【日帰り登山(仙丈ヶ岳)】

 2002年10月26日は夕方まで用事があったので、夜から戸台口に向けて出発した。戸台口とは中部方面の人たちが南アルプス登山の拠点の一つである北沢峠に入るための登山基地となっている場所である。もう一つの登山基地である広河原から戸台口までは南アルプス林道が結ばれているが、この道は一般者が通行禁止となっているのでどちらから北沢峠に入るにしてもバスで入る必要がある。夜の11時くらいに戸台口の駐車場に到着する。でも戸台口に向かう途中、電灯もなく真っ暗で人も他の車の気配もない林道をずっと走っているときがほんとにツラかった。深い山の中における闇夜の中で、自分の車のライトを照らしているとどうしようもないほどの寂しさが襲ってくる。車でかけていたブルー・ハーツの曲も寂しさを紛らわせてくれず、ただただ絶望的な寂しさが襲ってきていた。
(寂しい・・・)
 都会の中で孤独になることなんか別に大したことではないと思えるくらい本当に救いようのない寂しさだ。これはこれでけっこう怖い。それでも戸台口に近づいてくると明かりが少しずつでてきて、駐車場の辺りでは比較的明るいので寂しさも吹き飛んだ。バス停の始発の時間を確かめてから車の後部座席で持ってきていた缶チューハイを飲みながら寝ることにした。
 深夜の3時ごろ、ひどく悪い夢で目が覚めた。交通事故で車が廃車になった夢だった。悪い夢をみるのは最近覚えがないけど帰るときは気をつけて帰ろうと思いながらまた眠ることにする。外では風がピューピューと強く吹いている。
(外は寒そうだなぁ)
と思いながら深い眠りに入っていった。
 5時40分に目覚まし時計の音で目が覚める。寒さでブルッとふるえる。車のエンジンをかけて暖房をいれる。もう外ではバス停に並んでいる人がいる。外は風が強そうなので僕は車のなかでおにぎりを食べながら暖まる。車から山々を眺めていて雪が積もっている気配がないのでアイゼンを車に置いていくことにする。これが後々後悔することになる結果になった。山をナメると後でひどいしっぺ返しがくると判っているつもりだったが不注意だった。
 6時10分ごろ防寒着を着てチケットを買い、バス停に並ぶ。バスは最初の乗客たちを全員連れて行くために次々とくるので心配しなくてよい。このあたりは上高地でも木曽駒のしらび平行きのバスでも同様である。というかたぶんどこでも同じだろう。バスの運転手は北沢峠への道中をガイドしてくれ、たまに風景がきれいな場所ではバスを停めて説明してくれたりと乗っていて飽きがこないようになっている。しかも「あそこに日本カモシカがいますね」といってまた停めてくれる。日本カモシカはすごい急坂を屁とも思わずに降りてきて草を食べている。すごい脚力だと感心した。

 北沢峠には55分かかるが、きれいな紅葉と運転手の面白い話であっというまに着いてしまう。そしてここからすぐに仙丈ヶ岳への登山口へと入っていった。南アルプスにくるのは今回が初めてである。みな最初は甲斐駒ケ岳を登ることを考えてしまうが、僕は最初にはどうしてもこの仙丈ヶ岳から始めたかった。写真をみてものすごく気品がある山容に惚れてしまっていたからだ。
 最初は深い樹林帯で展望がきかない。しかも少しすると急登が始まる。ここはけっこうキツかったがそれを踏ん張りながら登りつづけると今度は登山道が新雪で凍っている場所が出始めてきてペースがガクッと落ちる。滑らないようにしながら登っているとけっこう脚にくる。樹林帯では風もないし汗もかくので防寒着を脱いで歩いていたのだが、小仙丈ヶ岳の手前から森林限界となり低木のハイマツ帯にかわる。このハイマツ帯に入ったとたんに(ビューーー)という冬のような風が襲ってきた。みるみる体温が失われていくのでたまらず防寒着を着て手袋もはめる。

 小仙丈ヶ岳(2855m)に登ると展望がすばらしい。霞んでいるけど富士山も見えるし、甲斐駒ケ岳は頂上のあたりが雲に覆われており残念だったが、目指す仙丈ヶ岳はやはり美しい山容を見せていて気品がある。ただ岩のためあまり雪がついていない甲斐駒ケ岳と違い、仙丈ヶ岳は雪がけっこう積もっていてアイゼンを持ってこなかったことをこのとき後悔した。


