【第一回しまだ大井川マラソン 天気 晴れ→雨 2009年11月1日(日)】


フル 公認コース

 富士山静岡空港の開港を記念して開催された第一回しまだ大井川マラソンinリバティが開催されたのは平成21年11月1日である。そのゲストが野口みずきさんだったので、即エントリーした。そして今シーズン最初のマラソン大会でもあった。左足底の痛みなどから夏場は走るのをやめて9月中旬から走り出した。10月はじめには20kmまで走れるようになり、10月中旬には25km走を2回、直前の週末には28km走をやった。しかし仕事が忙しく、ほとんど平日は走れていない。だいたい1週間前の28km走は、どの本をみても書いていないし疲れを残すだけなのでたぶんよくない練習なのだろうが、あまりにも走りこめれない不安からどうしてもそうなってしまう。そんな感じで練習に不安を感じながらマラソン本番を迎えた。
 マラソン前日は豊橋のあたりで大渋滞につかまり13時すぎに目的地の焼津につく。インター近くのさかなセンターでおみやげを物色しながら海鮮丼を頼んだ。桜えびを久しぶりに食べたような気がする。2時過ぎにホテルNANVANにチェックインする。ここのホテルは今まで数え切れないほど泊まったビジネスホテルの中でももっとも印象に残った。まずキレイ。外観、内観等のつくりはいたるところに若者向けのおしゃれなセンスにあふれている。最初入ったとき、「あれっ、ここ本当にホテル?」と思ったくらいだ。楽天トラベルのお客様の声でも「初めてnanvanさんを利用しました。仕事上で何千のホテルを利用してきましたが、これほどのホテルはないと思います。」と評価していた人がいるのもなんとなく分かるような気がする。とにかく若い女性向きのホテルです。
 さて1時間ほど睡眠をとり、4時30分に「野口みずきスペシャルトークショー」に参加するべく出発する。島田市役所横にあるプラザおおるりで開催される。プラザおおるり敷設の駐車場に車を停めて会場でまつ。
 SBSのアナウンサーが司会をしていた。まず桜井市長の挨拶がはじまったが、すばらしい話術だった。昔会社に入ってすぐに東京に行ったときに浅草演芸ホールできいた、トリの落語家の話術を連想した。それほど話し方が芸にまで昇華していて、きいていて気持ちよかった。離し方のテンポ、間のとりかた、すべてが本当に天性の落語家のセンスをもっていて、このまま1時間くらい聞いていたいとすら思えた。彼も途中で「本日は私のトークショーではありませんから・・・」などといっている始末。
 ライブ感あふれる話し方の面白さは当日居合わせないとお伝えできないが、内容として興味をもったのは次の点であった。
@大会の人数を6000名にしたのは、警察から安全に運営するためにMAX6000名と言われたということ。これも早々に申込多数でエントリー打ち切りになった。締め切り後の今でも問い合わせがきている。
A実際は6600人を受け付けた。どの大会でもだいたい1割はキャンセルする人がいるというリサーチより。
B静岡県内から約3500人、県外から約2500人の参加(東京、神奈川、愛知からそれぞれ700名ほど)。
C70歳以上は100名ほど、しかも最高齢は81歳。
以上かな。しかも上の話を面白おかしく聞かせてくれたのはほんとうに楽しかった。

