第2回 触って知るとは、どのようにして触るか:触知の基礎と方法

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1 触って知るとは:触運動知覚の基礎
 
◆触覚の位置付け
●感覚の分類
 @視覚
 A聴覚
 B灸覚
 C味覚
 D体性感覚 (身体の表面や深部にある様々な受容器による、自分の身体の状態や変化についての感覚)
  ・皮膚感覚 → 触覚・圧覚、温度感覚(温覚・冷覚)、痛覚
  ・深部感覚 → 自己受容感覚*、内臓感覚
  ・平衡感覚
 E時間感覚
 
 このうち、〈触って知る〉ことのために不可欠なのは、皮膚感覚と自己受容感覚。さらに、平衡感覚と時間感覚も影響する。
 
* 自己受容感覚:四肢の位置や運動、関節の曲り具合、抵抗・重量等を知る感覚(感覚受容器は、筋肉や腱・間接にある)。自己受容感覚も、皮膚感覚などと同様、視覚からは独立した感覚であり、目を使わなくても、自分の身体各部の位置や動き、運動の方向、四肢にかかる力や重さを知ることができる。食事をしたり、簡単な機械を操作したり、おもちゃで遊んだりなどの多くの手作業が、視覚を使わない状態でもできるのは、この自己受容感覚が基盤となっているからだと言える。
 
 
●触覚の定義 (狭義から広義へ)
 @狭義の触覚 (接触・圧力・振動の感覚)
 A皮膚感覚
 B皮膚感覚+自己受容感覚 → 触運動知覚
※この講習会で「触覚」とか「触知」という場合、多くはBの「触運動知覚」の意味で使っている。
 
●触運動知覚の能動性
 手や指が何かに触れただけで、まったく手指を動かさないとすれば、その物の表面の様子や形などはほんのわずかしか分からない。
 日常生活での触覚の重要な役割は、身のまわりの対象に触れ、手指を動かし(とくに全盲の場合は)様々に駆使しつつ、これを認知することにある。これはきわめて能動的な知覚過程であり、その意味で能動性は触運動知覚にとって必須である。
 触運動知覚では、ふつう手指による探索、すなわち自らのおこした手指の運動が前提となる。この探索運動は、触対象の特徴を把えようとする手指の合目的的な運動である。
 
●触知状態の分類
受動的
 @手指も物体も静止している (1回限りの点的な情報。順応により、刺激の強度も弱くなる)
 A手指が静止し、物体が動く (継時的な線的あるいは面的情報。物体の動きの方向や速さを自分で自在にコントロールできない限り、全体の形状や各部の詳細な情報は得られない。)
 
能動的
 B手指を動かし、物体は静止している (継時的な面的情報。もっとも触知力が高まる。)
  *他人に手指を動かされている状態では、十分な触知はできない。
 C手指を動かし、物体も動いている (様々な触感覚を統合して、物体についての全体的な特徴やイメージを作るのが難しくなる)
 
 
●触運動知覚の主役=手の役割
 ・探る手、知る手
 ・感じる手、思いを伝える手
 ・作る手、操作する手
  *直接手で触れ、また手を使って物を作ったりする体験は、記憶の深い部分に長くとどめられ、また過去の記憶を想起させるきっかけになるように思う。
 
 
●触経験の蓄積(私の経験から)
 @何にでも触れる段階(おもに受動的。触感を楽しむ)
 A触りまくる段階(手指を自由奔放に動かして触対象の細かな部分の様子や全体の特徴をとらえる)
 B系統的に手指を動かす(全体と部分の関係を意識しつつ、目的に合せて手指を動かす)
 C頭の中のイメージと触運動とを意識的に関連させる
※このような順序で、触知力が発達・深化していくと思われる
 
 
◆触覚と他の感覚の比較
@直接性と間接性
 触覚・味覚は、直接接触しなければ感じられない(注)。そのため、接触できない物(星や月などのような遠い物、高温だったり電流が流れていたりして危険な物)は直にはまったく感知できない。また、接触は対象物の状態を変えてしまう可能性が高いため、本当の姿を確認できないことがある(生物、シャボン玉や花など)。
  (注) 温度や震動は、直接接触せず離れていても、赤外線や空気の震動などを介して、皮膚や身体で感じ取れる。また、触覚は極めてわずかな圧の変化をも感知できるので、空気の流れを敏感にとらえ、それを利用して、近切した人や物の通過、通路の方向や曲り角や空き地なども知ることができる。
 視覚・聴覚・嗅覚は、離れた所から何かの媒介物(光、音波、化学物質)を介して感じる。したがって、少なくとも日常的なレベルでは、知覚活動が対象物に影響をあたえることはない。
 
