその刺激エネルギーの発生源である外部の物体の位置にそれが存在するように感じられる現象のこと。
*ふつう、この現象は視覚・聴覚のような遠隔感覚について述べられている。しかし触覚においても、本来は皮膚の状態が変化している訳だが、通常触っている対象物の状態として知覚されている。
 
§1.5.2 適当刺激(適刺激) (adequate stimulus)
 それぞれの受容器は、それぞれの特定の種類の刺激に非常に敏感に反応する。この刺激を、その受容器の適当刺激(adequate stimulus)という。
 受容細胞を適当刺激の種類によって分類すると、光受容細胞(視覚)、機械受容細胞(聴覚、触覚、平衡感覚)、温度受容細胞(温覚・冷覚)、化学受容細胞(味覚、嗅覚)の4グループに分けられる。
 
§1.5.3 特殊感覚エネルギーの法則
 眼球を圧迫しても、視神経を電気刺激しても、目に光が作用したときと同じように光の感覚がおこる。このように、受容器から大脳皮質感覚領までの感覚系統において、そのどの部分に、どのような種類の刺激を作用させても、その感覚系統に固有な特定の感覚が生ずる。すなわち、感覚の1つの種類(モダリティ)に対して、1つの受容器が活動し、異なる神経線維によって伝導し、中枢神経系の異なる細胞に行くと考えられる。これを特殊感覚エネルギーの法則(law of specific sense energy)という。ドイツの生理・解剖学者ミュラー(J. P. Mueller: 1801〜1858年)が提唱した(1837年)。
 
§1.5.4 適刺激以外による感覚
 適刺激以外の刺激でも十分に強ければ感覚細胞を興奮させることができる。機械的刺激が網膜や視神経に加わっても、生じる感覚は“視覚”である。
 また、とくに強い刺激はその種類にかかわらず多くの場合侵害刺激となって痛みを伴う。
 
 皮膚上の冷点に45度以上の熱い刺激を呈示すると、冷受容器が一時的に興奮し、冷覚を生じることがある。これを矛盾冷覚(paradoxical sensation)という。
 
§1.5.5 感覚様相と通様相性現象
 連続的に変化するものとして体験される感覚内容を、感覚様相(modality)という。ヘルムホルツ(H. L. F. von Helmholtz: 1821-1894. ドイツの生理学者・物理学者)が提唱した概念。
 例えば、明暗・色・温度・重さなどの違いは、それぞれ連続的に変化する程度の差であり、それぞれ一つのモダリティである。しかし、例えば色と重さの違いは連続的には移行できない違いであって、これはモダリティの違いである。なお、視覚・聴覚・触覚などの感覚の種類もしばしばモダリティとして扱われている。
 
 ある種の感覚的特性が、モダリティを越えて共通に認められる場合を、「通様相性現象」(intermodality phenomenon)という。例えば、大きい−小さいは、視覚だけでなく、聴覚や触覚でも共通して感じられるし、明るい−暗いは、視覚だけでなく聴覚でも感知される。
※「ブーバ/キキ効果」(Bouba/kiki effect)と呼ばれる現象は、聴覚と視覚、さらには触覚との通様相性現象として解釈できる。これは、すでに1929年にケーラー(Wolfgang Koehler: 1887〜1967. ドイツのゲシュタルト心理学者)が報告し、最近ラマチャンドラン(Vilayanur S. Ramachandran: 1951〜. インド出身の、アメリカの神経科医・心理学者)が命名したものである。丸みを帯びた滑らかな曲線で囲まれた図形と鋭く尖ったぎざぎざの線で囲まれた図形の 2つについて、どちらがブーバ(bouba: 唇音)でどちらがキキ(kiki: 非唇音)であるかを尋ねると、母語の違いや大人・幼児といった違いにほとんど関係なく、大多数(98%)の人たちが丸みを帯びた図形をブーバ、ぎざぎざの図形をキキだと答る。これは、言語音と視覚的な形の印象についての通様相性現象と考えられる。形については視覚と触覚の間にも通様相性があるので、言語音と触覚的な形の印象についてもおそらく同様の効果があると思われる。日本語ではとくに擬態語が発達しているので、音声と視覚・触覚との間に広範な通様相性が認められるかも知れない。
 
 また、聴覚による明るさが視覚の明るさを強調するというように、通様相性が同方向に変化する現象を「共鳴現象」という。例えば、明るい印象を持たれる音楽は、映像の印象を明るくするという。
※1 音源定位などでは視覚優位であることが知られているが、この共鳴現象では聴覚優位になっている。
※2 このような共鳴現象は聴覚と触覚の間でも起こる。テクスチャーがまったく同じでも、手を動かしていると同時に聞えてくる音の違い(がさがさしたような音とさらさらしたような音)で触った感じが音の印象に誘導されて変化する(2007年3〜5月に大阪歴史博物館で開催の特別展「脳!−内なる不思議の世界へ」で体験。ただし私の場合、テクスチャーの感触を音情報の影響無しに感じることもできた)。
 
§1.5.6 視覚と聴覚が矛盾した時
 視覚は空間特性に優れ、聴覚は時間特性に優れている。そのため、音源定位などでは視覚優位で知覚され、継時的な刺激では聴覚優位で知覚される。
 音源定位における視覚優位:アメリカの心理学者ヤング(Paul Thomas Young)が、右側の音源からの音が左耳に、左側の音源からの音が右耳に聞こえるようにした「迷聴器(pseudophone)」という装置を考案。これを装着した被験者に眼を閉じた状態で音を聞かせると、方向指示は聴覚に応じたものとなる。ところが、眼を開いて音源が見えるようにした条件では、視覚が優位となるような音源定位をする。
 継時的刺激における聴覚優位:被験者には光刺激と音刺激を同時に呈示し、光刺激の頻度の差を答えるよう指示する。2回目の呈示で光は一定で音のみ頻度を変えているにもかかわらず、音の頻度が変わると回答が変わる。次に、音刺激の頻度の差を答えるように指示する。音刺激の頻度が変化せず、光刺激の頻度のみ変化する条件では、回答は光刺激からほとんど影響を受けない。(Recanzone, G. H. Auditory Influences on Visual Temporal Rate Perception., J. Neurophysiol. 89, 1078-1093, 2003)
 
§1.6 感覚の大きさ
 
§1.6.1 全か無かの法則(悉無律)(all-or-none law)
 刺激が閾値以下では反応(活動電位=インパルス)はまったく起こらず、閾値を超えると刺激の大きさにかかわらず常に一定の大きさの活動電位が現れる。
 閾値以上の刺激の強弱は、単位時間当たりのインパルス数の多少(頻度)に変換される。
※刺激の強さと活動電位の頻度の間には、刺激の強さと感覚の強さの間に成り立つ関係(§1.6.5 参照)と同じ関係が成り立つ(活動電位の頻度 F は、 F=kS^n)。すなわち、活動電位の頻度と感覚の強さは対応している。
 
§1.6.2 精神物理学(psychophysics)
 外的な刺激と内的な感覚の対応関係を測定しようとする学問。創始者はフェヒナー(Gustav Theodor Fechner: 1801-1887. ドイツの物理・心理・哲学者)。
 外的な刺激は物理量として客観的に測定できる。そこで外的な刺激と内的な感覚との対応関係が分かれば、内的な感覚も客観的に測定できることになる。
 
§1.6.3 ウェーバーの法則
 ウェーバー(Ernst Heinrich Weber: 1795〜1878年。ドイツの生理学者・心理学者)は、1834年、異なる重さの物体を比較する心理実験を行い、感覚の強さにちょうど識別しうる差が生じるのに必要な2つの重量の最小差ΔSは基準重量Sに関係し、
ΔS/S=C(一定)
であることを示した。重さに関してはC=1/30であるので、例えば 30gと 31g、 90gと 93gが識別の限界であるということになる。ちなみにCの値は、触覚0.01-0.02、視覚(明るさ)0.02-0.03、聴覚0.07、味覚0.05-0.15、嗅覚0.2-0.4となり、値が小さい程弁別能が良いことを意味する。(「感覚と運動」より)
 
[別の資料:『世界大百科』「感覚」] ウェーバー比(Weber ratio): 光の強さ1/62、手で持った重さ1/53、音の強さ1/11、塩の味1/5。
 
§1.6.4 フェヒナーの法則
 フェヒナーは、ウェーバーの法則を拡張して、感覚量E と刺激量 R との間に、
E=klogR(kは定数)の関係を導いた。すなわち、感覚の大きさは刺激の強度の対数に比例する。これをウェーバー‐フェヒナーの法則またはフェヒナーの法則という(1860年)。
 
§1.6.5 冪関数の法則
 Plateau(1872)や、S.S.Stevens (1906〜1973年:1957)らは、ΔSが基準刺激Sに比例して増加する時、これによって生じる感覚の強さの変化(ΔE)も基準感覚Eに比例すると考え、
ΔE/E=nΔS/S
とし、
logE=nlogS+b
を導いた。これは
E=kS^n
と書き表わすことができる。すなわち、 n<1 の時は、感覚の強さの増加の割合は刺激が強くなる程減少し、逆に n>1 の時は、感覚の強さの増加の割合は加速度的に増加する。 n=1 は、物体の長さを視覚で評価するときに得られる。
 下に、スティーヴンスが複数の被験者からマグニチュード推定法で得た値を平均して求めたという指数 n の値の一覧を示す。(Wikipedia「スティーヴンスのべき法則」より)
 
連続体     指数  刺激の条件
音量      0.67  3000 Hz の音の音圧
振動      0.95  60 Hz の振動を指で感じる振幅
振動      0.6   250 Hz の振動を指で感じる振幅
輝度      0.33  暗闇の中の5°のターゲット
輝度      0.5   点光源
輝度      0.5   短いフラッシュ
輝度      1    点光源の短いフラッシュ
明度      1.2   灰色の紙の反射
長さの見た目  1    投影された線
面積の見た目  0.7   投影された四角形
赤さ(彩度)   1.7   赤と灰色の混合
味       1.3   スクロース
味       1.4   塩化ナトリウム
味       0.8   サッカリン
臭い      0.6   ヘプタン
冷たさ     1    腕に金属を触れさせる
暖かさ     1.6   腕に金属を触れさせる
暖かさ     1.3   皮膚への熱の照射(小さい領域)
暖かさ     0.7   皮膚への熱の照射(大きな領域)
冷たさ(不快感) 1.7   全身への冷気の放射
暑さ(不快感)  0.7   全身への熱気の放射
熱さ(苦痛)   1    皮膚への熱の放射
触覚(粗さ)   1.5   紙やすりでこする
触覚(硬さ)   0.8   ゴムを握る
指と指の距離  1.3   ブロックの厚さ
掌への圧力   1.1   皮膚への一定の力
筋肉の力    1.7   一定の収縮
重さ      1.45  重りを持ち上げる
粘度      0.42  シリコン流体をかき混ぜる
電気刺激    3.5   指に電流を流す
声の大きさ   1.1   声の音圧
角加速度    1.4   5秒間の回転
時間      1.1   ホワイトノイズ刺激
 
※以上の法則は、中程度の強度の刺激についてのもの。
 
§1.6.6 エードリアンの法則
 感覚神経から記録されるインパルスについては、〈刺激の強さが増すにつれてインパルス頻度が増し、また放電活動する繊維の数も増す〉ことが知られている。これをエードリアンの法則(Adrian's law)という(1928年)。
 (Edgar Douglas Adrian: 1889-1977. イギリスの神経生理学者)
 
§1.6.7 リッコーの法則
 感覚の空間・時間特性については、次のようなリッコーの法則(Ricco's law)が知られている。
 ある強さの刺激が感覚を起こすためには、ある広さ以上の面積を刺激する必要がある。この面積を面積閾といい、ある面積以内(光刺激の場合は、視角20〜30度の大きさまで)では刺激の強さIと面積閾Aとの間にI×A=一定の関係が成り立つ(面積閾と刺激の強さは反比例する)。
 また、ある一定時間内(光刺激の場合は0.1秒)では、刺激閾I0と刺激の持続時間tの間に、I0×t=一定 という関係が成り立つ(刺激閾と持続時間は反比例する)。
 このように、狭い面積、短い時間の刺激によって起こる感覚は加重する。
 
§1.6.8 感覚の順応
 一定の強さの刺激を感覚器に持続的に与えていると主観的感覚の強さが次第に減少して、一定値に近づく。これを順応(adaptation)と呼ぶ。完全な順応にいたるのに要する時間は、刺激の強さに比例する。(例えば、圧刺激の場合、50mgでは2.4s、2000mgでは9.5sで完全に順度するという。)
 順応のために、一定不変の刺激より短い時間間隔で変化する刺激のほうが感知しやすいと言える。
 触覚、嗅覚は順応が速く、痛覚や深部感覚は順応が遅い。眼鏡や帽子の着用は時間の経過とともに意識しなくなるが、靴の中の小石による痛みはいつまでも続く。これは前者が順応の速い触覚によるものであり、後者が順応の遅い痛覚によるためである。
*触図では、線を示す場合、一定の高さと太さの滑らかな線で示すよりも、小さな点の連続として示すほうが、はるかに明瞭な線として触知できる。滑らかな線は触っているとすぐに触感覚の強さが弱まるが、連続した点は、刺激が次々に更新されるため、順応による触感覚の低下を避けることができる。
 

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§2 心理学的基礎

 
§2.1 感覚、知覚、認知
 まず、以下に『大辞林』より、感覚、知覚、認知の項目を引用してみる。
感覚: (1)目・耳・鼻・皮膚・舌などが身体の内外から受けた刺激を感じ取る働き。また、感じ取った色・音・におい・温度など。哲学的には、感覚は知覚の構成分であり、まだ意味づけられていないものとして知覚とは区別される。
知覚: (2)〔心・哲〕〔perception〕感覚器官に与えられた刺激作用を通して、外界の事物・事象を、ひとまとまりの有意味な対象としてつかむ働き。知覚を構成する基本的要素が感覚で、こちらは物理的属性との関係で部分的なものとして捉えられることが多い。
認知: (3)〔心〕〔cognition〕生活体が対象についての知識を得ること。また、その過程。知覚だけでなく、推理・判断・記憶などの機能を含み、外界の情報を能動的に収集し処理する過程。
 
●感覚(sensation):物理化学的エネルギーを感受しその存在を感知する機能
●知覚(perception):感覚的経験の適切な解釈に関する機能
●認知(cognition):感覚、知覚に学習、記憶、思考などの高次精神機能を含む
 
 
§2.2 感覚遮断(sensory deprivation)
 身体の内外に作用する感覚刺激を遮断すること。感覚遮断条件を完璧に設定することは困難であるが、感覚刺激の絶対量を減じたり、あるいは一様化することによって、ある程度まで達成される。例えば、被験者にプラスチックの目隠しをかけ、腕には円筒のカバーをつけて触刺激もできるだけ制限し、換気扇の一定の回転音がわずかに聞こえるだけの防音室に入れ、抵抗感のない柔らかいベッドに寝かせる方法などがある。
 このような感覚遮断状態では、被験者は白日夢の体験を生じ、考えがまとまらず、落ち着かず、幻聴や幻想が現れ、加算作業や図形知覚のような簡単な仕事もできなくなる。視覚面だけを遮断する動物実験としては、チンパンジー、ひよこなどを生後ただちに暗室で飼育する方法がある。
 これらの研究から、知覚や思考の機能を維持し、正常に発達させるためには、変化に富んだ適度の刺激が絶えず与えられ処理されることが必要だと言える。
 
【参考】臨界期と敏感期
 生体の発達の比較的初期において、ある刺激(経験)が与えられた時、その効果が最もよく現れる限られた時期を臨界期(critical period)という。しかし、その期間はそれほど厳密なものでなく、もっと緩やかな広がりのある可逆的なもの(=可塑性)であって、その意味で敏感期(sensitive period)と呼ばれることも多い。
 例えば、視機能の発達では 1歳半くらいがもっとも感受性が高く、 8歳くらいまで続くとされる。この期間内に適切な視覚刺激を受けないと正常な視機能が得られないことになる(幼児期に片眼だけを眼帯などで長期間遮ると、遮らない目の視力は発達するが遮った方の目の視力は発達せず「形態覚刺激遮断弱視」の状態になる)。なお、聴覚について、絶対音感は 5歳くらい、言語(とくに母語となり得る言語)の発達は 8歳くらいが臨界期だとする研究もある。しかし、視覚以外の諸感覚についてははっきりしたことはあまり分かっていないようだ。もちろん、人間の脳は極めて可塑性が高く、臨界期を過ぎてからでも実際に学習は可能であることが多い。
 