 さて、ようやく野口みずきさん本人の登場である。舞台に立っている周りの人たちよりぐっと小さい人が入ってきた。小さい!それもそのはず彼女の身長は150cmである。163cmもある高橋尚子さんとはまったく別の印象だ。SBSアナウンサーのさすがプロだなと思わせる見事な進行にのって野口さんがトークをする。トークも何本かでているだけあって、野口さんも慣れている。自分の意見をしっかりもっている。話は2004年アテネオリンピックの金メダル獲得の話がメインになる。
 2000年、シドニーオリンピックで高橋尚子さんが女子フルマラソンで金メダルをとった。何かの合宿中でそれをみていた野口さんは高橋さんが最後に受けている大観衆の声援を自分も受けたいと思ったという。そしてその4年後のオリンピックを目指す。日本人のランナーはどちらかというとピッチ走法が多いような気がする。高橋尚子さんなどはピッチ走法の最たるもので、1分間に200以上という驚異的な数の脚を繰り出す。それに比べると野口みずきさんは、強烈な筋力を使って大きなストライドで押していくストライド走法である。もともとハーフで実績を積み上げてきてフルマラソンに挑戦していった。そのとき彼女の走り方はハーフまではもつが、フルマラソンではもたないと言われていた。しかし彼女はそれをフルまでもたせるべく、猛烈な努力・練習をしていった。また上半身5種、下半身5種の筋トレを課し、自分の体重の倍ものベンチプレスを持ち上げるなど強烈な筋力を身につけていく。トークショーの中では、下半身だけ鍛えるのはやめたほうがよく、上半身・下半身をバランスよく筋トレしたほうがよいといっていた。
 2002年の3月、名古屋国際女子マラソンが初フルマラソンとなる。このとき、当時渋井陽子さんが持つ初マラソン世界最高記録の2時間23分11秒を超えると大口を叩いて、実際は25分台で実現できなかったため、あれ以降大口をたたくのはやめましたとトークショーでいっていた。翌年のパリ世界選手権でオリンピック代表に内定する。
 2004年8月のアテネオリンピック。多いときには月間1300キロほども走りこんでいたという。そして彼女の大好きな言葉「走った距離は裏切らない」をここでも聞くことができたので嬉しかった。気温は30度を超える過酷な状況下でのレースとなった。レース展開を監督から指示されたのは当日。25キロをすぎてロングスパートするようにといわれる。前日以前に監督がいわないのは余計なストレスを与えないためにだったと思います、と彼女はいっていた。
 走り始めたときは本当に25キロでスパートなんてできるか考えていたが、実際その場所では彼女のいう得意な上り坂でもあり、スッと前に出ることができた。30キロ過ぎの長いくだりで、下りの得意なヌデレバ選手と差をつけておきたかったためのスパートでもあった。実際、30キロ過ぎの下りでヌデレバ選手がかなり野口選手に追いついてきていた。早々にトップ集団から脱落していた世界最高記録をもつラドクリフ選手は35キロ過ぎあたりで棄権し、その場で涙を流していた。
 日も暮れ、近づいてきた競技場がライトアップされ「きれいだな」と感じながらスタンドに入る。4年前に高橋選手が感じた大声援。当然トークショーでもこの話に触れる。競技場の中にある五輪がきれいだと感じながら、まだまだこの大声援を感じていたい、まだ終わりたくないと思いながらトラックを走っていたという。
 軽い脱水症状と吐き気を感じ、競技後は嘔吐していたので、翌日の国旗掲揚で日本の国家が流れたところでグッときて優勝の実感を感じたという。

 北京オリンピックの直前に長期の故障になり、今年の夏でも現役引退かと書かれていたが、この日の発言ではこのままでは終わりたくないので2012年のロンドンオリンピックを目指していると宣言していた。
 最後に観客の質問からいくつかの話題をQ&A形式で書いて終わることにする。

Q.音楽を聴いて走ることについて
A.練習では音楽は聴かない。特に公道で走るときは車・自転車の音が消えるので聞かないほうがよい。普段はHIPHOPとかR&Bを聞くことが多く、走っているときはそれらを頭の中で奏でながら走る。
(このあたり、中山竹通さんの音楽論があるので参考までに)
 横で走れば、足音で分かるんですよ。体重を落とし筋力不足でひざが上がっていないから、足音がうるさいんです。お前は、魅力のない走り方をしているなぁって言ったら、本人も分かったようです。ランナーは足音で分かるんです。だから、くどいようですけど、競技選手だったら音楽を聴きながら走るなと言うわけです。周囲に耳を澄まし、緊張感を張り詰めて・・・・・・。
(ランナーズ 2009年3月号)


Q.野口さんはどれくらい走りますか?
A.365日、毎日走る。とにかく走るのが好きなので走らない日はない。走れない日が続くとメンタル的なものだと思うが、しっしんがでたりすることがある。


Q.(ある観客の質問)私は小学生の教師を目指している。私もマラソンが好きで子供たちに走る楽しさを教えるにはどうしたらよいか?
A.まずマラソンの練習は正直苦しい。でも鬼ごっこなど楽しみながら走る方法もある。こうした楽しさはいろんなやり方があると思うが、そうした楽しさをミックスさせたやり方でマラソンの楽しさを教えていって欲しい。