A能動性と受動性
 上の特徴と関連して、触覚や味覚は、こちらから能動的に対象に接触しないと何の情報も得られないことが多いが、視覚・聴覚・嗅覚はこちらからの積極的な働きかけがなくても情報は入ってくる(もちろん、実際にそれが何であるかを認知するには、選択や注意が必要)。
 
B散在と局在
 触覚は、体表面全体に散在する。
 (触知では手指が中心になるが、実生活では、足裏の感覚、食物の舌触り、衣服の肌触り、顔面に当たる風や陽射しなど多岐にわたる)
 視覚・聴覚・味覚・嗅覚・平衡感覚は、特定の感覚器官に局在する。
 
C時間特性と空間特性
 ・触覚は、部分的・継時的。
  触覚(および聴覚)は時間的特性に優れていて、刺激の発生から認知までの時間が短く、いわば瞬間的といえるほどの刺激を継時的につなぎ合せてひとつのまとまった情報として読み取ることができる。
  点字の触読では、この触覚の特性が十二分に生かされている。
 ・視覚は、全体的・同時的。
  視覚は空間特性に優れていて、精密さはもちろんのこと、遠近や広がり(視野)においても素晴しい能力を持っている。
 
D自己言及的
 触知では、触対象の形や表面の粗滑や温度を直接感知しているというよりも、触対象が自分の手指の皮膚に与えている変形や熱をまず感知し、それを介して触対象の性質について語っていると言える。
 例えば、ざらざらした物を静止した指の上で移動させて行くと、指の皮膚の伸び縮みの方向、皮膚の引っ張り感覚で、その物の移動方向が分かる。
  (静止した指の上で、 1mmの目盛りの刻まれた物差しを動かして、その動く方向を当てる実験。鉛筆などすべすべした物でも動く方向は分かる。)
 実際にどのような触感覚を経験しているかは、個々人の手の状態・環境に大きく依存しているように思われる。
 
 
●触覚の弱点
・一度に得られる情報量が少ない
 単位時間に受容できる情報量で比べると、触覚は視覚の1万分の1とされる
 
・分解能が大きい
 指先の 2点弁別閾(注)と 30cmでの視力の分解能を比べると、視覚のほうが10数倍優れている。面積で考えれば、この差は数百倍になる。さらに視覚では色や明度の違いなども利用できるのでよりクリアな表現が可能になる。
  (注) 2点弁別閾: 2点を2点として感じることのできる最小距離。例えば指先の2点弁別閾は、研究者によって多少異なるが、2mmくらいとされている。しかしこれは静止状態における数値であって、実際の触知における指を動かしている状態ではこれよりかなり小さくなる(少なくとも1mmくらいにはなると思う。私は1mm刻みの目盛りのある物差しを使っている)。なお、視力1.0では、30cm離れた距離で0.1mmの2点を識別できる。
 
・凸よりも凹の部分の触知が難しい
 凹んだ部分、とくに5mm以下の指先の入らないような部分の触知が難しい。また、細い窪んだ線で描いた文字や模様なども触って分かり難い。
 (凹んだ部分や細かな凹凸については、針先や爪などを使うことで、ある程度様子を知ることができる)
 
・漏れが生じやすい
 触運動知覚では、手指の運動に従って継時的に情報を積み重ねていくことになるが、(とくに見えない人の場合)触対象についての一部の情報が欠落してしまうことが多い。触対象全体についての情報を得るには、手指を系統的にスキャンする技術が必要。もちろんそのためには、多くの時間も必要になる。
 
・再現性に乏しい
 視覚や聴覚では、写真や録音など、感覚情報を簡単に記録し再現できるが、触覚情報の記録や再現はほとんどできない。それだけ、実物を触察する機会が重要となる。
 
