第10回 立体物模型の製作(2) ――触知資料製作の未来像―― (太田) (2004年2月10日)

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 第10回(最終回)は、前半では前回に引き続き太田さんに現在試みていること、そしてこれからの〈夢〉について報告していただきました。後半では、終了式と懇談を行いました。

 以下、太田さんの報告です。
 なお、小原が一部編集したり加筆した所があります。また※付きの文章は小原の補足です。


◆音声支援による触図
  触地図や教科書の説明図に多量の音声情報を埋め込んでおき、知りたい場所をペンでクリックすれば、音声で情報が聞きだせるという装置の原型を試作しました。

●海底地形の立体模型
@青森県から鹿児島県地域をカバーする日本海および太平洋(日本海溝を含む)の海底地形をスチレンペーパーを重ねる方式で作成。
※A4サイズの簡易型。陸部分は、サンドペーパー様のざらざらの紙。北・中央・南アルプスと富士山は、さらに紙を張って高くしてある。
 この地形模型をタブレット上に置き、海底の深さや地名など、知りたい箇所をペンでクリックする。

【写真】 試作した海底地形の立体模型

A海底地形模型の原図をタブレット上の立体地形図と対応する大きさでパソコンに表示させる。

Bこの画面上で情報を埋め込む場所の領域指定を行ない、その位置でマウスをクリックしたときに準備した音声が聞こえるようにプログラムを作る。
 Authorware や Director などで作成。

C音声データの準備
 試作段階なので、音声データはパソコンに付属している Microsoft Speech SDR50 を利用した。
 この合成音声作成ソフトは、出力した音声をそのまま WAVデータとして保存できるので手軽に音声データを作ることができる。
 プログラム進行の案内音声もこれで作成。

▲同じ立体地図で、2通りの使い方。
 メニュー:
 @ペンで指定した場所の情報を音声で説明
 A音声で質問された場所をペンで答える
形式のゲーム様式で作ってみた。

【写真】 同じ海底地形図を表示したパソコン画面。2つの使い方メニューを表示している。

*質問の音声が聞き取りにくい時は、口の形をクリックすれば、何回も聞けるようにした。
*正解の位置へ導くアナウンスも発するよう工夫することもできる。クリックした地点と正解の位置との距離と方向によって、
 ・もっと右、もっと左、もっと上、もっと下
 ・近い、おしい、違う(まちがいやすい場所)
 ・正解!よくできました。
などの音声を準備した。

《音声情報データ》
 海底深度: 大陸棚(200mまで)、1000mまで、2000mまで、3000mまで、4000mまで、5000mまで、6000mまで、6000m以上
 島: 壱岐島、隠岐島、五島列島、対馬、済州島、天草島、淡路島、佐渡島、小豆島、甑島、三宅島、九州、四国
 半島・岬名: 朝鮮半島、男鹿半島、牡鹿半島、国東半島、津軽半島、室戸岬、足摺岬、佐多岬
 その他: 琵琶湖、富士山、阿蘇山、北アルプス、中央アルプス、南アルプス

※私も受講生の皆さんも、音声案内で地名当てを楽しんでいました。同じ海底深度があちこちに分散している場合でも、音声だと簡単に同じであることが分かります(触ってだけではなかなか難しい)。

※触知資料と音声情報の組み合せは、点字を読むのが難しい見えない人たちにはもちろん、子供たちをはじめ見える人たちにもゲーム感覚で楽しんでもらえる教材になる。
 なお、触地図と音声情報を組み合せた「しゃべる触地図」を株式会社地理情報開発で開発・試作中のようです。参照: http://www.chiri.com/talkingmap.htm


◆人物イメージの理解
 触図で描かれた顔から、人物像のイメージをつかむことができるための工夫。

@顔を理解するための基本パターン集の構築
 眉、目、鼻、口、髭など、それぞれ特徴のある形状を脳裏のイメ−ジタンクに蓄えるための手助けとなるような、顔部品のデータベースが望まれる。

・エーデルで作った顔部品のデータ集の例
 このデータ集を応用すれば、モンタージュを作成する要領で、人物の表情を表現するツールとしても利用できる。

【写真】 エーデルで作った各種の眉を一覧表示した画面

【写真】 エーデル画面でモンタージュを作成している画面

Aマグネットシート製の福笑いで表情の表現練習   
 マグネットシートで、眉、目、鼻、口、髭の顔部品を切り取り、それらをホワイトボード上で貼り付けて配置すれば、モンタージュの作成ができる。
 ・眉、目、口などの形や角度の組み合せで、喜怒哀楽の表情を触って識別したり、また見えない人が自分で表情を表現する練習ツールにもなる。

B願うべきこと
 身近な人たちや歴史上の人物、スポーツ選手、芸能人の顔部品の特徴を聞いて、その人物イメージを脳裏に描くことができるようになって頂ければ幸甚です。


◆風景イメージ(空間認識)
 風景など、視覚的な空間イメージをつかむことができるようにするための方法

@立体物の基本パーツと3次元イメージ
 立体の稜線模型

A近くにあるものと、少しはなれたところにあるものの見え方
 ・視点を変えて見ると、何が違って見えるか

Bパースを理解するための、視覚障害者専用の補助用具

C町の箱庭模型
 ・小人になって、箱庭の道路上に視点を置くと・・・。
   (町並み風景)

