第3回 どのようにして触るか:触知の方法 (2003年11月25日))
◆平面の場合(主に触図)
●上下方向の確認
視覚ではどういう方向で見るかは多くの場合瞬時に判断できると思う。触図では触る方向を決めるのに数秒から10秒くらいかかることが多い。
点字が書いてあれば、点字の読める方向が正しい方向だと分かる。ときには、上や北を示す矢印なども有効なことがある。
もっとも確実な方法は、図のタイトルの後に、図の方向や図の簡単な構成・見方を書くこと。
〈例1〉 立体コピーによる彫刻作品
(2001年に兵庫県立近代美術館でいただいたもの)
・痙攣する大きな手(ロダン)
・道標(柳原義達)
・ポール・シニャック像(高田博厚)
・破壊された街(ザッキン)
各図とも B5サイズ。各用紙の下にタイトルを示す点字が張り付けてあるので、それで上下の方向が分かるが、点字がなければどの方向で触れば良いのかさえなかなか分からない。
受講者もアイマスクをして触ってみるが、ほとんど手がかりさえつかめない状態。目で見ても分かりにくいという声が多かった。
●両手の指と掌を使う
点字の触読では、主に人差指の指先が使われるが、平面を効率よく触知するには、両手を使い、かつ指先だけでなく、掌全体も使う。
掌全体を使うことで、ごく大ざっぱではあるが全体の大きさや形を短時間に知ることができる。
ただし、手の部位によって、触覚の鋭敏さが異なる(2点弁別閾では、指先 1.6mm、指のそれ以外の部分 3.7mm、手掌 7.7mm)。また、手全体を乗せただけでは、指と指の間、掌の中央部などは、まったく対象物に触れていない。さらに、手を動かさない状態が続くと、順応によって触感覚の強さが弱まってくる。
このような、両手全体を使った触知の弱点を補うには、手指の系統立った運動が必要である。
●手がかりの発見
手指を系統的に動かすためにも、対象物の何らかの特徴・手がかりを把えることが大切(部分的な特徴・手がかりでよい)。
手がかりの例: 上下・左右のどちらに広がっているか、全体として円っぽいか角張っているか、対称的になっているか、基準となるような線や形があるか、幾つかのまとまりに分かれているか
〈例2〉 カレンダー付世界地図 (トウハン企画製作)
A1サイズ。小さな明瞭な点で、海岸線、国境線、島や水海が精密に描かれている。私がこれまでに触った点図や発泡印刷による世界地図よりもはるかに最密に表現されていて、例えば、カムチャツカ半島から千島列島、日本列島、南西諸島から台湾にいたる弧状がきれいに触知でき、また、ハワイ諸島や南太平洋の島々まで確認できる。
(弧状列島については、受講者の中に、目で見た時より手で触ったほうが鮮明に印象に残ると言う方がおられました。)
しかし、この地図には点字の表示はまったくなく、また海と陸の面の違いもまったくないので、世界地図についてあらかじめよく知っている人でないと、見える人のガイド無しでは、例えば、今触っている線(点の連なり)のどちら側が海なのか陸なのかさえ分からないことになる。
私は、前に広げられた地図の上に適当に右人差指を置き、ちょっと下に動かしてみました。 3、4cmくらい動かしただけで、そこがカリフォルニア半島であることが分かりました。下に細長い半島と、その右側に斜めに続いているメキシコの海岸線とからそう判断できました。このわずかな部分が分かることで、その右側にはアメリカ大陸が広がり、斜め下には中米の国々、そしてパナマの狭い部分を経て南アメリカを予想しつつ確認できます。また、カリフォルニア半島の左側をずうっと行けばたぶん日本列島だろうと想像しつつ日本列島にたどりつくことができました。
※同様に、例えば植物を表した図で、上向きの葉の形が分かれば、そこから葉の付け根、茎、根元、花の位置などを予想しつつ触知できる。
(もちろん予想が外れることもある。その場合は、自分の予想との違いを手がかりに、全体的なイメージに修正を加えることを繰り返すことになる。)
●手指の動かし方の例
ごく一般的な場合:
@図全体をざっと触っておおよその形、特徴などの情報を得たうえで、それと関連づけながら各部分の情報を得るようにする
A基準点を決めて、それとの位置関係を把握しながら他の地点の部分の情報を得、それらをつなぎ合せまた各部分の関係を考慮しつつ、全体の形や特徴を把握する
左右対称な図の場合:
B互いに対応する部分にそれぞれの手指を置き、両手指を同時に水平または垂直にスキャンするように動かして、面的に漏れなく情報を得るようにする