 
§2.3 対比(contrast)
 ある刺激によって起こる知覚は、空間的(あるいは時間的)に異なる第2の刺激によって影響される。そのような状況では、促通または抑制(とくに側抑制)効果が見られる。
 例えば一定の明るさの灰白色の小さい紙面の感覚的明るさは、その紙を黒い大きな紙の上に置く時より明るく(白く)見えるし、白い紙の上に置く時は暗く(黒く)見える。この現象を同時または空間対比(simultaneous or spatial contrast)という。
 灰白色の紙が大きいときは、黒い紙と接する周辺部分が中央の部分よりより白く見えるし、また白い紙と接する場合はより黒く見える。すなわち、境界部分でコントラストが増す。この現象を辺縁対比(border contrast)という。
 また、白い紙を見て次に黒い紙を見ると黒い紙はいっそう黒く見え、黒い紙を見て次に白い紙を見ると白い紙はいっそう白く見える。この現象は継時または時間対比(successive or temporal contrast)といわれる。
※1 促通(facilitation): 複数の刺激が同時に与えられた時、単独の時に引き起す興奮の和以上の大きな興奮を生じること。
※2 側抑制(lateral inhibition): ある細胞の活動が、隣接する細胞の働きによって抑制されること。詳しく説明すると、側抑制を含む並列回路の一部に興奮性の入力があった場合、入力を受けた部分の神経細胞は互いに抑制し合って出力を低下させ、入力のない部分との境界にある神経細胞だけが抑制を逃れて入力に応じた出力を維持し、さらに、入力が無かった側では、出力の大きな神経細胞に隣接した神経細胞が抑制され負の出力を送り出す。こうして、本来の入力は非入力部分との境界を強調した形に変形され、境界部分のコントラストが増し分解能も高められる。側抑制は視覚系において詳細に研究されているが、触覚においても同様の効果があるようだ。
 
§2.3.1 色彩の対比
 同じ色でも背景の色により異なって見える。
 
●明度対比: 灰色のアゲハチョウの形を、黒(明度が低い)の背景と白(明度が高い)の背景に置いた時の見え方の違い。
 黒の背景の時: チョウの灰色が明るく感じる。
 白の背景の時: チョウの灰色が暗く感じる。
 
●色相対比: 緑色のアゲハチョウの形を黄色と青緑の背景に置いた時の見え方の違い。
 黄色の背景の時: チョウは青みがかった緑色に見える。
 青緑の背景の時: チョウは黄色みを帯びて見える。
 
●彩度対比: 赤紫色のチョウをピンク(彩度が低い)の背景と赤(彩度が高い)の背景に置いた時の見え方の違い。
 ピンクの背景に置いた時: チョウは、はっきりと鮮やかな色に見える。
 赤の背景に置いた時: くすんだ色に見える。
 
*触覚でも対比の現象はしばしば見られる。例えば、強さの異なる同種の 2つの刺激が左右の手に同時に与えられた時、弱い刺激は、それが単独で与えられた時よりも、いっそう弱く感じられる(まったく感じられないこともある)。
 
 
§2.4 知覚の恒常性
 対象を見る条件がいろいろに変わっても、同じ物はつねに同じに見えるようにする知覚の働きを示す現象。
●明るさ(白さ)の恒常性
 照明の強さと無関係に黒い物は黒く、白い物は白く見える現象。
 
●色の恒常性
 照明光のスペクトルが大幅に変わっても、その物に固有の色が見える現象。
※カッツ(D. Katz)によれば、紙に穴を開けるなどして、穴を通して対象を見ると、色の恒常性は失われ、明るさの影響を受けるようになるという。このように周囲を見渡すことが出来ない状態では、色の恒常性は失われるようだ。
 
●大きさの恒常性
 対象の距離を変えても、その大きさが同じに見える現象。対象物との距離が2倍になれば、網膜像は半分になるが、そんなに小さくは見えない。
 
形の恒常性: 見る角度を変えても、形が同じに見える現象。たとえば、レコードを斜め上から見るとき、網膜面の像の形状は楕円だが、レコードは依然として円に見える。本を斜め上から見ても台形には見えず、長方形にみえる。
 
 
§2.5 形の知覚
 このように対象が視線に対して傾き、網膜面の像の形状が変化しても、形の知覚は変わらないが、対象を面上で回転するとき、あるいはプリズムなどで網膜面の像の方向を回転するときには、網膜面の像の形状は変化しないにもかかわらず、形の知覚は変化する。文字や写真を上下逆さにすれば、文字は読めなくなり、人の顔はだれだかわからなくなる。例えば、45度回転した正方形は、正方形には見えず、上下の2つの角は鋭角に、左右の 2つの角は鈍角に見える。
 また文字では対象の形状が同じであっても、文脈によって異なる形に知覚される。たとえば、BはABCではBに、12B14では13に知覚され、AはCATではAに、TAEではHに見える。
 図形を描いた紙の上に小穴をあけた厚紙を置き、ほかの人に、図形の輪郭が小穴から外れないように、図形を描いた紙を動かしてもらう。このときには図形は認知されない。しかし、観察者自身が紙を動かすときには、目に与えられる刺激が同じであっても、図形は明らかに認知される。この事実は触覚、触運動知覚でもみられ、能動的動きが形の知覚に重要であることを示す。
 
 
【参考】色のイメージ
 (資生堂 「視覚障害者向け点字美容テキスト(メーキャップ編)」より)
 色はそれぞれに感情(色彩感情)をもっていて、見る人に心豊かに語りかけ、様々な印象(イメージ)を与える。
暖色系: 赤紫、赤、橙、黄色など。太陽の光や炎を連想させ、暖かさ、情熱、喜びなどを感じさせる
寒色系: 緑、青緑、青、青紫など。水や湖を連想させ、冷たさ、すがすがしさなどを感じさせる
 
●各色のイメージ
赤: 活動的、情熱、喜び
桃色: 愛らしさ、優しさ
黄色: 楽しい、軽快、明朗、陽気
緑: 若々しい、新鮮、平和
青: 涼しい、落ち着き、知的
紫: 優雅、高貴、神秘、魅惑的
橙: 活発、元気、明るい
白: 清楚、清純
灰色: 落ち着いた、地味、洗練された
茶色: 落ち着き、上品、モダン
黒: 知的、シック
 
 
§2.6 仮現運動(apparent movement)
 一定位置にある刺激対象が、瞬間的に出現したり消失したりすることによって、あたかも実際に運動しているように見える現象。
 α、β、γ等の種類があるが、以下、Β運動(狭義の仮現運動)について記す。
※Α運動: 主線が同一の長さをもつミュラー=リヤーの図形の外向図形と内向図形とを同一場所に交互に提示した場合に、その主線が伸び縮みして見える現象。
 Γ運動: 1つの刺激対象を短時間提示した場合に、出現するときには膨張するように、消失するときには収縮するように見える現象。
 
●Β運動
 第1の刺激対象を瞬間的にある場所に提示した後、多少の時間間隔をおいて第2の刺激対象を瞬間的にやや離れた場所に提示すると、初めの場所から次の場所へと動きが感じられる。これがベータ運動で、映画はこの現象を利用したもの。
 2つの対象を提示する時間間隔があまりに短い(約30ms以下)時は 2つは同時に見え(同時相)、時間間隔が長いと(約200ms)、 1つが消えて 1つが出現するように見える(継時相)。その中間ではスムーズに動くように見える(最適時相)。
 
●コルテの法則(Korte's law)
 仮現運動(β運動)の最適時相を規定する3条件の間の関係に関する法則。
 2つの光点の刺激強度をi、両光点間の空間的へだたりをs、これらの提示時間と点滅の間隔時間を合せた時間をgとすると次の式が成り立つ。
ψ=f(s/i・g) (fは関数)
 この式のψは、これがある値のとき最適運動(→φ現象)が起り、それより大となると同時印象、小となると継起印象が現れるような値と定められている。
 
*触覚における仮現運動
 触覚は視覚に比べて時間特性が優れているため、視覚ほどには仮現運動は起りにくいようだ。私の実験では、指など空間特性の優れた所よりも、背中などのように空間定位の鈍い所のほうが継時的な刺激を仮現運動(例えば這っているような動き)として感じやすいようだ。
 また、視覚では各刺激の間にまったく刺激のない状態があっても仮現運動は生じるが、触覚では各刺激が部分的に重なっている時に仮現運動を感じやすい。
 
 
§2.7 タウ効果(τ effect)とカッパ効果(κ effect)
 心理的な時間感覚と空間感覚は相互に影響し合う(=時空相待: relativity of time and space)。
 3光点A,B,Cが順に提示されるとき、AB間、BC間の空間間隔が等しくても、時間間隔に差があれば、時間間隔が長いほうが空間間隔も長く感じられる(タウ効果)。逆に、同じ時間間隔で呈示されても空間間隔に差があると、空間間隔の長いほうが時間間隔も長く感じられる(カッパ効果)。
 このような効果は、視覚だけでなく聴覚や触覚についても確認されている。
 
 
§2.8 充填
 目の盲点には視細胞がまったく無いので、盲点に当たる視野の部分は欠落していて当然だが、周囲の視覚像が盲点に当たる部分にまで拡大されて回りの風景と同じような特徴を持ったものとして見えている。このような現象を「充填」という。緑内障の初期などにも充填の現象は見られるようだ。
 
*触覚では、欠けている部分の感覚を補って知覚されるのが普通である。例えば、平な机の面に手を置いたり、球形のボールを握ったりする時、実際には指や手のひらは飛び飛びに平面や球面の一部に触れているにすぎないが、触れていない部分についても触っている部分の感覚が延長されて、連続した平面や球面として知覚している。
 
 
§2.9 シャルル・ボネ症候群(Charles Bonnet Syndrome)
 (http://sprott.physics.wisc.edu/pickover/pc/bonnet.html よりの訳)
 シャルル・ボネ症候群の人たちは、もう1つの世界に由来するいろいろな存在を見ている。多くの科学者はこれらの視覚像を幻覚と呼ぶだろうが、一部の科学者はこの症候群を平行してあるリアリティへの入口だと考えている。
 シャルル・ボネ症候群の人たちは、それ以外は精神的に問題ない。このような像は、加齢に伴う黄斑部変性のような眼疾患の結果視力が低下した人たち、あるいは両眼を摘出してしまった患者たちに現われる。シャルル・ボネ症候群は、教育水準の高い高齢者にはより普通にみられることだ。
 ボネ症候群の人たちは、ゆがんだ顔、衣裳を身に着けた人物、幽霊、小人のようなものが突然見えてくると言っている。
 たいていのボネ症候群の人たちは、帽子をかぶった存在を見ている。例えば、あるごく普通の女性は、静かにくつろいで座っている時に、2インチの高さの、シルクハットをかぶった煙突がいくつも、彼女の前をパレードしながら進んで行くのを突然見た。彼女はその煙突を1つ捕らえようとしたが、できなかった。彼女のただ1つの医学的な問題は、黄斑部変性のためわずかしか見えていないことだった。
 ボネ症候群の人たちの50%は、見開いた目と突出した歯をもった見知らぬ人の、身体の無いあるいはゆがんだ顔を見ている。しばしばその見知らぬ人たちは、外形あるいは戯画的な形としてだけ見られている。
 ボネ症候群の人たちはまた、のどかな風景や渦巻きのようなものを見ている。多くのボネ症候群の人たちは、実物大あるいは小さいサイズの、風景や人の集まりのような、まったく新しい世界を見ているのだろう。
 たぶん視力が低下すると、脳の視覚野が情報を渇望し、脳が平行してあるリアリティに自由に近付くようになるのだろう。
 このような状態については、シャルル・ボネというスイスの哲学者が1760年に初めて記述している。ボネは、白内障で失明した彼の祖父が、彼には見ることのできない鳥や建物について述べていると記している。
 
※触覚では、類似の現象に幻肢(phantom limb)がある。事故や手術で四肢を失った後でも、あたかもそれが存在するかのように感じられる現象。(四肢が突然麻痺した時にも起こる。)実際にはすでに失われている部位にかゆみや痛みを感じたり、ときにはそれを動かそうとしたり、使ってみようとしたりする。
 なお、幻肢は、下肢を膝から無くした人が大腿部を刺激されると足が存在するように感じたり、乳房を切除した癌患者が耳たぶを触られると乳首があるように感じるなど、別刺激によって誘発されることもある。これには、体性感覚野で隣り合った部分が影響していると思われる。
 
 
§2.10 盲視(blind sight)
 1973年にイギリスの神経心理学者ワイスクランツ(Lawrence Weiskrantz)らが初めて報告した事例。眼球や視神経など末梢は正常だが、事故などで後頭葉の第一次視覚野が損傷を受けた場合に見られる症例。第一次視覚野の損傷箇所により、それに対応する視野の部分(一部または全部)が欠けて、その部分では明暗や色や形などはまったく見えなくなる。しかし、見えなくなっているはずの患者の視野に物体を置き、その患者にその物体に手を伸ばすように言うと、かなりの正確さでそれを実現できる。患者はそれができたことに驚く。実際その患者はそこには何も見えていないと言う。また動きに対して反応することもでき、ある程度物体の方向にも反応できる。
 網膜から視神経までは視覚情報の経路は基本的に一つ(直列)なので、網膜や視神経などの視覚経路の末梢側が損傷するとそれ以降に視覚情報は伝わらないことになる。視神経以降では視覚情報は視覚経路の末梢から脳内の複数の中継核に運ばれて様々な所に伝達され、情報経路は並列化している。我々が通常視覚と呼んでいる〈意識できる視覚〉は、その中の第一次視覚野を経由してさらに高次の視覚野に行く経路によって生じている。しかし、この経路とは別に、上丘を経由して運動系に直接入ってゆく経路等もある。この経路は進化的に旧い回路で、ほとんど意識に上らない状態で対象物にたいするいろいろな反応を調節しているようだ。第一次視覚野が損傷している人に起こる盲視という現象は、第一次視覚野を経由しない(視覚意識をもたらさない)視覚情報の経路の働きで起きると考えられる。
 
※盲視と同様の現象は、触覚や聴覚でも起こることが知られている。触覚の例では、体性感覚野に障害のある患者は右手の平から腕までに触覚がないが、にもかかわらず触れられている場所を言い当てることはできる(“Localization without content. A tactile analogue of 'blind sight'.” J. Paillard, F. Michel, G. Stelmach)。
 
*体性感覚の情報処理については、第一次体性感覚野から第二次体性感覚野へと直列的な処理が行われていると考えられているようだが、もし上の例が間違っていなければ、一部の情報についてはSTを経由せずにSUに向かう回路があるのかもしれない。
 
 
§2.11 共通感覚 (コイネー・アイステーシスkoine aisthesis)
 (以下は、『日本大百科全書』の資料「アリストテレス哲学の基本概念』による)
 アリストテレス哲学の基本概念の1つ。
 特定の感覚器官(目、耳、鼻、舌、皮膚)による特定の感覚は、それぞれ固有な感覚対象をもつが(視覚には色が、聴覚には音が、嗅覚にはにおいが、味覚には味が、触覚には温冷・硬軟という感覚性質が、それぞれ固有の感覚対象としてある)、これらの特殊な感覚のいくつか、または、すべてによって共通に覚知されるものがある。「運動」「静止」「形状」「大きさ」「数」「一」がそれである。これら共通の感覚対象が覚知されるのは、特殊な感覚能力のすべてに内含される共通の感覚能力による。これを「共通感覚」という。
 共通感覚によって、我々は、@前述の共通な感覚対象を覚知するだけではなく、Aいくつかの特殊な感覚性質が同じ一つのものの感覚性質であること(たとえば、胆汁について、それが苦いものであるとともに、黄色いものであること)を覚知し、さらに、B我々自らの感覚の働きそのもの(たとえば、我々が見たり聞いたりしているということ)を覚知する。ラテン語では sensus communis という。
 
【参考】中村雄二郎著『臨床の知とは何か』より
 「すなわち、現代生理学の分類では、人間のすべての感覚は@特殊感覚(視覚・聴覚・臭覚・味覚・平衡感覚)A体性感覚(触覚・圧覚・冷覚・痛覚・運動感覚)B内臓感覚(臓器感覚・内臓痛覚)という三つに分けられている。そしてこの分類は@脳神経連絡の諸感覚A脊髄連絡の諸感覚B内臓連絡の諸感覚という基準によっている。この知見から言えることは、昔からただ<触覚>といわれてきたものは、単に皮膚の接触感覚にとどまらない<体性感覚>に属するものであり、それは同じく体性感覚に属する筋肉感覚や運動感覚と密接に結びついて働く、ということである。
 いいかえれば狭義の触覚も体性感覚のひとつとしてその基礎の上に、筋肉感覚や運動感覚と結びついてはじめて具体的な触覚として働くのである。そして昔から共通感覚とは別に、触覚が五感を統合するといわれてきたが、それは狭い意味での触覚のことではなく、触覚に代表される体性感覚のことだったのである。さらに諸感覚が共通感覚によって統合される時、実は体性感覚が統合のベースになっていたのである。」
 
 
§2.12 共感覚(synesthesia)
 共感覚とは、「一つの感覚の刺激によって別の知覚が不随意的に引き起こされる」(リチャード・E・シトーウィック)こと。
 例:ものを食べると指先に形を感じる、音を聞くと色が見える、文字の形や音から色が見える、見ただけで触ってもいないのに触感を感じる
※日常でも、「きいろい声」「やわらかい光」「つめたい色」など、共感覚的な表現はよく使われている。
 
 
§2.13 ゲシュタルト
 ゲシュタルト(gestalt): 全体性を持ったまとまりのある構造
 
§2.13.1 基本的な考え方
 知覚は単に対象となる物事に由来する個別的な感覚刺激によって形成されるのではなく、それら個別的な刺激には還元できない全体的な枠組みによって大きく規定される。部分(要素)の性質は、それを含む全体(ゲシュタルト)に依存する。例えば、メロディーは個々の音の総和以上の全体的特徴をもつし、構成要素である個々の音を一定音階だけ変化させても同じメロディーとしての特徴は保たれる。
 要素は、全体の中でどのように位置づけられ、どのような役割を持つ部分となるかによって、その性質が変わってくることになる(=全体的特性が部分を規定する)。
 