 
〈ゲシュタルト心理学の図の群化の要因〉
 ※ゲシュタルト: 全体性を持ったまとまりのある構造。知覚は単に対象となる物事に由来する個別的な感覚刺激によって形成されるのではなく、それら個別的な刺激には還元できない全体的な枠組みによって大きく規定される。部分の性質は、それを含む全体(ゲシュタルト)に依存する。
 どのように図として知覚されるかについての以下の要因は、視覚についての研究から提案されたものだが、触知覚においてもこれらの要因の効果を一部確かめることができる。
 触知においてこれらの要因が有効にはたらくようになるには、ある程度の経験と訓練が必要だと思われる。とくに、頭の中で、触覚情報のない部分についてイメージしたり運動方向についてイメージできるようになることが必要。
 このことは、見える・見えないにかかわらず、認知の仕方にはある程度共通な点があることを示唆しているように思われる。
 
 @近接の要因: 互いに接近している要素はまとまって知覚される傾向にある。
  ||    ||    ||
 
 A類同の要因: 互いに類似している要素はまとまって知覚される傾向にある。
 □■■□□■■□□■■□□■■□□■
 
 B閉合の要因: 互いに閉じ合った領域は、近接の要因に勝り、一つのまとまりと知覚される傾向にある。
  )(  )(  )(
 
 Cよい形の要因: 円や四角・波形など、単純で規則的・対照的な形のほうがひとまとまりとして知覚される。
  ( 2つの円を一部重ねて描く)
 
 Dよい連続の要因: 滑らかにつながるものはまとまって知覚される傾向がある。
  (数本の直線や曲線を 1点で交わらせて描く)
 
 E共通運命の要因: この要因は要素の運動・変化に関わるもので、同一方向に動くものは1つのまとまりとして知覚される。
  ● ●   ● ●
   ●     ●
  (上の行の●と●の間に→を入れてみる)
 
 F過去経験の要因: 経験を重ねてきたものがそのようにまとまりやすい。(ただし、この効果は他の要因と拮抗するときは弱くなる。)
 
 
2 どのようにして触るか:触知の方法
 
◆点字
 
●基本
 1字1字読むのではなく、指を横方向に滑らかに動かすことで、次々に変化する点パターンの変化を連続的に読み取っている。(電光掲示板などに流れ行く文字列を読むのに似ているかも。)文脈に合わせてかなり推測読み(先を予想して読んだり、すでに読んだ所を訂正したり)もしている。
 主に利き手の人差指を使うが、私は中指や薬指も添えている。
 
●両手読みのメリット
 行の 3分の2くらいまでは右手と左手を並べて読み、その後行末までは右手だけで読み、同時に左手は次の行の行頭を確認しその行の初めを読み始める。こうすることで、片手だけで読むよりはかなり速く読める。
 
●検索
 大きな区切り目を探すには、点字用紙の左側を縦にたどる。そうすると、行飛び、 6マス下げ・4マス下げなどの見出し、段落などが簡単に分かる。
 (表形式の書き方では、縦に行頭を触っていくと、大きな項目・小さな項目の違いがよく分かる。)
 重要な語などを文章中から探したい場合は、その点字パターンを思い浮かべ、両手を使って用紙をスキャンするように動かす。
 
 
◆平面の場合(主に触図)
 
●上下方向の確認
 視覚ではどういう方向で見るかは多くの場合瞬時に判断できると思う。触図では触る方向を決めるのに数秒から10秒くらいかかることが多い。
 点字が書いてあれば、点字の読める方向が正しい方向だと分かる。ときには、上や北を示す矢印なども有効なことがある。
 もっとも確実な方法は、図のタイトルの後に、図の方向や図の簡単な構成・見方を書くこと。
 
●両手の指と手のひらを使う
 点字の触読では、主に人差指の指先が使われるが、平面を効率よく触知するには、両手を使い、かつ指先だけでなく、手のひら全体も使う。
 手のひら全体を使うことで、ごく大ざっぱではあるが全体の大きさや形を短時間に知ることができる。
 ただし、手の部位によって、触覚の鋭敏さが異なる(2点弁別閾では、指先 1.6mm、指のそれ以外の部分 3.7mm、手掌 7.7mmというデータもある)。また、手全体を乗せただけでは、指と指の間、掌の中央部などは、まったく対象物に触れていない。さらに、手を動かさない状態が続くと、順応によって触感覚の強さが弱まってくる。
 このような、両手全体を使った触知の弱点を補うには、手指の系統立った運動が必要である。
 
