第7回 言葉による説明 (2004年1月20日)

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◆図の説明文への置き換え (主に点訳および音訳の場合)
 実際の点訳では原本の図・写真などを触図化できることは少なく、多くの場合省略したりあるいは必要に応じて文章による説明や表形式に置き換えなければならない。また、触図化する場合も、その図を効率よく触知できるようにするための解説文が必要なこともある。
 音訳の場合には必要ならすべて文章による説明に頼らなければならず、それだけ文章による表現力が求められることになる。
 点訳・音訳の難しさは、その一方向性にある。製作者(ボランティア=実際に図を見ている人たち)は利用者(図を見ることのできない見えない人たち)の個別の反応に応じて説明文を作ることはできない。せいぜい読者層となり得る見えない人たちの多様な条件を予想しつつ、いわば最大公約数的に説明文を作るしかない。

●本の中での図の役割
@図・写真などを主として本が構成されている。(写真集・画集・図鑑など)
A図・写真などがなければ本文が理解できない。
B図・写真などは本文を補強するものである。
C(さし絵などのように)本文のイメージを膨らませるもの。
D(項目の変わり目のイラスト・ページを飾る模様など)本文の内容と関係のな    いもの。

※@の画集や図鑑などは一般に点訳・音訳には不向きとされており、見えない人たちがこのような本からの情報を得ることは現状では難しい。しかしもちろん、私もふくめ、このような本に興味を持っている見えない人たちはいる。学芸員など専門家の協力が得られるならば、画集や図鑑などを説明文中心の点訳・音訳図書とすることは不可能ではないと思う。
 Aについてはもちろん触図化あるいは説明文への置き換えが必要である。
 Bの場合、図などが本文の内容とほぼ同じ事を示しているならば、触図化あるいは説明文への置き換えはかならずしも不可欠だとは言えない。ただし、本文の複雑な内容を簡潔に示していたり、本文での部分的な説明を補っていたり、本文のあちこちに散らばっている内容を整理しまとめて示しているなどの場合は、触図化あるいは文章による説明が必要である。また風景や人物の表情などの写真についても、私の経験では、音訳の場合は適切な(ある程度主観的な判断をもふくんだ)説明は本文の雰囲気や背景の理解に効果的にはたらく。
 CDについては、触図化あるいは文章による説明はとくに必要ないと言える。ただし、点訳では児童向けの図書における挿絵的な図や模様、音訳では挿絵さらには装幀などの説明は、しばしば本文のイメージを膨らませるのに役立つ。


●文章と比較しての図的表現の特徴
 最近ますます図的表現が好まれるようになってきているのは、図・写真・グラフなどのほうが文章に比べて分かりやすくまた記憶・再生に便利だと一般に考えられているからだろう。
 では、図的表現の持つどんな特徴からそのように言えるのだろうか。
・目に見えない物、抽象的な概念などを可視化する・物の大きさ・形・色・細部の構造などを(文章に比べて)よりリアルに表せる
・多くの要素・知識を狭い範囲の中で一覧できるように表す
・図を構成する諸要素の大小、遠近・配置などの空間的関係から、いわば自動的に推論させる(見れば分かる!)
・1つの図表現で、2つ以上の多義的な解釈を与え得る (触図の場合、順番に触っていくためだと思うが、解釈が一義的になりやすい)

※2つの課題
 @図的表現の持つこれらの特性を、触図でどの程度実現できるだろうか。またこれと関連して、見えない人たちの触図についてのリテラシー(触察能力だけでなく、頭の中でイメージする力もふくめて)をどのようにして高めることができるのだろうか。もし図的表現の持つ特性が触図でほとんど生かされていないならば、触図化の意味は無くなる。
 A実物の形などをそのまま再現したい図(地図や生物の図、風景写真など)は別として、抽象的な概念を分かりやすく表した図、概念間の関係を表した流れ図、数値データを分かりやすく表したグラフなどでは、その元になっている文章(命題)や数値がある。だから、これらの図については文章や表で置き換えることが可能である。分かりやすく適切な文章(表)を作ることができれば、かならずしも觸図作成にこだわることはないと言える。だとすれば、いかにして分かりやすく適切な文章(表)を作れば良いのだろうか。(もちろん読み手の側のリテラシーも必要である。)