小仙丈ケ岳からみる仙丈ケ岳(3033m)と大仙丈カール

 小仙丈ヶ岳から仙丈ヶ岳へと向かうが、何となくこのあたりにはライチョウがいそうな雰囲気がするのでキョロキョロしながら歩いてみるが結局見つからなかった。ライチョウが住む環境はハイマツ帯と草原がモザイク状になっている環境が必要なのだ。そして南アルプスは北アルプスとともにライチョウの生息地になっている。ライチョウは氷河時代からの生き残りであることは”登山〜前穂高岳、奥穂高岳編”で書いたが、それが気温の上昇とともに高所山岳地帯へと生活環境が限定されていったのである。しかも山系を移動しないという特徴のために長野県の木曽駒ヶ岳、蓼科山、八ヶ岳、白山のライチョウは絶滅してしまってもう復活することはない。しかも乗鞍岳の名物・マイカーの大渋滞もライチョウの生態系に悪影響を与え続けてきたのだから、今年いっぱいでマイカー規制されるのはよいことだと思う(それでも上高地のように観光バスの大渋滞ができては意味がないと危惧している専門家もいる)。またペットを山に連れ込む人がいて、富士登山でもペットと一緒に登っている人がいたが論外である。無菌動物のライチョウなのに人やペットが運ぶ病原菌に感染しているライチョウも見つかっているし死んだライチョウもいるのだ。スイスの登山道ではペット禁止の看板さえみたことがあるが、日本も公然とペットを高所に連れ込むのはやめてもよいと思う(サース・フェーのシュピールボーデンでペット禁止の看板をみた)。人間が捨てた食べ物につられて登ってきたキツネやカラスによってライチョウのヒナが死んでいることなどを考えると、僕ら人間も自分の楽しみのためだけに登山をするのが果たしていいことなのか考え始めなければいけないのかもしれない。

 だんだんと仙丈ヶ岳に近くなってくるにつれ、急にガスってきてあっという間に視界が真っ白になってしまう。しかも本格的な雪道となってきて、たまに台風みたいな風が強烈に吹きまくりよろけそうになる。下手にスリップしたら藪沢カールに転がり落ちそうでとても怖い。せめてこの辺りだけでもアイゼンが欲しいところだった。


小仙丈ケ岳から仙丈ケ岳(中央のピーク)へ向かう途中(ガスってきておまけに本格的な雪道となる)


スリップすると藪沢カールへ転がり落ちる場所で(距離感をつかむために自分の靴を登山道の外側に入れてみました)

 仙丈ヶ岳に到着するが視界がない。しかも強烈に寒い。家に帰ってから知ったのだが、今日は冬型の気圧配置になって冷え込んだ一日だったのだ。平地で寒いのなら、こんな3000メートルの高所ではもう冬そのものだ。とにかく手袋をしていても手がかじかむ。立つとゴウーッと冷たい強烈な北風が吹きつけるので、岩場のかげで風を避け飯を食う。ポカリが冷やしてもいないのに冷たいのでよけいに寒くなる。熱いコーヒーが欲しいと思った。


仙丈ケ岳の頂上標識(風が強くて寒かった)

 僕のほかには2人がほぼ同時に登って10分ほどおしゃべりしていたのだが、一人の高齢のおじさんがあまりの寒さに下山をしだした。僕も5分後に寒さから逃れるように下山する。残りの一人はなんとかよい展望をみるために「あと10分待ってガスが晴れなければ下山します」といっていた。
 帰りは下り展開になるので、とくにスリップには注意する。ほんとうにアイゼンを忘れたことを後悔していた一日だった。森林限界から樹林帯に入ると風はなくなり防寒着すらいらなくなる。そのまま右足の痛みもほとんどなく順調に下山し13:00発のバスに余裕をもって間に合った。
 朝7時25分に北沢峠を出発し、仙丈ヶ岳に登って再び北沢峠についたのが12時15分だった。往復時間がほぼ5時間であるから(遅く歩いても7時間あれば十分でしょう)、比較的楽に登山できる3000m峰として初心者にオススメの山である。この山は気品があるからぜひ行ってみて欲しいし、僕もライチョウを探しに来年も何度でも通ってみようと思っている山である。


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