左右・上下の図・部分を比較する場合:
C対応する線を各手の指で同時にゆっくりたどり、共通点・相異点を把握する。または、まず1つの図・部分に集中してその特徴を記憶し、それと比較しつつ他の図・部分の特徴を調べる
《触知の方法についてのインタビュー》
(2002年初めに全盲6人について実施。 Oは小原)
アサギマダラ
(どういう順番で触るか、図をたどる時の両手の動き、手をはなした時全体の形はどの程度正確にまたどんな風に頭に残っているかについて)
[点訳グループ「麦」が制作した『新訂図解動物観察事典』中の図(エーデルを使用)。図の上部には、「アサギマダラ」というタイトルと、「頭を上にし、左右対称に翅を広げた図」という説明文がある。左右の翅の先端をむすんだ最大幅13cm程、胴の長さ4cm弱、胴の前から2本の細い触角が出ている]
A(男、40代、両眼とも0、小学高学年ころ失明、光と形については鮮明、景色については微かな視覚経験):
ちょうちょだということを予め知って見ているので、よく分かる。ちょうちょを絵に描いたらどのようになるかを知っているので、予想が付く。左右対称の図なので、対称な部分を右人差指・左人差指でそれぞれ見ることもあるが、だいたいは両手は近い所を触っている。この図では全体的に点が詰まっているので、特徴があるのは、胴体や翅の一部など点の抜けている部分、および触角。手をはなした時、頭には視覚的なイメージとして輪郭・外形がはっきり残る(ただし細かい翅の模様までは残らない)。
B(女、40代、両眼とも0、中学2年ころ失明、光・色・形・景色の視覚経験):
左上から触りはじめる。まず左上(前の翅の先端部)に両手を置き、左手はそこに置いたまま、右人差指で外形をたどる。その[動いた]跡は頭に描かれる。小さな図だと右手だけで形が頭にうかぶが、大きな図だと、固定点を設け、そこからの右手の運動を頭に描かないと図が分からない(地図などは別ですが)。とりあえずは外形を把握する。[私の質問にたいして]触角なども「ある」と思って見ているので分かる。最初に説明文があり、ある程度それに対応した視覚的な図を頭に描けるので、この図は分かりやすい。手をはなした時は、翅の特徴や色の濃淡(点の密度などで分かる)まで、かなりはっきりとイメージが残っている。
C(女、30代、両眼とも0、生後すぐの失明、視覚経験はなし):
左右対称だから、まず真中あたりを両手で見て、右側は右手、左側は左手で見る。触角は見落しがち。触角だと言われないと分からないかも[私が胴体の前の2本の細い線とヒントをあたえて、納得しているようだった]。手をはなした時は、ぼんやりとした外形はうかぶ。が、それが物の形と言えるかとなると……[と心配そう]。[私の質問に応えて]3角形などの簡単な図はかなりはっきり頭に再生できる。複雑な図になると、物や動物そのものの形は分からなくて、ただそれが図になった時どう表されているかを何回も見るようになって、こういう動物はこういう風に描くのだなあとか、少し頭にうかぶようになった。
〈その後の追加〉触角は分かったが、羽の模様ははっきり分からなかった。手を離した時、平面の図としては頭に残っているが、立体の実際の姿を想像するのは難しい。平面の図を見て実際の物の形を想像したり、実際の物を図に表すとどうなるかということがはっきり分かっていない。
D(女、20代、両眼とも0、3歳半で失明、光と色の視覚経験):
まず全体をざっと見る。周りの輪郭がどうなっているか探る。図の右側・左側をそれぞれ右手・左手が対称的に動いている(これは対称的な図だから)。指の動きとしては、両手とも外側から内側へ進む。左手は左上から、右手は右上からそれぞれ中心へ寄ってきて真中で落ち合うように進み、落ち合った状態からこんどはもうすこし下のほうで外側へ広げ、また中へ来て、というようにして、だんだん下まで探っていく。手を離した時は、意識して図を見た場合は、輪郭はすごく残るが、[輪郭の内側の]ざらざら・つるつるといった触感はあまり残らない。[輪郭は線として残るか、それともぼんやりとした形としてですか、という質問にたいし]ぼんやりとした、影じゃないけど、形で残ります。
E(女、右眼指数弁 左眼0、生後半年で失明、光と色については鮮明、形については微かな視覚経験):