 野口みずきさんのトークショーについては、以上で終わりにしようと思う。
 11月1日、朝4時半に起きて朝食などを食べてから準備をする。5時20分頃に出発をし、6時前には指定の駐車場に到着した。観光地の蓬莱橋(世界一の長さを誇る木造歩道橋)の近くである。ここからアピタの駐車場にある送迎バスに乗り込み、島田市役所へ到着する。まず感動したのは、市民会館をまるまる男子更衣室に当てているが、十分な広さをもち、しかも全館男子だけしか使用していないため、女子トイレですら使用可能となっているためトイレ待ちの行列がいつもの大会で出会うような大行列がない(女子更衣室はプラザおおるりがすべて当てられている)。
 市民会館で音楽を聴きながら過ごしていたが、8時10分頃に少し離れた場所にある荷物預け所にいき、サービスのスーパーバームなどをもらう。8時30分頃からスタート場所にブロック(申告タイム順)ごとに並ぶ。しばらくするとスタートセレモニーが始まり、市長の挨拶である。大会レポ(http://runnet.jp/report/race.do?raceId=8326)でもよく書かれているように、これまた市長の挨拶が面白かった。個人的には昨日の野口みずきトークショーほどではなかったが、それでも初めてこの市長のトークに出会う人にはインパクトが強かったのだと思う。そもそも大会レポで市長の挨拶について書かれること自体が普通ありえないのである。
 そのあと、野口みずきさんの挨拶があって、大会役員のひとことがあった。何かの役員の女性が「本日は応援団長をしております・・・」といってしゃべりはじめる。すると話し終えたあとをひきついだ若い女性の司会が「ちなみに応援団長というのは自称です(笑)」など何とものどかなランナーの緊張を和らげるセレモニーだった。こういう雰囲気ってお祭りっぽくていいなぁ、と思っていた。ただひとつを除いては。
 そのひとつとは気温が暑いことだった。後で聞いたら、島田市のこの日の最高気温が26度ほどあったらしい。静岡市では27度という最高気温である。もう初夏のような日差しの強さを感じていて、これはヤバイなと思っていた。冬産まれで人一倍汗かきというせいもあるけど、とにかく暑さが苦手である。スタート時でも21度を超えていたし、走ってからも気温は上がり続けた。
 スターターは野口みずきさん。9時にスタート。スタートラインまでしばらくかかったが、野口さんがスタート台にいてみんなそこに集まってハイタッチしている。僕もそこに群がってハイタッチしてもらった。一生の記念になるな。
 スタートしてからしばらく市内を走る。ナイキの5本指ソックスの左底が破れそうな状態ではいていたが、スタートから2kmくらいでそれが完全に擦り切れて、脚と直接靴底がこすれあうようになっていた。ここから痛みが発生するようになっていた。残り40キロほどもあるので酷くやられるなと覚悟した。以後この痛みには悩まされることになった。
 4kmくらいから河川敷に降りる。ここからマラソン専用コースとして整備されている区間で、前日、野口みずきさんがいっていたようにとても走りやすい。市街地でのジョギングのようなわずかな凹凸すらないのは感動だ。5kmを24分34秒で通過、もうこの時点で暑さで喉が乾いていたので給水する。水とスポーツドリンクである。スポーツドリンクはVAAMである。
 7キロから8キロあたりで蓬莱橋を通過する。観光客が一部応援してくれる。周りはみんな汗が噴出しながら走っている。10kmは48分7秒である。ちょっと早いかなと思い、気持ちペースを下げる。10.5kmの給水所でコップを何個かとり、腕にかけたり服の中に少しこぼしたりして暑さをしのぐようになっていった。正直、このあたりで本日の完走(歩かないで走りきること)が厳しいんじゃないかと思うようになった。しかも平日ジョギングできていないせいもあり、やはり脚が重いと感じる。
 10〜15キロのラップは24分26秒。この程度のスピードが維持できればいいなぁと思っていた。途中折り返してきた先頭集団をみて「ああなりたいな」と思った。左手に日清製粉の大きな工場があるのがみえた。日清の職員さんだと思うが、おそろいの服をきて会社の宣伝をしながらゆっくりと走っていた。ランナーか応援なのかよくわからなかった。
