第1回 触って分かることと分からないこと (2003年11月11日)

上に戻る


◆講習会のポイント

●作る側と触る側、見える人と見えない人とのコミュニケーション
 ↓
 ↓
 その共通の基盤として、触知覚の基礎
 (触る経験の大切さ、手の使い方、イメージ形成)
 ↓
 ↓
 触知覚の特性をふまえた、図や模型の作製、説明の仕方

〈解説〉
 見える人たちにおける視覚の代行として、見えない人たちの場合には主に触覚が考えられます。文字については、いわゆる墨字に代えて、点字による情報提供が近年ますます充実してきています。しかし、より広く、触ること一般、触知については、見える人たちばかりでなく見えない人たちの間でも十分に考えられているとは言えないようです。
 いっぽう、最近はバリアフリー化の流れの中で、いろいろな商品、駅をはじめとする交通設備、ミュージアムなどの公共的な施設で、見えない人たちにも点字だけでなく様々な形態での情報提供が行われるようになってきました。これはもちろん歓迎すべきことなのですが、触図や触知模型、また触ることのできる展示物について、触知の基本、見えない人たちの触知の方法・特性といったことを十分考慮しているとは言えません。
 この講習会では、触知覚の基本、見えない人たちの触知の方法や特性を理解したうえで、皆さんといっしょに様々な触図や触知模型作製のポイント、さらには(触図・触知模型の製作が難しい場合や、図・模型の提示だけでは不十分な場合)言葉や文章による説明の仕方を実例を通して考えて行きたいと思います。
 もうひとつ大切なことは、「触って知る」ということは、なにも見えない人たちだけに関係したことではないということです。本来、触知という行為は、生物としての人間が環境を知りまた環境にはたらきかけ、さらには自分の身体について知りコントロールするためにとても大切な基本のようなものです。そういう意味で、視覚に偏重しまた自分の身体感覚に疎くなっているように思われる現代の社会にあって、触知覚に注目し検討することには意義があると思います。

〈注意〉
 しばしば見える人たちは、見えない人たちの触覚は特別に優れていて、自分たちが触ってはとうてい分からないようなことでも分かっているのだろうと思い込んでいることがあるようです。点字をすらすら読んでいるのを見てそのような印象を持たれるかもしれませんが、点字を読むのが速いからといって、触図や実物その物を触ってそれを理解する能力が優れているとは限りませんし、点字読みの能力と一般の触知能力にはたいして関係ないのではと思うほどです。触覚そのものの鋭敏さには見える・見えないの違いは影響しないようです。実際の触知能力には、手指の使い方、触覚情報を解釈するための豊かな触経験や様々な知識、想像力がとても重要です。
 言いすぎかもしれませんが、基本的には見える人たちが触って分からないものは見えない人たちにも分からない、ということです。この講習会のひとつの課題は、触ってだれでも分かることから出発して、図や実物をどのようにすればよりよく理解できるようになるか、ということです。


◆私の自己紹介
 「視覚障害」と言っても、全盲から弱視まで、視力も視野も実際の見え方も様々です。また「全盲」と言っても、失明の時期や失明前の視覚の程度により、どんな視覚経験を持っているのかも様々です。
 一般に、 3歳以前の失明では視覚経験の記憶はまったく残らず、また 3〜5歳の失明でも視覚経験の記憶はほとんど消失すると言われています。もちろんこれには個人差がかなりあるでしょうし、また失明してからの経過年数なども関係しています。
 私の場合は、親が生後3ヶ月で私の目の異常に気付いており、たぶん先天性の目の病気だったと思います。生後間もなくどのくらい見えていたのかはよく分かりませんが、私の記憶にかなりはっきり残っているのは、光の強い反射とか、明暗の区別くらいです。ぼんやりとですが、光と影の区別(自分の影が動いているのを見たような気がする)や明るいっぽ色と暗っぽい色の区別(赤、黄、青といった色の違いの記憶はない)などについて、なんとなく記憶があります。光覚はたぶん10歳くらいまでは残っていましたが、とても視野が狭く、暗室で目が光のある1点に向いた時判別できるくらいでしたので、ふだんの生活ではほとんど視力を意識することはありませんでした。
 そういう訳で、このような私が見えない人たちの触知の方法や特性について語る場合、それは主に全盲で視覚経験の記憶のほとんどない人たちのことについて語ることになります。このような人たちは、視覚障害者全体からすれば、かなり少数だということにも注意してください。

