怪我をしたオオハクチョウを想う
 北海道・静内で2005年の年末から翌年の初めにかけて探鳥のために滞在した。ここでは多くのオオハクチョウたちが越冬していて、他にもカモ類をはじめとする渡り鳥たちがたくさんいる。ここで気になったのは怪我をしている個体を何羽か見かけたことだ。左足が足首からないオナガガモオスは、不器用な歩き方をするカモ類なのにさらに氷の上を歩きにくそうにしてびっこを引いていた。水中に移動しても片方の水かきが利かないので、全然前に進まず見ていて心が痛んだ。必死に観光客の餌にありつこうと生きている姿はたくましい。これ以外にもオオハクチョウでびっこを引いていて、どこか怪我をしているような個体もみかけた。僕が写真撮影を終えて最後の餌をあげているあいだ、このオオハクチョウは集団と少し距離をおいて静かに片足立ちしていたので、てっきり関心がないものと思っていたが帰るために立ち去りかけたとき急に「コォー、コォー」とこちらを見ながら鳴きだして集団に向けて歩き出した。そのときびっこを引いて歩いていたのではじめてどこか足を怪我していることに気づいた。別にこのオオハクチョウに限らず、そのとき餌場には僕しかいなかったからみな僕を見つめているのであるが、ただこのオオハクチョウの視線だけ気にながら後ろ髪を惹かれる思いでホテルに帰っていった。
 一番心を痛めたのは、2006年1月1日、午後から苫小牧に移動する日だった。朝食を食べてすぐにチェックアウトし、ホテルで荷物を預かってもらい午前中だけオオハクチョウ撮影にでかけた。いままで気づかなかったが撮影をしていてふと不思議なハクチョウをみかけた。餌場に群がっているオオハクチョウにはさほど関心がなく、遠くから餌場にテクテク歩いて向かってくるオオハクチョウたちを撮影していた。すると500mmの望遠レンズ越しにみるとなぜか飾りみたいなものがついているオオハクチョウに気づいた。望遠レンズでも距離があってよくわからなかったが
「あれは何だろう?」
と思い、レンズをずっと向けたまま観察していた。だんだん近づいてくるにつれ、怪我をしていること、しかも羽根をひきずっていることがわかった。


※羽根を引きずっているらしいオオハクチョウの姿


※近くに来るにつれて怪我をしていることがわかる

 氷上を歩いてくるほかのハクチョウたちのルートと異なり、途中から1羽だけ移動ルートからはずれて遠くの水面に出た。そのまましばらくこちらの餌場の集団にはこないで遠くの水面で採餌していたが、やがてだんだん遠慮がちにこちらに近づいてきた。それでも集団の一番後ろにいてじっとこちらを眺めているだけだ。怪我をしたオオハクチョウが出来るだけ餌を食べれるように餌場で買った穀物を与える。他の人がきてそちらにオオハクチョウが群がるのをみて、できるだけ誘導してたくさんあげてみた。餌をもらっているハクチョウたちはよく噛みついて喧嘩をする。怪我をしたハクチョウにもたまにつつくオオハクチョウがいる。このオオハクチョウはとても勝てないので逃げる。それのくり返し。


※目の前にいるときにオオハクチョウの怪我の様子を写真に撮ってみた

 すぐ目の前にいるときに写真に撮らせてもらった。骨が飛び出ていて、一瞬愕然とした。これはここで死ぬしかない運命だとわかった。もはやどうにもならないほどひどいレベルで二度と飛べないことがわかる。一般的な鳥の羽の骨格構造図を下に掲載した。


  鳥の腕の構造(フェドゥーシア「鳥の起源と進化」より)

 保護して獣医などの専門医にまかせないと断言できないが、おそらく尺骨(しゃっこつ)、橈骨(とうこつ)が飛び出ているように見える。人間の腕も上腕骨から肘を経由し、尺骨、橈骨とくるがこれは鳥でも同じである。鳥にとって尺骨の部分は次列風切羽がつくところだ。初列風切羽、次列風切羽がないと当然飛べない。つまりこのオオハクチョウはもう二度と飛べないことを意味している。
 写真を撮る予定を変更して、餌場の穀物を買ってきてなるべくこのオオハクチョウに餌がまわるようにあげることにする。それでもどうしてもこの日が移動日なので昼にお別れをしなければならない。去るときには他には誰もいなかったため、僕の回りに群がっている集団の外でさびしく水面にくちばしをつけている怪我をしたオオハクチョウがいた。そしてその姿を網膜に焼き付けくるりと後を振り向き二度と振り返ることなく立ち去った。あれからあのオオハクチョウの運命を考えるととても心が痛む。しかしこうした出来事は太古の昔からずっと繰り返されたことだったはずだ。その事実を受け入れなければならない。生きるということ、死ぬということの意味を少しだけ僕に理解させてくれたような気もする。このオオハクチョウのことを二度と忘れることはないだろう。





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