 なんとか20kmまでいく。15〜20kmは24分50秒。まあまあ。この少し先にある折り返し地点に到着。ここから向かい風がきた。少し雲が出てきたようであるが、まだ晴れていて気温も暑いし、またこの向かい風はキツイなぁ。急にペースが失速したように思う。ハーフまでは1時間42分59秒。おっ、このペースが維持できれば自己記録を塗り替えられるなと思っていたが、いつもの30kmの壁が23キロあたりでやってきた。ズシーンとした脚の重さ。正直この距離で壁がやってきたのがショックだった。やっぱり週末の練習だけでは粘れないなぁ、と思う。左足は痛いし、右足の親指の爪も少しずつ鈍い痛みがでている。夏に痛めた左足底筋膜炎が少しずつ痛みをともなってきた。28キロまで粘ったがここで走行が止まった。止まった理由は痛みではなく、脚が重くて動かなくなったからだ。結局、気持ちが折れた。渡りをする鳥ならこれで死んだなぁ、と思った。
 1キロほど歩いたころに、沿道で応援してくれていた人から僕に「梅干食べるか?」としゃべりかけてきた。僕はください、とお願いして柔らかくておいしい紀州梅をいただいた。とても感謝しています。それを励みにしてとりあえず走りなおし30km地点に到着する。20〜30kmまでの10キロは55分48秒かかった。蓬莱橋に到着すると、たくさんの観光客が応援してくれていて励みになった。
 そこからしばらくウォークとランを交えながらようやく33kmの大エイドステーションに到着する。ここでは、日清のチキンヌードルのお世話になった(まだ固かったが)。他には名物の小饅頭やら、焼きそば、スープ、バナナ、ピザ、氷砂糖、干しぶどう、みかんもあったっけ?飲み物も静岡名物のお茶など賑やかで楽しかった。3分くらい食べたり飲んだりしながら立ち止まって物色させてもらった。おかげで、走り始めたのはいいが、少しすると横っ腹に軽い痛みを覚えるようになった。あまり食べすぎはよくない。
 大エイドステーションをすぎてからもウォークとランを交えていた。沿道のおばさんから僕のゼッケン番号で、「がんばれ」と応援してくれた。ゼッケンをいってもらえると嬉しいものですね。
 さて38.25kmの給水所からはサブフォーは何とかクリアできそうになったので止まらずにゴールまで走り続ける。30〜40kmの間のラップは1時間12分51秒。あれだけ歩いたのによくこれだけですんだな、と思った。そしてゴール近くになると遠めにゴールの青いフィニッシュゲートが見える。残り500mほどでボランティアの方から、「4時間切れますよ〜」と掛け声をいただく。
 フィニッシュする。タイムは3時間57分41秒であった。かろうじてサブ4達成だが、あきらかに練習不足だった。ゴール後、VAAMをもらい、すぐ横の芝生で休憩する。終わった後、左足底の痛みと右足の親指の爪の痛みが急にぶり返してきた。もう走れないと思った。5分ほどくたばっていたが、ヨロヨロと立ち上がって参加賞をもらい、そして荷物を受け取る。裏手の芝生で足の状態を確認する。左足底は広範囲に水ぶくれというか血で真っ赤に内出血していた。右足爪はにぶい痛みを発しており、おそらく圧死したと思う。

 歩きも入ったし結果もいまいちであったが、それでも終わってみればすばらしく走りやすいコース(暑さと風は別にして)で、スタッフの人たちの運営や沿道の声援もよかった。ただ5時間以上で走るランナーたちのほうでは給水のコップが足りなくて、水の供給や給食が不足していたと聞く。僕も暑くて給水所では飲むため、手足にかけるため、首からぶっかけるためなど毎回コップ3個くらい使っていたからなぁ。後半の人に迷惑をかけたかもしれない。大会運営側としては給水について今後に向けて対策が必要だろう。しかし第一回目の大会にしてはほかの優良なマラソン大会を事前に研究していると思わせた。




 【公式記録】
グロスタイム: 3時間59分23秒
ネットタイム:  3時間57分41秒

総合順位   749位 (4434人中)
種目別順位 277位 (1363人中)
通過点 10K 20K ハーフ 30K 40K ゴール
通過タイム 48:07 1:37:23 1:42:59 2:33:11 3:46:02 3:57:41
ラップタイム --:--:-- 49:16 5:36 50:12 1:12:51 11:39


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