●手がかりの発見
 手指を系統的に動かすためにも、対象物の何らかの特徴・手がかりを把えることが大切(部分的な特徴・手がかりでよい)。
 手がかりの例: 上下・左右のどちらに広がっているか、全体として円っぽいか角張っているか、対称的になっているか、基準となるような線や形があるか、幾つかのまとまりに分かれているか
 
※例えば植物を表した図で、上向きの葉の形が分かれば、そこから葉の付け根、茎、根元、花の位置などを予想しつつ触知できる。
 (もちろん予想が外れることもある。その場合は、自分の予想との違いを手がかりに、全体的なイメージに修正を加えることを繰り返すことになる。)
 
●手指の動かし方の例
ごく一般的な場合:
 @図全体をざっと触っておおよその形、特徴などの情報を得たうえで、それと関連づけながら各部分の情報を得るようにする
 A基準点を決めて、それとの位置関係を把握しながら他の地点の部分の情報を得、それらをつなぎ合せまた各部分の関係を考慮しつつ、全体の形や特徴を把握する
 
左右対称な図の場合:
 B互いに対応する部分にそれぞれの手指を置き、両手指を同時に水平または垂直にスキャンするように動かして、面的に漏れなく情報を得るようにする
 
左右・上下・別ページに描かれた図(やその部分)を比較する場合:
 C対応する線を各手の指で同時にゆっくりたどり、共通点・相異点を把握する。または、まず1つの図・部分に集中してその特徴を記憶し、それと比較しつつ他の図・部分の特徴を調べる
 
〈例〉 触図:蝶の点図
   上に羽の模様まで丁寧に面的に描いた蝶、下に輪郭線だけの蝶の図。ともに同じ形で、左右対称の図。左右対称の図は、両手で触るととても理解しやすい。輪郭線だけのほうが、触って形を確かめるのには適している。
 
 
◆立体物の場合
 
●大きさによる触知の仕方の違い
@片手にすっぽり入るくらい(10cm以内)
 大まかな形は片手だけでも分かるが、形を詳しく知るには両手指を使わなければならない。
A両手にすっぽり収まるくらい(20cm以内)
 このくらいまでの大きさだと、両手をそんなに動かさなくても全体の大まかな形は知ることができる。そのうえで、両手指をこまかく動かして細部を知る。
B肩幅くらいの物(40cm以内)
 まず、縁に沿って手を動かしてごく大まかな大きさや形をつかむ。それから、中央から回りへ、あるいは回りから中央へなど、両手指を系統的に動かし、それに合わせて、頭の中でも意識的に各部分部分を組み上げ全体にまとめたり、また全体の中に各部分を位置付けるなどの作業を行う。
C両手を広げた範囲(1m以内)
 手の運動の制限(手の届く先は円弧を描くように動く)のため、とくに手の先端部の形の認識には注意が必要。
 Dそれ以上の物
 水平方向については、ゆっくり歩きながら順番に触っていくことで、ある程度変化の様子や全体的な流れは分かる。垂直方向については、足元部や手の届く先端部は把えにくいし、それ以上の高さについては言葉による説明によらなければならない。全体の形を頭の中でイメージするのはかなり困難。ミニチュアの模型があればいちばん良いが、日常触り慣れている物を組み合せることで類似のイメージを作り上げることができる場合もある。
 
※いずれの場合でも(とくにB以降)、部分から全体を組み上げ、また全体の中での部分の位置を確認するという、繰り返しの過程が必要である。
 
〈例〉 正八面体
   どの方向で触るかで、分かり方が大きく異なる (三角形を底面にした状態で触ると、どんな立体なのかなかなか分からない。)
 
