水禽類2〜ハクチョウ

 ハクチョウは重量的に飛べる鳥の限界に達しており、理論的に体重22.7kgを超えると自力で飛べることができなくなるそうだが、オオハクチョウの体重は8〜12kgになる。鳥の体は空力学的に安定するために重心のまわりに体の重い部分が集まるが、オオハクチョウもその例に漏れない。ただし水中のやや深めの水草まで主食とする生活からその重心の集まる体から首の長い頭部が出ている形になる。

 コハクチョウとオオハクチョウについて1990年代に人工衛星によって追跡調査が行われた。文献としては「鳥たちの旅」(NHKブックス)に詳しいので詳細はそちらに譲る。


※オオハクチョウ・コハクチョウの繁殖地およびオオハクチョウの渡りルート

 これによるとオオハクチョウの繁殖地はアムール川下流域、オホーツク海北岸、コリマ川下流域、そしてコリマ川の西に位置するインディギルガ川中流域あたりであることがわかってきた。ちなみに北海道の冬の名物・流氷はアムール川の淡水の川が海に注がれ、そこで氷になったものが海流にながされて北海道までたどり着くのである。この栄養分をたくさん包含している流氷は流氷下の海の生物にも直接的・間接的に重要な役割を果たしている。話は少し脱線したが、そうした繁殖地に着くまでに何度か中継地で小休止をしてエネルギーを貯めてから渡りを続けることもわかっている。
 調査されたオオハクチョウたちの越冬地はすべて青森県・小湊からである。おおよそ3月中旬から後半にかけて徐々に渡りをしていき、アムール川下流やオホーツク海北岸にへは5月中旬頃に到着。さらにコリマ川やインディギルガ川にまで旅立つものは6月くらいに到着する。比較的中継地で長い休憩を取りながら移動していたのである。

 コハクチョウの追跡は長野県・諏訪湖で越冬していた足環をついている個体で、旅の途中のクッチャロ湖で送信機をつけられて放たれた。送信機がつけられたのは4月10日であるが、クッチャロ湖を飛び立ったのが4月26日である。クッチャロ湖からサハリンを北上していき、最終的にコリマ川下流で繁殖した。この個体は、次の冬に再び諏訪湖に来ていることが足環で判明している。おそらく越冬地や繁殖地はよほどの環境の変化がない限り同じ場所を選択するのかもしれない。「世界の渡り鳥アトラス」によれば

 ・・・毎年同じ地に同じハクチョウがもどり、渡った先ですごす場所も同じだ。

と書かれている。コハクチョウは繁殖地をオオハクチョウよりもさらに北にとるが、一方で越冬地も滋賀県・琵琶湖や愛知県・木曽川、静岡県などにも来ている。これは体重がオオハクチョウよりも軽いため、より長距離の移動が可能であるためといわれている。ハクチョウは家族でまとまって渡りを行い、渡りのルートや途中の中継地などが文化として受け継がれていく。文化というのは人間以外にとっても重要なものなのだ。翌秋、親と離れ離れになった幼鳥は同じ目的地までの同じルートを辿れるようになっている。そして去年生まれた幼鳥と親が偶然出会うと再び行動をともにすることも多い。これは親が幼鳥を引き連れていたとしても関係なく、大家族で越冬地で過ごすことも見かけられる。僕はこうした大家族と思われる集団を北海道の静内でしばしば目にした。


※頭にやや茶色い部分が残る若い個体と幼鳥たち(おそらく家族関係にあると思われる)

 そもそもオオハクチョウたちは越冬地で集団で群れているが、彼らはどのようにしてお互いを判別しているのだろう?冬の北海道で集団で観光客の餌を奪い合って修羅場になっている群れをみていてふと当たり前のことが疑問になった。これについて書かれた書物は残念ながら見かけない。おそらく僕の推測だが、これの答えはコウテイペンギンたちがよくやるお互いの鳴き合いによって相手がわかるやり方であると思われる。観察していると修羅場となった餌場に人がいなくなると、急にあちこちで鳴き合いがはじまることに気づいたからだ。そしてあちこちで首を上下にふって相手とコミュニケーションをとったりダンスをするペアがたくさん発生することに気づいた。この光景をみていてコウテイペンギンのそれと全く驚くほど類似していることに誰でも気づくはずだ。しかしこんな簡単なことが不思議と書物に書かれていない。違うのかどうかよくわからないが僕自身の中ではこのように結論している。


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