*ゲシュタルト心理学の成果は主に視知覚から得られたものである。触知覚ではまず全体性とは無関係に部分部分ごとの情報が入ってくるため、しばしばゲシュタルト的な把握とは異なった風に知覚される(例えば、地のテクスチャーが注目されたりする)。しかし、経験を積み、頭の中で全体をイメージして全体と部分を相補的に関連付けられるようになるとともに、ゲシュタルト的な把握がかなりなされるようになり、また実際触図などの理解のためにそのような把握の仕方は有効である。
 
§2.13.2 図と地(figure and ground)
 視野に 2つの領域が存在するとき、一方の領域には形だけが見え、もう一つの領域は背景を形成する。背景から分離して知覚される部分(形)が「図」、背景となるものが「地」。
 一般に図となる領域は、形と輪郭線とものの性質をもち、面が固い感じで位置が明確で浮き上がって見え、一方、地は、形も輪郭線ももたず材料的性質をもち、面が柔らかく定位不明確で図の背後に一様に広がって見える。
 
*触覚で図になりやすいのは、盛り上がった領域、ざらざらした領域、硬い領域、温かい領域、閉じた領域、凹凸などがより密に変化している領域、より狭い領域、触野内のより中心の領域、時間的により初めに触れた領域など。
 
§2.13.3 体制化(群化)の要因 
 体制化(群化): 視野内で図−地が分化し、さらにまとまってグループを作る過程
※プレグナンツの法則(Gesetz der Praegnanz): ウェルトハイマー(Max Wertheimer: 1880〜1943年。ドイツの心理学者)が提唱した一般原理。人間には、事物や図形を知覚したり記憶したりする際に、それらを、そのときの条件の許すかぎり、簡潔化された規則的な形態ないし構造をもつものとして把握する傾向があり、これを「プレグナンツの法則」とした。以下に示す体制化(群化)の要因は、この法則の具体的な表現ということができる。
 @近接の要因: 互いに接近している要素はまとまって知覚される傾向にある。
 A類同の要因: 互いに類似している要素はまとまって知覚される傾向にある。
 B閉合の要因: 互いに閉じ合った領域は、近接の要因に勝り、一つのまとまりと知覚される傾向にある。
 Cよい形の要因: 円や四角・波形など、単純で規則的・対照的な形のほうがひとまとまりとして知覚される。
 Dよい連続の要因: 滑らかにつながるものはまとまって知覚される傾向がある。
 E共通運命の要因: この要因は要素の運動・変化に関わるもので、同一方向に動くものは1つのまとまりとして知覚される。
 F過去経験の要因: 経験を重ねてきたものがそのようにまとまりやすい。(ただし、この効果は他の要因と拮抗するときは弱くなる。)
 
※大坪治彦は、いくつかの単純な幾何学的な錯視図形について触知覚でも錯覚が生じるかを実験し、Muller-Lyer図形、水平・垂直線図形、Sander図形については全盲者による触知覚でも錯覚が生じると報告している(私について追試してみると、これらの図形とともに Ponzo図形でも明確に錯覚が生じる)。このことは、部分部分を継時的に触ってゆく触知覚でも、それらを全体的なイメージにまで組み立てることで視覚と同様にゲシュタルト的な効果が生起することを示唆しているように思われる。さらに、水平・垂直線図形については、§3.4.2で述べる、異方的に構造化された空間概念も影響しているように思う。
 
 
§2.14 認知
 
§2.14.1 パターン認知(pattern cognition)
 パターン認知:様々に形態の異なるものを同じ一つのものと知覚すること
 (例: 同じ手書き文字でも形は異なるが、同じものと知覚)
 
@鋳型照合モデル
 ・記憶内に入力パターンと対応する各種の鋳型が蓄積
 ・刺激が入ってくると、鋳型と一つ一つ照合する
【問題点】
 鋳型がいくつ合っても足りない
 形がかなり歪んでいても同じものと認識できることを説明できない
 
A特徴抽出モデル
 ・複数段階の処理を仮定
 ・特徴に関する分析
 ・統合→記憶との照合→認識
 
〈パンディモニアム・モデル〉(特徴抽出モデルの1つ。視覚情報の認知について。Selfridge, 1959)
 ・「イメージデーモン」:入力(視覚像)を記録、短時間保持
 ・「特徴抽出デーモン」:イメージから特定の特徴を探索
 ・「認知デーモン」:特徴抽出デーモンの反応を監視。各認知デーモンはおのおの1つのパターンを認知。(当該の特徴が、特徴抽出デーモンの中にあれば反応し、特徴の数が多いほど強く反応。)
 ・「決定デーモン」:一番活性化している認知デーモンを選びとる。→あるパターンが認知される。
 (神経生理学の知見と対応 →妥当性のあるモデル)
 
§2.14.2 無意識的推論 (または文脈効果)
●無意識的推論
 不確定な感覚情報を過去経験と結びつけて、素早く一つの解釈に至る過程。過去経験や期待や知識が影響する。
 例:多義的な網膜刺激を、規則的で単純な同じ形として見る。
 
●文脈効果
 情報処理において、対象が文脈に適合するものである場合は、その認知が促進されるが、適合しない場合には、認知の遅れや誤認といった負の効果が生じる。文脈効果は、当該刺激が曖昧な場合に明瞭に認められる。
 
§2.14.3 トップダウン処理とボトムアップ処理
●トップダウン処理(概念駆動型処理)
 知覚情報に基づいた低次元レベルの処理を行う前に、文脈による期待や知覚の構えが作られて、その期待や構えに即したデータを捜して処理する様式。
 意味不明だったり図と地の文化が困難な情報の認識に効力を発揮する。しかし、認知的バイアスやエラーを生じさせることもある。
 
●ボトムアップ処理(データ駆動型処理)
 低次レベルでの感覚情報にもとづいた部分処理がまず行われ、より高次なレベルへと処理が進んで行く方式。
 パンディモニアム・モデルはこれに当たる。
 
※実際の認知では、トップダウン処理とボトムアップ処理はどちらかだけが行われるというよりも、大抵の場合相補的に両方とも行われる。
*触知覚では、一度に触ることのできる情報量がより限られているため、過去の経験や相互に関連し合った多種の言葉や知識に照らしつつ先を推測し(トップダウン型)、また順次入ってくる触覚情報に照らしてしばしば修正しつつ(ボトムアップ型)、効果的に全体の意味やイメージをとらえていくことができる。
 
§2.14.4 選択的注意
 多くの情報が存在する中で、いくつかの特定の情報のみを意識すること。
 情報処理容量には限界があるため、注意の範囲が広くなればそこでの情報分析能力は粗く、注意の範囲が狭くなれば詳細な情報分析がなされる、と考えられる。
 
●カクテルパーティ効果
 特定の情報に選択的な注意を向け、他の情報を無視することができる現象。(パーティ会場で多くの人たちがあれこれ話をしていても、自分の名前とか、自分が聞きたいと思っている人の話は聞き分けることができることから、このように命名された。)
 この効果を説明する考えとして、次のような説がある。
@ブロードベンドのフィルター説:注意をむけていない刺激はシャットダウン
Aトレイスマンの減衰器説:注意を向けていない刺激は小さくなる
Bカーネマンの限界容量説:注意能力には限界がある
 
 
§2.15 記憶
 
§2.15.1 記憶の過程
 記憶は、符号化、貯蔵(保持)、検索からなる3つの過程。
 
●符号化(記名) (encoding)
 外部からの刺激や情報を、処理可能なデータに変換し、記憶に取り込む過程。
 
●貯蔵(保持) (storage)
 符号化(記銘)されたことが保たれること。この時期には、取り込まれた情報は内部で貯蔵されており、外には現れない。
 
●検索(想起) (retrieval)
 保持されていた記憶が、ある期間の後に外に現れること。
 想起には、再生(recall: 以前の経験を言葉や絵で再現すること)、再認(recognition: 「以前経験したこと」を経験した場合に「経験した」と確認できること)、再構成(reconstruction: 以前経験したことを、その要素を組み合わせて再現すること)がある。
 
§2.15.2 3種の記憶保持
 記憶の貯蔵(保持)には、次の3段階がある。
 
@感覚記憶(sensory memory)
 感覚受容器で受け取った情報をそのままごく短時間保持する。この段階ではほとんど符号化されておらず、その中の一部が符号化されて次の短期記憶に転送される。
 視覚情報の感覚記憶をアイコニックメモリ(iconic memory)と言う。容量は大きいが保存される時間が短く、約0.5秒しか保存できないとされる。また、聴覚情報の感覚記憶はエコイックメモリ(echoic memory)と言われ、容量は小さいが、保存時間はアイコニックメモリより長く、約4〜5秒の保存が可能だとされる。触覚や身体感覚・嗅覚など他の感覚についても、それぞれの感覚モダリティに応じた保存様式が想定される。
 
A短期記憶(short-term memory)
 短期記憶は、1次記憶(primary memory)、作業記憶(working memory)、直接記憶(immediate memory)などとも呼ばれる。
 感覚記憶に入った情報の一部は、パターン認識で符号化され、短期記憶となる。短期記憶の保持は、数十秒と短い。
 短期記憶は、個人内における情報処理の作業場として働く(→ワーキングメモリ)。
 短期記憶の容量には限界があり、その記憶容量の範囲は 7±2チャンクとされている(G. A. Miller, 1956)。
※記憶の単位となる情報のひとまとまりを「チャンク(chunk)」という。無意味綴りでは7文字前後しか覚えられないが、意味のある単語、語句、さらには文等へと、階層的に繰り上げてチャンキング(再符号化)していくことによって、実際の記憶量は増していく。なお、最近の研究には、短期記憶の容量のチャンク数は 7より小さいとするものも多い(例えば、G. Mandlerは 5±1チャンクとしている)。
*点字の触読をはじめ触覚情報は継時的に入ってくるので、意味のあるまとまりへとチャンキングしていくことがとても大切になる。
 
 復唱することで、情報を一時的に短期記憶に保持できる(維持リハーサル)。さらに、十分に繰り返し、意味的連想やイメージ化をすると、情報は長期記憶に転送され、記憶される(精緻化リハーサル)。
※二重符号化説(dual-coding theory: Pavio,1971): 表象システムにはイメージと言語の二つの様式があり、入力刺激はこれらのいずれか、あるいは両方のコードに符号化され処理される。イメージ化・言語化の両方でコード化できるほうが記憶が定着しやすい。
 
B長期記憶(long-term memory)
 長期記憶の容量には限界がなく、ほぼ半永久的に保持される。また、普段は意識されず、必要なときに検索されて、短期記憶に転送される。
 長期記憶は、宣言的記憶(declarative memory)と手続き的記憶(procedural memory)に大別される。宣言的記憶は、言葉やイメージで表現することのできる、事実に関する記憶である。手続き的記憶は、一定の認知活動や行動の中に組み込まれている記憶で、必ずしも言葉やイメージで他人に伝えることができるとは限らない。
 宣言的記憶はさらに、エピソード記憶(episodic memory)と意味記憶(semantic memory)に分けられる。エピソード記憶は、例えば「昨日本屋で本を買った」というように、時間・空間的に定位された自己の経験に関する記憶である。意味記憶は、例えば「本は紙で出来ている」というように、単語あるいは言語的シンボルの意味や関係についての一般的知識の体系的記憶である。
 手続き的記憶は、技能(skill)と条件反射(conditioned response)に分けられる。技能は、運動や楽器演奏など、練習によって運動能力が向上し、段階的に修得するものである。条件反射は、訓練や繰り返しによって意識せずに運動できるようになることである。
 

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§3 触覚の定義

 ここでは触覚を、もっとも狭義の触覚から、もっとも広義の、体性感覚(身体感覚)の一部としての触覚についてまで考えてみる。
 
§3.1 狭義の触覚
 触覚は、皮膚表面の何らかの機械的変形によって生じる感覚である。ただし、自分自身の身体の運動(指・肘・膝・腰・首などを曲げたり伸ばしたりねじったりした時など)によって生じる皮膚の変形は、ふつう(狭義の)触覚情報としては意識されない。すなわち、外部からの物ないし力によって引き起される皮膚の機械的変形が触覚情報として意味を持つと言える。
 触感覚の種類としては、接触、圧迫、動き、振動、硬軟、粗滑などを区別できるが、実際の触感覚はそれらが組み合わさって多様なものとなる。
 皮膚の大きな機械的変形は、触覚とともに痛覚をももたらす。その場合、ふつうは痛覚のほうが優先して意識され触覚は背後に退く。
 触覚の特徴などについては、§4以降で詳しく述べる。
 
 
§3.2 皮膚感覚(cutaneous senses)
 皮膚は、身体と外部環境との境界として、身体を外部環境から保護し、また外部環境の様々な情報を受け取っている。すなわち、皮膚は身体の防護器官であるとともに、それ自体大きな感覚器官であるとも言える。
 皮膚は、身体の外形を保持し、外部からの色々な刺激から身体組織を守り、水分などの侵入や漏出を食い止め、体温を調節している。また、表皮のメラニンは日光とくに紫外線の侵入を阻止し、皮膚の表面を覆う脂質のエマルジョンは弱酸性であり、細菌や真菌の増殖を食い止める作用がある。
 他方、表皮の下層・真皮・皮下組織中には、多くの感覚受容器が散財し、機械的刺激、温度刺激、色々な侵害刺激に反応する。すなわち、体表には、その密度は部位によって異なるが、触覚、温・冷覚、痛覚の受容器が広く分布しており、皮膚に何かが触れると、これらの一部またはすべての組み合わされた感覚が生じる。これが皮膚感覚である。
※1 皮膚の構造: 皮膚は表皮(epidermis)と真皮(dermis)とから成る。表皮は、下層から順に、胚芽層、顆粒層、透明層、角質層の4層からなり、胚芽層で盛んに細胞分裂が起こり、角質化の進行に伴って表層に移動し、完全に角質化した死んだ細胞は表面から次々に剥離していく(有毛部では、無毛部より角質層が薄く、透明層はない)。真皮は乳頭(papilla)と呼ばれる無数の突起を表皮に向かって伸ばしており、凹凸の激しい広い接着面により、表皮と真皮は決して離れることなくぴったりくっついている。真皮は丈夫な繊維性の結合組織である。その中心はコラーゲンからなる膠原繊維で、その他にエラスチンからなる弾性繊維、およびそれらの間隙を満たす結合組織基質から成り立っている。真皮の中には、毛嚢や汗腺などの皮膚付属器官が埋められており、また血管やリンパ管、および神経が通っている。真皮の下には皮下組織がある。
※2 無毛部と有毛部: 手掌部、足底、唇だけが無毛部で、その他体表の大部分は有毛部(有毛部にも硬毛の部分と産毛の部分がある)。有毛部は主に接触した物を受動的に感じているのにたいして、無毛部は主に能動的・探索的に触情報を得るのに使われる。また有毛部では、物が皮膚表面に直接接触しなくても、毛に物が接触することで生じる僅かな毛の動きから物の存在を感知することができる。
 
 皮膚感覚は、視覚などの他の特殊感覚と異なり、局所的ではなく身体全体に行き渡っており、皮膚のあらゆる部分に広がっているが、人間の場合には、指先と口唇でとくに発達している。誕生したばかりの新生児は、まず口唇で物に触れ、形や温度を確かめている。手指や手掌で外界を能動的に探索し操作するようになるのは、その後の発達においてである。
 
【参考】手の働き
 20世紀初頭のドイツの道具研究家ヘーリヒ(Friedrich Herig)は、手の動作と道具の系統的分類を行っているなかで、手の働きを、@つかむ手、A保つ手、B形づくる手、C探る手に分類している。とくに探る手として「触る」と「感じる」の二つの要素をあげ、探る手はあらゆる作業にきわめて大きな役割をもっていると述べている。
 すなわち、手は、触知覚のための重要な感覚器官であると同時に対象を自在かつ微妙に操作するための運動器官であり、そういう意味で、対象にたいして知覚作用と運動作用を一体的に行う特殊な器官だということができる。
※1 指紋の役割: 指紋の下部には神経終末装置に富む触覚小球(主にパチニ小体)があり、この部分の触覚はとくに鋭敏である。しかも指紋のしわは、物をつかむ場合には摩擦を大きくする働きをもっており、滑り止めの役割を果たしている。
※2 爪の役割: 爪はたんに指先を保護しているだけではない。指骨の延長として指の先端部の後面をしっかり支え、指先で物を強く挟んだり、微細な作業を可能にしている。堅い表面の細かな凹凸やテクスチャー(粗さの程度)については、指先とともに爪端で確かめるとより明瞭になることが多い。
 
*足裏(足底と足指)の触覚感受性はあまり高くはないが、歩行時、とくに視覚障害者の歩行では触覚情報の重要な入口となっている。歩行時には足裏に1cm^2当たり少なくとも数百グラムの圧力が加えられており、 1cmくらいの厚さの靴底を通しても路面の材質・凹凸・傾きなどをかなり正確に知覚できる。
 
 皮膚感覚には、触覚、温・冷覚、痛覚がある。以下、温度感覚と痛覚について述べる。
 
※くすぐったさやかゆさのメカニズムについてはまだよく分かっていないようだが、触覚、温・冷覚、痛覚などの複合感覚としてとらえられていることが多い。構成主義心理学(structural psychology)のティチェナー(Edward B. Titchener, 1867-1927)は、くすぐったさを圧覚(深部感覚)と痛覚の相互関係で成り立つ感覚だと考え、触覚ピラミッド(touch pyramid: 「鈍い痛み」「緊張」「圧力」「刺される痛み」の四点を底辺に、「くすぐったさ」を頂点とするダイアグラム)を提示した。
 