〈例〉 花
 まず、テーブルの上のどこに花瓶があるのか確かめなければなりません。
 テーブルの上の物を探すとき、私はテーブル面に各手の指を4本ずつかるく接触させながら、テーブルの両端からそれぞれの手を前後に動かしながら中央へと移動させてゆきます。こうすれば、大きな漏れなく、また物を倒すとか落すとかせずに、探すことができます。(この方法では、中央、自分の目の前の物を探すのに時間がかかります。)
 花瓶の位置を確認したら、花瓶を下から上にたどり、花瓶上縁から植物の茎に触れ始めます。
 植物を触る基本は、下から上へ、中心から外側へと、植物の伸び行く方向に指を動かしていくことです。根元から幹・茎、葉・花へと触って行きます。指先を植物の表面にかるく密着させながら、伸びている方向に沿って移動させます。こうすれば、とげを刺したり、散りかけの花弁を落したりすることはありません。(今回のバラのとげはやや下向きになっていて、注意が必要でした。)
 葉は、付け根から葉の外周をかるく触り、葉の表と裏を両手指でかるくはさむようにして触ると、葉脈の分布もよく分かります。花も、付け根から花弁の外側に沿って触って行きます。花が開いている様子は、上からそっと手のひらをかぶせるようにして観察します。
 
※注意: 皆さんは多くの場合もっとも触ってほしいところ、例えばきれいな花弁とか、彫刻だったら顔の特徴的な部分とかを直接触らせようとします。そういういわば見所・触り所と言える部分は、複雑な形をしていたりときには尖っていたり壊れやすかったりして、触るのに難しい所です。まず、花の付け根や茎、人物像だったら肩とか頬とか、できるだけ安定した、触りやすい場所に指を置いてもらい、それからどの方向に指を動かせば何があるのかを説明したり、またかるく指の動きをガイドしながら説明したほうが良いです。
 
 
《参考1》 三内丸山遺跡の収蔵庫での見えない人たちの触体験の実況中継
 (縄文探検につれてって!:第19回 収蔵庫の至福 -土器と対話する人々実況中継-より)
 小さな土器はまずそっと二つの掌に持ち上げられて 小さな存在を確かめられます。大きな土器はその重さで存在を主張してしばし手を止めさせ、指が触れたさきに興味深い感触を発見した場合には 注意深く持ち上げられます。
 指は、目に導かれるのでなく,それ自身でうごき始め、土器表面と皮膚の間に生じる数多くの交感にたいして一心不乱になっていくようでした。
 その指はトンと軽く叩いて音を聴いたり、たち止まって小さな突起や、それこそ目に見えないような微細な継ぎ目や、小さな穴をも探り当てます。 その度に手の持ち主の表情に 驚きや疑問や 心地よさや感動などがあらわれます。
 その間も指は休むことなく貪欲に探索を続け、表面を一巡すると次には手の全体となって器のなかに押し入り、私が一度も見たことがない土器の内側を縦横に動き回って 私の何倍もの情報を採集しているようでした。
 指を操る人の脳神経の森では、思考や記憶や言語中枢などと、皮膚が感じとる感覚や聴覚、臭覚との間に濃密な会話が繰り返されているのでしょう。
 そこではどのようなイメージが形づくられているのか・・・私が見ているものと 指で読み解くこの人に現れているイメージとは どちらもが真実の土器で どちらもが仮想の遺物である・・・などと そのような感慨が湧いてくるのでした。
 
 
《参考2》 触運動における探索行為の種類と、それによって知り得る属性 (Ledermanらの研究)
 『触覚と痛み』(東山篤規・宮岡徹ほか、ブレーン出版、2000年) 第8章「3次元形状認知」より作成
 ( )内は、付随的に分かる属性。秒は、平均探索時間
 
静かに触れて動かさない
 温度(テクスチャー、体積、全体の形) 3.46秒
 
抑える
 堅さ(温度、テクスチャー) 2.24秒
 
横方向(前後)へ動かす
 テクスチャー (堅さ、温度) 0.06秒
 
手に乗せ持ち上げる
 重さ (堅さ、温度、体積、全体の形) 2.12秒
 
手で包み込む
 体積、全体の形 (テクスチャー、堅さ、温度、重さ) 1.81秒
 
輪郭をたどる
 細部の形、全体の形 (テクスチャー、堅さ、温度、重さ、体積) 11.20秒
 
※手指の触運動を 6つに分け、それぞれの探索行為にもっとも適した属性と付随的に分かる属性、そのために必要な探索時間を示している。「輪郭をたどる」行為は、他の探索行為では得られない細部の形にもっとも適しており、かつその他の属性総てについてもある程度知ることができる。少なくとも見えない人の触知では、この輪郭をたどる行為がもっとも中心的な役割を果している。ただし、この探索行為は他の探索行為に比べてはるかに時間を要することに注意したい。
 
(2010年11月28日