 今振り返ってみると、私なりの触知の仕方、動きや空間イメージの仕方にプラスにはたらいたものとして、幼児期に豊かな自然の中で近所の子どもたちと遊び回ったなかで培われた身体感覚、盲学校でのかなり孤独な生活のなかでの草や石との触れ合い、紙細工や粘土や編物などいろいろな手作業などがあるように思います。

●触る研究会
 今年 4月から「触る研究会・触文化研究会」を始めています。触ることに興味を持つ見える人たち10人くらいと見えない人たち数人の小さなグループです。
 これまでの活動を通して私が強く感じるのは、見える人たちの豊かなイメージ力です。ごく少ない、貧弱とも言える触知情報から、私にはとてもできそうにないようなイメージを作り上げることがあります(アンコールワットの模型の例)。いっぽう、見える人たちも、見えない人たちの触知の技術や可能性について大いに関心を持ってくれているようです。


◆参加者の自己紹介

 視覚障害のある方との関り・活動、参加の動機
※参加者12名。多くは点訳ボランティアで、一般の学校に通っている盲児童のための教材として、エーデルを使って図を作製している者も数人いる。
 (私としては、点訳に限らず、ガイドや音訳などのボランティアも対象として考えていたので、ちょっと残念)


◆協力者の紹介
西野旬子さん: 資料の用意、エーデルによる図の作製など
太田博さん: 立体模型など


◆触って分かることと分からないこと
 参加者に列挙してもらいました。(一部私が付け加えたものもあります。)
※触るための参考品として、私の作った花器を用意しました。

●触って分かること(属性)
 視覚で直接分からないものには○、視覚で分かりにくいものには△を付けてもらいました。
物の形
大小(体積)
温度 △
堅い・軟らかい ○
重さ ○
凸凹・つるつる
粗さ △
乾いているか湿っているか ○
粘りけ ○
液体の抵抗感 ○
圧力 ○
弾力 ○
内部の様子 ○

※ ○付きの属性についても、視覚でその物が何であるかを具体的に特定できれば、その物の持っている性質から、関節的に推測できることがある。

〈内部の様子を触って知る実験〉
@机の上に硬貨を置き、その上に厚手のタオルを被せる。タオルの上から、かるく押えるようにして順番に触っていくと、硬化がどこにあるか確かめられる。
A机の上に薄い紙片を置き、その上に厚手のタオルを乗せる。タオルの上から、前後にかるく滑らしながら指をずらしていくと、滑り具合の違いにより、紙片のだいたいの位置を知ることができる。

●触って分からないこと・分かりにくいこと ……
色、明るさ、臭い、味など (これらはいずれも他の感覚器官で感じられるもので、触覚の適刺激ではない)
大きすぎる物
小さすぎる物(微細な構造)
熱すぎる物
冷たすぎる物
動いている物
壊れやすい物
不安定な物
軟らかすぎて形の変りやすい物

●触ることのできない物 ……
遠い所にある物(星、天体など)
手の届かない所にある物・部分
風景


◆課題

 資料1(触知について: 見えない人たちの文章から)を読んで、次回に感想をお聞かせください。


◆講習会の予定(仮)

 第1回 講習会の趣旨、参加者の自己紹介、「触って分かることと分からないこと」
 第2回 触って知るとは:触運動知覚の基礎
 第3回 どのようにして触るか:触知の方法(平面と立体)
 第4回 触図・触地図体験(エンボス製版、エーデル、絵本など)
 第5回 図の説明文への置き換え、および触図のための説明文
 第6回 触図・触地図製作のポイント(エーデル、立体コピーなど)
 第7回 博物館体験
 第8回 身の回りの立体的表現の検討
 第9、10回 触知模型の試み