◆図の説明文への置き換え (主に点訳の場合)
実際の点訳では、原本の図・写真などをすべて触図化する必要はない。多くの場合、省略したり、あるいは必要に応じて文章による説明や表形式に置き換えたりして示せば良い。
また、触図化する場合も、その図を効率よく触知できるようにするための解説文が必要なことも多い。
点訳の難しさは、その一方向性にある。製作者(ボランティア=図を目で見る人たち)は利用者(図を見ることのできない見えない人たち)の個別の反応に応じて説明文を作ることはできない。せいぜい読者層となり得る見えない人たちの多様な条件を予想しつつ、いわば最大公約数的に触図や説明文を作るしかない。
●本の中での図の役割
@図・写真などを主として本が構成されている。(写真集・画集・図鑑など)
A図・写真などがなければ本文が理解できない。
B図・写真などは本文を補強するものである。
C(さし絵などのように)本文のイメージを膨らませるもの。
D(項目の変わり目のイラスト・ページを飾る模様など)本文の内容と関係のないもの。
※@の画集や図鑑などは一般に点訳・音訳には不向きとされており、見えない人たちがこのような本からの情報を得ることは現状では難しい。しかしもちろん、私もふくめ、このような本に興味を持っている見えない人たちはいる。学芸員など専門家の協力が得られるならば、画集や図鑑などを説明文中心の点訳・音訳図書とすることは不可能ではないと思う。
Aについてはもちろん触図化あるいは説明文への置き換えが必要である。
Bの場合、図などが本文の内容とほぼ同じ事を示しているならば、触図化あるいは説明文への置き換えはかならずしも不可欠だとは言えない。ただし、本文の複雑な内容を簡潔に示していたり、本文での部分的な説明を補っていたり、本文のあちこちに散らばっている内容を整理しまとめて示しているなどの場合は、触図化あるいは文章による説明が必要である。
CDについては、触図化あるいは文章による説明はとくに必要ないと言える。ただし、児童向けの図書における挿絵的な図や模様については、一部触図として分かりやすいものに変えたりすれば、本文のイメージを膨らませるのに役立つこともある。
●文章と比較しての図的表現の特徴
最近ますます図的表現が好まれるようになってきているのは、図・写真・グラフなどのほうが文章に比べて分かりやすくまた記憶・再生に便利だと一般に考えられているからだろう。
では、図的表現の持つどんな特徴からそのように言えるのだろうか。
・目に見えない物、抽象的な概念などを可視化する
・物の大きさ・形・色・細部の構造などを(文章に比べて)よりリアルに表せる
・多くの要素・知識を狭い範囲の中で一覧できるように表す
・図を構成する諸要素の大小、遠近・配置などの空間的関係から、いわば自動的に推論させる(見れば分かる!)
・1つの図表現で、2つ以上の多義的な解釈を与え得る (触図の場合、順番に触っていくためだと思うが、解釈が一義的になりやすい)
※2つの課題
@図的表現の持つこれらの特性を、触図でどの程度実現できるだろうか。またこれと関連して、見えない人たちの触図についてのリテラシー(触察能力だけでなく、頭の中でイメージする力もふくめて)をどのようにして高めることができるのだろうか。もし図的表現の持つ特性・メリットが触図ではほとんど表し得ず生かすことができないならば、触図化する意味は無くなる。それに代わる選択肢として、分かりやすい言葉による説明や、立体的な触知模型などが適していることもあるだろう。
A実物の形などをそのまま再現したい図(地図や生物の図、風景写真など)は別として、抽象的な概念を分かりやすく表した図、概念間の関係を表した流れ図、数値データを分かりやすく表したグラフなどでは、その元になっている文章(命題)や数値がある。だから、これらの図については文章や表で置き換えることが可能である。分かりやすく適切な文章(表)を作ることができれば、かならずしも觸図作成にこだわることはないと言える。だとすれば、いかにして分かりやすく適切な文章(表)を作れば良いのだろうか。(もちろん読み手の側のリテラシーも必要である。)
●言葉による説明の留意点
@何の図なのか分かる説明
