その5 点字の深さと広さ
私が点字を習い始めたのは6歳の時だから、あれからすでに45年以上経過し、点字をめぐる状況も様々に変化してきた。その変化はいろいろあるが、大きく次の3つに分けて説明する。
@点字の表記法の変遷
これまでに少なくとも4回は点字の表記法の大きな改訂があった。一部には混乱をもたらすという面もあったが、情報処理記号など様々な記号類への対応、一般文中に出てくる数式や外国語の表記、理数系の専門書の点訳法など、全体としては点字で表現できる分野が広がってきたといえる。
A点字化の方法の変化
はじめは1冊ずつ手作業で点訳されていた。1冊の点訳書を(コピーできないので)全国の読者が順番待ちしながら読んでいた。
20年ほど前から点字がデータ化されるようになり、15年ほど前からは全国各地で点訳されたデータが次第にネットを通じて共有されるようになり、全国どこからでも、いつでも利用できるようになった。「ないーぶネット」と呼ばれているこの全国ネットには、現在約6万タイトルの点字書のデータがアップされている。
B点字の広がり
本などの点訳にとどまらず、点字が各種の試験、公文書、駅などの施設の案内表示などにも使われるようになった。
●実演と紹介
・点字書の触読: 『新訂図解動物観察事典』中の「セミ」の項
点字は1文字ずつ読むのではなく、左から右に一定速度で指を動かし、次々に変化する点の組み合せのパターンを連続的に処理しつつ読んでいる。とくに両手を使って読むとスムースな読みが可能になる。
・点図: 上記図書中のクマゼミの図など
・発泡印刷: 学習絵本「テルミ」(126号、129号)
・UV印刷:新版 100億年を翔ける宇宙--さわるカラーグラビア--』
写真や図を見える人たちといっしょに楽しむことができる。
次に、実際に点字を使用している見えない人たちにとって点字はどんな役割を果たしているのか、3つに分けて説明する。
@読書、知識を得るための手段
点訳者がもっとも活躍する分野。私たちは本を読み、勉強し、さらにマニュアルや説明書、商品カタログなどを読み、また料理や旅行の本を読んだりして、生活の質を高めている。
A権利行使と社会参加のための手段
投票のさい自分で選挙権を行使し、さらに点字で署名したり陳情したりできるようになった。(投票などは代筆してもらってでもできるが、プライバシーの問題がある。以前は国勢調査では近所の調査員に代筆してもらうしかなかったが、前回の国勢調査では点字を使って自分で調査表に回答した。一種の爽快感のようなものを感じた。)
また公務員試験や各種の資格試験も点字で受験できることが、それらの仕事に就くための第1歩となる。
B考えるための道具
文章を熟読しつつ深く考え、また自分の考えをきっちりまとめたり整理するには、点字のほうが良い。点字は私たちにとって「本当の文字」と言える。
(私は最近(点字原稿なしに)直接墨字の文章を書くことも多いが、自分の考えを整理したり文章を分かりやすくするために、しばしば点字でメモ書きし、それを基に文章を作る。)
最後に皆さん、点訳ボランティア・音訳ボランティアへの希望。
@日本語の新たな側面の発見
点訳も音訳も表音式に置き換えること。ふだんはとくに読み方が分からなくても意味がそれなりに分かることで満足しているだろうが、点訳・音訳を通して表音式の日本語の特徴・世界を知ってほしい。
表音式だと例えば同音異義語が問題になるが、実際には前後の文脈で同音異義語の区別がつくことも意外と多いし、また音訳ではアクセントの違いによっても区別できることがある。
A言葉による説明
本の中には、写真や図や表など、単純に点字や音声に置き換え羅れないものが多くふくまれている。それらをどのように見えない人たちに伝えるのか、とくに言葉(文字)でどのように説明すれば簡潔・的確に伝えられるのか。そのためには関連知識も必要。(点字書の場合には点図にできることもあるが、その点図がどれだけ理解してもらえるかは、その図の解説文の善し悪しにしばしば大きく影響される。)
また、言葉による説明は、見えない人たちのガイドなど、見えない人たちとの直接のふれあいにもとても大切。
B相補う力
点訳や音訳へのニーズはきわめて多様。それらに応じるために、各ボランティアが互いに得意とするところを補い合って、1冊の図書を完成させていってほしい。
(2004年9月16日)