【京都マラソン2015〜前日まで  2015年2月15日(日)】


フル 公認コース

 10/7、京都マラソン当選の通知がきた!

 京都マラソンは、都市型マラソンでは人気のある大会で倍率も高い。大会開催日は2015/2/15であり、この当選日から残り約4カ月、フルマラソンの調整をするためにはギリギリの時間だ。すぐに京都マラソンに向けてすべてのスケジュールを決めていくことになった。
 マラソンがもう出来なくなることも覚悟したほどの長期故障からようやく復活したのが2014/1/12の春日井マラソン(10km)であり、その後、名古屋シティマラソン2014(3/9)でまた肉離れになったのでマラソンは中止して、登山に集中していた。夏の強い日差しが弱まるころ、再び走り出してみたが、そのころからもう一度フルマラソンを完走したいという欲求がでてきた。ただしどうしても慢性化している肉離れもあり、自分は長くてもハーフマラソン止まりじゃないかと弱気になっていたのも事実だ。そんな状況でこの当選通知である。都市型マラソンは倍率が高くてほとんど当たらないから、参加の意思とは別にいつも応募だけはしている。当たるとは思っていなかった京都マラソンの当選によって、自分を追い込むことができたのは何かの運命だと思うことにした。いつでも参加可能なフルマラソンの大会があっても、おそらく理由をつけてエントリーせずに逃げていただろうと思う。

 長期故障は「腰痛・右足大腿部の肉離れ・右膝の痛み」に襲われたことにある。「腰痛・右膝の痛み」は同時に痛くなることがわかり、発生の仕方になんだか関連がありそうなことがわかっていた。いろいろ調べていくと体幹を鍛える必要があること、特に腹筋をすると効果があることがわかってきた。それが分かってきたのが12月のころで、いざ腹筋を始めると30回もたたないうちに腹筋が吊るような状態になってきて普段いかに使いこんでいないかがわかる。毎日腹筋を継続し続けて走っていると、確かにジョギングの距離を延ばしても腰痛が発生しないような感じになってきた(従って右膝痛も発生しない)。
 ジョギングのスピードは求めずに、LSDのようなゆっくりとスタミナをつける走りばかりに特化したため、右足大腿部の再発もせずになんとか凌いでいた。おそらく、これも腹筋を継続していることで再発しにくくなっているような気もする。ちなみに、腹筋については京都マラソンの2週間前にはほぼ毎日100回していた。今回の京都マラソンは立ち止まらずに完走できたわけだが、後から考えれば毎日の腹筋があったおかげであると思っている。やはりマラソンをするには体幹は非常に重要であることを認識した。


 10月〜12月は長くても10kmほどの距離とし、しっかり脚を作り込むことに専念した。無理して距離を稼いでもすぐに故障するからだ。そして年末年始からだんだんと距離を延ばすことにした。平日は相変わらず仕事が多忙で、あまり走れないが週末は1月から20km前後の距離を走るようになり、1/31、2/7と25km走をこなして、休日の2/11に10km走を実施した。
 やはり急に距離を延ばし過ぎた反動だと思うが、2/11の練習後に、前々から何となくなりそうな予兆のあった左足の足底腱膜炎(そくていけんまくえん)の症状がはっきり自覚された。まだ軽い段階である。ランナーによく見られる疾患であるが、自分も過去に数回経験している。悪化すると激痛がはしり、しばらく走れなくなる。本当なら、大会前の金曜日か土曜日に軽く数キロは走っておきたかったがそれも叶わなかった。

 2月14日。京都マラソンは前日までの受付なので、この日京都入りする。京都駅から地下鉄を利用して、東山駅で降りる。受付会場となっている「おこしやす広場」で引換券とゼッケンを交換する。こうした都市型マラソンでは、本人であることを証明する身分証明書が必要だ。免許証の住所をみて愛知県から来ていることを知った受付の陽気なおばちゃんが笑顔とともに「遠方からようこそおこしやす」と京都弁で歓迎してくれた。
 受付を終えて、会場を歩いていると森脇健二さんと、千葉真子さんのランニングトークショーが行われていたので、何重にも集まっている観客の後ろで聞いてみた。森脇健二さんは話がたいへんうまくて、聞く人を惹きつける魅力をもっている。こういうのは才能だんだなぁと感心して聞いていた。
 千葉真子さんは、マラソン後半で疲労が蓄積するとどうしても前かがみになってしまうことを話されていて、そのような場合の対策として水泳の平泳ぎで水をかくようにすると、胸を張り、背筋がしゃんとなるといっていた。よく、フルマラソンなどで走りながら背伸びをしているランナーを見ることがある。僕も長距離走の練習時やフルマラソンでよくやっている。腕をずっと振っていると、どうしても肩甲骨のあたりも疲労で固まって腕ふりがこじんまりとしてくる。そのような状態になると前かがみになり、下を向きかげんになってくる。そんなときにほぐす体操なのだ。イメージとしては、公園などにいるハトのように胸を張って威風堂々と走るのだ。