§3.2.1 温度感覚
 温度感覚は、温覚と冷覚という独立した2つの受容器系により伝えられる。温度感覚を感ずる場所は体表上に、温点、冷点として点状に分布しているが、その分布密度は、冷点のほうが温点より2〜10倍も大きい。例えば、手掌では 1cm^2当たり温点 0.4、冷点 1〜5、前腕では温点 0.3〜0.4、冷点 6〜17となっている。冷点は口唇、胸、腹に多く、温点は顔面や指に多い。
 以前は温点に対応する受容器としてルフィニ終末、冷点に対応する受容器としてクラウゼ小体(Krause end bulb)を仮定する研究者もいたが、今日の研究では温点・冷点に対応してこのような特殊化された受容器は見出されていない。温覚はC繊維、冷覚はAδ繊維(およびC繊維)によって伝えられるとされる。
 温度感覚をもたらす刺激は温度そのものではなく、刺激部位(皮膚)の温度と刺激温度との差、すなわち熱エネルギーの差である。皮膚温度が20〜40℃の範囲では温度感覚に順応がおこるから、温かくも冷たくも徐々に感じなくなる。とくに33℃前後では温覚も冷覚も生じず、この付近の温度を無感温度と言う。
 実際の温度感覚は、体表と外界との温度差だけでなく、刺激に曝される皮膚面積や時間によって規定される。また、風速や湿度(風が強いと涼しく、湿度が高いと暑く感じる)、日射量などの影響も受ける(=体感温度)。さらにその感覚の質は、温覚・冷覚ばかりでなく、痛覚(ときには触覚)も複雑に組み合わされて様々に変化する。とくに15℃以下や45℃以上の温度にたいしては冷たい・熱いとともに痛さも感じる。例えば、氷点下の風のある外気中に顔面を曝すと冷たさとともに痛さを感じるが、同じ気温でも無風状態で直射日光を浴びると温かさを感じる。
 物体の表面温度が同じでも、その物体の熱的特性や表面の状態により温度感覚は異なってくる。熱伝導度あるいは熱容量(質量×比熱)が大きいほど冷たく感じる(例えば、熱伝導度の大きい金属は冷たく感じ、熱伝導度の小さい毛織物などは温かく感じるし、また同じ金属でも、薄い金属箔よりも厚い金属板のほうが冷たく感じる)。また同じ材質でも、表面が平らで滑らかなほうが、ざらざらして凹凸のある面よりも冷たく感じる。ただし、皮膚温が物体の表面温度より高い場合にはこのような関係は逆転し、熱伝導度や熱容量の大きいほうが、また滑らかなほうが、より熱く感じることになる。
 体表全体が温度差に曝されると0.01℃の温度差を弁別できるが、1cm^2の狭い体表では 1℃の温度差しか弁別できない。すなわち、面積効果がある。
※消化管内では、温・冷刺激は、口腔内はもちろん、食道および肛門部で感じられるが、胃や腸では知覚されない。アルコールは、口や食道ばかりでなく胃においても温かい感覚や燃えるような感覚を生じさせる。
 
【参考】温度と乾湿感
 同じ物体でも、その表面温度が低いと湿り気を感じ、温度が高いと乾いた感じがする。触った時に感じる乾湿感には、物体の表面温度も影響している。
 
*温度感覚は基本的には接触感覚であるが、日光やストーブの暖かさなどの輻射熱は、離れた所にある、その熱源となる物体の存在を想像させる。
 
§3.2.2 痛み(痛覚)
 一般に痛みは、その原因別に、侵害刺激による侵害受容性疼痛、神経系の病変による神経因性疼痛、身体的に異常の認められない心因性疼痛に大別される。
 侵害受容性疼痛は、機械的・化学的・電気的刺激や熱(15℃以下、45℃以上)など、健常な組織を傷害するかその危険性を持つ侵害刺激が加わったために生じる痛みであり、危険から身を守る警告系として役立っていると言える。
 侵害受容性疼痛は、その発生部位により、体性痛と内臓痛に分けられ、体性痛はさらに表面痛と深部痛に分けられる。
 
●表面痛(superficial pain)
 皮膚や粘膜の痛み。表面痛(表在痛)には、第一次痛(速い痛み)と第二次痛(遅い痛み)が区別される。
 第一次痛(速い痛み)は、刺すような痛み(pricking pain)で、鋭く、局在が明確。刺激を止めると直ちに消失する。
 第二次痛(遅い痛み)は、第一次痛に引き続いて起こる灼けつく痛み(burning pain)で、鈍く、局在が不明瞭。刺激を止めた後も痛みが続く。
 第一次痛は、機械的侵害刺激にのみ反応する高閾値機械受容器によるもので、Aδ繊維によって伝達される。これにたいし第二次痛は、機械的・温度・化学的刺激など多種類の侵害刺激に反応するポリモーダル受容器によるもので、C繊維によって伝達される。第一次痛と第二次痛の時間差は、細い有髄のAδ繊維(末梢の終末では髄鞘が消失して自由神経終末になっている)と、より細くて無髄のC繊維の伝導速度の差に因る。例えば、針で皮膚を突き刺すと、瞬間的に鋭い刺すような痛みが起こり、それから1秒近く遅れてより長く続く灼けつくような鈍い痛みが現われる。
 
●深部痛(deep pain)
 皮下組織・筋・腱・靭帯・骨膜・血管・関節などが刺激されて生じる痛み。深部痛は、限局性だが局在性にとぼしく、持続的な疼くような痛みで、内臓痛に近い性質を持つ。激しい運動後や筋の循環障害による筋痛、脳の血行障害や脳圧の変化などによって起こる頭痛などがある。
 受容器は自律神経終末で、主にC繊維によって伝達される。
 
●内臓痛(visceral pain)
 持続性の疼く痛みで、吐き気・冷汗のような自律神経反射など、特有な不快感を伴うことが多い。
 体性痛に比べて局在が不明瞭で、性質がはっきりしないことが多い。内臓における痛覚受容器の分布が粗で、脊髄内での終末分布が広範囲に広がるために、局在性がはっきりしないと考えられる。
 内臓を支配する自律神経と一緒に走っている求心性線維(主にC繊維)によって、内臓の痛みが伝えられる。
 内臓痛を起こす組織のうち、壁側胸膜や壁側腹膜は非常に敏感で、弱い機械刺激によって容易に痛みが起こる。
 正常な管状器官(胃・腸・胆道・尿管など)は、切られても焼かれても痛みは生じない。管腔臓器の急激な収縮が痛み刺激になる。とくに、閉塞に逆らって、内容物を移送するために強い収縮や伸展が起こると、強い痛みが起こる。
 子宮も同様で、焼いても切っても痛くないが、分娩時には強く収縮して頚管を広げるので陣痛が起こる。
 胃・腸管粘膜に充血や炎症がある時には、弱い機械刺激や弱酸・弱アルカリ性の液により痛みが起こる。
 腹痛のように、内臓痛とともに局在のよりはっきりした体性痛を伴うこともある。
 内臓に障害があるときに、関連痛が生じることがある。
 
●関連痛(referred pain)
 内臓疾患が存在する場合に、内臓=知覚反射のため、疾患部位から離れた一定領域の皮膚部位に感じられる痛みをいう。連関痛あるいは投射痛、放散痛とも呼ばれる。例えば、狭心症では前胸部とともに左肩や左腕内側に、また膵炎では左胸部、尿路結石では鼠径部にそれぞれ痛みを感ずる。
 これは、ある内臓受容器の興奮が、同じ高さの脊髄に入る特定部分の皮膚からの線維のシナプスを興奮させ、この興奮が中枢に伝えられるため、それに対応する体表面が痛いように感じられるからである(デルマトームの法則)。すなわち、痛覚刺激に比較的鈍感な内臓の知覚神経中枢よりも、敏感な皮膚の知覚神経中枢を刺激することになる。この知覚過敏となって現れる一定の皮膚領域をヘッド帯といい、これから逆に内臓疾患の診断に応用されている。
※ヘッド帯: イギリスの神経学者ヘンリー・ヘッド(Henry Head: 1861〜1940)が提唱。
 
●発痛物質(Algogenic substance; Pain Producing Substance: PPS)
 痛覚は、侵害刺激が直接作用して起こる場合とともに、侵害刺激のために組織・細胞が損傷を受けその結果二次的に産生された発痛物質によって引き起こされたり増強される場合がある。後者の場合、発痛物質にたいして自由神経終末が反応して痛覚を起こしており、その意味でこの場合の痛覚は化学感覚の一種だと言える。
 発痛物質としては、ブラジキニン、セロトニン、ヒスタミン、アセチルコリン、K+イオン、H+イオンなどが、発痛増強物質としてはプロスタグランジンなどが作用している。また、ヒスタミンの放出により痒みが惹起される。なお、カプサイシンは外因性の発痛物質と言える。
 
●ゲート・コントロール理論

 
§3.3 体性感覚(somatic sensation)
 視覚や聴覚のような特殊感覚以外の、皮膚感覚と深部感覚を総称して「体性感覚」と呼ぶ。この2つの感覚は、感覚伝導路や大脳皮質における感覚野が近く、一体となって働くことが多いので、まとめてこう呼ばれる。
 体性感覚(皮膚感覚と深部感覚)にさらに内臓感覚と平衡感覚を加えて、「身体感覚(somesthesis)」と呼ぶこともある。これらの感覚は、体表あるいは身体の内部に刺激源がある時に働く感覚で、主に身体の状態についての情報を伝えている。
※平衡感覚は特殊感覚の一種と考えられるが、刺激源(耳石)が身体内部にあり、また身体の位置・運動状態を知覚するという点で、体性感覚(とくに自己受容感覚)と類似している。
 
§3.3.1 深部感覚(deep sensation)
 深部感覚は、自己受容感覚、振動覚、および深部痛覚に大別される。深部痛覚については§3.2.2 で述べたので、以下自己受容感覚と振動覚について述べる。
 
§3.3.1.1 自己受容感覚(proprioception)
 我々は視覚を使わなくても、自分の身体各部の位置や相互関係、四肢の運動の方向および四肢にかかる力や抵抗の大きさなどについて述べることができる。このような能力は、主に筋・腱・関節など、自分の身体内部の状態について知覚できることに基づいており、その意味で「自己受容感覚」と呼ばれる。
 自己受容感覚は多くの場合他の感覚と連携している。関節を動かすと、皮膚が伸展・圧縮されたりまた時には離れた皮膚同士が接触したりし、それに応じて皮膚の機械受容器も興奮して、自己受容器とともに情報を伝えている。身体の姿勢や運動方向、身体各部の位置については、平衡感覚や視覚の関与も大きい。空間における身体の位置についての意識は、視覚を欠いた状態でも極めて強固であり、それは、自己受容感覚とともに、地球の重力場における頭部の位置を感知する平衡感覚の働きによる。
 自己受容感覚はかなりの部分はあまり意識に上らずに反射的に処理され、適度な筋緊張と姿勢の維持、運動の制御などに重要な役割を果たしている。とくに、筋肉が伸長に応じてただちに収縮する伸長反射と腱反射は、自己受容反射(proprioceptive reflex)と呼ばれる。
 
●自己受容器
 自己受容感覚の主な受容器は関節、筋・腱の受容器である。これらの受容器は外部環境からではなく身体自身から刺激を受けるので、自己受容器(proprioceptors)と呼ばれる。
 
・関節の受容器
 関節を包んでいる関節嚢や靭帯には、機械受容器としてパチニ小体とルフィニ終末およびゴルジ・マッツォーニ小体(Golgi-Mazzoni corpuscle)があり、また主に痛覚を伝える自由神経終末がある。
 パチニ小体は、速順応型で、関節の動きの速さに応答する。ゴルジ・マッツォーニ小体(神経終末の球状の小体)も、速順応型で、関節の動きの方向と速さに応答する。ルフィニ終末は、遅順応型で、関節の動き、その方向、速さ、角度、位置の情報を伝える。
 
・筋・腱の受容器
 骨格筋中には、筋紡錘(muscle spindle)という機械受容器がある。紡錘形をした自己受容器で、横紋筋繊維と並列になった数本の特殊な筋繊維(錘内繊維)に感覚神経末端がついたものである。
 筋紡錘は筋が伸張すると刺激されて興奮し、筋が収縮すると活動が弱まる。筋紡錘からのインパルスは求心性の太いAα繊維を通って脊髄後根から脊髄に入り、直接、脊髄前角にある起始筋を支配している運動ニューロンを発火させ、そのインパルスは遠心性繊維を通って伸張した筋を収縮させる(自己受容反射)。筋紡錘は脊髄反射を介して姿勢の制御や運動の調節に重要な働きをしている。
 骨格筋にはその他にも、自由神経終末で圧迫やつねり、痛みを感じ、パチニ小体では振動刺激を感じる。
 骨格筋の両端の、骨との結合部分は腱になっていて、筋から腱への移行部にはゴルジ腱器官(Golgi tendon organ)という自己受容器がある。筋肉が非常に強く伸展されるとその影響で腱が伸張され、ゴルジ腱器官が活動して脊髄に信号を送り、筋繊維を支配する運動ニューロンの活動を抑制して筋の張力を減少させるように働く。また、ゴルジ腱器官は別々の筋線維の張力を等しくするという役割ももっている。
 
●自己受容感覚の種類
@位置感覚(sense of position)
 我々は暗闇の中あるいは目を閉じた状態でも自分の四肢の位置や四肢の各部分の向きを認識できる。これが、位置感覚である。
 厳密には、位置感覚は各関節の角度を伝えるものであり、それによって我々は四肢の相対的位置を認識できる。長時間四肢を動かさない時とか長時間の睡眠から覚めた時でも位置感覚は通常よく維持されており、ほとんどあるいはまったく順応を示さない。
 次の2つの実験により、四肢の異なる部分の相対的位置の情報が正確に伝えられていることを簡単に示し得る。第1に、一方の肢を能動的あるいは受動的に(実験者による)どのような位置に固定しても、その位置を見ないでもう一方の肢で模倣することができる。第2に、一方の手のある点(自分自身あるいは実験者が指定した点)をやはり見ないで反対側の手の指で非常に正確に示すことができる。
*位置感覚は、物のおおよその長さを知るのに親指と人差指を適当に広げて測ったり、立体物の形状を知るのに手で掴んだり指で摘んだりする時にも、使われている。
 
A運動感覚(sense of movement)
 関節の角度を見ないで変える時、例えば肘の部分で前腕を曲げたり伸ばしたりする時、我々はその動きの方向と速度を感知できる。このような全身または身体の一部の運動を感知するのが、運動感覚である。
 この場合、この感覚を認識する閾値は角度変化の大きさと速度によって異なる。またこの閾値は遠位の関節(例えば指の関節)より近位の関節(例えば肩)において低い。
*物の輪郭を指でたどる時、運動感覚によりその指(および腕)の軌跡を知ることができ、それによって物の長さや大きさ・全体の輪郭を認識できる。
 
B力の感覚(sense of force)
 力の感覚は、運動のため、あるいは抵抗に逆らって関節の位置を保持するために必要な筋力を見積もる能力である。筋肉が発する力は運動にたいする抵抗に依存するので、「抵抗感覚」と呼ばれることもある。
*この感覚により、運動をうまくコントロールしたり、姿勢のバランスを保ったりできる。また、物の重さをより正確に見積もろうとする時は、ふつう手でその物を持ち上げるが、これは力の感覚を利用している。さらに、物の弾力や液体の粘性を知ろうとする時にも、この感覚を使っている。
※重さの違い(触圧の弁別閾)について、静止した手の上に物体を置く場合と、その物体を手で持ち上げる場合とを比較すると、後者のほうが弁別閾がかなり小さくなる。ウェーバーの実験では、約 1/2 になっている。後者の場合、指や手首・腕の筋肉や関節も使われており、触圧の弁別において自己受容感覚(力の感覚)が大きく貢献していることが分かる。
 
※これら位置・運動・力の感覚はいずれも、どれか一つの自己受容器の働きによるものではなく、自己受容器以外の受容器もふくめ種々の受容器からの情報の特有な組み合わせが中枢内で統合されて知覚されると考えられる。
 
§3.3.1.2 振動覚(vibration sense)
 振動覚は、物体の振動が刺激となって起こる感覚である。振動の状態はふつう直接物に触って感じることができるので、振動の感覚は皮膚感覚の中の触覚の一部として扱われることが多い。しかし、床や空気を介して伝わってくる振動は体表だけでなく身体全体で感じられる。これは、振動の受容器であるパチニ小体が、皮下組織をはじめ、各種の深部組織、さらには内臓壁など、身体のほとんどの部分に散在しているためだと考えられる。
 また、身体のある部位に与えられた振動刺激は、骨など硬い組織を伝わって、身体の他の部位で(ときにはより鮮明に)振動の感覚として感知される。(例えば、振動している堅い物体の上に肘を置くと、手ではっきりした振動の感覚が感じられる。)
 振動は多くの場合音波も発生させるため、我々は普通はまず音情報を知覚し、振動にはあまり注意を向けない。しかし、音声や音楽も、喉頭や胸に触れたり楽器に触れたりすれば、振動として知覚される。
 我々には音としては感じられないような振動、とくに床や空気を伝わってくる低周波の振動も、振動覚により身体全体で感じることができる。低周波の振動はときには不快感をもたらすこともある。
 床や空気を伝わってくる振動から、離れた所にある振動源を推測することもできる。
※振動覚は、ゴキブリなどの昆虫でよく発達している。昆虫では振動は警告の情報となり、また雌雄間のコミュニケーションに使われることもある。
 
