【2009 刃物のまち 関シティマラソン 天気 晴れ 2009年3月15日(日)】

10km 公認コース

 この大会は会社関係者がこぞって参加する大会であり、僕にとってはじめての集団での参加になる。自分の所属する担当やその関連する部署から、僕を含めて6名の参加である。しかも参加することがきまったときは、僕以外はほどんど10km走ったことがないばかりか、ジョギングの趣味がない人ばかりである。なんでこの大会に集団で参加するようになったのか今から思い出すと経緯がわからない。何か飲み会でマラソンの話をしているうちに決まったような気がしているが、酔っぱらっていたせいかよく思い出せない。
 1名若者が参加しているが、それ以外はほぼ同年である。健康に目覚める年頃であるのかもしれない。きっかけはどうであれ、継続してくれることを願う。参加者を簡単に紹介しよう(1名以外は年齢省略)。

Hさん:一番最年長。ヘビースモーカー。健康診断で結果値がひどかったのか健康に目覚めつつある。
    関シティマラソンの前に60分走り続ける猛練習を積んできた。
Uさん:ポルシェ、ベンツ所有の車好きでかつグルメな人。気まぐれジョガー。
    練習で走った分以上のカロリーを常にとっているような気が・・・
Nさん:(僕に影響されたのか?)今年の2月8日の犬山国際友好シティマラソン5kmに初参戦。
    この関シティマラソンはマラソン2回目かつ初10kmとなる。
Jさん:ややメタボリックな体型であるが、若い頃にはハーフマラソンを走りきったこともある。
    ということで実力未知数。
Oさん:27歳と一番若い。バスケ、野球チームに所属し体力はある。今回、ひそかに競争相手に選定。

 それぞれの参加者は(僕も含めて)仕事が多忙の中、時間を見つけては少しずつ走っていたようだ。一番最年長のHさんはヘビースモーカーであるが、健康診断でかなり厳しい結果値がでたこともあって、マラソン大会に熱意をもっていた(それでもタバコは辞めてくれないけど)。60分走る練習まで積んでの参加である。正直、根性がある、と思った。他の人はいまだ(若い頃の栄光は別にして)10kmも走ったことのない人がほとんどだった。若いOさん以外はどこまで走りきれるか、蓋を開けてみないとわからない状態である。

 マラソン当日。僕はHさんとJさんをピックアップしないといけないので、5時に起床する。食事を簡単にとって、身支度をして出発する。6時15分にJさんの家の前でピックアップし、予定の待ち合わせ時間より10分早くHさんとの合流地点(サークルK)に着いたので、ここでおにぎりを買う。これはエネルギー切れを起こさないように、出走時間のちょうど2時間前に食べるのである。ちなみにここで僕のマラソン大会当日のエネルギー摂取方法を書いておこう。まずその大会の出走2時間前におにぎり(炭水化物系)を食べ、水分を補給しておく。そしてスタート時間の30分ほど前にアミノバイタルなどのサプリメントでエネルギー補給をするのだ。特にスタート30分前のアミノバイタルを重要視する。これはこの関シティマラソンのときも同じことをしたが、みんな出走前の最後の着替えで気づかなかったと思う。

