鳥の起源論争について〜始祖鳥1

 鳥の起源については現在でも論争が続いているホットな分野である。これには大まかに二つのシナリオがある。
 @獣脚類とよばれる恐竜のグループから進化した(いわゆる恐竜起源説)
 A恐竜が出てくるはるか以前の三畳紀の祖竜類から進化した
 まあ僕は学者ではないから彼らの議論を後追いで理解するしかない。それにしても1990年代になって中国で羽の生えた恐竜の化石が見つかったりしてなかなか議論として面白く、ここから逆に鳥の骨格構造の知識がよりわかるようになった。このような理由から鳥の起源論争を題材にして鳥について学ぶという視点でこれらを紹介していきたい。しかし、正直いって本を読んでいても骨格の専門的知識などが前提となっていることが多く、なかなか素人には容易に近づけない分野であることも確かだ。自分も本を読んでいてかなり悩まされている。できるだけこれらについても必要最小限に留めたいが、どうしても言及しなければいけないところもでてくる。読まれる方も焦らずゆっくりと理解しながら読み進んで欲しい。

 さて僕個人は鳥が恐竜から進化したのか、あるいはそうでないのかについてはそれほど関心がない。確かに「恐竜は白亜紀末で絶滅していたわけではなくて、現在でも鳥(真鳥類)として生き残っている」、とする考えはとてもロマンがあっていい。恐竜ファンはこの考えを好む傾向があるようだ。何度も書くが、僕は正直どっちでもいいわけで、どちらかというと今いる鳥たちの構造を知りたいだけである。それにはこの論争は現行の鳥を理解するためによい知識を提供してくれるからここで紹介するだけだ。

 まず最初は始祖鳥から話を始めよう。

 今から2億600万年前から1億4200万年前までの6400万年間をジュラ紀という。このジュラ紀後期にドイツ南部のバイエルン地方に、外海から閉ざされた大型の礁湖(ラグーン)ができた。ゾルンホーフェン礁湖である。石灰岩が堆積した湖底は化石保存に適しており、およそ600種にもおよぶたくさんの化石が見つかっている。このことからこの辺りでは当時豊かな生態系を形成していたことがわかる。そのなかであまりにも有名な化石が「始祖鳥(アルケオプテリクス)」である。

 1861年、ゾルンホーフェンで鳥の羽根の化石が見つかり反響を呼んだ(この羽根の化石自体がみつかったのは1860年)。それは現生の飛行性の鳥がもつ風切羽によく似た形をしており、羽軸が左右非対称の形、すなわち飛行する鳥がいたことを示唆するものであった。現行の飛ぶ鳥の風切羽は左右非対称で、飛べない鳥の風切羽は左右対称となっている。特にタカやアマツバメ、ハチドリの仲間のような飛翔力に優れたものほどこの非対称の傾向が著しくなる。何故非対称になるのか?


※風切羽(参考:うちのペットの小桜インコ)

 それは短いほう(前縁の羽弁)は、長いほう(後縁の羽弁)よりも狭くて厚みがあり、しかも硬い。これは一枚の風切羽が翼の役割をもつことを意味する。翼の断面と似ているのだ。つまり<飛ぶ>ということを極めるとこのような細かいところまで発達させなくてはならないのだ。ここでタカ類の飛翔を想像してほしい。翼の後部分の先端から胸にかけて初列風切羽からはじまり次列風切羽と続く。この風切羽は深い切れ込みが入っていて、その一枚一枚がまた小さい翼の役割を果たし飛翔力を強めているのだ。

 さて。羽根の化石がみつかって1ヶ月もたたないうちに完全な骨格化石がみつかったという情報が出てきた。商売に目ざといへバーライン医師が石切職人から買取り、彼はそれを売りに出した。すぐに話題の標本となり、ドイツの宮廷はミュンヘンのバイエルン州立地質考古学博物館に送るために買い取ろうと動いた。しかし二年前に有名なダーウィンの「種の起源」が発表されていて、爬虫類と鳥類の中間型の生物など認めようとしない反進化論者の反対にあい、最終的に海外のイギリスの大英博物館に買い取られてしまった。後に、ロンドン標本(第一標本)と呼ばれることになる始祖鳥の化石である。


※ロンドン標本(別名「第一標本」、模型標本、福井恐竜博物館)

 この標本は物議をかもし出した。ダーウィンのブルドックと言われた進化論者・ハクスリーと反進化論の急先鋒であるオーウェンがぶつかった。ちなみにオーウェンはダイナソー(恐竜)の言葉を生み出した人だ。ハクスリーは爬虫類的な鳥類とし、それは現代でも論争が続いている鳥類起源説のひとつとなった「恐竜から進化した」と最初にいった人となった。

 論争は果てしなく続いていたが、1876年にまた1体の完全な骨格化石が見つかった。それは先のロンドン標本を売りに出したヘバーライン医師の息子が同じように買い取り、それを1877年に売りに出した。ロンドンに売り渡された先の失敗から、ドイツが本腰をあげ、最終的に2万マルクで買い取った。へバーライン医師の息子が買い取ったのは2000マルクだったからよい商売だったことがわかる。この間、買い取るまでに実に交渉で4年の歳月を経過している。とにかくそんな経過を経たが今でも鳥類学のロゼッタ・ストーンとまで言われる、とても美しく有名な始祖鳥の化石である。通常、始祖鳥の化石として本に載っているのはこの標本でベルリン標本(第2標本)といわれる。


※ベルリン標本(別名「第2標本」、模型標本、福井恐竜博物館)

 その後、始祖鳥の化石は2005年までに9体見つかっている。厳密に言えば、第一標本よりも前に発見されていたが、再同定の結果、後になって始祖鳥であると断定されたものもある。同定された順に第○標本となっていくので、発見された年代順となっていないことに注意してほしい。


※アイヒシュテット標本(別名「第5標本」、模型標本、福井恐竜博物館)


※ゾルンホーフェン標本(別名「第6標本」、模型標本、福井恐竜博物館)

 次に始祖鳥の骨格について、現行の鳥との違いなどを見ていきたい。

※写真はすべてレプリカです。実物はさすがに写真撮影禁止でした。レプリカといっても精巧に真似ているのでとてもリアルです。



鳥のページトップ     ホームへ