§3.3.2 内臓感覚
 内臓に分布している多数の求心性神経から中枢へ伝えられる情報のうち、内臓感覚として知覚されるものはごく一部で、そのほとんどは意識に上らない。それは、内臓に分布する受容器の主な機能が生体内の恒常性維持のための役割であるからであり、内臓からの情報により、自律神経中枢は生体の内部環境が正常な状態から逸脱したことを感知し内部環境の調節を行っている。
 内臓感覚は、臓器感覚と内臓痛に大別される。内臓痛についてはすでに§3.2.2 で述べたので、以下臓器感覚について述べる。
 
 内臓に分布している求心性神経が刺激されたとき起こる特有の感覚を臓器感覚と言う。臓器感覚には空腹感・満腹感・渇き感・吐き気・尿意・便意・性感などがある。これらの感覚は身体の欲求の感覚的な現われで、原始的感覚とも言われる。
 臓器感覚は内臓の特定部位に投射されることは少なく、全身的に起こることが多い。感覚の内容も明瞭でなく、快・不快、爽快・倦怠といった情緒的・心理的な要素を多く含む。また逆に、心理的な状態、さらには社会・文化的な背景からも影響を受けている。
 
●空腹感と満腹感
 末梢では、胃が空になると、胃の強い収縮(飢餓収縮)が起こる。また食物を取ると、胃壁の伸展により幽門部付近の機械受容器が刺激される。これらは迷走神経により脳に伝えられる。
 他方中枢では、視床下部の外側に摂食中枢が、視床下部の腹内側核に満腹中枢があり、これらが互いに関連し合って食欲を調節しているとされる。摂食中枢と満腹中枢には、血中のブドウ糖やインシュリンの濃度(空腹時に低下、満腹時に上昇)、および遊離脂肪酸などの濃度(空腹時に上昇、満腹時に低下)に反応する化学受容器がある。さらにこの両中枢は、視覚、味覚、嗅覚などの外的環境からの刺激や、感情、思考、過去の記憶など大脳皮質の働きの影響も受けている。
 
●渇き感
 体内の水分が不足するか、ナトリウムイオンの過剰により、体液(細胞外液)の浸透圧が増加したときに生じる臓器感覚。渇き感は、脱水に付随する咽頭の乾燥感、および浸透圧を回復しようとする飲水衝動から起こる。舌咽神経または迷走神経によって伝えられる。飲水中枢も視床下部にあり、体液の浸透圧の上昇に反応する受容体がある。
 
●吐き気
 吐き気(悪心)は、嘔吐の前駆症状であることが多いが、必ずしも嘔吐は伴わない。吐き気は種々の原因によっておこるが、延髄にある嘔吐中枢が直接あるいは間接に刺激されることによっておこるとされている。不消化な食物を食べたとか、胃下垂、胃炎、胃潰瘍などの場合におこることが多いが、中毒、脳圧上昇、脳神経刺激、精神的状況などによっておこることも少なくない。
 
●尿意
 膀胱にしだいに尿がたまり、膀胱内圧が一定の値以上になると、その刺激が交感神経を経て仙髄の排尿反射中枢へ、そこから副交感神経を経て膀胱に達する反射路が形成され、反射的に膀胱の筋肉が収縮し内括約筋が弛緩する。一方、この排尿反射は、仙髄より上位の排尿中枢である大脳に尿意として意識される。膀胱炎などで膀胱が知覚過敏になった時ばかりでなく、精神的な緊張状態でも、少ない尿量で尿意を感じることがある。
 
●便意
 便の貯留によって直腸壁が伸展されると、その機械的刺激で便意を催す。同時に、副交感神経(骨盤神経)支配の内肛門括約筋は反射的に弛緩する。陰部神経支配の外肛門括約筋は横紋筋で常時緊張状態にあるが、意識的に緩めることができ、拡張した直腸の反射的収縮によって排便が起こる。便意や排便には、不安やストレスなど心理的な要因が強く影響する。
 
●性感
 直接的には性感は性器の機械的刺激により起こり、陰部神経によって伝えられる。しかし、性感、さらには性欲には、心理的な影響だけでなく、社会・文化的背景も大いに関係する。
 
●その他
 心臓の鼓動は普通は意識に上らないが、運動時だけでなく、強い精神的緊張や不安、飲酒や喫煙などでも動悸を感じることがある。心臓が激しく動き始める(心拍数と心拍出量が増化する)と、胸部と脊椎の筋・腱・関節および皮下織にある多くの機械受容器が興奮し、また脈圧により身体末端部の多くの機械受容器(主にパチニ小体)も興奮する。
 呼吸も普通はあまり意識されないが、呼吸にはいつでも注意を向けることができるし、その動きを認識し調節することができる。呼吸時には、胸腔および腹腔の内臓性機械受容器とともに、胸部および横隔膜の体性機械受容器が活動している。息切れのような呼吸困難は、運動時や高熱時のほか、肺や心臓や呼吸筋などの障害で起こり、また心因性の場合もある。呼吸困難のためにガス交換が阻害され、血液中の二酸化炭素増加、pH低下が起ると、延髄の呼吸中枢が働いて過呼吸となる。
 
§3.3.3 平衡感覚(sense of equilibrium)
 平衡感覚は、重力による加速度、および直進運動の速度の変化や回転運動、すなわち加速度を感じ取るもので、身体の位置・方向・運動の知覚に重要な働きをしている。平衡感覚には、深部感覚(自己受容感覚)・皮膚感覚・視覚も関与している。
 平衡感覚の受容器は、左右の内耳内の骨迷路にある互いに直交する三つの半規管(三半規管)と前庭器官(卵形嚢と球形嚢)とにある有毛細胞である。
 回転運動にたいしては、三次元的に配されている左右の各半規管(semicircular canal)の中にある内リンパが慣性によって遅れて動き、その動きが各半規管膨大部にある膨大部頂の有毛細胞を刺激する。こうして、回転運動は三次元的に解析され、回転の方向や程度が正しく知覚される。
 前庭器官の平衡斑には有毛細胞とともに平衡砂(耳石)がある。身体の運動状態が変化すると、有毛細胞に対してこの平衡砂の相対的移動がおこり、有毛細胞の受ける圧力やその作用方向が変わる。こうして重力・遠心力・直線加速度が知覚される。卵形嚢(utricle)は主に水平方向の加速度を、球形嚢(saccule)は主に垂直方向の加速度を感知するとされる。
 これらの受容器からの情報は、前庭神経を通って延髄の前庭神経核に達し、そこから主に各種の運動ニューロン、眼筋運動神経核、小脳等に連絡して、身体の運動や姿勢・眼の動きを反射的に調節している。また前庭核からの情報の一部は、視床を経由して体性感覚連合野に達し、随意的な運動や姿勢の処理に関与している。
 有毛細胞に過剰な刺激が加わると、嘔吐・頻脈などの自律神経症状が現われる。
※小脳の役割: 四肢の位置に関する情報を大脳皮質と基底核から受け取って、身体の運動を調節したり、身体の平衡感覚を維持している。すなわち、身体の姿勢と運動の反射的調節に重要な役割を果している。
 
 
§3.4 ボディイメージと触空間
 触覚による認知作用の〈基準〉および〈場〉として、ボディイメージと触空間が重要である。
 
§3.4.1 ボディイメージ
 ボディイメージ(body image; Koerpervorstellungsbild: 身体像)は、四肢や胴・頭部など身体各部の位置や相互関係、および身体の姿勢や身体全体についての認識像である。
※身体は、外から観察される対象であると同時に、観察されていることを感じ取りまた観察する主体でもある。ボディイメージは、そのような主体=自我の重要な構成要素の一つであると考えられる。
 
 ボディイメージは、身体各部の位置や状態の変化とともに、刻々と変化している。身体各部の位置や運動については主に自己受容感覚で感知しているが、それは部分的で統一性に欠けていることが多い。身体の姿勢や全体イメージについては、平衡感覚と視覚、ことに視覚の役割が大である。幼児は鏡に映った自分の姿を見て全体としてまとまりのある身体像に気付き、さらに他者から見られまた他者との対比によって、統一性のある、特徴のよりはっきりした自己のボディイメージを形成してゆく。全盲の場合には、身体の姿勢や全体像について、視覚の代わりとなるような他者からの言葉や指導が必要になる(自己の身体の代りに、他の人の姿勢を触察したり、各関節が可動式になっている人形などを利用するのも良い)。
*見えない人の場合、ボディイメージの形成には、身体(やその各部)を動かした時にはたらく力(重力や慣性力など)および身体と回りの物との衝突などの体験も重要だと思う。
 
●ボディイメージの拡張
 ボディイメージは物理的な身体の境界(体表)によって限られるものではない。身体に密着している物や道具などはしばしばあたかも自分の身体の一部ないし延長と感じられ、また実際そのように操作されることもある。
 例えば、身に着けている衣服や靴や眼鏡、鞄など持ち運んでいる荷物、食事の時に使う箸や作業に使う各種の道具、全盲者の白杖などは、身体の一部として意識されまた手などの延長として使われている。そして、そのような道具などで物に触れ扱う場合、我々は手ではなく道具の先端で触れているように感じる(道具の先端で感じている=手の触覚が道具の先端にまで延長している)。
 
§3.4.2 触空間(tactual space)
 ボディイメージには、それが定位されるべき空間概念が伴っている。この空間概念は、いろいろな感覚器を通しての知覚・認知作用に基づくものである。知覚空間の形成にはいろいろな感覚が共に働いているが、普通は視覚の役割がかなり大きい。そして、視覚に基づく視空間と、聴覚に基づく聴空間や触覚・自己受容感覚・平衡感覚に基づく触空間などの間に矛盾がある場合には、視空間が優位に働くという。
 ボディイメージに伴う知覚空間では、視空間とともに触空間のウエイトが大きくなる。触空間には、位置の概念だけでなく、前後・左右・上下などの方向の概念、近付く・遠ざかる、回る、倒れる、逆さになるなどの運動の概念もふくまれる。
 触空間は最初はボディイメージに密着したごく狭い空間に限られているが、次第に手で届く範囲、前身で移動できる範囲へと拡大してゆく。
 触空間も含め知覚空間では、前後・左右・上下は特別な意味を持っており、それに従って空間は構造化される。すなわち、知覚空間は均質・等方的ではなく、異方的に構造化されている。中でも重力の働く方向である鉛直線は、もっとも安定した構造化の基準となりやすい。
*1 知覚空間で前後や左右が特別な意味を持っていることには、目や耳などの感覚器の位置や配置、上肢や下肢の向きや動かしやすい方向など、身体の特性が大きく関与しているように思う。
*2 実際の触知では、鉛直線およびそれを90度倒した水平な縦線が対称軸となっているような形がもっとも理解しやすい。
*3 他方、空間概念には直接的な感覚体験とは独立した論理的な面もある。幾何学的な論理空間は、知覚空間とは異なり、均質・等方的であり、無限に広がり、その中ではあらゆる操作が可能である。そして論理空間は、おそらく直接の感覚体験に依拠しなくても、人間に備わっている知的能力によって構成できるものであろう。論理空間は、見えない人の場合、確実な空間概念の獲得のためにより重要なように思う。
※ 視覚障害の場合、空間概念の形成や空間定位には聴覚が大いに貢献している。音源定位や反響定位などについては「応用編」のほうで扱うつもりである。
 
【参考】触空間を中心とした空間概念の発達(私の場合)
 以下は、主に身体活動に基づいて発達する空間概念の様相を私の場合について整理してみたものである。
@親密な空間
 家の中などふだん自分が生活している場では、身体の周りに手足などを自由に伸ばし使える空間が出来てくる。そういう所では、たいして注意しなくても身体をかなり自由に動かすことができる。いわば、身体で覚え込んだ空間。
 
A線的に伸びた空間
 親密な空間から、よく行き慣れた場所などに向かって、いわば紐のように身体で覚えた線的空間が伸びていく。
 →隣りの家までのカーブした道(水平方向)、梯子や急な坂の上り下り(垂直方向)。
 
B線的な空間の拡大と関連付け
 細く伸びた線的空間の周りに、初めは飛び飛びに手がかりを見つけ、次第にその数が増していって、線的な空間が周りに広がってゆく。
 また、2つ以上の別々の線的な空間(道)が、ある所ではつながっていることが偶然分かる。次第にそのつながりの数や広さが増し、またそのことを意識しはじめる。
 こうして、ある程度面的に構造化された空間へと近付いていく。
 
C面的・立体的な空間
 直接的な感覚・経験を越えた空間の広がりを感じ、想像できるようになる。
 →山の高い所で空間の広がり(上下の方向もふくめて)を感じる。手作業だけでなく、頭の中で幾何学的な操作ができるようになる。自分の世界とは直接関係ないような、日本や世界の地図に興味を持つ。一様に広がった幾何学的な空間を想像し、その中での回転・対称移動などの操作をするようになる。
 
§3.4.3 各種座標系の調整
 ボディイメージおよび触空間がより明確に構造化されるためには、その定位の基準、すなわち座標系が重要な役割を果す。
 このような座標系としては、まず、手指・四肢・頭部・体幹など身体の各部を中心とした座標系がある。これらの身体各部はその可能な運動方向や範囲がそれぞれ異なっており、身体全体の姿勢や運動、さらには外部環境の認知のためにも、上下前後左右を軸とする「自己中心座標系」のようなものが形成され、イメージできるようにならなければならない。この自己中心座標系の下に、身体各部の座標系が調整されることになる。
 他方、このようないわば主観的な座標系とは別に、身体が実際に位置する室内、建物、街並などには、それぞれ特有の方向性や広がりがあり、それぞれ別の座標系とみなすことができる。これらは環境中心の座標系と言えるものであり、さらにこれら各種の環境中心座標系は、東西南北と高度を軸とするより普遍的な座標系によって包括される。
 自己中心座標系と環境中心座標系との間の相互参照と位置合わせは、一般には視覚を中心にして容易に行われる。全盲の場合にには聴覚を中心に行うことになるが、この課題のためには頭の中で自己中心座標系と環境中心座標系をどれだけイメージできるかが重要になる。
 
 
§3.5 触運動知覚
 以上、狭義の触覚から、皮膚感覚、体性感覚について述べ、さらに関連してボディイメージと触空間について述べてきた。私は全盲で視覚を使わないということもあり、環境・世界と直接関わり、知り、働きかけるのは広い意味での触覚が中心になっている。
※本ノートは感覚・知覚・認知=知ることが主要テーマだが、本来は知ることと働きかけること=感覚と運動とは一体として扱われるべきものである。
 
 その中でも中心となるのが普通触運動知覚(haptic perception)あるいは能動的触覚(active touch)と呼ばれているものである。触運動知覚あるいは能動的触覚では、主に皮膚感覚と自己受容感覚とが一体となって働いている。
 
§3.5.1 触知状態の分類 
受動的
 @手指も物体も静止している: 1回限りの点(ないし面)的な情報。温度や硬さについては分かるが、形などについては触れているごく小部分についてしか分からない。順応により、刺激の強度も弱くなる。
 A手指が静止し、物体が動く: 継時的な線的あるいは面的情報。物体の動く方向や速さが一定していないと、ばらばらの断片的な情報にしかならない。物体の動く速度が一定していれば、関連性のはっきりした全体的な情報が得られることもある。しかし、動く速度が一定でも、例えば平面と球面の区別は難しい。(物体の動きを自分で自在にコントロールできないかぎり、全体の形状や各部の詳細な情報は得にくい。)
 
能動的
 B手指を動かし、物体は静止している:継時的な面的情報。各部の情報が、全体として関連付けられる。もっとも触知力が高まる。
 C手指を動かし、物体も動いている: 多様な触印象は得られるが、それらを統合して、物体についての全体的な特徴やイメージを作り上げることは難しい。
 
※動きのない接触(手の上に物体を載せる、物の上に手を置いてじっと握るなど)では、物体の性質は識別しにくい。手を動かせば、ほとんど問題なく物体の性質や形態を認識できる。手を動かすとより多数の皮膚の受容器が活動するので、動かない物体を〈感じ取る〉のにより有利である。つまり、皮膚の受容器が順応しないで、皮膚の歪みに関する詳しい情報が中枢に送られる。また、手が動く時に起こる自己受容感覚も、触れた物体の形と弾力を認識するのに役立つ。
 