D遠くの山並み風景への挑戦

【写真】 折り紙で作ったオルセー美術館内部の写真

※人物の表情や、風景や町並などの視覚的な空間イメージについては、太田さんも「もしお節介でなければ」という注釈付きで話をされていました。これには2つの立場があると思います。
 ひとつは、見えない人たちの触覚や聴覚を中心とした独自の把握の仕方を強調する立場で、それは、見える人たちの視覚優位の把握の仕方と同等の価値を主張します。そして、触ることではじめて分かる特徴、また触ることで得られる身体の喜びや癒しの感覚、さらにはできるだけ触ることのできる場を拡げようとするバリアフリーの流れも、この立場に発していると思われます。
 他方、実際に見えない人たちも暮らしている社会は、視覚優位の社会、視覚優位の把え方が優先する社会です。だからこそ、中途で見えなくなった人たちは、物理的な損失以上に、全面的な喪失感・絶望感を経験するのでしょう。そういう人たち(視覚障害者の中では多数派)にとっては、それまで自分も属していた〈見える世界〉とのつながりの回復が極めて重要です。この回複過程で、触覚的な情報がどのように位置付けられ、どのような役割を果たすのかまた果たす可能性があるのか、今のところ私にはよくは分かりません。
 太田さんが願っている風景などの理解についても、私のように視覚経験のほとんどない者では、まず必要なのは実物のミニチュアである箱庭的な模型でしょう(論理的にはある程度理解可能なひとつの表現形式として、パースペクティブ的な表現もあって良いと思うが)。しかし、多くの見えない人たちはそれなりに見えた経験のある人たちなので、頭の中のイメージはパースペクティブになっていることもあるでしょう。そのような人たちの場合は、パース的に表現された物を触って、箱庭的な物よりもぱっと頭に視覚的なイメージが浮かぶかもしれません。このへんのことについては、これからいろいろ調べ検討して行かなければならない点です。

◆参考ホームページ
・全盲児童生徒への絵画鑑賞指導の新しい試み
http://www.nise.go.jp/soumuka/koho/kohoshisoukango/05.pdf

・点字教科書と触地図フォーラム
http://tenjitext.hp.infoseek.co.jp/

・資料室(触る研究会)
http://www5c.biglobe.ne.jp/~obara/sawaru_shiryou.htm

(太田さんの報告はここまで)

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*終了式と懇談
 11人の方が主催者の毎日新聞の方より終了証書を授与されました。各地域でボランティア活動の種となり、この講習会で吸収した事を広げて行っていただきたい、というようなお言葉がありました。
 その後の懇談では、受講生の皆様の感想や、今後の活動について話し合いました。
 皆さんの感想を2、3紹介します。
・新しいものの見方・観点と言うか、ちょっとしたカルチャーショックだった
・アイマスクをして触ることで、見ていただけ、見て触っただけでは分からないことがあることを感じた。
・見えない人が実際にどんな風に点字を読んでいるか、図を触りイメージしているか、知ることができた。
・言葉による説明の大切さを再認識するとともに、難しさも感じた。努力したい。
・今後の点訳活動にどのように生かしていくかが課題だ。

 また、今後の活動としては、随時希望者が集まって次のような会をもつことにしました。
@パソコンの使い方、便利なソフトの使い方について
Aスチレンペーパー・ボードを使った製作練習 (スチレンボードに切れ目を入れて多面体などの展開図、切って重ねて地形模型、切って張り合わせて建築模型を作るなど)
B点図や絵本など、各自の触図を持ち寄っての検討会


* 2月14日、住まいのミュージアムで「触る体験会」を行いました。
・住まいのミュージアム・大阪くらしの今昔館 http://www.city.osaka.jp/sumai/museum/
 初めに学芸員の方より、住まいのミュージアムのコンセプト・概略等についてお話しいただきました。私ともう1人の見えない参加者は、点図の館内案内を見ながらその話を聞き、ある程度は全体の配置も理解できました。
 本来このミュージアムは、これまでのミュージアムとは異なり、見るだけでなく、一部の貴重な物を除き、大部分の物はケースに入れず触ることのできる状態で展示しています。また、視覚障害者のためのガイドボランティアも養成しているそうです。ただ実際には、一般の人たちは、従来のミュージアムについてのイメージを持っているためか、あまり触ってはいないようです。また、今のところ視覚障害者の来館者も残念ながら少ないとのことでした。
 この体験会の意図は、言葉による説明の仕方、実際の触り方やイメージの仕方を試していただくことでしたが、皆さんがどんな風に触っておられたのか、私はほとんど把握できていません。一部の参加者は、親子で向き合っている犬の木彫りや、看板の文字などをとても丁寧に触っていたようでした。


*おわりに
 見えない人たちのためのボランティア活動としては、点訳、音訳、ガイドの3つがいわば定番メニューになっています。これらの活動に共通する基礎的なものとして、私は〈触って知る〉ことについての知識(と経験)があってほしいと思っています。
 今回は「専門点訳講習会」という名が冠されていたこともあって、受講者の多くは点訳者でした。そのため触図にかなりの時間をかけることになりましたが、触知の基礎、触図、言葉による説明、立体模型という、最初に考えていた基本線に沿って進めました。メニューが多くて広く浅くということになってはしまいましたが、いちおう各自全体像はつかんでいただけたのではと思っています。とくに、相互に情報などを共有するつながりが出来はじめていること、今後の活動についても見通しが付けられたことは成果だったと思います。