初めに図全体が何を表わしているのかを説明する。(できれば点字 3行、墨字百字くらいまでで、図全体についての簡潔な説明文を作る。)
細部から説明を始めても、何についての説明かわからないと理解しにくい。(説明をすべて読み終わってからようやく何についての図なのかがわかることもある。)
A図の内容・意味をコンパクトに伝えるように
図の形を再現出来るような説明が必要な時もあるが、多くの場合必要なのは図の示す内容、図から読み取れる意味である。
形の説明にこだわって、かえって内容をわかりにくくすることもある。
図を通して著者が特に伝えたいと思われる内容・意味を数個のポイントに要約しておき、そのポイントを中心に説明文を作る。
B説明する時の言葉
説明する時に使う言葉は原本の対象となる読者層を考慮して選ぶ。またできるだけ本文に出てくる言葉を使う。
(専門書では、適切な専門用語を使えば説明が簡潔になり、また理解もしやすい。)
Cポイントをしぼった説明
地図、配線図、装置の見取り図などでは、本文の理解に特に必要と思われる部分について詳しく説明し、図全体についてはごく簡単に(例えば「○○についての図」というように1文で)概略を示すだけにしたほうが良いこともある。
(図全体についてメリハリなく詳しく説明すると、読者はしばしば本文との関連を見失い、何のための説明だったのか分からなくなることがある。)
D網羅的な説明が必要な場合
図全体について詳しく説明する必要がある場合、まず図の概略を述べ、次に図全体をいくつかの部分に分け(各部分間の関係の説明も必要)、それぞれの部分について詳しく説明すると良い。
E専門的な図では、背景知識が必要
専門的な図を説明する時には、本文を熟読すると共に、百科辞典や参考書などを積極的に活用し、図の意味の読み取りに間違いのないように注意する。(知識がないままで、ただ見えたままを述べただけでは、図の伝えようとする内容をほとんど説明していないことになる場合が多い。)
ただし、百科辞典などからの知識が前面に出てしまって説明が原図から離れてしまわないように注意する。
※グラフを説明する時
グラフに数値が詳しく記入されている時: まず「○○と△△の関係について示したグラフ」などと説明(折れ線グラフとか棒グラフとかのグラフの種類もふくめる)してから、表形式で点訳する。あらかじめ大まかな変化の様子を説明しておくのも有効。(もちろん、表形式とともに、グラフもセットで示しても良い。)
数値が記入されていない時: 読み取り可能なら概数で示す(ただし、概数であることを明記すること)。
グラフの各線の説明: 本文の記述との関連も考慮しながら、大まかな変化の様子・特徴を説明するよう心がける(必要に応じて、各線の位置関係、最大・最小値、およその変化の割合、どこで急激に変化しているか、どの辺でグラフの各線が交差して順番が入れ替わっているかなど)。また、縦・横軸の目盛の取り方にも注意(とくに対数目盛に注意)
◆図の注の書き方について
注はできるだけ実際の図の前にまとめる。
順序は、原本の注、点訳者の注(必要に応じて、図の位置や見方、図の概略、図で省略した部分や大幅に手を加えた所など)、略記や凡例等。
(出典については、原図で図の下に書かれている場合、触図でもとくに位置を変えずにそのまま図の下に書いても良い。)
原本の注と点訳者の注を分けずにうまく組み合せたほうが分かりやすくなることもある。
※とくに図の見方や概略をうまく説明できれば、読み手はそれに従って図を見ることができるので、安心して効率よく図を理解できる。
●略記・凡例
・一般の略記は点字2マス以上が良い。
略記としては、実際の言葉の語頭の文字など、記憶・想起しやすいものが望ましい。(安易にアルファベット順や数字順の略記を多用しないほうが良い。)
・図記号による凡例はできるだけ少なく(4、5種程度まで)。
(一般に、図記号による凡例よりも、それを示す文字ないしその略記を使用したほうが望ましい。)
【補足】電話やトイレやエレベータや色々な建物などを示す図記号はできるだけ種類を限定し、円、四角、三角、菱形、×印などごく単純な形のものを使うほうが良い。また、これらの簡単な図記号と「デ」「ト」「エ」といった略記号をセットで使うと効果的である。
●略記の説明の仕方について