§3.5.2 触運動知覚の能動性
 手や指が何かに触れただけで、まったく手指を動かさないとすれば、その物の温度や硬さが分かるだけで、その他の表面の様子や形などはほとんど分からない。
 日常生活での触覚の重要な役割は、身のまわりの対象に触れ、手指を動かし(とくに全盲の場合は)様々に駆使しつつ、これを認知することにある。これはきわめて能動的な知覚過程であり、その意味で能動性は触運動知覚にとって必須である。
 触運動知覚では、ふつう手指による探索的な運動が前提となる。この探索運動は、触対象の特徴を把えようとする手指の合目的的な運動である。すなわち探索とは、触対象の特徴をとらえるために役立つ刺激を探し求め、かつ不要な情報は捨てるという選択の過程でもある。
※1 「能動的触覚の特徴を示すものとして、ギブソン(James Jerome Gibson: 1904〜79年。アメリカの心理学者)は次の例をあげている(1962)。@複数の指で触れているのに、一つの対象を感じ、決して互いに離れたちがう指の皮膚が刺激されたとは感じない。A固い表面を圧したり、物をにぎったりするとき、皮膚圧のたかまりは感知されず、対象の抵抗を感じる。軟らかいものをにぎるときにも、対象のへこみぐあい、弾力性、軟らかさなどだけが感知される。同様に、対象の形の特徴、角、辺縁、突起の有無などは感知されるが、皮膚の形の変化は感知されない。これらの特徴は神経生理学的に次のように説明できる。すなわち、体性感覚中枢には、体部位についての詳細な情報を担っているもののほかに、触対象のいろいろな特徴を抽出するよう分化したニューロンが多数存在する。能動的な触行動に際しては触対象の性質についてある程度の予測が働き、これにより触り方の方針がきまる。この運動指令が出ると同時に運動中枢から感覚中枢への働きかけがあり、情報の選択が行われる。つまり、その触行動にかなった感覚情報すなわち触対象のある特徴を抽出するニューロンの興奮だけが認識過程に伝えられ、他は抑制されるのである。」(《世界大百科事典》「触覚」より)
※2 ギブソンは、感覚を能動的なものとしてとらえるとき、これにふさわしい感覚の体系区分として、@前庭系、A聴覚系、Bハプティック系、C味と匂い系、D視覚系の 5つの知覚システムを提案した。そしてハプティック系(haptic system)は、皮膚、関節、筋に存在する受容器群が共同して貢献する複合的な知覚系で、手や口などの能動的な知覚器官がこれにあたり、ヒトあるいは動物が身体に接触する環境や対象物、あるいは自分自身の身体を知覚するための系であるとした。(岩村「タッチの大脳メカニズム」による) (hapt, hapto は、ギリシア語由来の「接触」を意味する語)
*1 例えば、物の輪郭を指でたどって知ろうとする時、自分で能動的に指を動かしてゆく場合と、他の人に輪郭に沿って指を動かしてもらう場合とを比較すると、自分で能動的に動かしたほうがはるかに確実に納得し理解できることが多い。触知覚における能動的な動きの大切さがよく分かる。
*2 カッツの実験(『触覚の世界』)でも示されているが、触知力は手指の運動方向にも関係している。手指を身体から離れた所から近い所=身体の中心の方に動かす時のほうが、身体に近い所から遠い方へ動かす時よりも触知力が優れている。その一因として、手指を身体の中心の方向へ動かすほうが、手指の動きをより細かく確実にコントロールできることが関係していると思う。
 
§3.5.3 コミュニケーションとしての触知覚
 触知覚は主体と対象物との直接接触によって成立する知覚過程であり、その意味で主体と対象物との相互作用という面にも注目すべきである。
 〈触運動知覚〉は、主体の側、主体の合目的的な探索行為という面に重点を置いた見方であるが、この〈コミュニケーションとしての触知覚〉は、対象物からの触情報を敏感に受け取りつつ柔軟に触り方を変化させながら、対象物をより多面的に把握しようとする試みである。
 私の経験では、触図で輪郭をたどったり立体物の形状認知などでは主体の能動的な行為としての触運動知覚というとらえ方で問題ないが、彫刻などの作品鑑賞、動植物や岩石などの触察では、対象物のわずかな触情報にたいしてもその特性がより露になるように触り方をいろいろ工夫し、さらにその特性に反映しているであろう様々な意味合いや力・作者の思想などを想像し、かつその想像に基づき対象物と対話しているような面がある。すなわち、このような場合には、対象物との相互作用・コミュニケーションにより、想像力を介して、対象物についての理解が深められてゆく。
 
 
【参考】触経験の蓄積(主に私の場合)
 以下のような順序で、触知力が発達・深化していくと思われる。
@何にでも触れる段階 (受動的なこともある。様々な触感覚を経験する。主に触感を楽しむ。)
A触りまくる段階 (手指を自由奔放に動かす。触対象の全体の感じや、細かな部分の特徴に気付く。)
B系統的に手指を動かす (全体と部分の関係を意識しつつ、目的に合せて手指を動かす。)
C頭の中のイメージと触運動とを意識的に関連させる 
 
 触知のためには、@触覚による弁別能力だけでなく、A手指の動かし方、B頭の中で全体のイメージを組み立てる能力が、より重要である。
 そして、とくに見えない子供の場合、Aの手指の動かし方とBの全体イメージの組み立て方について修練が必要になる。
※見える子供の場合、手指のスムーズな動かし方もふくめ、触覚は目(視覚)との協応によって育っていく。見えない子供の場合、目の助けが得られないため、手指のスムーズな動かし方(例えば、手を水平に動かしたり物の輪郭に沿って動かすなど)や全体をイメージする力が発達しにくい。そのため、手指の動かし方など触知能力を高めるためのプログラムが必要になる。
 

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§4 触覚の特徴

 触覚は、他の感覚、とくに視覚と比べることで、その特徴がより明かになる。
 
§4.1 散在と局在
 触覚(温度覚や痛覚、深部感覚も含む)は、体表面全体に散在する。散在の密度は身体部位によって異なるが、手や口などよく使われる部位ほど受容器の密度は大きくなっている。
 視覚・聴覚・味覚・嗅覚・平衡感覚では、特殊化した感覚細胞がそれぞれの部位に集合し、それぞれの情報処理に適した感覚器官を形成している。
 触覚は全身に散在して特殊化された感覚器官を持たないため、進化的に原始的な感覚だとしばしば考えられている。しかし、触覚は、視覚や聴覚などと異なり、一部が損症されても他の部分によって容易に代替することができるという有利な点もある。 
*触覚が体表全体に散在していることを利用して、最近「体表点字」が試みられている。これは主に盲ろう者に離れた場所から情報を伝えることを目的に考えられたもので、点字1マスを構成する6個の点に対応する振動子のセットを、背部・頭部・上肢など体表のいろいろな部位に付け、その振動のパターンで点字パターンを伝え、読み取らせようとするものである。
 
 
§4.2 直接接触と遠隔性
 触覚および味覚は、直接接触しなければ感じられない。たとえ1mmでも離れていると、その他の情報が何も与えられなければ、感覚的にはその物は存在しないことになる。
※温度や振動の感覚の場合は、輻射熱や空気・床などを伝わってくる振動を介して、離れている所にある物体(刺激の源)を皮膚や身体で感じ認知することができる。また、触覚は極めてわずかな圧の変化をも感知できるので、空気の流れの変化を敏感にとらえ、それを利用して、身体に近接した空間を移動する物体、通路の方向や曲り角、空き地なども感知し得ることがある。
 
 触覚では、実際上接触できない物(星や月などのような遠い物、高温だったり電流が流れていたりして危険な物)は直にはまったく感知できない。また、接触は対象物の状態を変えてしまう可能性が高いため、本当の姿を確認できないことがある(生物、シャボン玉や花など)。
 視覚・聴覚・嗅覚は、何らかの媒介物(光、音波、化学物質)を介して、離れた所にある物についての情報を得ることができる。また、これらの感覚では、少くとも日常的なレベルでは、知覚活動が対象物(刺激の源)の状態に影響をあたえることはない。 
 直接接触により、触覚は視覚よりも実体感をもたらすことが多い。視覚でもしばしば「軟らかそう」とか「温かそう」とかの印象をもたらすが、これらの特性は実際に触れてみることで確かめられる。
 
 
§4.3 能動性と受動性
 上記の特徴と関連して、触覚や味覚は、視覚・聴覚・嗅覚に比べて、主体の側からのより積極的・能動的なはたらきかけがなければ感覚情報は得にくい。
 視覚・聴覚・嗅覚は主体の側からの積極的な働きかけがなくても感覚情報は入ってくる(もちろん、実際にそれが何であるかを認知するには、選択や注意が必要である)。これにたいして触覚や味覚では、(衝突におけるような偶然的な接触、着衣・飲食におけるような付随的な接触は別として)主体が能動的に対象に接触しなければほとんど何の情報も得られない。
 
 
§4.4 時間特性と空間特性
 触覚と聴覚は時間特性に優れ、視覚は空間特性に優れている。
 時間特性を時間閾(継時的に 2つの刺激が与えられる時にそれを 2つの刺激として区別できる最小時間)でみると、聴覚では 2ms、触覚では数msから10数ms、視覚では100msくらいである。聴覚や触覚(自己受容感覚もふくむ)は、その受容器が機械的刺激に直接応答できるので、時間特性に優れているのだろう。
※触覚の時間閾は、受容器の種類によってかなり違いがあり、また刺激の様態によっても異なってくる。速順応型のFATは15〜20μm 程度の振動刺激に対し100Hz 程度まで、FAUはサブミクロンレベルの振動刺激に対し数100Hz 程度まで応答するという。
 
 これにたいし、空間特性では視覚が圧倒的に優れている。 2点弁別閾でみると、触覚は指先で 2mmくらいであるが、視覚は1.0の視力で30cm離れた距離の場合 0.1mmである(これを面積で比べれば、視覚は触覚の数百倍の分解能をもっていることになる)。
 また、一度に把握できる空間の範囲は、触覚では、指先をまったく動かさない状態で0.5cm^2くらいなのにたいして、視覚では、単眼視の視野は上方60度、内方60度、下方70度、外方100度と、極めて広い。(分解能は視野の中心部から外れると急激に落ちる。しかし、視野の周辺部は物の動きにたいしてはかなり敏感に反応する。)
 
 以上の時間・空間特性から、視覚は同時に全体をかなり詳細に把握できるのにたいして、触覚は基本的には小部分についての情報を継時的に連ねていって全体像に近付くという戦略をとることになる。そのために、実際の触知覚では指先による動的なスキャン行為がとても重要になる。
*同時に両手を使ったり、指とともに掌も同時に使うことで、触覚の継時的・部分的特性のマイナス面は少し改善されるが、隔部分の情報を全体に統合していくという基本は変わらない。
 
 
§4.5 自己言及的
 視覚や聴覚では、外界に存在する物についての情報を、光(電磁波)や音(音波)を視覚や聴覚受容器が受け取ることで得ている。これにたいし触覚では、まず外部の対象物に触れることで自分の手指の皮膚に生じる何らかの変形や熱エネルギーの差を感知し、それらを介して触対象の形や表面の粗滑や動きや温度などの性質について語っていると言える。
 例えば、ざらざらした物を静止した指の上で移動させて行くと、指の皮膚の伸び縮みの方向、皮膚の引っ張り感覚で、その物の移動方向が分かる。
 また、皮膚がどの程度どんな風に変形するかは皮膚の状態の違いにも依存して変化するので、触覚は皮膚の状態にも影響されることになる。
※鋭敏な触覚のためには、皮膚の状態を適切に保持することも大切である。加齢や労働により、皮膚の弾力が失われたり水分が減ったり皮膚面に細かな傷や割れ目が多くなったりして、触覚は鈍くなる。
 
 さらに、あらゆる皮膚の変形が触覚として感じられるのではない。外界の物ないし力によって引き起こされた皮膚の変形は意識され触覚情報となるが、自分の身体の動きによって生じる皮膚の変形(例えば肘を曲げると関節の外側の皮膚は伸び内側の皮膚には皺ができる)は普通はほとんど意識に上らない(自己受容感覚として利用されている)。また、外からの刺激による触覚でも、自分の手指などで自分の身体を触った場合には、触る・触わられているという反省的(reflexive)な意識が生じ、触っている物が身体外の物ではなく自己の身体の一部であることは容易に分かる。このように、触覚には、自己と自己以外の物を区別するはたらきがある。
 
 
§4.6 触覚の弱点
 主に指を使っての触知の場合、次のような弱点がある。
 
●一度に得られる情報量が少ない
 単位時間に受容できる情報量で比べると、触覚は視覚の1万分の1とされる。(視覚はほぼ10^6ビット/秒、聴覚は10^4ビット/秒、触覚は10^2ビット/秒)
 
●分解能が低い
 指先の 2点弁別閾と 30cmでの視力の分解能を比べると、視覚のほうが10数倍優れている。面積で考えれば、この差は数百倍になる。さらに視覚では色や明度の違いなども利用できるのでよりクリアな表現が可能になる。
*さらに、視覚ではルーペ・顕微鏡・望遠鏡といった分解能を高めるための道具があるが、触覚については(オプタコンを除いて)そのような物は今のところ無い。(オプタコンは、カメラで読み取った文字の形を拡大して、ピンの振動に変換して触知できるようにした装置。1970年ころアメリカで開発されたが、現在は製造されていない。)
 
●凹んだ部分の触知が難しい
 凸の刺激が皮膚表面を変形させやすいので、触覚は凸部の認知に優れている。これにたいし、凹んだ部分、とくに5mm以下の指先の入らないような部分は、触知が難しくなる。
*凹んだ部分や細かな凹凸については、ピン先や爪などを使うことで、ある程度様子を知ることができる(この場合、ピンや爪は指の延長としての役割を果している)。
 
●漏れが生じやすい
 触運動知覚では、手指の運動に従って継時的に情報を積み重ねていくことになるが、(とくに見えない人の場合)触対象についての一部の情報が欠落してしまうことが多い。触対象全体についての情報を得るには、手指を系統的にスキャンする技術が必要である。もちろんそのためには、多くの時間も必要になる。 
 
【参考】視覚では本当には分からない、触覚で知り得る特性
@表面に被われた内部の様子
A穴の中、裏など、視覚では見えにくい所
B温かい・冷たい、硬い・軟らかい、重い・軽いなど
*とくに@の特徴は、見えない人たちが長年職業としてきた理療において重要な役割を果たしてきた。
 

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§5 触覚の生理学

 
§5.1 感覚点の分布密度
 感覚点(sensory spot)の分布密度は身体部位によって異なるが、平均すると、皮膚 1cm^2当たり、触点 25、温点 0〜3、冷点 6〜23、痛点 100〜200。 (成人の皮膚の表面積は約 1.6〜1.8m^2)
 
 感覚点の分布密度を身体各部位で比べてみると、次のようである。
 
    額   鼻   腕   手背  指腹
痛点  184   44   203   188   60〜95
触点  50   100   15   14   100
冷点  8    13   6    7.5   2〜4
温点  0.6   1    0.4   0.5   1.6
 
※以前は各感覚点にはそれぞれに特殊化された感覚受容器が想定されて研究が進められたが、感覚点と受容器とのそのような1対1の対応は立証されていない。
 
 
§5.2 機械受容器の種類と特徴
 
§5.2.1 順応速度と受容野の広さによる機械受容器の分類
 小包(カプセル)様などの構造を有する機械受容器(mechanoreceptor=触覚受容器)は、順応の速さ(遅いSA、速いFA)と受容野の広さ(狭いT型、広いU型)によって、次の表のように4つに分けられる。(『触覚と痛み』より)
※受容野(receptive field): 1個の感覚系ニューロンのインパルス発生に影響を与える末梢受容器の占める領域。
 
表 機械受容単位の持つ受容野の直径、境界、有効刺激、末梢の受容器、感覚の種類
 
------------------------------------------------------------------------------
 
機械受容単位の種類  受容野の直径  受容野の境界  有効刺激  末梢の受容器  感覚
 
速順応T型(FAT) 小(数mm) 明瞭 刺激の速度 マイスナー小体 低周波の振動※
 
速順応U型(FAU) 大(1〜数cm) 不明瞭 刺激の加速度 パチニ小体 高周波の振動
 
遅順応T型(SAT) 小(数mm) 明瞭 刺激の変位と速度 メルケル触盤 圧迫感
 
遅順応U型(SAU) 大(1〜数cm) 不明瞭 刺激の変位 ルフィニ終末 未確認
 
  ※1Hzぐらいで刺激するとタッピング、10Hzぐらいだとフラッター(震えているような感じ)、50Hzくらいでバイブレーション
 
------------------------------------------------------------------------------
 
[注1] マイスナー小体(Meissner's corpuscle): ドイツの解剖学者・生理学者マイスネル(Georg Meissner, 1829-1905年)が1853年に発見。真皮が表皮側に突き出した乳頭の中にある小体で、不規則に分枝して終わる有髄神経の終末が卵形の小包につつまれている。速順応型で、持続的な皮膚圧迫には急速に順応し応答しなくなる。触刺激による皮膚変位の速さを検出するのに適する。また50Hz以下の粗振動を検出するのに適している。微細なテクスチャーの知覚にも関与していると考えられる。
 パチニ小体(Vater-Pacini corpuscle): ドイツの解剖学者ファーター(Abraham Vater, 1681-1751年)が1741年肉眼でに発見し、さらにイタリアの解剖学者パチニ(Filippo Pacini, 1812-1883年)が1840年に再発見。真皮中や皮下組織にある直径約1mmの大きな楕円体状の、層状構造をもつ受容器。皮膚変位の加速度を検出する。すなわち、非常に順応が速く、250Hz前後の繰返し刺激を与えたとき閾値が最低となる。非常に感度がよくまた受容野が大きいため、接触のときまず興奮するのはパチニ小体であり、とくに微小刺激の検出に役立っていると考えられている。パチニ小体は、皮下組織のほか、深部組織、例えば骨膜・骨間膜・関節包内、さらには腸間膜など内臓にも広く分布している。
 メルケル触盤(Merkel's disc): ドイツの組織病理学者メルケル(Friedrich Sigmund Merkel, 1845−1919年)が1875年に発見。無毛部表皮の最下層(胚芽層)にあるメルケル触細胞と、これに接する神経終末からなる。順応が遅く、持続する皮膚変位の大きさに比例する応答を示す。持続的接触すなわち軽い圧刺激を検出する。粗いテクスチャーや触文字など二次元パターンの知覚に優れている。
 ルフィニ終末(Ruffini ending): ルフィニ小体ともいう。イタリアの組織学者・発生学者ルフィニ(Angelo Ruffini, 1864-1929年)が1891年に発見。真皮下層や皮下組織にあり、薄い結合組織性被膜に包まれた細長い紡錘状のなかに神経線維が網目を作っている。メルケル触盤と同じく遅順応型の受容器で、持続的な皮膚変位の大きさに比例した応答を示すが、メルケル触盤と異なり真皮層に存在するため、やや遠い部位に加わった変位たとえば皮膚がひっぱられることなどを検出するのに適する。なお、ルフィニ終末は関節包にも存在する。
 