ちょうちょは何となく形がわかる。(説明文に左右対称とあり、またちょうちょのイメージは右左同じ形だから)まず中央に両手を置き、右は右て、左は左手と、対応する同じ場所を上から横、下、そして戻ってくるというように外形をたどる。ちょうちょと聞いていたので、上の翅と翅の間くらいに触角があるのかなあと思ってそこを確認したら、ぴょこんとちょっと短かいのがあって、それから翅は点の詰まっている所が多いが、真中辺にちょっと空いている所もある。手を離した時、これはシンプルで覚えていられるから、中の様子・模様までは無理かもしれないが、外形は十分再現できる(たとえば折紙で形を切り取れば、似たような形にはできる)。[視覚的なイメージはちょうちょについてはあるのですか、という問いにたいし]ちょうちょは実物は見たことないですね。ちょうちょのブローチやアップリケなど作り物を触ってです(そういう作り物には触角はないから、ちょうちょに触角があるというのは聞いているだけ)。
[A,B,C,D,Eは図の説明文も読んでから図を見ていた。(Dは実際には説明文を読まずに図を見ることもある)]
O(男、40代、両眼とも0、小学ころ失明、光については鮮明、色・形についてはごく微かな視覚経験):
私は(説明文も見ず)とにかくさーっと2、3秒で両手を使ってごく大ざっぱでも概形を見る。(その時は両側に大きく広がった感じを受ける)それから左上からすこし丁寧に見はじめる。まず両手がそろった状態から、左・右の手(人差指中心)を反対方向に動かし、左の翅の外形を確認し、それから胴の部分、右の翅へと移る。そのあたりで説明文を読んで納得する。(いちおう図を見終ったり、あまりよく分からない時に説明文を読む。もっとかなり複雑だったり、略称が多かったりすると、あきらめて説明文から読むこともある)タイトルは読んでいるので、この図は触角などもふくめかなり分かりやすい。ただ、もしタイトルもみないとすると、さっと概形を触っただけでは、たとえばトンボなどと思うかも知れない。(蝶は翅を広げたところをほとんど触ったことはない。トンボはよく翅をばたつかせているところを触ったことがある。もちろん胴のあたりを詳しく触れば、トンボではないとすぐ気が付くと思うが)手をはなした時は、輪郭がなんとか頭に残る程度で、外形ははっきりした線にはなっていない。ただ、集中力を高めれば、翅の形や触角などはっきりと頭にうかべることはできる(ただしそれは、実際の物体の形というよりも、線や点の組合せの図そのものとして)。幾何学的な図は簡単に頭にうかぶが、実際の物の形となると集中力を高めないとはっきりした形は頭にうかばない。
※受講者には、以上の具体的な触知の方法を読んでいただき、それを参考にしてアサギマダラの図を触ってもらいました。大まかな形は十分分かっていただけたようです。触角については、分かりにくいという意見も多かったです。
〈例3〉 アゲハチョウ(夏型と春型)
(『新訂図解動物観察事典』中のエーデルによる図)
私が初めに、図の上部に書かれている、「アゲハチョウ」というタイトルと、「夏型、春型のアゲハチョウの胴体と左の翅を示し、右の翅は省略」という説明文を読み上げ、受講者の皆さんに触ってもらいました。
あらかじめ説明文をしっかり頭に入れてもらったので、右側が欠けていることにはたいした違和感はなかったようです。夏型・春型の大きさの違いにはほとんどの方が気付いていました。右側の触角にすぐには気付かない人もいました。夏型・春型の羽の細かい形の違いについては、私から言われないと気付きませんでした。
◆立体物の場合
●大きさによる触知の仕方の違い
@片手にすっぽり入るくらい(10cm以内)
大まかな形は片手だけでも分かるが、形を詳しく知るには両手指を使わなければならない。
A両手にすっぽり収まるくらい(20cm以内)
このくらいまでの大きさだと、両手をそんなに動かさなくても全体の大まかな形は知ることができる。
B肩幅くらいの物(40cm以内)
中央から両端へ、あるいは両端から中央へ、また上下方向への両手指の系統立った運動が必要になる。それに応じて、頭の中で意識的に各部分を組上げ全体にまとめる作業が必要になる。
C両手を広げた範囲(1m以内)
手の運動の制限(手の届く先は円弧を描くように動く)のため、とくに手の先端部の形の認識には注意が必要。
Dそれ以上の物