 話を戻す。Hさんとも無事合流し、下道で関市の会場までいく。日曜日で早朝でもあるので車が空いている。約1時間15分ほどで到着。Uさん、Nさんともすぐに合流し、受付を済ませる。もともと8時40分にスタートラインの付近で合流といっているにもかかわらず、遅刻癖のあるOさんがやはり寝坊とかで遅れてくる。相変らずだ。
 とにかく全員合流して、開会式をみて、あやしげなエアロビクス体操みたいなものをやる。マラソン大会に参加するとだいたいこの体操はやっているけれど、こうして参加するのははじめてである。ちょっと照れくさい。
 体操が終わった後で、着替えて30分前にスタートラインに立つ。最初にハーフがスタートし、その後5kmの部がスタートする。そして僕らの10kmの部がスタートする。僕らは一般の部のほとんど最前列に立っていた。なんだか場違いな気がする。
 10時15分にスタートした。僕らの前にいた、陸連登録の人たちを含め、一般の部の実力のある人たちがダッシュでダダダダダッと走っていく。すごいなぁ、と思いながら、その集団から少し遅れて走る。最初はだいたいキロ4分10秒くらいのペースで入っていった。自分にとってはこれでも速いペースになる。スタートして少しするとトンネルの中を走る。トンネルを走るのは初めてだ。トンネルの中でOさんに抜かれる。このとき「若いってこういうことなんだ」と思った。自分ではかなり速いペースで最初の1キロを入っているが、彼はこのペースよりも速く走って、僕を抜き去っていった。しかし着いていけないほど早いわけではないので、Oさんから10mほど離されたが、そこから僕も少しペースアップして彼の後を離れないようにしていた。
 トンネルを抜けて、左折すると商店街に入る。ここで少しずつOさんに追いついていって、1.5kmほどで追いついた。ちょうど20mほど前にいいペースで走っている集団がいたので、Oさんに「あの集団についていこう」といって、僕はさらにその集団においつくためにペースをあげた。彼は「きついっす」といってついてこれなかった。
 すぐに8名ほどの集団に追いつき、そのペースで連れてもらっていた。ペースメーカーがいると楽である。しかしその集団は少しずつ崩れていった。先頭を走る若い女性ランナーをターゲットにして、その後ろ5mほどを着いていった。だいたい1.5kmほど着いていったが、だんだんその女性も少しずつペースが落ちてきたようで、僕にとっては少し遅いと感じるようになった。ここで彼女を抜くことにした。前にはまばらに点在しているような感じだ。10kmの部は400名ほどしか参加していないため、いつでもどこでも誰かペースメーカーを見つけることができる大規模な大会とは勝手が違う。
 この後、ペースメーカーらしい人が見つからないまま走り続ける。距離表示が全然ないので、いま何キロなのかがわからない。今までのマラソン大会に参加してきたペースと時計からだいたいの距離を想定して走っていた。ようやく5kmの標識があった(この標識だけだった)。
 風景は田んぼばかりでなんだか寂しいし、沿道の声援も実に寂しい。やはり沿道の声援が多い少ないは走るモチベーション維持に影響が出る。中間点あたりは少し失速していた。たぶんキロ4分30秒〜40秒あたりまで落ちていたと思う。とにかく距離表示がないと非常につらい。
 どのあたりかわからないが、給水所があった。いままで参加した大会はどこも人が群がっていて止まらないと取れないが、この大会は参加人数が少ないせいもあり、走りながら取れる。ただし、僕はスピードを殺したくなかったし、給水する必要性もなかったのでスルーする。
 またしばらくしてやや緩い上り坂があった。今まで飛ばしてきて疲労も蓄積していたので、これくらいの坂道でもこたえた。しかし道はほとんどフラットといってもよく、東浦マラソンのようなほとんどアップダウンばかりの道に比べると比較にならないくらい走りやすい。走りやすいのだが、やはり風景が田んぼというのはなかなか困ることがある。最後、さえぎるもののない広大な田んぼの奥にゴールの建物がみえているのだが、実に距離を感じる。「えっ、まだあんなにあるの???」と思うと最後のなんでもないスパートが絶望的なロングスパートと思える。どうも心理的につらい大会だった。
 そんなこんなでゴールしてストップウォッチを止めると44分14秒だった。おおっ、45分を大幅に切ったという満足感があった。あとで速報的に張り出された公式記録では44分15秒であったが、ほぼ正確である。仕事が多忙でほとんど練習ができていない状態の記録なので、もっと練習がしっかりできれば43分台はまちがいなく出せると思う。
 会社関係のみんなも無事完走できました。Jさんが足首を痛めましたがそれでも完走できたのはお見事ですし、次回に向けてさらに熱意を燃え上がらせておりました。
 
 抽選会なんて当たらないからもう飯食いに行こうよ、とぼやく僕をよそに、みんなで競技後の抽選会を待つことに・・・。なんとこの倍率のなかでUさんがipod nanoを見事に当てた。初10km完走+ipod nanoおめでとうございます。帰りに食べた鰻屋「辻屋」で食べた鰻丼は完走した充実感もありおいしかった。
 次回、会社の仲間の間では5月24日の「第15回庄内緑地公園マラソン」に参加するべく調整中である。夏はマラソンオフシーズンだから活動を休止して、11月の名古屋シティマラソンにみんなで参加するよう密かに目論んでいる。

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