 昼食でラーメンを食べた後、観光をすることにした。この時期は「京の冬の旅」という企画が行われていて、普段は公開されていない文化財を特別に観ることができる。僕は「妙心寺 三門」の天井画がみたくて、電車を乗り継ぎ「花園」駅まで出向いた。
 三門の入口でチケットを購入し、鮮やかな朱塗りの建物の急な階段を登る。二階の楼上には観音菩薩像や十六羅漢像が安置されていて、これはこれで実に素晴らしいがやはり僕が目的できた天井画が感動的である。普段この場所は閉鎖されているので、保存状態がとてもよく色が当時のまま残されている。


妙心寺・三門の飛龍図についてはたとえば、
「朝日新聞デジタル LEDが照らす極彩色天井 京都で文化財特別公開始まる(2014年10月31日)」
を参照してください(実際は写真撮影禁止です)。


 ガイドの方がいて、一定の人数が集まると説明してくれる。
 子どもの龍も描かれているが、子龍には鳥のような羽が描かれている。羽がないとまだ飛べないらしいが、大人になると羽がなくても天を飛べるようになる、といっていた。天井の中心に描かれている大人の龍は、実際羽がなく、威風堂々とした姿で空を駆けている。龍は水をつかさどることから「火災から守る」という意味があることもガイドの方がいっていた。
 また所々に鳳凰が描かれている。ここでは鳳凰は龍よりも序列が格下なのだろう。観音菩薩像の上に描かれているのは、顔は天女で体は鳳凰の姿の生き物。人間なのか鳥なのか。古代エジプトでもバーと呼ばれる、顔が人間で体が鳥で表現される魂の象徴がある。
※wikiの「古代エジプト人の魂」を参照のこと。

 三門の天井画を堪能した後で、普段から公開されている法堂(はっとう)の雲龍図を見にいく。1656年、建立。堂内の天井には直径12mの円形の枠に雲龍図が描かれている。狩野探幽の作。
※ここも写真撮影禁止なので、「妙心寺 法堂 飛龍」などで検索してみてください。

 織田信長、豊臣秀吉という天下人に仕え、日本美術史上でも著名な画人である狩野永徳がいるが、その永徳の次男・狩野孝信の長男として狩野探幽はここ京都で生まれた。母は、武将・佐々成政の娘。狩野探幽もまた日本美術史上で著名な人物となるが、幼少期より天才絵師と呼ばれ、その能力をいかんなく発揮していた。それは、わずか11歳という年齢にして徳川家康に謁見を許され、16歳で幕府の御用絵師になるほどの絵師としての実力だった。
 妙心寺・法堂に描かれている巨大な雲龍図は、狩野探幽が8年の歳月を要して描きあげた力作。探幽、55歳の作とされている。8年にわたって描き続けた探幽は、最後に残された龍の眼をいれて絵を完成させる。立つ位置、見る角度によって、龍の表情や動きが変化するように見える(実際、みる場所によって「下り龍」にみえたり、「登り龍」にみえたりする)。
 狩野探幽。絵を見ていて、この男はなんてすごい人なんだろう、と思う。絵の魅力もすごいが、この絵そのものを生み出す人間性にも魅きつけられる。

 妙心寺を出ると16時を回っていた。本日は、せっかく京都にきたので京都市在住の知人Yさんに連絡をとり、ご自宅でキムチ鍋の手料理をご招待してもらえることになっていた。花園駅から路線を乗り継ぎ、目的地である出町柳駅に到着した。そこから高野川沿いの歩道を歩いていく。ジョガーが何人か川沿いの歩道を走っている。後でYさんにきいたら、たまにIPS細胞のノーベル賞受賞者である山中教授も走っているということをきいた。確かにここから、鴨川に沿って走るのは素敵なジョギングコースである。2年前の4月にもここに来たけど、ソメイヨシノが川沿いに綺麗に咲いていた。そんな桜が延々と満開になっているなかでジョギングをするのは素晴らしいとしか表現できない。
 そして川の中州では、人が川沿いを歩いても逃げない人慣れしたコサギや、同じく人慣れしたマガモ・カルガモなどもいる。それらを眺めてのどかな気分に浸りながら、Yさんのご自宅に到着。およそ1年ぶりの再会。名古屋から買ってきたおみやげをお渡しする。
 すでに年金生活で自由気ままに暮らしていてとても羨ましく感じる。登山が趣味のため話のほとんどが登山談義になる。途中で手料理のキムチ鍋やチヂミを頂きながらもいろいろな話を続けた(美味しかったです!)。結局17時過ぎにお邪魔してお別れしたのが20時過ぎ。時間が過ぎるのはあっという間で、3時間も話しこんでいた。
 明日、応援しに来てくれるということだ。30km地点のあたりで応援してくれるということで、僕はゆっくり走るつもりだったから「12時〜13時の間に通過します」、と伝えた。そして、13時過ぎても通過しなかったらきっとリタイアしていると思います、とも伝えた。
 ご自宅付近でお別れをして、僕は再び川沿いの歩道を出町柳駅に向けて歩いていく。宿泊のホテルにつくと、恰好からいかにも明日京都マラソンに出るランナーという方をたくさんお見受けした(ホテルで会う人みんなランニングシューズはいてるから・・・)。
 今日はよく歩いたせいもあり、左足の足底がやや突っ張るような感覚がある。「うーん、もしかしたらリタイアする可能性もあるなぁ」と覚悟を決めて23時くらいには眠りに就いた。
 

マラソン          ホーム        マラソン当日