@数が少ない時(10個以内)は、図で触るであろう順番(上から下、左から右)に
A数が多い時は、五十音順やアルファベット順に
B略記の種類をいくつかに分類し、その小分類ごとに説明する (そのほうが、理解しやすいし、記憶にも残りやすい)
※図中における略記等の文字の位置は、図記号の上ないし左側が原則 (余裕のない時は、下あるいは右側でも良い。)
◆博物館などでの立体物の説明 (主にガイドの場合)
見えない・見えにくい人との対面での説明の利点は、双方向的なコミュニケーションが可能なことにある。コミュニケーションを通して、相手の視力の程度、色・風景などについての視覚経験、興味、知識や理解の程度などを知り、それらに合せてガイドし、説明の仕方を工夫できる。また、ガイドする側も、このようなコミュニケーションや観賞の仕方を通して、それまでの視覚による観賞では気付かなかったような発見がしばしばあるようだ。
以下、ごく一般的に考慮すべき点を記す。
・展示品とできるだけ真正面で相対するような位置を取る
・展示品が大きい場合には、当人が展示品のどの辺に位置しているのか伝える
・全体のおおよその大きさ・形を伝える
(大きさや形、色などを、「○○のような物」と、当人が知っていそうな物に例えるのも有効)
・触ることができる場合は、展示品から30cmくらいの距離に立ち、かるく手を添えて本人の手を展示品まで誘導する。
・触りはじめる時は、できるだけ触りやすい所(安定した所、平らな所、広い所)、あるいは基準となるような所から始めるのが良い。その場所から、方向を言いながら(必要ならかるく手をゆっくり誘導しつつ)順次説明する。
(視覚では触って面白そうな所に注意が向き、そういう所をまず触らせようとすることもあるようだ。しかし、そういう場所は、しばしば複雑だったり尖っていたり壊れやすかったりして、触知には難しい場合が多い。)
・展示品が大きい場合には、触る人の位置を変えたり展示品の向きを変えたりしなければならないが、つねに展示品と当人との関係、展示品のどこを触っているのかを知らせるように心がける
・1つの展示品を観賞し終えたら、次に移るまでに少し間をおく(触察では部分と全体との関係をつねに頭の中で再構成しているので、全体のイメージをある程度まとめ上げるまでに時間がかかる)。
参考:言葉による説明の例
例1:「フェーン現象」の図(高校の総合理科の教科書より)
風上側の山麓から山頂を越えて風下側の山麓に向かう空気の流れの図と、その時の空気の温度と高度との関係を示したグラフ。
風上側の山麓(A点)から山腹に沿って上昇しはじめ、凝結高度(B点。山麓と山頂の間の 2/5 くらいの高さ)を通り過ぎてさらに山頂(C点)にいたる間、温度は下がり続ける。B点からC点の間では雲が出来たり雨が降ったりしている。
山頂(C点)からは風下側の山腹に沿って山麓(D点。A点と同じ高さ)まで下降し、その間ずっと温度は上がり続け、A点での温度よりも高くなる。
例2:ジョルジュ・スーラ 「グランド・ジャット島の日曜日の午後」 (岡部昌幸『すぐわかる画家別西洋絵画の見かた』東京美術、2002年より)
【本文の解説】
●純色の点の集まりとして描かれた風景
1886年に開かれた最後の印象派展に出品されたこの作品は、制作に2年もの歳月をかけた大作である。その間スーラは毎日のようにグランド・ジャット島でスケッチを繰り返し、アトリエに帰るとカンバスに向かって純色の点を置いていった。絵の周囲には緑色の帯が額縁のように描かれているが、これも彼独特の工夫で、隣接する画面の補色(反対色)を巧みに取り入れることにより、作品に色彩的な輝きをもたらすようにした。
【点訳者の説明】
横長の図版。ほぼ全体に芝生のような草地がひろがり、たくさんの人が描かれ、動物もいる。
図版の上部は木々の緑が濃淡で描かれ、中央部は明るい黄色の草地、下は緑色の草地である。
左上にはボートや小舟などの浮ぶ川面が明るい水色で描かれ、上辺と平行に水平線がある。
左下に男女3人が左(川の方)向きに座っている。中央寄りには真黒な犬がいる。
図版右4分の1ほどに、縦ほぼいっぱいの大きさで、シルクハットの紳士と黒っぽいドレスの女性が左(川のほう)向きに立っている。女性は黒い日傘をさして茶色の猿と犬を連れている。
(2010年11月28日)