[注2]
 有毛部には、この他に次の受容器がある。
 毛盤(Haarscheibe): ピンクス(F. Pinkus)の発見した、有毛部皮膚の毛の根もとにある平滑な円板状のもり上がりで、この下にある真皮乳頭には、1本の有髄繊維に支配されるいくつかのメルケル触細胞の集合がみられる。触覚盤(touch corpuscle)ともよばれる。
 毛包受容器(hairreceptors, hair follicle): 毛は鋭敏な触覚器官である。毛根には神経が豊富に分布し、柵状に巻きついた終末をなしていて、毛幹の傾きの変化をとらえる。速順応型である。
 
§5.2.2 順応速度と適当刺激による機械受容器の分類
 次に、やや異なった視点からの分類を示す。(『感覚生理学』より)
 
 (注)定常的圧刺激にたいする順応速度の型: 適当刺激による分類 の順。 [ ]内はその説明。
 
遅い: 強度検出器 [圧受容器。圧刺激が長時間続いても、その間刺激強度を反映した頻度でインパルスを発射し続ける。すなわち、皮膚にたいする機械的刺激の強さあるいは深度を符号化している。また、時間の経過とともにインパルス発射頻度は減少するが、かなりの時間が経っても完全には順応しないので、圧刺激の持続時間も符号化しているといえる。]
 皮膚の無毛部……Merkel細胞、Ruffini終末
 皮膚の有毛部……触覚盤、Ruffini終末
 ※Ruffini終末は、皮膚の表面にたいして垂直な方向の圧刺激だけでなく、皮膚の伸展にも反応する性質を持っている。例えば人の手掌にあるRuffini終末の一部は刺激の方向感受性を持っていて、ある方向への伸展によって発射頻度が増化しそれとは垂直な方向へ伸展されると活動が減少する性質を持つ。それゆえRuffini終末は皮内や皮膚と皮下にある組織との間に加えられている機械的刺激の強さと方向について中枢に情報を伝えることができる。
 
やや急速: 速度検出器 [触受容器。皮膚を押しつける速度に比例してインパルスの頻度が増化し、皮膚の凹む速度を符号化している。移動が終わると、刺激(凹み)は継続しているのにインパルスは発射されない。]
 皮膚の無毛部……Meissner小体
 皮膚の有毛部……毛包受容器
 
非常に急速: 過速度受容器 [振動受容器。刺激の強度や速度に関係なく、各刺激にたいして 1個のインパルスを発射する。この受容器に正弦波状の振動刺激を加えると、各周期ごとに 1個のインパルスを発する。その閾値は振動数に依存し、250Hz前後で最小になる。]
 皮膚の無毛部……Pacini小体
 皮膚の有毛部……Pacini小体
 
※以上は有髄の小体構造をもつ機械受容器だが、無毛部・有毛部にはこのほかに多数の無髄(C繊維)の自由神経終末が分布している。この自由神経終末の多くは侵害受容器として働き、一部は温度受容器として働くものもある。さらにごく少数の自由終末は弱い触刺激に反応する機械受容器の役割を果たしている。この受容器は刺激の強度などを正確に符号化できず、皮膚の特定部位に刺激が加わっているかどうかのみを符号化している(=閾値検出器)。この受容器は皮膚上を移動する弱い機械的刺激の伝達、さらにはくすぐったさの感じにも関与しているらしい。
*振幅の小さな振動は、振動している物体に指などを強く押し当てたほうがはっきりと知覚できる。これは、振動受容器であるパチニ小体が主に皮下組織中に分布しているためだと思われる。これにたいし、例えば輪郭線を指でたどるなど普通の触知では、指をとくに強く押し当てる必要はなく、軽い接触で十分であることが多い。これは、パチニ小体以外の触受容器が真皮から表皮下層にかけて分布していることとも関係していると思う。
 
§5.2.3 手掌表面における機械受容器(小体構造を持ち、求心性繊維により支配されるU群=Aβ)の神経分布密度
 (『感覚生理学』より)
 (単位は本/cm^2。全体で17000本、100%)
 
------------------------------------------------------------------------------
 
                指先   指の根元 手のひら 本数
Merkel細胞(順応は遅い)    70    30    10    4250(25%)
Ruffini終末(順応は遅い)   10    15    20    3230(19%)
Meissner小体(順応は中程度)  140    40    25    7310(43%)
Pacini小体(順応は非常に急速) 20    8     10    2210(13%)
 
------------------------------------------------------------------------------
 
*上の表から、指先にはとくにSAT型のメルケル触盤とFAT型のマイスナー小体が密に分布していることがわかる。SAT型もFAT型もともに受容野が狭くかつその境界がはっきりしている。このことから、指先でとくに触覚の分解能が高いことがよく理解できる。
 
 
§5.3 触覚系の情報伝達の仕組み
 触覚情報(機械的刺激)はAβ線維によって伝えられるが、一部はAδ繊維やC繊維によっても伝えられる。(Aδ繊維やC繊維は主に痛覚や温度覚を伝える。)
 触覚情報は、後根から脊髄に入って後角でニューロンを乗り換え、同側の後索(Aβ繊維)および前外側索(Aδ繊維とC繊維)を上行して延髄後索核に達し、ここでニューロンを乗り換え、交叉して反対側内側毛帯を上行し、視床の体性感覚系の特殊核(腹側基底核群)を経て、大脳皮質体性感覚野(中心後回にある第1次感覚野ST、および外側溝の上壁にある第二次体性感覚野SU)に終わる。(視床からのニューロンの多くはSTの3a、3b野に終わり、一部がSTの1、2野およびSUの5、7野に達する。1野と2野は3a、3b野から投射を受け、さらにSUはSTの4領野からの投射を受ける。また7野には視覚系などからの投射もある。§1.2 も参照。)
 後索を上行する情報は、触刺激の詳細な空間的・時間的情報を伝えるのに対し、前外側索を上行する情報は、局在の悪い、大まかな触覚を伝えるとされる。
 また、痛覚や温度覚の情報は、脊髄後角でニューロンを乗り換え、反対側前側索を上行し視床特殊核を経由して、体性感覚野に達する。
 いずれの場合も、触覚系情報は、刺激を受けた体表部分とは左右が反対の大脳皮質に達することになる。
※皮膚および内臓からの触覚系情報の一部は、後角で運動ニューロンおよび交感神経細胞(節前ニューロン)に連絡し、脊髄運動反射と交感神経反射に関与している。
*このような脳における対側支配、および機能局在と関連して、触知における手の使い方が問題になる。点字の読みもふくめ触覚による形状認知では左手が有利であり、それに対応して脳では右半球のほうに優位な活動がみられるという研究がある。また、点字の読み指導において左手読みが推奨されたこともある。しかし、点字読みもふくめ触運動知覚では手指の運動のコントロールも大切であり、この運動のコントロールについては利き手(多くの場合は右手)が優れている。重要なことは、点字をどちらの指で読むかといったことではなく、両手指をどのようにうまく使って点字の読みや形状認知をするかということである。
 
 
§5.4 体性感覚投射野地図
 体性感覚野の体部位局在について、フェルスター(O. Foerster)とペンフィールド(W. Penfield)は、手術中に大脳皮質の表面を電気刺激して皮膚のどの部位に感覚が生じるかを調べ、ST領野の「体性感覚投射野地図(a map of the somatosensory projection areas)」を作成した(1937年)。
 その地図は、運動野の体部位局在地図とほぼ対称的で、いちばん外側から顔面、手および上肢、体幹、下肢の順序に配列され、足の領域は内側面にある。各領域の面積は、それぞれの部位の神経支配の密度を反映して、口唇や舌・手指がとくに広くなっており、それに比べて体幹部や下肢は狭くなっている。すなわち、触覚の弁別力が優れ触知のためにふだんからよく使っている部位ほど、第一次体性感覚野での処理面積が広くなっている。
 サルについてもウールジー(C .N.Woolsey)らによって体部位地図がつくられ、STよりさらに外側の頭頂弁蓋部にSUがあることが確認された。ヒトでもほぼ同じ位置にSUがある。STは対側の半身からの投射しかないが、SUには両側性の投射がある。
 STの体性感覚投射野地図は基本的には決まっているが、経験や障害などによって変わることもある。例えば、サルを用いた感覚訓練の結果では、訓練に用いられた指に対応する皮質領域がかなり拡大した。また、サルの1本の指を切断すると、隣接した何本かの指に対応する皮質部位が、切断指の皮質部位にまで広がって行くことが知られている。
 

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§6 触覚の心理学

 
§6.1 触覚の強さ
 触感覚の主観的な強さは、刺激の変化の速さに影響される。変位の大きさが同じでも、その変化の割合が速いほど触感覚の強さは大きくなる。
 たとえば、皮膚の圧迫が非常にゆっくり行われると、1.5〜2mmへこんでも気がつかないことがあると言う。
 
 
§6.2 触覚の空間分解能
 
§6.2.1 2点弁別閾
 触覚の 2点弁別閾については、研究者によりその値が微妙に異なっている。ここでは、身体各部の触 2点弁別閾について、『触覚と痛み』に掲載されている、ウェーバーのデータに基づく数値を示す(棒グラフから概数を読み取り、それを値の小さい順に配列する)。
 
舌先 1mm
人差指指先 2mm
人差指中央 4mm
上唇・下唇 5mm
人差指付け根 6mm
舌中央 9mm
手のひら・足の親指 11mm
額 22mm
手の甲 31mm
足首 35mm
前腕 39mm
下腿・足の甲 41mm
胸 45mm
首の後ろ 54mm
上腕・背 67mm
大腿 68mm
 
 体表各部における 2点弁別閾のこのような違いは、各部位における感覚受容器の密度の違いを反映していると考えられる。また、よく動かす身体の部位ほど 2点弁別閾が小さいという考え(運動性の法則)もある。大まかに言えば、身体の中心部から遠いほど、 2点弁別閾は小さくなっている。
 
§6.2.2 同時性空間閾と継時的空間閾
 2点弁別閾を測定する時は、ふつう体表部位が静止している状態で 2点を同時に接触させて行われている。これは「同時性空間閾(simultaneous spatial threshold)」と呼ばれる。
 これにたいし、実際に指先などで近接した 2点を識別しようとする時は、その 2点の周辺で指先を細かく微妙に動かしており、 2点に僅かの時間差で触れていることになる。これが「継時的空間閾(successive spatial threshold)」と呼ばれるものである。継時的空間閾の値は同時性空間閾よりも明らかに小さく、時には 1/4くらいのこともあるという。
 
 指先などを固定した状態で 2点を僅かの時間差で接触させても、同様に 2点弁別閾の値は小さくなる。この場合は、次に述べる定位の誤差と同じことになる。
 
*私は 1mm刻みの目盛まである30cmの物差しを使っている。それを使って、 2mm前後とされる指先の 2点弁別閾の半分くらいの 1mmの精度まで測ることができる。これは継時的空間閾の原理を使っているためである。点字の触読もふくめ触運動知覚における点の識別は継時的空間閾に基づいている。
 
§6.2.3 定位の誤差(error of localization)
 被験者が、体表のある基準点にたいして、それとほぼ同じ位置だと感じる点の範囲を言う。
 定位の誤差は 2点弁別閾よりかなり小さい。ウェインシュタイン(S. Weinstein, 1968)が身体各部位について調べた結果では、手掌や指では定位の誤差は 2点弁別閾の約 1/2、その他の体表部位では約 1/4になっている。そして、両者の相関係数は0.92で、極めて高い相関を示している。
 
§6.2.4 触覚的距離
 体表のある部位で 2点を刺激した時に知覚される 2点間の距離(触覚的距離)は、ふつう実際の距離よりも短い。視覚的距離は物理的距離とほぼ一致するとされているので、触覚的距離は視覚的距離よりも短いことになる。
 触覚的距離は、身体各部位により、また 2点の方向により、異なる。 Marksらの実験(『触覚と痛み』より)では、物理的距離は同じでも、触覚的距離は額の横軸方向でもっとも長く、前腕の横軸方向、前腕の縦軸方向と短くなってゆき、腹部の横軸方向と縦軸方向でもっとも短く知覚された。前腕では横軸方向のほうが縦軸(体軸)方向よりも明らかに長く知覚されるが、腹部では横軸方向と縦軸方向で有意な差は認められなかった。
* 数mm程度の同じ穴の直径でも、舌先と指先で比べてみると、舌先のほうがかなり大きく感じる。数mm程度までの盛り上がりについても同様のことが言える。これは、舌先のほうが指先よりも 2点弁別閾が小さいこと、および舌先の皮膚表面のほうが物の凹凸の変化に合せてより柔軟に変形しやすくその変形の面積や度合いが大きいためだと考えられる。私は、細かく彫られた模様を触察したり鉱物の小さな結晶を確認したりするのに舌先を使うことがある。
 
§6.2.5 触覚閾(tactile threshold)
 触覚閾(皮膚を押してやっと検出できる触覚を起こすのに必要な皮膚の窪みの最小深度)は、手掌で10〜20μm、指先で6〜7μm程度だという。(『感覚生理学』より)
*ごく薄い紙の重ねる枚数を変えて、平面の高さの違いをどのくらいまで識別できるかを実験してみると、触覚でごく僅かな高さの違いを弁別できることがよく分かる。おそらく上の触覚閾程度(0,01mmくらい)まで識別できるだろう。
 
 
§6.3 微小刺激の検出と微細テクスチャーの知覚
 触覚は、視覚では感知し得ないような、微小な刺激や振動を感知し、また微細なテクスチャーの違いを検出できる。
 (以下は、主に『触覚と痛み』による)
 
§6.3.1 微小刺激の検出
 我々は手に蚊がとまったり、腕を蟻のようなごく小さな虫が這ったりするのに気付き、それを払いのけようとする。このような微小な触刺激にはFAU型のパチニ小体が応答していると考えられている。
 触覚系は高周波の小さな振動刺激を感知することができ、250Hzの場合0.1〜0.2μm程度の極めて小さな振幅の振動刺激を検出できる。このような小さな振動刺激に反応できるのはFAU型の機械受容器であることが明らかにされている(他の3種類の機械受容器は 1μm以下の振動刺激を検出できない)。
 また、4種の機械受容器のうちFAUのパチニ小体は、空間的加重(触れる面積が広がればそれだけ閾値が下がる)性質を明瞭に示すという。この性質により、パチニ小体は、皮膚表面が僅かに刺激されてその刺激の進行波が皮膚表面に広がって行けば、より小さな刺激でも感知できることになる。
 
§6.3.2 微細なテクスチャーの知覚
 物の表面がどの程度滑らかであるかについては、触覚は、視覚では区別できないような違いを容易に弁別できる。精密研磨紙を使った実験では、刺激粒子の大きさ(直径)が 3〜12μmの時、弁別閾は 2.4〜3.3μmであったという。ヒトは 3μm程度の大きさの差を触り分けることができる。
 このような微細なテクスチャーの違いをどのようにして弁別しているのか、そのメカニズムについては十分には解明されていないが、物の表面の微細な凹凸を振幅情報として利用することで弁別している可能性が高いという。
 
 
§6.4 様々な触現象
 D.カッツ(David Katz: 1884-1953. ドイツの心理学者。実験現象学の立場から視知覚や触知覚の研究を行う)は『触覚の世界』(1925年)で、触現象の様態として次を挙げている。
 
@表面触(Oberflaechentastung)
 直接物体の表面に触れている時に体験する触現象。弾性(硬−軟)、滑らかさ(滑−粗)、湿性(乾−湿)、粘性(ねばねばしているかさらっとしているか)など。ふつう「テクスチャー」と呼ばれているもの。
 表面触により、紙、木、布、金属などの材質が区別できる。
※物の表面に接触した時の感覚としては、上のような狭義の触感覚とともに、温度感覚も重要である。物体の表面温度は同じでも、金属などは冷たく感じ、ウールなどは温かく感じる。素材の区別には温度感覚も役立つ。
 
A空間充満触(rauemfullendes Tastquale)
 液体の中に手を入れて動かしたり、強い気流が手や顔に当たったときに体験するもので、明確な形やパターンをもたない触現象である。これによって対象の具体的な特性について認知できることは少ないが、物質の存在は十分に知覚できる。
*液体や気体ではないが、粘土や砂の中に手や指を入れて動かした時の感覚も、この触現象と類似している。
 
B空間触(raumhaftes Tastphaenomen)
 綿やスポンジなどの柔らかい物を透して下の固いものに触れた時、下の固い物の形などを知覚できるとともに、介在する綿などは柔らかな厚みのある空間のように感じられる。この綿などが与える感触が空間触である。
 