●言葉による説明の留意点

@初めに図全体が何を表わしているのかを説明する。(できれば点字 3行、墨字百字くらいまでで、図全体についての簡潔な説明文を作る。)
 細部から説明を始めても何についての説明かわからないと理解しにくい。(説明をすべて読み終わってからようやく何についての図なのかがわかることもある。)
A図の形を再現出来るような説明が必要な時もあるが、多くの場合必要なのは図の示す内容、図から読み取れる意味である。形の説明にこだわって、かえって内容をわかりにくくすることもある。(図を通して著者が特に伝えたいと思われる内容を数個のポイントに要約しておき、そのポイントを中心に説明文を作る。)
B説明する時に使う言葉は原本の対象となる読者層を考慮して選ぶ。またできるだけ本文に出てくる言葉を使う。(専門書では、適切な専門用語を使えば説明が簡潔になり、また理解もしやすい。)
C地図、配線図、装置の見取り図などでは、本文の理解に特に必要と思われる部分について詳しく説明し、図全体についてはごく簡単に(例えば「○○についての図」というように1文で)概略を示すだけにしたほうが良いこともある。(図全体についてメリハリなく詳しく説明すると、読者はしばしば本文との関連を見失い、何のための説明だったのか分からなくなることがある。(
D図全体について詳しく説明する必要がある場合、まず図の概略を述べ、次に図全体をいくつかの部分に分け(各部分間の関係の説明も必要)、それぞれの部分について詳しく説明していったほうが良い場合がある。
E専門的な図を説明する時には、本文を熟読すると共に、百科辞典や参考書などを積極的に活用し、図の意味の読み取りに間違いのないように注意する。(知識がないままで、ただ見えたままを述べただけでは、図の伝えようとする内容をほとんど説明していないことになる場合が多い。)ただし、百科辞典などからの知識が前面に出てしまって説明が原図から離れてしまわないように注意する。

※グラフを説明する時
 グラフに数値が詳しく記入されている時: まず「○○と△△の関係について示したグラフ」などと説明(折れ線グラフとか棒グラフとかのグラフの種類もふくめる)してから、表形式で点訳したり、項目の順番が分かるようにあるいは縦・横の軸の組み合せが分かるように音訳する。あらかじめ大まかな変化の様子を説明しておくのも有効。
 数値が記入されていない時: 読み取り可能なら概数で示す(ただし、概数であることを明記すること)。
 グラフの各線の説明: 本文の記述との関連も考慮しながら、大まかな変化の様子・特徴を説明するよう心がける(必要に応じて、各線の位置関係、最大・最小値、およその変化の割合、どこで急激に変化しているか、どの辺でグラフの各線が交差して順番が入れ替わっているかなど)。また、縦・横軸の目盛の取り方にも注意(とくに対数目盛に注意)


◆博物館などでの立体物の説明 (主にガイドの場合)
 見えない・見えにくい人との対面での説明の利点は、双方向的なコミュニケーションが可能なことにある。コミュニケーションを通して、相手の視力の程度、色・風景などについての視覚経験、興味、知識や理解の程度などを知り、それらに合せてガイドし、説明の仕方を工夫できる。また、ガイドする側も、このようなコミュニケーションや観賞の仕方を通して、それまでの視覚による観賞では気付かなかったような発見がしばしばあるようだ。
 以下、ごく一般的に考慮すべき点を記す。

・展示品とできるだけ真正面で相対するような位置を取る
・展示品が大きい場合には、当人が展示品のどの辺に位置しているのか伝える
・全体のおおよその大きさ・形を伝える
 (大きさや形、色などを、「○○のような物」と、当人が知っていそうな物に例えるのも有効)
・触ることができる場合は、展示品から30cmくらいの距離に立ち、かるく手を添えて本人の手を展示品まで誘導する。
・触りはじめる時は、できるだけ触りやすい所(安定した所、平らな所、広い所)、あるいは基準となるような所から始めるのが良い。その場所から、方向を言いながら(必要ならかるく手をゆっくり誘導しつつ)順次説明する。
 (視覚では触って面白そうな所に注意が向き、そういう所をまず触らせようとすることもあるようだ。しかし、そういう場所は、しばしば複雑だったり尖っていたり壊れやすかったりして、触知には難しい場合が多い。)
・展示品が大きい場合には、触る人の位置を変えたり展示品の向きを変えたりしなければならないが、つねに展示品と当人との関係、展示品のどこを触っているのかを知らせるように心がける
・1つの展示品を観賞し終えたら、次に移るまでに少し間をおく(触察では部分と全体との関係をつねに頭の中で再構成しているので、全体のイメージをある程度まとめ上げるまでに時間がかかる)。


〔参考文献〕
盲人情報文化センター録音製作係「図・表・写真などの処理」 (2003年5月改訂)
加藤宏「視覚障害者のテキスト理解における図の役割」(『筑波技術短期大学 テクノレポート』 No.4 1997年 3月)