リョコウバト

 リョコウバトは多くの本で語られている。50億もいたひとつの種が絶滅し、その絶滅日が正確な時刻までわかっているものとして他に例がないからだ。
 リョコウバトはハト目ハト科に属するように、体長が40cmくらいの大型のハトである。写真はネットでも検索できると思うが(例えばWikipedia)、本では「鳥の雑学辞典」(日本実業出版社)の扉絵でカラーで見ることが出来る。剥製をみていると翼と尾が長く、長距離の飛行に適していると思われる。事実、アメリカの中央アメリカから北アメリカ東部に生息し、春になると繁殖のため南から北へ移動し、冬になると逆に北から南へと移動する。しかもこの移動が凄まじかった。
 リョコウバトでは必ず引き合いに出されるアメリカの鳥類学者ジョン・ジェームス・オーデュポンは1813年にこの群れがケンタッキー州を通過するのを目撃し、それが3日間途切れずに通過したことを日記に記入している。
 推定50億。推定といってもこの数字がどんな根拠で出てきたかははっきりいってよくわからない。あまりこの数字だけが先行するのも気が引けるので、ここでは「膨大な数の」と表現する。この膨大な数のリョコウバトが何故絶滅したのか?主要な原因は2つある。どの本でも@の理由で絶滅したことが書かれているが、Aの理由は最近になってコルトバ大学のブッチャー氏によって唱えられた説である。これも主要な原因として@と同格に扱われてよいと思う。つまりこの二つの主要な原因として絶滅したのではないかと思う。
@リョコウバトの大量乱獲
 鳥は胸骨が発達しており、特に左右を区切る竜骨突起と呼ばれる中央の部分が独特の構造である(ダチョウなどの飛べない鳥には竜骨突起がない)。この竜骨突起の両側に翼を動かす筋肉が付着するのであるが、リョコウバトは特にこの竜骨突起の両側に付着する筋肉が発達していて味もよく食用になった。
 とにかく鉄砲によっておびただしく撃ち取られ、その場で羽根をむしりとられ、塩漬けの樽に詰め込まれた。それはやがて大陸を横断するユニオン・パシフィック鉄道の開通とともに広範囲に輸送され、ますます乱獲がエスカレートするようになっていった。
 リョコウバトの激減に気づき各州が保護法案を出してもすでに時遅しであるばかりか、相変わらず乱獲が止まらない。

A環境変化
 開拓前の北アメリカ東部の大森林はドングリをつくるカシの木が主となっていた。カシがつくるドングリは地域ごとに豊作・不作があり、リョコウバトはドングリが豊作となる地域を移動していた。
 しかし開拓の波が押し寄せ、次第に森林面積が減りリョコウバトの餌となるドングリも減少していった。こうなるとたとえドングリが豊作となっても膨大な数のリョコウバトを維持できるわけではなく、激減していくことになる。これにちょうど人間による大量乱獲が重なり、わずかな期間でリョコウバトが絶滅に向けて加速度的に進むことになった。


 リョコウバトは最終的に野生では絶滅し、シンシナティ動物園で飼育されている3羽がいるばかりになった。このうちオス2羽は死んでしまい、最後まで生き残ったメスはアメリカ初代大統領夫人マーサ・ワシントンの名をもらい、「マーサ」と呼ばれ愛された。マーサを一目見にくる人たちが動物園に押しかけたが、1914年9月1日午後1時、29年の生涯を閉じた。
 飼い鳥が死ぬことを「落鳥」とよくいう。鳥が死ぬとき、止まり木から落ちて死ぬからだ。マーサの死も正確にわかっていてまさにそのようであった。先ほどの時間に生命のともし火が消えて、止まり木から地面に向けて静かに落ちたのだ。



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