水平方向については、ゆっくり歩きながら順番に触っていくことで、ある程度変化の様子や全体的な流れは分かる。垂直方向については、足元部や手の届く先端部は把えにくいし、それ以上の高さについては言葉による説明によらなければならない。全体の形を頭の中でイメージするのはかなり困難。ミニチュアの模型があればいちばん良いが、日常触り慣れている物を組み合せることで類似のイメージを作り上げることができる場合もある。
※いずれの場合でも(とくにB以降)、部分から全体を組み上げ、また全体の中での部分の位置を確認するという、繰り返しの過程が必要である。
〈例4〉 正8面体の蛍石の劈開
(1辺が4cmくらいの正8面体。片手にスッポリ入る大きさ。)
アイマスクをした状態で、まったく何も説明せず順番に回して行きました。全員、時間のかかる方もいましたが、形については認識できていました。質感・素材については、考え込んでいる方もいました。
多くの方にとって実際に見たことのある形であり、とくにエーデルで数学の図を描いている方にはこの形は馴染みのもののようでした。
ただ、正3角形が低面として固定されている状態のように、触る方向によってはとても分かりにくい形であるということも皆さん理解してくださいました。
〈例5〉 花
バラ、サザンカ、マリーゴールド、ゼラニウム、ラベンダー、コエビソウ、アカツメグサ、小菊などの花を用意し、4つの花瓶に生けてもらいました。それを私が実際に触って観察しながら、花などの触り方について説明しました。
まず、テーブルの上のどこに花瓶があるのか確かめなければなりません。
テーブルの上の物を探すとき、私はテーブル面に各手の指を4本ずつかるく接触させながら、テーブルの両端からそれぞれの手を前後に動かしながら中央へと移動させてゆきます。こうすれば、大きな漏れなく、また物を倒すとか落すとかせずに、探すことができます。(この方法では、中央、自分の目の前の物を探すのに時間がかかります。)
花瓶の位置を確認したら、花瓶を下から上にたどり、花瓶上縁から植物の茎に触れ始めます。
植物を触る基本は、下から上へ、中心から外側へと、植物の伸び行く方向に指を動かしていくことです。根元から幹・茎、葉・花へと触って行きます。指先を植物の表面にかるく密着させながら、伸びている方向に沿って移動させます。こうすれば、とげを刺したり、散りかけの花弁を落したりすることはありません。(今回のバラのとげはやや下向きになっていて、注意が必要でした。)
葉は、付け根から葉の外周をかるく触り、葉の表と裏を両手指でかるくはさむようにして触ると、葉脈の分布もよく分かります。花も、付け根から花弁の外側に沿って触って行きます。花が開いている様子は、上からそっと掌をかぶせるようにして観察します。
※注意: 皆さんは多くの場合もっとも触ってほしいところ、例えばきれいな花とか、彫刻だったら顔の特徴的な部分とかを直接触らせようとします。そういういわば見所・触り所と言える部分は、複雑な形をしていたりときには尖っていたり壊れやすかったりして、触るのに難しい所です。まず、花の付け根や茎、人物像だったら肩とか頬とか、できるだけ安定した、触りやすい場所に指を置いてもらい、それからどの方向に指を動かせば何があるのかを説明したり、またかるく指の動きをガイドしながら説明したほうが良いです。
《参考》 触運動における探索行為の種類と、それによって知り得る属性 (Ledermanらの研究)
『触覚と痛み』(東山篤規・宮岡徹ほか、ブレーン出版、2000年) 第8章「3次元形状認知」より作成
( )内は、付随的に分かる属性。秒は、平均探索時間
静かに触れて動かさない
温度(テクスチャー、体積、全体の形)) 3.46秒
抑える
堅さ(温度、テクスチャー) 2.24秒
横方向(前後)へ動かす
テクスチャー (堅さ、温度) 0.06秒
手に乗せ持ち上げる
重さ (堅さ、温度、体積、全体の形) 2.12秒
手で包み込む
体積、全体の形 (テクスチャー、堅さ、温度、重さ) 1.81秒
輪郭をたどる
細部の形、全体の形 (テクスチャー、堅さ、温度、重さ、体積) 11.20秒
※手指の触運動を 6つに分け、それぞれの探索行為にもっとも適した属性と付随的に分かる属性、そのために必要な探索時間を示している。「輪郭をたどる」行為は、他の探索行為では得られない細部の形にもっとも適しており、かつその他の属性総てについてもある程度知ることができる。少なくとも見えない人の触知では、この輪郭をたどる行為がもっとも中心的な役割を果している。ただし、この探索行為は他の探索行為に比べてはるかに時間を要することに注意したい。