C貫通触面(durchtastete Flaeche)
 薄い丈夫な紙などを硬い物体と指との間に入れて動かした時や、薄い手袋を手にはめて物体に触ったときに、指に接して感じる薄い面をいう。(後者の場合、貫通触面はあまりはっきりとは感じられない。それは、薄い手袋が滑らずに皮膚にぴったり密着しているからである。)
 
*1 ピンディスプレイの点字やUV印刷の点字を読む時、点の刺激を弱くしたり指と点字面との滑りを良くするために、指と点字面との間に薄い布などをはさんで読んでいる人もいる。最近は薄い布製の指サックも試みられている。これらには、点以外の余分な触刺激を除いて触刺激のばらつきを少なくするといった効果もあるようだ。これらは貫通触面の例といえよう。
*2 触診、および盲人の伝統的な職業であった按摩・鍼・灸では、皮膚を通して深部の様子も知覚している。これは空間触あるいは貫通触面の例といえる。
 
 
§6.5 体性感覚の錯覚
●アリストテレスの錯覚(Aristotle's illusion)
 人差指と中指を交差させて、その間(人差指の外側と中指の外側の間)に1本の細い棒を挟むと、棒が2本に感じられる錯覚。(他の指を使っても同様のことが起こる。)
 2本の指で物を挟むような場合、普通の挟み方では1つの物が2箇所の皮膚を刺激していても1つの対象物についての知覚として統合されるが、指を交差させて物を挟むような、常態とは違った仕方で刺激が与えられると、1つの感覚に統合されず、 2つの別の感覚として感じられるからだと考えられる。
 
●ねじれ唇の錯覚(twisted lip illusion)
 両唇を自然に閉じた状態で垂直に立っている細いピンなどにかるく触れると、ほとんど途切れのない縦の直線として感じる。ところが、両唇をずらした状態(例えば、上唇を右側に、下唇を左側にずらした状態)で同じことをしてみると、両唇の間で線が途切れているように感じ、かつその途切れの上下でわずかにずれている(この場合だと、上が左側に、下が右側にずれる)感じがする。(これは、私自身での体験。『触覚と痛み』で紹介されている例では、途切れ感については述べられていない。)
 これについても、上のアリストテレスの錯覚と同様な現象として理解できる。
 
*ピンアートを利用した錯覚
 ピンアートは、長さ3cm余の細いピンが2mm余の間隔で縦横に数千本並んだ装置で、その一方のピンの表面を何かの物(例えば顔面など)に押し当てると、その物の表面の凹凸がそのままくっきりと反対側の面に現われてくる。このピンアートの一方の面に片方の手掌を当て、反対側の面にもう一方の手掌を当てて、片手の指などを動かしてみると、両手の間の3cm余の距離感は失われて、両手が薄い膜のようなものを挟んで密着しているように感じる。
 これは、ピンアートの各ピンが片手の僅かな動きにも連動してその動きを正確にもう一方の手に伝えているため、両手を直接あるいは手袋などを着けて合せた状態での感覚に近くなっているからだと思われる。
 
*上記の 3つの例ではいずれも、身体の各部の位置についての自己受容感覚の情報と触覚的印象の間にふだんあまり経験しないような矛盾が生じた時に、自己受容感覚よりも触覚的な印象のほうが優先して処理されている結果だと解することもできる。また最後の例では、自己受容感覚の中でも、位置感覚よりも動きの感覚(運動感覚)が優先されていると言える。
 
●ウェーバーの錯覚(Weber's illusion)
 間隔が同じ 2点でも、 2点弁別閾の大きい部位よりも小さい部位のほうが、 2点の距離が大きく知覚される。例えば、コンパスの先を縦に 2cmくらい開き、唇から、頬、顎へと横方向に動かして行くと、コンパスの先の間隔がだんだん狭くなっていくように感じる。
 
●シャルパンティエ効果(Charpentier effect)
 同じ重さのものでも、体積の小さいもののほうが、大きいものよりも重く感じられる現象。大きさ-重さの錯覚(size-weight illusion)とも呼ばれる。
*これには普通視覚的に見える大きさの感覚が影響していると思われるが、私のように見えない者でも同様の効果を体験する。体積の大きい物は普通手に直接接する面積も大きく、同じ重さでも手と接する面積が大きいほど単位面積当たりの圧力が小さくなり、軽く感じられると思われる。その意味では、錯覚というよりも、理にかなった感じ方だと言える。
 
●漏斗現象(funneling)
 2点同時に皮膚を刺激するとき、2点が近いとき2点の中間に刺激が加えられたと感じる。この時に刺激は1点のときより強く生じる。
※ベケシ(Georg von Bekesy, 1899-1972)の実験:被験者の左右の足にバイブレーターを取り付け振動を与えると、最初はそれぞれの足に振動を感じたり、振動の感覚が左右の足を飛び跳ねるように交互に移動するとも言っていたが、しばらくすると、左右の両足の中間の、何もない空間に振動の感覚を感じるようになったという。これは、受容器からの情報が中枢の脳で処理される時の抑制的相互作用によるとされる。
 
●ベルベット・ハンズ
 金網でできた円盤を両手の間に挟んで軽くこすると、自分の手のひらがベルベットのようにすべすべした布のように感じられる。
 
●ホット・コールド・コイル
 温かいコイルと冷たいコイルが交互に並んでいる物で、これを触ると痛みのような強い刺激を感じる(「thermal grill illusion”と呼ばれる)。
*普通では有り得ないような刺激の組み合せは、侵害刺激と同じように、危険な、回避すべきものと判断されているのだと思う。
 
●ラバーハンド錯覚
 机の上に被験者の左手を置き、衝立で遮蔽して見えないようにし、目の前の見える場所に実物大のラバーハンド(偽物の手。とくにゴムである必要はない)を置く。被験者の視点をラバーハンド上に固定した状態で、左手とラバーハンドを数分間筆で同時になでる。そうすると、@筆でなでられている感覚をラバーハンドのある位置に感じ(触覚の位置の錯覚)、さらにAラバーハンドが自分の手であると感じる(身体保持感の錯覚)。見えないように隠された本物の手と目の前にある偽物の手が同時に刺激されると、偽物の手の所で触覚を感じ本物の手のように感じる現象である。
 この現象は、同時にもたらされた視覚刺激と触覚刺激とが統合されることで生じていると考えられる。
 
 
§6.6 ピアジェらによる図形の触知覚に関する実験
 (以下は主に、金子健「触覚による立体図形の認知と手指の姿勢および動き」による)
 ピアジェ(Jean Piaget: 1896〜1980. スイスの心理学者)らは、 2歳から7歳の晴眼児を対象に、日常使われている実物および厚紙の幾何図形について、スクリーンを隔てて見えないように触らせて、その同定を求めるという実験を行った。(この実験の目的は幼児期における視覚的空間表象の発達を調べることだが、その前提には、このような状況下では、子供たちは触った対象にたいしてその視覚的なイメージを生起させるという考えがある。)
 実物の例としては、ボール、はさみ、鉛筆、鍵、串、スプーンなど、厚紙の幾何学図形としては、円、楕円、正方形、三角形、台形、菱形、リングの形、不規則な四辺形、卍形などが使われた。
 実験結果として、まず 2歳半以下ではこの実験自体を行うことが難しく、 2歳半以上の子供の図形の触知覚について、次のような段階が示された。
@ 2歳半〜3歳半: ボール、はさみ、鉛筆など日常生活で使用している実物の区別・同定はなされるが、二次元幾何学図形については区別・同定がなされない。
A 3歳半〜4歳: 厚紙の二次元図形について、穴が空いているかいないか、リングが閉じているかいないかなどのトポロジー的な区別がなされる。そのような図形同士の区別はできるが、それ以外の区別、例えば円と正方形などは区別できない。
B 4歳〜4歳半: 直線か曲線か、あるいは角があるかないかが区別される。したがって、円・楕円等と正方形・三角形等の区別ができる。円と楕円、正方形と三角形等は区別できない。
C 4歳半〜5歳あるいは5歳半: 角や全体の大きさの違いが区別される。円と楕円の区別、正方形と三角形の区別ができる。しかし、正方形と台形、星形と五角形の区別などはできない。
D 5歳〜6歳半: 正方形と菱形・台形の区別、十字と星形の区別がなされる。
E 6歳半〜7歳: 図形の各部分の順序と距離を同時に考慮に入れることができ、卍形のような図形も同定される。
 この実験結果からまず注目されることは、初期の段階では実物は区別できても平面の幾何図形は区別できないということである。実物の触知では、形だけでなく手触りや弾力や重さなど様々な触特性の複合した印象から同定・区別することができるが、幾何図形は形中心であり、この段階では複合的な触特性の中からとくに形だけを分離することはできない(あるいはその意味・必要性を認識できない)と思われる。
 次に幾何図形の同定・区別についてみると、初期の移相幾何的な段階から、射影幾何的段階(BとCの段階: 円と楕円、正方形と台形などは射影的には同じ)を経て、角度の大きさや辺の数にも注目するユークリッド幾何的段階へと進んでいるようである。これは、幾何学の歴史や学校教育で普通教えられる順序とは逆で、興味をひく。
 また、幾何図形の区別・同定において、楕円を触って「卵」、三角形を触って「チーズ」、菱形を触って「屋根が2つ」と言うなど、子供たちは自分の知っている実物と対応付けることで、正答する場合があるという。これは、複合した触特性(広い意味では感覚‐運動特性)から曲率や角度などの形特性が抽出されてくる過程を示しているようであり、また図形学習における実物との対応の大切さも示唆しているように思う。
*この実験は晴眼児が対象であり、その触知覚は視覚的表象と協応しつつ発達する。視覚経験の記憶を持たない先天盲ないし 早期失明者の場合、触知覚は自己受容感覚や平衡感覚、ボディイメージ、さらには聴覚などと関連しつつ発達し、異相幾何的概念およびユークリッド幾何的概念については、私自身の経験から考えても、これらの感覚的な経験から形成されていくことは可能であるように思われる。しかし射影幾何的概念については、視覚的表象無しには、直接的な感覚経験から形成されることは不可能であり、抽象的な論理操作が出来るようになった段階(ピアジェの発達段階でいえば形式的操作期、11〜12歳以降)になってようやく理解可能になると思われる。
 
 
§6.7 触運動知覚についてのレーダーマンたちの研究
 (『触覚と痛み』より)
 レーダーマンたちは、被験者の自由な触察行動を観察して、その手の動き(=探索行為)を、手を横方向に動かす(lateral motion.前後に動かす場合もふくむ)、手を押しつける(pressure)、手を触れかつ静止させる(static contact)、対象物を手にのせて持ち上げる(unsupported holding)、手で包み込む(enclosure)、輪郭探索(contour following)の 6種類に分類した。そして、対象物の様々な特性(テクスチャー、硬さ、温度、重さ、体積、全体の形、細部の形の 7種)について、 6種類の探索行為のそれぞれがどの程度有効かを次の 4段階で数値化した。
0: 与えられた刺激特性が、当該の探索行為ではほとんど分からなかった(チャンスレベルでしか分からなかった)
1: 刺激特性の検出に、当該の探索行為が十分役に立った(sufficient)
2: 刺激特性の検出に当該探索行為が十分役に立ち、かつ極めて適していた(optimal)
3: 刺激特性の検出に当該探索行為が十分役に立ち、極めて適し、しかも必須であった(necessary)
 その結果が下の表である。表中の「一般性」は、各探索行為について「十分役にたつ 1」以上を示した特性の総数で、その値が高いほど一般性が高いといえる。また「時間」は、各探索行為の平均時間である。
 
表 「探索行為=対象特性」の相互関連に関する重み付け、各種探索行為の一般性の程度、平均探索時間
 
------------------------------------------------------------------------------
 
        探索行為
        横の動き  圧迫    静止接触  挙上    包み込み  輪郭探索
刺激の性質
 テクスチャー 2     1     1     0     1     1
 硬さ     1     2     0     1     1     1
 温度     1     1     2     1     1     1
 重さ     0     0     0     2     1     1
 体積     0     0     1     1     2     1
 全体の形   0     0     1     1     2     1
 細部の形   0     0     0     0     0     3
 一般性    3     3     4     5     6     7
 
時間(秒)    3.46    2.24    0.06    2.12    1.81   11.20
 
------------------------------------------------------------------------------
 
 上の表からは多くのことが読み取れる。
 「横の動き」はテクスチャー、「圧迫」は硬さ、「静止接触」は温度、「挙上」は重さ、「包み込み」は体積と全体の形、「輪郭探索」は細部の形にもっとも有効である。
 「横の動き」と「圧迫」はテクスチャー・硬さ・温度の 3特性に役立っているだけだが、「包み込み」は細部の形を除く 6特性、また「輪郭探索」はすべての特性に役立っている。とくに細部の形については「輪郭探索」が必須であり、かつそれ以外の探索行為ではほとんど分からない。「包み込み」は大まかな触知に、「輪郭探索」は精緻な触知に適しているといえる。ただし、「輪郭探索」は他の探索行為に比べて格段に時間がかかる。
 上の7特性のうち、体積、全体の形、細部の形の3特性が三次元の形状認知に関係するが、これらの特性には「包み込み」と「輪郭探索」という手の動きが有効である。
 
 
§6.8 形の触覚的認知の過程
 三次元の形状認知もふくめ、形の触覚的認知の過程には、一般に次のような原理、あるいは傾向が見出されている。(『世界盲人百科事典』 p.265より)
@立体的塑像感の原理: まず、素材の質感(抵抗感、ボリューム感、緊密度など)を形そのものの表象とは無関係にとらえる。
A継時的把握の原理: 対象に継時的、連続的に触れ、個々を知覚することが、全体の形の正確な表象に必要である。
B運動の原理: 形の印象を得るためには、手を移行しながらさらに指を細かく動かす運動が必要である。
C計測の原理: 計測の道具として、親指の幅・長さ、親指と人差指の間の幅などを用いる。また、手・足の運動の時間の長さ・速度を手がかりにして空間の大きさを知る。
D受容的構え、意図的構え: 触知する際、意図的に対象の属性を把握しようとしてさわるか否かによって、把握の正確さが規定される。
E典型化および図式化の傾向: 対象を特定の部分的特徴で代表させ、それを既知の単純かつ典型的な形のグループと照らして類別する。
F変形の傾向: 図式的分化が不十分な場合、晴眼者、後天盲では触覚像を視覚像に置換え、明確な表象をつくろうとする。一方、触覚独自の形の知覚(自律的ゲシュタルトの原理)が先天盲にあり、晴眼者、後天盲にも働いている。
G構造分析の原理: 一つ一つの構成部分を調べることによって、対象の構造、幾何学的特性、全体に対する部分の関係の細かな認知が生じる。
H構成的統合の原理: 構造分析された部分をまとめ、ある図式的な像と関連させて全体像を形成する
 (Revesz, 1938; 石田, 1959)。
 

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主な参考文献と URL

『感覚生理学第2版』Robert F. Schmidt編、岩村吉晃他訳、金芳堂、1992
『触覚と痛み』東山篤規・宮岡徹ほか ブレーン出版 2000
『触覚の世界――実験現象学の地平』ダーヴィッド・カッツ著、東山篤規・岩切絹代 訳、新曜社、2003 [原著は1925年] 
『視覚障害と認知』鳥居修晃編著、放送大学教育振興会、1993
『世界盲人百科事典』世界盲人百科事典編集委員会編、社会福祉法人日本ライトハウス、1972
『視覚障害心理学』佐藤泰正 編著、学芸図書、1988
『感覚教育の手引』ウィリアムT.リドン、M.ロレッタ・マクグロー 共著、山岸信義 訳、日本盲人福祉研究会、1976
盲学校理療科用教科書『解剖』『生理』『按摩マッサージ指圧理論』など
「タッチの大脳メカニズム」岩村吉晃、2006年、『高次脳研究』26.03
「触覚による立体図形の認知と手指の姿勢および動き」金子健、2007年、『幾何学教材と視覚障害者の立体認識シンポジウム 第1回『口頭発表資料
「認知心理学の博物館活動への応用を目指して―自然史教育心理学への序章―」小出良幸、 2000年、『神奈川県立博物館研究報告』 29
「触る」 内田 謙 『日本大百科全書』(電子ブック版) 小学館 1996
「触覚」 立田 栄光 《世界大百科事典》(CD-ROM版) 平凡社
「感覚」 立田 栄光 《世界大百科事典》(CD-ROM版) 平凡社 
 
心理学情報サイト : psycho lab.
仔猫の遊び場-心理学
触覚伝達機器の設計支援情報
ビジュアル生理学
神経生理テキスト
principles of neural science 輪講
感覚と運動
大坪治彦「錯視図形に対する触知覚認知―全盲者と正眼者の比較をとおして―」(鹿児島大学教育学部研究紀要 教育科学編 第40巻(1988))
ブラインドサイト(盲視あるいは盲人の視覚)
生体情報論【10回】「触覚の神経情報処理」
10章 触圧覚
触覚の諸特性について
脳の世界
プレス・リリース 眼に見えない道具の先端の知覚
第1次視覚野・聴覚野の神経応答が「注意」により増幅することを発見
体表点字(ボディー・ブレイル)
特集:〈触〉の臨床
乳幼児期の触覚の活用

 

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(2007年1月7日第1版、2007年2月15日第2版、2007年4月26日第3版、2008年12月10日第4版、2011年12月5日一部追加)